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コロルサイド 鋼鉄翼の屠龍機  作者: 桜エビ
本編
3/14

龍の吐息

 ――外れた。

 男にとって、それは驚嘆に値した。

 グレア・フィリップス。それが彼の名だ。階級は大尉。

 かつてボレベイン空軍へ教練を受けに行き、実戦も経験した龍人だ。


 僚機と哨戒任務に出た直後、基地から『ブンザルバード近郊に集結した陸軍が空爆を受けている』という旨の連絡が入り急行した。

 そして、中距離ミサイルを撃ったと地上から報告を受けていた襲撃機を標的として、Gf-54のセンターパイロンに搭載された魔道多目的砲のレーザーモードを発射した。中距離ミサイルを撃ち切っているならば、一方的に攻撃できるはずだからだ。

 だが、奇襲にも関わらず敵機は回避した。僚機のリカバリーも早い。

 中距離ミサイルを即座にこちらへ向けて発射し、狙われた味方機の体勢を立て直す時間を稼ごうとしている。


 「……させるか」

 

 回避機動を取れば時間を取られる。それは敵の思惑通りだ。

 敵の思惑に乗ってやるのは気に食わないし、当たり前だが乗るということはこちらが不利になる。

 撃とうとしてミサイルに切り替えていた武装を、多目的魔道砲のレーザーモードに戻して、レーダーとそれを反映させたHUDを睨みつける。

 こちらに真っすぐ向かってくるミサイル相手なのだ。照準は、簡単についた。


「レーザー発射」


 機体記録に残すように兵装の宣言をしながら、静かにトリガーを引く。

 機械の計算と照準補助が入れられている正確な砲撃は、グレアを狙ったミサイルを正確に消し去った。

 

 Gf-54、正確にはそれのA型は決して魔力出力に優れてはいない。

 ――実は、最新鋭と宣っておきながら、エンジン回りはかなり旧来通りの設計なのだ。

 なぜならばA型は形を整えただけの先行試作型であり、実戦データを得てからエンジンを最新のステルス前提設計型に差し替えることで、ボレベインの国防軍向けモデルにするつもりだからだろう。

 ゆえに、今の出力はグレアの魔力も投入して強引に増大させた一時的なもの。現代戦闘機で言うならば、アフターバーナーといったところか。


 さて、どう出るか。

 高度な曲芸というべきか、それとも奇行というべきかその判断のつかない二発のレーザー(なお、この行為は友軍すら度肝を抜かれた)。これを見た敵航空隊の動きを観察する。


 □

 

 「直進だけはするな、あのレーザーの精度は高い。散開して接近しろ」

 

 戦場では、悩むのは手を動かしながらでなければいけない。突っ立っている暇はない。それが隙となって撃たれて死ぬ。空にはまともな遮蔽物がないうえに、常に進み続けなければならない為、尚更それが際立つ。

 クリスはこの戦闘機――Gf-54の戦闘能力を考えつつ、手は戦闘機動を取っていた。まともに直進していればレーザーの的だとミサイルの狙撃を見て理解したクリスは、常に機動を不規則に変化させながら接近を試みる。

 敵は中距離ミサイル持っていないのか。持っているとするならばなぜ発射しないのか。奇襲効果が得られなくてもマルチロックで全弾を発射していれば数を減らせたかもしれないのに。

 そうクリスは思案しながら接近を続ける。


 その直後アラームが鳴り響く。レーダーロックだ。

 ミサイルを抱えていないわけじゃない、下手に近づけばそれはそれで命はない。

 そういうつもりか。とクリスはわずかな声でつぶやく。

 積んでるのはこちらと同程度の射程を持つ赤外線補足式の短距離ミサイルだろう。任務の特性を考えれば、中距離ミサイルは積んでいるだろうが、あえて使わなかったのか?

