鎧住まう峻険
ガンシップとしか形容できない、謎の敵大型対空迎撃機との遭遇。
それは我々からすれば当然いきなりの接敵であり、それを撃墜できたのは幸運なことだったとリヒテル中尉が語る。
実際彼は、撃墜しきれていないことに気づいて追撃を行い、その反撃で乗機を中破させられていた。その反省も含めて、彼は今回のことを機密に気をつけながら話してくれた。
「あれは、シュールでしか運用できない。魔道兵装を多く搭載した、エンジンブースト前提の設計から見るにパイロットが龍人であることを前提としたものです。しかし同時に、反現代兵器的な風潮も持っているシュール軍では、あれほどの兵器を建造するのは難しい」
「確かに、その2つの要素は矛盾しているといっていい内容ですね。何より、あそこまで行くとグレイワールドの技術から乖離していると思える兵器です」
グレイワールドにあんな兵器はない。
かつて第二次世界大戦の爆撃機などは複数の機銃銃座を搭載して、接近する戦闘機に抵抗したことはあるというのは記憶している。しかし西暦2000年代にはこのレベルの対空兵器まみれの機体は覚えがない。
存在はしたものの記憶にないだけ、と言われてしまったら何も言い返せない。
ただ、すぐにそのままを記事に使うことは許されないが、文面での表現は許可されたとのことで例のガンシップとされる画像を見せてもらえた。その姿に私は異形という言葉しか持ちえなかった。
現在この世界にある輸送機を改造したものではない。胴体が無く、その飛行機を翼そのものと言える全翼機。どちらかというとステルス爆撃機のシルエットに近い。エンジンとミサイルポッドが後方に張り出している。翼には複数のレンズが張り付けられたかのような円盤型の魔術砲があり、片面で6基で、表裏合計12基。これがガトリングのように回転して砲撃するとのことだ。また、その巨体故にイージスシステムに近いものをそのまま搭載しているという推測まで出ている。
グレイワールドでは到底作りえない兵器。この兵器は軍艦などに搭載されるミサイル迎撃システムを空に上げるための兵器と思えるものだった。
魔術がなければ無謀。魔術があっても戦闘機で味方機が墜とされる前に敵機を撃墜すればいいので、合理性としては微妙と言わざるを得ない。これを作るぐらいならこの予算と材料で戦闘機を1部隊用意した方がいい、と何処の国も考えるに違いない。
「なんでそんなものがシュールに……不可解だ。クーデター側が勝つことによって得られる利益に、果たして見合うほどなのでしょうか?」
「現場の兵士の視点ですが、正直言って見合わないと言わざるを得ません。高度な政治的、思想的メリットがあるのかもしれませんけれども、常識的に考えてしまうと……」
だが、実際に作られた。それも生産能力と技術力から考えて、シュール以外の国が秘密裏に。
この内戦は少しだけ不自然だ。
少し、というのは別に『実はバックにどこかの国がついてて~』などというありがちなことは当然考慮しているし、言ってしまえば当たり前のことだということ。
思想的クーデターがどこかの国の力を借りていることなど、もはやどの世界であってもザラだろうしそんなことは気にしない。彼ら前線の兵士たちが解決しなければならないことでもない。それは政治家の仕事だ。
現場としての問題、そしておかしいと思える部分は、提供されている質と量だ。
戦闘機や襲撃機の数がまずおかしい。すでに国連軍はシュール空軍に配備されていたであろう航空機と半数を撃墜している。もとより現代戦否定派の存在のせいで、シュールはその国土に似合わないほど少ない数しか現代兵装を装備していなかった。それと同数を、すでに撃破しているはずなのだ。
そのうえで、敵は未だに空軍戦力に余裕がある。多少増やした程度であれば、すでに戦力としては使えないほど疲弊し、指揮系統は混乱していなければおかしい。だが、現実としては組織的抵抗を未だに維持している。そして今回の妙なガンシップ。
