尚早と焦燥
「帰国?私たちを知りたいといったのに?」
イオンの驚き交じりの声。
記者の帰国。それはある日突然当人から切り出された。
ランサー隊を間近に見て記事にしたいと言っていたからこそ、彼らは受け入れていた。てっきり戦争が終わるまでついているのかと思っていた。
興味を失ったか、失望されたか。それとも命が惜しくなったか。
「すいません。本当はあなた方に取材がしたいのですが、ボレベインの方に伝手があることを知られて、そちらを取材にかこつけて調査に協力しろと……」
「それって……大丈夫なんですか?」
記者として、そのようなスパイまがいのことを許すかどうか。世間体として許されることなのか。ランサー隊の中でざわめきが起きる。
当然ダメだろう。メディアがどちらかの肩を持つのはあくまで個人的な範囲までであり、飽くまで体裁としては公平でなければならない。もちろん、必ずそれが守られているとは言えないが、こんな大っぴらに肩を持つのは彼の記者人生を破壊することだろう。
「アウト、ですね。ですが私は興味がある」
「……何がだ?」
「あなた方が戦う相手。そしてそれを知った後、あなた方がどう戦っていくかを」
「結局俺たちに紐づいている、と」
きっと彼が終戦後に記事を書くとするならば、本当にランサー隊を中心としたものになるだろう。
自分たちが世間にどうみられるかという部分に関してはそこまで興味があるわけではない。だが、彼が書いた記事、という点では少し興味があった。
馴染み始めていた彼に、クリスは握手をするために手を差し出していた。
「軍に巻き込まれたことにするとしても、自分のやりたいことをするにしても、下らん事で死ぬなよ」
「了解です。記事を書くため以上のリスクを負うつもりはありませんよ。クリス大尉の教えですからね」
彼はしっかりと握り返してきた。不思議とそこまで不安を感じなかった。彼なら大丈夫だろう。
そうクリスは思った。
「そういえばオーエンさん。魔術に心得は?」
「え?あ、ハイ。これでも学校での魔術系授業の成績はトップだったので」
「なるほど、それならばこれが役に立つでしょう。まあ、お守りみたいなものです。」
リヒテルがポーチを手渡してきた。彼の実家は古典魔術の研究に関わっていたので、おそらくそれに関する品物だろう。魔術に心得があるというなら、それはオーエンを守ってくれるはずだ。オーエンはポーチをのぞき込み、まず驚き、そして納得した。
「……なるほど。しかしいいのですか?」
「いいんですよ。正直に言うと、私の魔術能力は及第点ギリギリですから、あなたが持っている方がきっとそれも喜びます」
「わかりました、ありがとうございます!しかし、これはますます死ねなくなりましたね。必ず生きて返しに来ます。ですからリヒテルさん、そして皆さん、どうかご無事で」
そういって彼は、民間旅客機に乗り込んでいった。
さきほどオーエンに感じた安心感とは対照的に、ブリーフィングは不安を感じることとなる。
「諸君らのおかげで、戦線は大分押し返してきている。立て直しも終わり、増援の受け入れも目途が立った。まもなく大規模反攻作戦が開始されるだろう」
しかし、おそらく准将はおそらくそれではまずいのだろう。これまでの功罪の主は現場最高指揮官の准将になる。開戦時の大規模な損害を±0にするには、今の戦果では足りないのかもしれない。ゆえに、最後の加点を狙って無茶な作戦を考えているかもしれないとクリスは思った。
「それに先立ち、今後の橋頭保としてブリミホリヤ基地に攻撃を仕掛け、これを奪取する。この基地はイグニサンク山の北に位置しており、今後の山岳攻略に重要な基地となるだろう」
現在かなり押し返していて、山より北の平地部分は割と取り戻せているが、この基地の守りは要所ゆえにとても固い。
一度の軽度の威力偵察以降、攻撃にすら移れていない難攻不落の基地だ。地形が優れているというわけではないが、基地施設が充実していて警備に出回る兵器も量が違う。
下手に手出しすれば被害は大きくなる。焦りが見える作戦。
「もしこの作戦が成功すれば、増援の到着と同時に山岳への進撃をスムーズに行える。この紛争を早く終わらせることだ出来るだろう。諸君らの奮闘を期待する」