 なら、後悔させてやる。彼の結論は出た。


 武装を選択する。

 こういう時のためにおあつらえ向きの魔術砲がある。何より、今は攻撃に魔力を使う場面じゃない。近距離に踏み込んで一方的に攻撃できるならミサイルでいいのだから。

 クリスはそこまで思考して、短距離ミサイルの間合いを探る。

 突然、ミサイルらしき物体の射出をレーダーが捉えた。

 来た、彼は呟きながらトリガーをかなり短い間隔で2回引き、それと同時に実体フレアも射出する。

 直後右に機体を傾けてスライド。

 

 発射された――というより、砲身から切り離されたように見える魔道弾は、攻撃よりも攪乱用。エンジンから放出される赤外線(熱反応)をそっくりそのまま模した波長の赤外線を放出して、敵機の熱感知式センサーを欺瞞するフレア弾。調整されているといえただの赤外線、つまりは熱を放出するだけの魔術のため、2連射しても魔力面ではそこまで負担にはならない。もちろん、逆に銃身に対して熱の負担はかかるが。

 

 完全とは言えないだろうが、大量に襲撃機と思われる熱反応が増殖し、しかも2つはコースを維持して接近してくるように見えるのだ。

 ミサイルは、コースを維持するフレア弾に引っかかった。熱の塊であるフレア弾を、炸裂した弾頭の破片が粉砕する。

 こっちはフレアに対して別のコースを取ったため、はっきりと敵の熱反応が見える。

 短距離ミサイルの間合いにはとっくに入っている。

 レーダーによるロックが完了し、初期誘導のための機体レーダーによる誘導が可能の状態になる。

 敵の僚機も横にいて、そちらにもロックオンが終わっていた。


「ランサー1、FOX2、FOX2」

 

 発射した後に、今度は右に上昇しつつ旋回する。

 もし墜とし損ねれば、次は格闘戦だ。位置エネルギーを蓄えつつ、適切な位置と間合いを今のうちに見極めねばならない。

 アフターバーナーまで使って、一気に上昇する。

 撃墜は部下かイービルアイが確認してくれるだろう。


『……隊長のミサイル、2発とも命中せず』

「了解した。こちらがおとりになるから確実に墜とせよ」


 ランサー3、リヒテルの報告。

 こちらのもフレアに引っかかったか。


『敵機が散開、レーザー撃ってきた方が隊長の方に行くよ!!』

「もう一機は?」

『ランサー2と旋回戦をする気みたい。隊長は私が援護……』

「あっちから援護要請があればあちらに行け。ミサイルを撃ち切って墜とせなかった時もだ。」

『しかし隊長……』

「命令だ」


 これほどの相手だ。僚機の実力もまだ見えていない。

 このレーザーを撃ってきた敵のドッグファイト能力次第では、クリスが単騎でさっきの敵と同じレベルの奇襲をした方が、まだ確率が高いかもしれない。

 そうクリスは思考し、この命令を出した。


『……ウィルコ』


 しぶしぶ承諾した。クリスに大きい感情を抱いているイオンにとって、徹底的に支援することを禁じられたと同じ状態だ。

 納得しないのは当然だろう。

 それをクリスは押し切った。


 ミラーで後ろを見ると、二機が背中についているのが見える。敵機とイオン機。

 クリスはイオンと呼吸を合わせたのち、続けていた右旋回をやめて直進し始めた。

 

 『ランサー3、FOX2』


 その機動の変化反応が間に合わず、敵機は旋回するのが遅れてクリスの後ろから引き剥がされる。イオンはその敵機の背中に容赦なく短距離ミサイルを撃ち込んだ。

 射線がかぶっていたら、味方のエンジン熱を誤ってロックオンしてしまうかもしれない。故に、こういう機動が必要なのだ。

 

『こ、コブラ!?複数戦で!?』


 ミサイルの発射にタイミングを合わせ、敵機は機首を急激に引き上げることで高度を維持したまま減速する。場合によってはその場でホバリングまでできる、コブラという戦闘機動。

 急激に減速した敵機は、ミサイルとイオン機に急速に接近する。ミサイルは起爆せず敵機のすぐ近くを通過し、イオン機は敵機を追い越してしまった。

 

 ミニマムキル。母機との距離に反応する安全装置だ。

 対空ミサイルは爆発することで、自らの破片を銃弾と見まがう速度でまき散らし、敵を攻撃する兵器。

 その関係上、被害範囲はミサイルの進行方向だけではない。近すぎれば、発射した母機にも被害が及ぶ可能性かある。

 そのため、発射してからあまり時間経っていない――母機との距離が近い時には安全装置が働き起爆しない仕組みになっているのだ。

 それを利用した。そもそもがかなりの近距離でミサイルを撃ったために起きた現象だった。

 