これを支援として無償ないし安価で渡しているとなると、提供元と睨まれているボレベインの国防に穴が開きかねない。そもそもこの数を秘密裏に渡すことすら難しいはずだ。
果たして、これはただのクーデターで終わることなのだろうか。
「ブリーフィングを始める」
以前より多少なりとも血色の良くなった准将が正面に立つ。ある程度戦局が押し戻せ始めていることに、少し安心したのだろう。目の隈もなくなっている。
とはいえ、まだ勝てるところまでは戻せてない。それに加え、撤退も許されていないだろう。彼も彼で辛い立場だ。
「敵は少しずつ戦線を後退させつつある。増援の話もついたらしい。君たちの奮戦のおかげだ、反撃の機会はきっとくる」
「それの先駆けとして、諸君ら空軍には再び敵陸上戦力を叩いてほしい。場所は山から北西西にある敵基地だ」
「敵基地の規模は大きくないので小細工はあまりしない。する余裕も我々にはあるとは言えないからな。襲撃機と戦闘攻撃機で打撃隊を編成、北から山肌に沿って侵入し空爆せよ。主な対象は機甲戦力でありながら、山岳での運用で力を発揮するVMTだ。今回の作戦は敵の山岳戦における主戦力の排除であることを忘れるな。以上だ」
作戦内容は小細工をしないを通り越して、極めてシンプルという域であった。
VMT、唯一この世界でグレイワールドの影響をあまり受けていない兵器だ。
全高5m前後。イメージとしては一人乗りの軽装甲車以上、戦車未満の高機動兵器というイメージだ。装甲は魔術に頼らねば戦車には及ばないものの、ミサイルなどの搭載をすれば火力は戦車に迫る。驚くべきことに、この兵器は戦車に負けないレベルの歴史を持っている。汎用性は時代を追うごとに高くなり、現代兵器が搭載する兵装の多くを共有できる存在となっているのだ。
幼いころの私はこの兵器の存在に心躍らせたものだが、現実というものは冷たいもので、これを用いて無双できるというものではない。グレイワールドの合理性が保証されている兵器たちと異なり、言ってしまえばこの兵器系は未開の分野であり手探りなのだ。幸い、この世界の戦車と黎明期から競い続けため実用性に対する疑問視はあまりないが、器用貧乏という声はよく聞く。
しかし、厳しい山岳地帯が国土の多くを占めるシュールにおいては、その汎用性と人型ということに多くの利点がある。多くの戦闘車両の進入を拒むこの地形において、VMTが高い汎用性を以ってこれらの代わりをすることができたのだ。つまり、シュールの陸上戦は内陸に行けば行くほどVMT同士の戦闘が多くなり、空軍によるそれらの掃討は陸上戦を有利に進めるのに必要なことなのだ。
作戦内容をメモに書く。正直、記者である私に作戦が終わる前に内容を伝えていいものなのか、と思う。私はスパイと思われていないのか。
たしかに、私はこの戦争が終わって生きていれば、その時に彼らを中心として記事を書くだろう。私の今の興味は彼らであり、戦争そのものを記事にするつもりはとっくに失せていた。そもそも、そんなもの別の記者が書いてるに違いない。
だが、それが軍からの信用にはならない。後で罪に問われたりしないだろうかと不安になっている。
そんな私を横目に、彼らは滑走路に進んでいる。悠然と、迷いなく。
彼らは任務を拒否しない。ただしパイロットとして求められている以上のことをやることもない。あくまでも軍人としての【義務】に忠実なのであって、軍に忠誠を誓っているわけではない。先日無茶をしたリヒテル中尉はその日の晩、クリス大尉に厳重な注意をされたそうだ。
あの無口で無感情なのではと疑ってしまう、あの大尉に。
「必要以上のリスクを負ったからだ。気づいた俺が追撃を掛ける体勢を整えていたにも関わらず、あいつは死に急いだ。軍人は命を張るべき瞬間があるが、それ以外に命を張るのは無駄な損耗だ。俺はそれを絶対に許さない。」