なれたこととはいえ、やはり無茶ぶりは精神にくる。クリスはそう独り言ちながらブリーフィングルームを去る。戦争が早く終わることは結構だ。だが、そのために無駄な犠牲が出るのは腹が立つ。
犠牲が出るのはまあ仕方ない。戦争なのだから、仲間が誰も死なないというのは本当にただのおとぎ話だ。しかし、下らんことで出る犠牲というのも無くせるものではないらしい。
こうやってあからさまに危険の割に自軍のメリットが少ない任務というのは何度も経験している。仕方ないが決まったことだ。
□
「……どういうことだ」
そうやって覚悟して空域に到達したクリスと国連軍航空部隊だったが、作戦空域に到達したところで異変に気付く。いや、予兆はあった。同時に作戦進行をしている陸上部隊から『いやなほど静かだ』といった報告などは上がっていた。
レーダーシステムも動いている気配がない。基地の迎撃システムが動いている様子が全く見られない。すでに射程圏内なのにも関わらず。
「撤退したの……?この防衛の要所から?」
とても考えづらいが、現在の状態を見るとそう思える。山岳地帯戦を前提として消耗を抑えるための撤退か、それとも何かの罠か。
怪しすぎて、逆に手が出せない。ボレベインから秘密裏に戦略級兵器が渡されていて、中に踏み入れた途端基地ごと吹っ飛ばして殲滅しにくる可能性だって否定できない状態だ。
『H.Q、指示を求む。こちらイビルアイ。敵基地に異常を認める。敵が確認できない……』
司令部でも困惑が広がっているのか、返答も歯切れが悪く臨戦態勢で現状維持が続く。
不気味だ。いないはずの敵に翻弄されているような気分にクリスはなる。こちらの補給線を伸ばし切った状態でこの基地を最前線にする、などといった戦略だとしても、空路で来る増援をここで着陸させてしまえば問題ない。補給路だってここまでの進軍で確認しているので息切れの心配も少ない。
敵の狙いが全く見えない。
『……?こちらイビルアイ。通信に異常、ジャミングか?いや、回線に割り込んでいとでも……?各機電子戦に備……』
クリスは嫌な雑音に顔をしかめる。そこからはノイズにかき消されて聞こえなくなったからだ。
全軍が身構える。敵がただいなくなった訳ではないだろうと、この場にいた皆が想像した。
『――今この場にいる国連軍へ告げる。こちらはシュール空軍所属、第03航空隊ヴォルケーノの隊長。グレア・フィリップス大尉である』
オープンチャンネル、いや、国連軍共有用の無線周波帯を使って全軍に声を聞かせているようだ。
こちらのAWCSが彼の乗機の機影を捉えたらしく、レーダー画面上に反応が表示される。基地を挟んで向こう側をこちらに向かって飛んでいるようだ。
『通告する。その基地にいた要員は派遣された別基地の部隊と共に、貴君らのさらに外周に陣取って臨戦態勢をとっている。貴君らは包囲されている。退路も今、遮断させてもらった』
辛うじて無線が通じる者たちの無線の声がざわめきとして聞こえてくる。
この基地そのものを囮にした罠だ。攻撃を考えること自体がトラップだった。今後の戦略を考えた時有利になるであろうと、安易に考えた結果がこれだった。
包囲状態にされてしまえば、たとえ敵が戦力に劣っていようとこちらが不利だ。よしんば生き残れたとして、甚大な被害を被ることは容易に想像できる。おそらく進軍してるときには、すでに基地と周辺防衛施設を放棄し、周囲に潜んでいたのだろう。衛星からの偵察でそのような行動を確認できなかったことを考えるに、地下から基地を離れて地上に出た後は森林地帯をVMTで踏破して配置についたのかもしれない。戦車などはバレる恐れがあるため、基地に置いて。
こちらの到着から今の通信までの間は、包囲が完璧に終わるのを待っていたのだ。そして万全な状態を以てしてこちらに通告を行った。
『我々はここでの積極的戦闘を望まない。この状況は交渉のためである。こちらの要望に応えればこちらはほぼ無血でこの基地を引き渡す。当然そちらも撤退を妨害しないことも条件だが』
『こちら国連軍現場指揮のガルムアル・グライアルド准将である。用件を聞こう』
憎たらしい声がノイズに紛れて聞こえる。
事前予測からして、防衛システムのいくらかを放棄したことを加味すると、この交渉のためという文言は間違いではないだろう。