『なら、そのスキをもらいます。ランサー2、FOX3』

 

 だが、この行為は合理的とは言えない。

 本来ドッグファイト、それも複数機いる環境であからさまに速度を落とすのは自殺行為だ。速度を失えば、そのあと激しい戦闘機動をしたときに失速して墜ちかねない。急旋回やその他激しい動きは速度、言い換えれば運動エネルギーというリソースを消費して行うものだ。それの不用意な減少は選択肢の切り捨てとも言い換えられ、いざという時に自分の首を絞める。当然、敵としてはそれを見逃すはずがない。


 中距離ミサイルをまだ抱えていたランサー3は、敵僚機を引き剥がしてミサイルで狙撃する。レーダーロック式のミサイルである中距離ミサイルは、正確に敵機を捉えていた。

 当たる。リヒテルはそう確信していた。


 その直後、リヒテルのレーダーから敵機が消失した。


『……敵機レーダーロスト!?これは一体!?』


 命中したにしてはレーダーから消えるのが早い。あまりにも不自然だった。

 発射したミサイルのレーダーからも敵機は消失していることだろう。目標を見失ったミサイルは、間違って味方を再ロックオンしないよう自爆した。


 無茶の連続をする、とクリスはその様子を聞いていて思った。

 魔術で電波を拡散か吸収することによって、電磁波の反射を極端まで減らしたのだ。元からGf-54はステルスをある程度考えられて設計されている。塗料も電波を攪乱吸収するものを使っているだろう。そこに魔術で追加の電波対策を行えば、近距離なのにもかかわらず、ロックオンを維持できないレベルでレーダー反応を抑えることができるのかもしれない。

 減速の隙を狙ってくるこちらのミサイルが短距離ミサイルではなく、レーダー式中距離ミサイルであることを読んだ対策。これが短距離ミサイルならば効かなかっただろうに。

 そして、そこまでして今のポジションを維持するとなると、敵の狙いは。


「ランサー3、ブレイク!」


 直後、強烈な音が響く。

 機銃だ。


「ランサー3、状況報告。無事か?」

『左翼に被弾。だけど飛行に支障はないよ』


 幸い致命傷ではないようだが、状況を変えなければ墜とされるかもしれない。

 何しろ襲撃機の翼には燃料タンクの代わりに魔力バッテリーがある。スフィアやその他の一時的に高い魔出力が欲しい時に使うものだ。イオンは無茶を通すために使う魔力を半分失ったに等しい。

 なにより、イオンは後ろを取られている。あの敵は急減速した後なのにも関わらず、イオンは引き剥すことがいまだに出来ていない。

 おそらく急減速を燃料式のアフターバーナーによる加速で無理やりリカバリーしたのだろう。それならステルス魔術に回す魔力を確保しつつ速度を取り戻せる。この世界の戦闘機はMECエンジンとのハイブリッドだから、一瞬だけなら燃料はそこまで心配しなくてい。


 乱暴な飛び方だが、それゆえに読みを外すと手痛い。


 クリスは回り込むようにあの乱暴な機体の後ろを取ろうとするが、そこでロックオン警告が鳴る。リヒテルに引き剥がされた敵の僚機が今度はこちらの後ろについていた。

 やってくれる。そう脳裏で呟きながら左に旋回して回避機動を取る。


「警告!敵が機首を隊長に向けて――!」

 

 その瞬間、一瞬後ろに向けていた視線を前に戻す。そこで敵の機影がこちらを向いてるのを目視した。

 敵の機動力を甘く見ていた。左旋回を続けていたイオンを追いかけて同様に左旋回していた敵は、こちらの回避機動に合わせて一気に機首を上げてこちらを射線に入れたのだ。

 襲撃機の運動性能すら凌駕する、尋常ではないハイG機動。人間ならば潰れて死んでもおかしくない程の異常な急旋回だ。そこまで来て、相手にしているのが龍だったことを今さらながらに自覚した。