私が彼に理由を聞いた時の、彼の言葉だ。口数の変化は感じないにもかかわらず、その時の彼はとても饒舌に思えた。
私は彼を誤解していたのかもしれない。彼は口数が少ないだけで部下への思いは人一倍に大きいのだろう。彼の言ったことはただの正論だということはわかっているが。
そのクリス大尉の機体が離陸する。
真っすぐ空へと延びていく姿はとても毅然としたものであり、彼の思いと信念の固さを表したかのようだと、私は思えた。
□
先日のリヒテル機の中破、そして出撃する他の部隊の特性と敵想定戦力から、今ランサー隊は変則的な編成になっている。クリスはMF-18に乗り、他二人は護衛としてP-16に乗っていた。
翼の先にある短距離対空ミサイル以外は、すべて対地ミサイルである。その数は10発。爆弾ほどの威力はないがVMTを狙うのであれば十分な火力を持っており、確実に当てて仕留めるつもりで搭載している。
「ランサー隊、および攻撃隊はウェイポイント6に到達」
『イビルアイ了解、もうしばらくしたら作戦空域だ。そろそろ覚悟を決めておくんだな』
ウェイポイント。仮想上に設置された地点であり、これを経由することで飛行経路を確立する。
山を、その山肌に沿うように迂回する関係上、ウェイポイントは作戦内容と距離の割には細かく設定されていた。
『……レーダー照射!?こんなところで!?』
どうやら、味方機が敵レーダーに見つかったようだ。想像より敵の対空陣地が広い。まだ基地まで距離があるうえに、先ほどまで見えていた風景に間違いがなければ、とても対空兵器がおけるような環境には思えなかった。基地付近ならばある程度なだらかになるが、それまでは激しい山岳地帯が未だに続いてる。
しかし事実としてはレーダーは設置されていて、味方機はロックオンされている。想像以上に厳重な警備体制の中にあるようだ。
『接近警報!ミサイルだ、躱せ!』
IFFの応答がないとみるや容赦なく砲撃してくる。淀みない、が機械というほど反応が早くない。有人式の対空陣地だ。こんな過酷な地形に設置されているとなると、ますます以って龍のバイタリティには畏敬の念を抱かざるを得ないとクリスは思った。
全機がチャフを散布しながら回避機動を取る。編隊は解除せざるを得なかった。ここまでレーダーの設置しづらいだろう場所をねらってウウェイポイントを設置してきたため、それが最後の最後で崩れる無念さを噛みしめなが彼は操縦桿を引く。高頻度で作戦に出撃しているのにも関わらず整備が行き届いているこの機体は、彼の意思に寸分もたがわない飛行をして見せた。
『爆弾を抱えてる機体はランサー1を除いて退避。ランサー隊はSAM陣地の把握と撃破を試みろ』
『なんで隊長がそんな危険な任務やらないといけないのさ!』
『他に誰も出来んからな。分かったら働け』
不貞腐れながらイオンは高度を下げて目視も含めて探索を開始する。クリスはイオンがイオン自身のことを心配していないことに不安感を覚えながら、いつでも対地攻撃態勢に移れるよう飛行をづけていた。イオンは対地探索用のサーモグラフィシステムを起動し索敵を開始しており、座標情報がクリスの機内にも共有されている。
敵は、彼らの想像より早く見つかった。熱対策はしていないらしい。
『……敵発見、敵対空兵器はVMT。繰り返す、敵対空兵器はVMT』
「そうきたか……いや、考えれば当然だったか」
この地形にまともな性能を発揮できる状態で持ち込めるのはVMTしかいない。もとよりこの山はVMTによる汎用兵器の巣窟なのだ。おそらく即席レーダーサイトもVMTの背中に乗せて運搬。設置するか搭載したまま待機するなどして、複雑なこのエリアでも敵機を発見できるようにしたのだろう。
やっかいなのが、設置状態ならばともかくVMT搭載状態だ。レーダー本体から自衛としてミサイルや30㎜弾を発射してくるようなものなのだから。接近しすぎたらヘリのチェーンガンと同じ性能の対空砲火を浴びることになる。こちらが発射するミサイルだって万が一墜とされれば後が苦しいし、防壁だって張ってくるかもしれない。