こちらが抵抗すれば、あちらもただでは済まない。あちらの増援がどれほどかはわからないが、この地形で外部から増援を送るとなるとVMTが主になる。火力こそあるが、防御面に関しては戦車より大幅に劣る。数もあまり用意できていないだろうから、大損害を被るのはお互い様ということだ。
クリスはそこまで思い至ったところで、通信に耳を傾ける。シュール軍の要望とは何か。
『まずは先ほど言った通り撤退を黙認することだ。そちらもだろうが、こちらも今損害を一番受けたくないタイミングなのだ。この基地を明け渡してもいいくらいにな』
『……わかったそれはいいだろう、その言い方だともう1つあるようだが、なんだ?』
一呼吸を置いて、グレアは2つ目の要望を口にする。
『2つ目は……必須条件ではない。とあるパイロットとの空戦による一騎打ちを要望する。ブンザルバード近郊の集結地にて、私が撃ったレーザーを回避したパイロットだ』
「なんだと……?」
その条件に合致するのはランサー隊しかいない。おおよそ、クリスのことだ。
そして一騎打ちなど時代錯誤も甚だしい。基地を賭けての勝負とでも言いたいのだろうか、とクリスは憤る。何しろそれなら普通に戦闘をすればいい。なぜ撤退要求のおまけとして殺し合いをしなければならないのだ。
『自分で言うのも難だが……私は現代兵器の使用と確保に一枚嚙んでいる。墜とせれば今後が楽になるかもしれんぞ』
『なんだと』
『私はボレベインの外人航空部隊の経験がある。調べてみれば簡単に裏が取れるはずだ』
自分で付加価値をつけてくるグレアに、多くの者が困惑する。
クリスはブンザルバードでの異常な戦い方から、変わったやつくらいには感じていた。しかし、ここまでイかれていたかと、もはや関心の域に達しつつある。しかも兵器関係の要人らしいにも関わらず、何食わぬ顔で派手な空戦をしていたことになるので、もう言葉がでない。
最終的には上の指示次第――
『隊長、こんなくだらないことに付き合う必要はないよ!!』
イオンはクリスよりも激しく怒りを露わにする。確かに、敵は戦場に繰り出してきている以上、一騎討ちなどという形でやらなくともいつかは墜とせるかもしれない。ここで焦る必要はない、のだが。
『……用が済んだのかノイズは収まったな。上層部は、ヤれと言っている。奴らの焦りは相当だな』
『そんな!』
『残念だが、上からの命令だ。墜としてこい、ランサー1。ランサー2は邪魔をするなよ、下手をすれば味方が攻撃されかねない』
「ウィルコ」
『幸運を祈る』
操縦桿を引き、高度を上げながら基地上空へと向かう。
罠の可能性だって当然ある。敵が拙くなった途端に基地の対空システムが息を吹き返してくるかもしれない。
だがあの変人、いいやあのバカ龍がそんな姑息なことをしてくるというのは、あまり考えられない。そう、クリスは思った。
『……こちらヴォルケーノ1、グレアだ。要望を飲んでくれたこと、感謝する』
「ランサー1だ。ランサー隊1番機。それ以上は名乗らん。感謝するなら上に言うんだな、グレア大尉【殿】」
敵に皮肉を言う。これほどのバカ龍パイロットとの殺し合いに付き合わされることとなったクリスは、口調で感じ取れる感情の数倍怒りを抱いている。それゆえ口数も増えていた。
クリスとしては、正直にいうならば軍人としてなってない。わがまま過ぎる男なのだという評価だった。
『フッ……言ってくれる。個人的な欲もあるのは認めよう。こいつで飛ぶ最後の空だからな』
「引退でもするのか?」
『上の都合だ。言ってしまうと……この一騎討ちも我が軍にとって【戦略的な】意味がある』
「なんだと?」
『まあ、お前がこちらでは敵の英雄として考えられているのが理由の1つ、と言っておこう』
「そうか?こちらとしてはそんな意識はないが」
敵との会話、口が軽そうなこいつから少しでも情報を引き出そうとして、予想外の内容を聞くことになった。
エースというほど活躍しているつもりはなかった。というのがクリスの認識であった。それが覆された。
正直言って今の今まで大したことはしていないつもりだったが、成功している作戦の多くにランサー隊が当たっているのは確かかもしれない。だが、ほかの隊だって同じはずだ。
ヘッドオンする。相対距離5000、高度は互いに3000。まもなくお互いにすれ違う。交錯した瞬間が殺し合いの始まる合図になる。一般的なドッグファイト訓練と似たようなものだが、実弾によって命のやり取りをする実戦だ。たった1つ、だがとても大きすぎる違いだ。