 ロックオン警告はない。ノーロックでのレーザー攻撃狙い。


 「上、等ぉっ!!!」


 クリスは珍しく声を荒らげる。それだけ無茶苦茶してくるなら、こちらもやってやる。という、苛立ちからだった。

 魔術弾頭、設定。トリガー。


 半透明の汚い色をした弾頭が発射され、しばらく進んだ後に破裂して霧のような何かが散布された。

 その直後レーザーが発射され、霧に命中する。

 戦闘機の薄い装甲ならば蒸散させうる出力のレーザーが、狭い面積の中で乱反射して目を焼くほどに輝いた。それに目を向けず(目を向けていたら下手をすれば失明する。)襲撃機の運動性を全力で発揮した宙返りをする。今の魔術行使で、バッテリー内の魔力は今のでスッカラカン。魔術の慣性制御によるGの緩和など、今のクリスとこの機体には出来ない。

 猛烈なGがクリスを襲う。目の前で見た龍のハイG機動には劣るが、龍ならざる身にはこれが限界だ。

 それを歯を砕きそうになるほど食いしばって耐える。


 宙返りが終わったところで、光が消える。今の光で幻惑された敵機が、無防備に姿勢を維持したまま飛んでいた。

 

「ランサー1、GUNS(機銃)!!」


 間合いは維持している。

 素早く敵機を照準に収めたクリスは、即座に武装を機銃に切り替えてトリガーを引いた。

 毎分約6000発、1秒に100発の弾丸が敵戦闘機に殺到する。このような連射速度のため、クリスがトリガーを引いていたのはほんの一瞬。それで十分だった。

 その一瞬のうちに放たれた莫大な数の銃弾が、敵機のいたるところに突き刺さり、特に銃弾が集中していた右翼が千切れた。揚力の不均衡が発生した敵機は、きりもみ回転しながら落下していく。

 

「ランサー1、一機、撃墜した……」


 息が切れる。全力の戦闘機動による疲弊。

 それでも休むことは許されない。敵機はこの隙を狙ってくるはずだ。


『イービルアイより各機へ。第2攻撃隊が到着、集結していた戦力は撃滅され、残った敵は大急ぎで引いていく。作戦成功だ』


 ……あの、レーザーを撃ってきた奇行だらけの戦闘機は撤退している。

 こちらは、逃げに徹されたら追撃できる兵装を持っていない。中距離ミサイルだって撃ち尽くしているのだ。巡行速度の差という問題もある。

 何より作戦目標は達している。

 首都を直接攻撃できる部隊を退け、すぐには致命的な攻撃は来ないことが予測できるからだ。

 攻撃機隊は、持ってきた爆装のすべてを撃ち切ってしまい、それでなお余裕があったので対地魔術弾のカットラスを使って敵地上軍を焼き払っていたとのことだ。

 それだけの攻撃をしたというのなら、かなりの規模の戦力を削ったと思っていい。

 それこそシュール陸軍の何割かだろう、といった塩梅でだ。


 一歩前進、とりあえず。

 勝てる戦いではないだろうが、クーデター軍への抵抗はもう少し続けられる。


「作戦成功。基地に帰還する(RTB)。ランサー3、大丈夫だな?」

『基地に帰還するだけなら大丈夫そう。バッテリーがダメになっただけみたいで、駆動系にはダメージが入ってないのを確認したから』


 無理をした体と機体を労わりながら、基地のある方角に機体を向けた。

 敵の対空陣地が無いと予測されている今、無理に海から帰る必要はないのだ。

 

 □


「くそっ……」


 墜とせなかった。それが屈辱的だった。

 レーザーを無力化するために、チャフ代わりに対レーダージャマーとして使われる、金属片の混じった霧を発生させる魔術を使うとは。

 完全に盲点であり、それが原因で僚機が致命傷を負った。

 なにより龍よりも体がひ弱な癖に、その目の前で体を張った機動をして撃墜していったのが、逆鱗に触れられたがごとき怒りを掻き立てた。

 我々に劣る身体能力の人間が、6Gに耐えたと喜んで攻撃に移るのが腹立たしい。

 龍であるならば、10Gまで普通に耐えられる。我々の方が戦闘機に適しているはずなのだ。


 基地から引き返すよう命じられた時はふざけるなといきり立ったが、無視して深追いしていたら墜とされていたかもしれない。

 その思考が浮かんでくることがまた腹立たしい。

 あの一機だけでなく、部下と思われる2機もかなり練度が高かった。他の部隊よりも戦場慣れしたパイロット達。


 次は墜とす。そう怒りを込めて呟きながら、グレアは帰路を急いだ。

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