敵の練度次第で撃破難易度が天と地ほどの差が出るのもVMTだ。そして、魔力の塊のような龍がそれに搭乗している。一筋縄ではいかない。
クリスは小手調べに対地ミサイルを、見つけたVMTの一機に向けて発射する。
その間クリスの機体ではロックオンアラートが鳴り響き、いつSAMが飛んできてもおかしくない状態であった。並みのパイロットなら怯えもしただろうが、いつも無茶振りばかりされているクリスは聞きなれたものであった。
回避機動をとりつつ、リアルタイムで送られてくる地上の画像を見てミサイルがどうなるか観察する。
突き進むミサイルは、かなり接近してから敵の直接射撃の対象になるも、その速度と角度から迎撃は難しかったようで命中の爆発が見えた。
『敵対空VMT撃破。次にかかれ……おい、ヒース3。何をやっている。退避しておけ』
『適材適所だ。接近しすぎるつもりはない。こちらのMF-18には観測ポッドがついてる。照準はこっちでやってやるから襲撃機は無茶するな。こちらもしないからな。』
「感謝する。敵の指定は頼んだぞ」
友軍が索敵の支援を始めてくれた。あれはありがたい。機体の横方向にも索敵できる索敵システムが間同法の代わりとしてセンターパイロンに搭載されており、危険域外から旋回しながら対象を捉え続けることができる。こちらの襲撃機はそんなものを搭載できるわけもなく、半ば遠距離から直接照準するかのように敵を捉えていなければならなかった。
一応ヒース3も爆弾を搭載しているうえ、ここで損耗すれば爆撃効率の低下は避けられない。だからイービルアイはヒース3を退避させたのだろう。だが、ここで足止めを食らえば後のことはどうでもよくなってしまうことを考えたのか、そこから引き留めることはなかった。
『対象をマークした。ぶちかませ』
「了解。ランサー1、投下」
対地ミサイルが発射され、再び人型を砕く。
敵は自分たちに向けられる対地兵装への対処が効率的に行えない装備だったのか、それとも練度の問題か、次々と撃破されていく。こちらの対地ミサイルは残り2発となってしまったが、それで付近の対空火器は片付いたようだ。
『発見されるとかはもう気にしなくていい、とっとと突っ込め。接敵の報は敵航空隊も受けてるだろう。もたもたしていると近くの基地から迎撃の機が襲ってくる』
あとは短時間で可能な限り敵を排除するだけ。今回の作戦目標は敵陸上戦力を削ることであって、ここを掃除しに来たわけではない。
そういう面において即席対空システムになっていたVMTを破壊したことは、それなりの戦果になるだろうが、それでは足りないだろう。なにしろ他の機は爆装をまだ抱えている。落とし来なければサボりと言われてしまうかもしれない。
そのまま全機可能な限りの高速度で基地上空に侵入する。爆弾を抱えている機体はすれ違うかのように上空を一度通過する。一拍置いて、彼らが空中で置いていった爆弾が基地に突き刺さって爆発した。
その破壊工作が終わった後にミサイルが主兵装の機体は混乱に陥ったVMTや、格納庫が破壊されて出撃前の無防備な姿をさらしているVMTに向けて、的確に対地ミサイルを撃ち込んでいく。
程ほどの距離を維持しているヒース3は、それらのミサイルが着弾すべき場所をマークする仕事を続けていた。
彼らがいて本当に助かっている。こちらは指定された場所に当たるようミサイルを発射するだけで済むのだから。危険度で言えば確かにこちらが負荷は大きいが、その負担を遥かに軽減させ生還率を上げてくれているのも彼らなのだ。感謝こそすれど恨み言など出るわけがない。
『……こちらヒース3、ロックされた』