『人間としては強者であると認めているだけだ。互いに悔いが残らんようにしよう』
傲慢さと闘争心に濡れた声だ。クリスは少しの悪寒とともにそう思考した。
悔いの残らないようにという紳士的な文面を含んでいるにもかかわらず、そう話す口から血に滴る牙が見える。そのような絵が脳裏に浮かぶ声。
衝撃が機体を襲う。
すぐそこを亜音速のGf-54が通過した、その空気の振動がクリスの駆けるMF-18を揺さぶったのだ。
すぐさま右旋回を始める、首を限界まで上げてキャノピー越しに敵を探す。旋回のために機体を90度右にロールさせているのだ。常識外れの動きをしようとこのタイミングならば視野に入る。
グレアの機体はすぐに見つかった。クリスの視点としてはほぼ頭上。同じように高度を維持したまま右旋回をしている。
普通ならここで我慢比べだ。互いに旋回でエネルギーを削りあいながら高度の変化などで揺さぶりを掛け合い、先に無駄な動きを重ねすぎたほうが追い付かれて負ける。
だがそれはマニュアルであり、互いの性能が近いときに取るべき戦法だ。この空戦は、アンフェアなのだ。
グレアが急激に機首を上げてこちらを捉える。超ハイG機動。龍の体とそれを前提とした機体剛性の強化がされているGf-54相手では、慣性制御のない状態での最大旋回性能が違いすぎる。敵は慣性制御なしで10Gを超えて機動する。
それに対してこちらは、対応するには魔力を消費せざるを得ない。左手で握っているスロットル、その親指の近くに配置されているスイッチの1つを押し込む。このスイッチが高機動用の慣性制御システムのスイッチだ。これを押している間は機体もパイロット双方の慣性負荷、Gが軽減される。バッテリーの魔力を犠牲に先ほどのグレアに対抗できる機動ができる。
だが、これに頼って安易な戦いをするわけにはいかない。グレアはその肉体を活かして、クリスの何倍もハイG機動をしてきている。ただ対抗して旋回戦をし続けるだけなら、読まれて墜ちる。
「っう……!」
慣性制御はあくまでアシスト、再起不能や意識途絶を抑えるだけであり、負荷を完全に消すほどの出力を持たない。
ヒトが耐えられるギリギリの強烈なGに抗いながら、バレルロール気味に複雑な機動でグレア機の方向に機首を向ける。本来のGを表示する計器が、12Gを記録した。
クリスの激しい機動中、そのすぐそばを光が貫いた。慣性制御に甘んじてグレアの真似をした、ただの急旋回をしていたのならば、おそらく今のレーザーで撃墜ないし致命傷だった。
ヘッドオン状態で互いが短距離ミサイルに武装を切り替えるが、ロックオンが間に合わず再びすれ違う。
クリスは右旋回して、先ほどの焼き増しのようにキャノピー越しに再補足する。グレアはアフターバーナーで距離を取り直しているようだ。旋回していない。
『やっぱり、ただでは墜ちないか。そう来なくては』
いまだに通信がつながっていたことにクリスは今気づいた。
答える余裕はない。身体能力に差がありすぎる敵相手なのだ。話していればその油断で墜とされかねない。そも、答える義理もない。
距離が離れた上に、正面の火器管制レーダーでも捕捉できた。武装を短距離ミサイルから中距離レーダーミサイルに切り替える。短距離ミサイルの耳を揺さぶる音から、それより幾分か聞き心地のいいレーダーロックオンの音に切り替わって――反応ロスト。
魔術ステルスだ。電波は無効、赤外線と目だけが頼りになる。HUD越しに目でとらえ続けていたため見失ってはいないが、ミサイルのシーカーにとっては少し遠いのかロックオンが鈍い。
クリスはアフターバーナーを焚いて加速、クリスの体はシートに押さえつけられる。敵が旋回して再びヘッドオン状態になる前に、追いついて後ろを取る形にしたい。オーバーシュートもお構いなしだ。
グレア機が左旋回を始める。レーダーシーカーがしっかりとそのグレア機のエンジン排熱をとらえた。だが、機体COMの確殺判定は出ない。
速度をつけすぎて近づきすぎた。
相対距離が近いため、戦闘機を超えるミサイルの旋回性能を以てしても確実な命中を期待できないのだろう。グレア機は今クリスに上面をきれいに見せている。クリスがグレアの軌道を追跡しているため、クリス機とグレア機の機首は直角の状態を維持し続けたまま接近を続けているのだ。ミサイルは当たらない。