『クソ、ランサー2、ランサー3。地面からは大した反撃がないからヒース3の援護に向かえ。迎撃の機が到着したようだ……すまない、ステルスで今の今まで接近に気づかなかった。仕事がないならランサー1もだ』
さっきので対地ミサイルをほとんど撃ち尽くしてしまったクリスも、その出がらしである2発を基地施設にぶち込んだ後、対空迎撃をインターセプトするために機首を上げる。
「聞いてたな。恩返しだ、ヒース3を墜とさせるな。全機上昇、ヘッドオン」
『コピー』
『コピー』
クリスは撃ち切った対地ミサイル用のシステムを落として、武装を対空近距離ミサイルに切り替える。
彼は思案する。ステルスとなると、予測される敵機は3機のGf-54。機体性能として格闘戦に関してもこちらより上だろうし、この前の変態が相手となると攻撃隊を守り切れる自信がクリスにはない。
敵と同じ高度にまで昇る。姿勢を直し、ヘッドオンする。イオンの声が無線から聞こえた。
『先制……できないや。今、全機レーダーから消えた』
ステルス魔術を起動したらしく。3つあった敵影は全友軍のレーダーから姿を消した。敵は機動性が高いのだから遠距離で仕留めたかったが、やはりやらせてはくれない。
ドッグファイト体勢に移りながら、短距離ミサイルの用意にかかる。ステルスに魔力を持っていかれて、他の魔術に割く魔力の余裕はないはず。この前のレーザーによる奇襲やらはないはずだ。
――この前のあいつは、こんな中途半端なことをするだろうか。
クリスは思案する。感知が遅れたのは、機体特性によるもので魔術的な物ではない。感知されてからロックオンの妨害にステルスを使う、というやり方は何か違う。たった一度だけ交戦した経験からなので当てにならないが、それでもあの異常なパイロットではない気がした。
ヘッドオン状態で距離を詰めあう。
先行して迎撃に当たっているランサー隊以外は対地攻撃とそれの援護の真っ最中だ。助けは来ないと思った方がいい。
電波が効かないのであれば、こちらは熱源探知式の短距離ミサイルと同じ誘導式の魔道弾、機銃での攻撃となる。どれも射程は短く、今の距離からは攻撃は叶わない。
そこまで来てクリスは思いつく。お互いこうするしかないが、別に遠距離でこの状況に持ち込んでも別に変らないはずだ。むしろ、中距離ミサイルの弾数に劣るこちらが不利になるので、近距離に詰める利点はあまりない。龍である以上、ドッグファイトの限界性能もあちらが上だが、リスクははるかに遠距離より大きい気がしてならない。
「嫌な予感がする。上昇しつつ散開しろ」
ヘッドオンによるほぼ同時の撃ちあいを捨てる。高度という名の位置エネルギーを得ながら敵の様子を窺うべく散開。イオンとリヒテルはそれぞれ左右の斜め上に、クリスはそのまま機首を上げて上昇する。クリスは敵との高度差を500mつけたところで機体をひねり背面飛行、下にいるであろう敵機をキャノピー越しに目視で探す。お互い、短距離ミサイルの射程まであと僅かのはずだ。
「敵機確認……進路そのまま、いや、今それぞれに狙いを定めて散開した。ドッグファイトに備えろ」
すれ違う形になるタイミングで敵はランサー隊各機を追うように散開した。露骨にランサー隊各機の背後を取ろうという意思が見えている動きだ。
当然素直にやられるはずもなく、ランサー隊は旋回戦に入るためそれぞれが旋回する。リヒテルとイオンはさらに散開するように外側に向けて旋回。逆向きに旋回戦を始めたらお互いに衝突しかねない。
背面飛行状態のクリスはそこからさらに操縦桿を引き、機首は地面に向かっていき高度が下がる。縦に半円を描くような機動に敵は追随してくる。
だが、縦旋回戦にはしない。MF-18もグレイサイドの戦闘機を模倣した機体であり、模倣元の上昇性能は悪くないがいいとも言えない。その模倣元よりもエンジン推力が上がっているとはいえ、元設計にはある程度縛られている。苦手な分野で争う必要はない。というかまず、一対一のドッグファイトにこだわる必要もない。