「……仕返しだ」
クリスはバッテリーの魔力量を確認したのち、接近しすぎる前に武装を切り替え狙いを定める。切り替えた武装はセンターパイロンの代わりにある汎用魔道砲、その攻性レーザーモード。グレアが使っていたもののMF-18版、ほぼ同じ性能だ。
こういう場面には機銃が有効。だが、距離が若干離れていること、旋回に追いつけてないため、弾速がある実体弾はこのままだと若干グレア機の後ろを撃つ形になること。これらから使用を断念。レーザーは光の速度、つまり事実上弾着が瞬時のため、機首の軸上にあるなら命中する。この状況に最適。
「レーザー、発射」
主翼内バッテリーの最大魔力量の約50%を消費しながら、青い光が空を貫き伸びていく。
グレアはどうやら読んでいたらしい。光がグレアの機体を貫く直前、グレアは右のペダルを深く踏み込んだのか、左旋回をしていた機体はその挙動のまま機首を上に向け上昇。レーザーは左翼の端をほんの一瞬温めただけだった。塗料がわずかに蒸散し、霧が散る。
『危ないな、やってくれる』
「チッ」
『さて、俺の手番だな』
当たらなかったことに加えて、傲慢な声を聴いたクリスは思わず舌打ちを漏らす。
グレアはそのままハイヨーヨーの上端でわずかに減速しながらバレルロール、目まぐるしい機動で瞬く間にクリスの背後を取る。
この機動もまた非常にハイGであり、龍の肉体だからこその機動。あまりにも素早い軌道に、クリスが回避機動をとる前に後ろを取れたのだ。
「ッ!速い……!」
『人間の身で粘ったな。ドッグファイトのいいデータが取れた』
『隊長!!!』
イオンの叫び声が無線から響く。
グレアは勝ちを確信したようだ。実際かなりの近距離でクリスの後背についているグレアは非常に有利だ。ミサイルはミニマムキルの心配があるが、狙いさえつけば機銃で撃墜できるポジション。グレアの視線の先にあるHUD表示。そこの敵機の機動を計算に入れた機銃用の照準が徐々にクリスの機体に近づき、重なった。
クリスは無意識に操縦桿にあるスイッチの1つに指をかけていた。かけていたが、押すのを躊躇った。彼の脳裏には破壊音が響き、絶望が充満する。
しかし、敵が完全にこちらを捉えたと感じたとき、躊躇いは不思議と消えた。
『ヴォルケーノ1、GUNS――』
「……ブーストッ!」
クリスの瞳孔が獣のように、縦に開かれる。
□
グレアには何が起きたか分からなかった。だが鳴り響く警告音と振動する機体が、敗北したとグレアに訴えかけてくる。
辛うじて飛び続けているが、右垂直尾翼と左水平尾翼が捩じ切れている。右エンジンは出火してないもののノズルが上向きに曲がり、内部はひどく破壊されているようだ。ストレーキと主翼はそこら中に亀裂が入り、今にも何処か欠けたり折れたりしそうだ。
グレアの意識は停止していた。しかし身体が敗北を認めていたのか、記録媒体をコンソールから引き抜いた。
その手を見て、グレアは思考を取り戻す。
『……大尉……グレア大尉!ベイルアウトしてください!その機体はもう……!』
どうやら通信も耳に入っていなかったようだ。彼はベイルアウト手順を実行。キャノピーを吹き飛ばし、座席が上に射出される。数秒して、彼の愛機は爆散した。
――長い間、世話になった。最後に勝てなくて済まない。
座席が射出されパラシュートが開いたあと、グレアは愛機の散り際を見送り、そのまま周りを見回す。目当ての物はすぐに見つかった。
右翼が欠け、右エンジンが黒煙を上げているMF-18。消火が終わったのかすぐに煙は白く変わる。
完全な撃墜にこそ至らなかったが、機銃は命中していて、致命傷を与えていたようだ。
――トリガーを引いた直後に激しい衝撃に襲われ、気づけば機体が破壊されていた。
最後に見えたのは、急激にこちらに迫るMF-18の機影だ。ただのハイG機動ではない、ということだけは分かるが……
大破して脱出したからと言って、素直に捕虜になるとは言っていない。このまま捕縛される理由もないため、龍の姿に戻り空域を後にする。飛竜種は自力で飛べるため、こういったこともできる。
自力で帰りながら、彼は今起こったことを思案し続けた。