機体が水平に戻ったあたりで引いていた操縦桿を右に倒す。イオンのいる方角に向けて旋回。イオンは左旋回を続けている最中であり、このままお互いが現在の機動を続ければすれ違うようになりそうだった。
お互いについている敵機は、同じ軌道をたどってこそいるがかなり距離がある。誤射の可能性は、低い。
「ランサー3、合わせろ。そちらの敵機を撃つ」
『ウィルコ。そちらの敵をロックできた』
こちらでもイオンを追っている敵機を視認した。短距離ミサイル。レーダーではなく敵の発する赤外線をシーカーによって、補足することで敵を認識できる。
低く鳴り響いていたロック待機状態の音が、瞬く前に高い音へ変化する。ロックオン。
すでにお互い、向かい合うような姿勢に近くなっていた。ただし、機種方向は完全にお互いを追いかけている敵機を狙っている。
「FOX2」
『FOX2』
それぞれが同時にミサイルを撃つ。敵は今、回避しなければならない。何もしないというのならば、命中する。
しかし彼らは何もできなかった。パイロットが龍であろうともいかんともしがたい状態であったのだろう。本来なら、こうなる前にこちらの動きを読み、仕切り直しをしなければならなかったのだ。やはり、ヤツではないだろう。
お互いの後方で爆発が起こる。ミサイルの近接信管が作動し、敵の間近で炸裂した。
ミサイルの破片が敵機体のいたるところに突き刺さり、翼やエンジンを粉砕する。撃墜だ。
『こちらランサー3、こちらにいた敵機が引き上げていきました』
3対1では勝ち目がないと思ったからだろうか。そのクリスの考えは間違っていなかっただろうが、実際の正解は無線からもたらされた。
『こちらイビルアイ。地上の掃討を完了したとの報告を受けた。ミッションは成功、全機RTB』
帰還命令。作戦は無事成功し、地上に合ったVMTの多くに損害を与えることができた。あの残ったGf-54は防衛対象の壊滅を受けて、戦闘継続の意味を失い撤退したのだろう。
そのようにクリスは結論付けて、旋回して帰り道の始点であるウェイポイント6に機首を向ける。部下二人もそれに追随した。
その周りに、味方機も集まってくる。被弾している機体はあるが、数は減っていない。比較的リスクが少ない任務だったとはいえ、想定外が起きたのにも関わらず損害は少なかった。
このままいけばいいが、そうはいかないだろう。敵は黙ってはいまい。
□
デブリーフィングで、ヒース3が撮影した画像を確認する。ヒース3は照準補助と同時に偵察機材も積んでおり、照準した相手を撮影するという仕事もこなしていたのだ。
「VMTもボレベイン製のが主だな。それも元々配備されてた輸出用メインのシチェークMk.2だけじゃない。一昨年実戦配備が開始されたスエントヴィートがちらほらいる 」
「もしかしてボレベインの軍だったんじゃ」
「よく見ろ、肩の国籍マークとかが全部シュール陸軍だ」
MECドライブというものは、冷戦期に実用化されたものだ。シチェークに関しては既存機のMEC対応改装を施した旧式機体であるのに対して、スエントヴィートはMECドライブを前提とした設計をしているため性能は雲泥の差と言っていい。電子系もかなり進歩した機体らしく、基地の前で対空攻撃を行ってきたのも主にスエントヴィートだ。コストも当然国防用らしいものであり、輸出のためには製造されていない。
ボレベインが支援しているのはどう見ても明らか。だが支援の質と量ともに不自然なほどに充実している。
少なくとも、ここまではっきりとした証拠を腐らせている必要はない。シュール制圧に赴いている国連軍は、この情報を国連のしかるべき場所に通達する。ボレベインに圧力が掛かれば敵の兵器の追加支援を抑えたり、運が良ければボレベインから謝罪に近い形で増援が送られてくるかもしれない。現状を打破するためにも、今はこれが最善だ。そう国連軍は判断した。
戦局は、また動く。