ささやかな反撃
滑り出しとしては、最悪の部類だった。
私が今まで聞いた中では、最も出鼻をくじかれた戦争だといってもいい。
航空戦力は軍事学上としては全滅といっていい有様で、山の南側に回り込んだ航空隊は全機未帰還になったらしい。
山の麓で進軍を妨害しようとした陸軍に関しては、龍に加えてヘリやら装甲車やらVMTまで出てきたらしく、徹底的に叩かれて帰ってきたらしい。
散々。
この言葉が似あう有様。
そんな中で、彼らだけは平然として自らの機体の調整をしていた。
ジヌブル海軍第102特務大隊所属ランサー航空遊撃隊
友軍内からは空の便利屋と呼ばれ、戦闘機と襲撃機の2機種を乗りこなして様々な任務をこなしてきた実戦経験豊富な部隊だ。
きっと今までも想定以外の状態に追いやられ、そのたびに突破してきたのだろう。あの怒号まみれの無線の中で、彼らと連れてきたAWCSは冷静沈着だった。
何があってもパニックにならず、できることを探し、実行して生還する。基礎的でありながら難しいこの任務に忠実だった彼らだったからこそ、今回の見通しの甘い作戦からも生還したのだ。
「……もう乗せて取材はさせないぞ」
「わかっています。今は純粋にあなた達の今を取材しているようなものです」
ランサー隊、隊長。クリスファー・アルファス。
階級は中尉で、寡黙で冷静沈着。
コミュニケーションは最低限取れるが、逆に言えばそれ以上は言葉を発しない。
今も、私がまた考えなしに何かやらかすのではないかと、必要に駆られて釘を刺した。それ以上でも以下でもない。
私が自分自身の無鉄砲を反省したのを見て、問題はないと判断したか愛機の整備に戻っていく。
「どういう記事にするつもりなんです?」
「おおっと!?」
後ろからの声に驚いてカメラを取り落としかけた。
「ごめん、ごめん……驚かせて……」
「いえいえ……カメラ、ありがとうございます。」
地面に落ちる寸前で彼女が拾い上げる。
イオン・レグナンス准尉。ランサー隊の紅一点で、普段は天真爛漫な猫のようなパイロットだ。
ただ、戦績で言えば猛獣の類で、撃墜数は他二人と大差なく鋭く命を刈り取るような戦闘機動が特徴的だ。
「……隊長にまた迷惑かけない、よね?」
「もちろんですよ、あの一件でわきまえました。」
また、隊長に対して何らかの大きい感情を抱いているようであり、彼の命をより危険に晒した私の印象は、決していいものではないようだ……。
おそらく敵機をロックオンするときのまなざしであろう鋭すぎる目線を向けられ、嘘をついてるわけでもないのにたじろいでしまった。
次、何かしらで隊長の命を危険に晒せば、私は操縦できない戦闘機で彼女と空戦させられるかもしれないと恐れを感じている。
私が悪いのは分かっているが、あそこまで警戒されるとさすがに凹んでしまう。
あっそ、と言わんばかりに背を向けて歩きだした彼女を見送る。
それとすれ違いに来た男が3人目のランサー隊だ。
「……イオンが迷惑かけませんでした?」
「いえ……私が迷惑をかけた件に関してですから……」
戦闘機乗りとしては大柄で、ラグビー選手と言われても納得できる男。
リヒテル・オリダン少尉。ランサー2で、知的だが話し上手。ランサー隊の中で最も話しやすい相手でもある。
彼もクリスに大きい信頼を寄せているようだが、イオンほどではない。
「やれやれ……でも留まっていていいのですか?正直、勝ち目が薄い戦争ですが。」
さすがの彼も私がここに残っているのが心配なようだ。
戦線が押し込まれるところまで押し込まれてしまった現状、ここから逆転できるかと言えば期待薄だろう。
何より陸軍空軍そろって大打撃を受けている。国連軍であろうと損害はそう簡単に補填できるものではないのだ。
「いいんです……いま私は、あなた方を見ていたい」
そういって彼にカメラを向ける。
少し驚いた後、笑顔でカメラに目線を向けてくれた。
□
「初戦で大打撃を被った我々は、首都付近までクーデター軍の侵攻を許してしまった。これ以上の逃げ場は母国しかない。」
「そして、ここでシュール政府を見捨てるわけにはいかない。どの国が見ても、このクーデターは理不尽で軍部の許されざる過激派によるものにしか見えないからだ」
国連軍が留まり続ける理由を述べて士気を維持しようとする准将。
だが、逆効果かそんなことを気にしていないパイロットしかいない今無駄な時間であるのだが、彼はそれに気づかない。
「そこで我々はまず、彼らの首都進攻軍の出鼻を挫くことを直近の目標とする。」
モニターが本格起動し、シュール北西部の地図が以前のように拡大される。
「作戦の説明に移る。今回諸君ら航空隊は陸軍の集結地の1つになっているブンザルバード近郊を空爆する」
「接近に際しては海上から河口に低空で侵入して発見を直前まで遅らせるように。また、民間区域に被害が極力出ないよう細心の注意を払うこと。」
ブンザルバードは港町として第二の首都と言われるほど発展しており、万が一があれば民間人に多数の被害が出るのは想像にたやすい。
「しかし、たとえ河口から侵入したとして都市部進入時に露見することは明確である。都市から集結地点までまともに飛んで3分かかる」
「よって2隊に分かれ、奇襲と露払いの第一次攻撃隊、本命攻撃として第二次攻撃隊とする」
それぞれ隊の名前が分けられた画面が表示される。ランサー隊は第一次攻撃隊の護衛機だった。
それぞれの目的からか、第一次攻撃隊の方が対空戦力を多く分配されている。
「第一次攻撃隊は基地攻撃と同時に上がろうとしている、もしくは上がってきた航空戦力と対空火器を可能な限り叩き、第二次攻撃隊の進路を確保。第二次攻撃隊はその第一次隊の戦果を頼りに集結地を徹底的に空爆する」
「以上だ。諸君らの健闘を期待する」
□
「少しはマシな作戦になりましたかね……」
「無理を通すために変なことにはなってるけどね」
ブリーフィングを終えて、愛機の最終調整を行うためにハンガーへ向かうランサー隊。
今回の作戦では、より一層敵航空戦力をそぎ落とすことが期待されている。そのため、彼らはP-16で上がることに決めた。
物理搭載量と魔力出力こそ低いが、今回の肉薄戦も考えられる状況下においては襲撃機の方がいい。
「……俺たちは期待された通りに働いて生き残る。それだけだ、いいな。」
「ウィルコ」
「ウィルコ」
いつも通りブリーフィング後の不機嫌モードなクリスは静かに命じ、二人はそれに従う。
命を懸けるのは、上から期待されていることを成すまで。それ以上のことをして死ぬならやるな。期待されている成果を出すまでの間とて命を安くは扱わない。
それがランサー隊にある無言の掟。
いつも便利屋として使われ、時には危険な状況にも放り込まれるランサー隊にとって、破ってはならない掟だった。
迫る作戦時間に、ランサー隊は素早く自らの機体の離陸準備にかかった。
『管制塔よりランサー1へ。離陸を許可する。ランウェイ090に進入せよ』
タキシングの時間が終わり、滑走路に進む。
進入する前に動翼のチェックと計器のテストを終わらせたランサー1は、早々に離陸体制に入った。
ブレーキを踏んで一時停止。最終チェックを行ったクリスは、ブレーキを解除するとスロットルを上げて機体を加速させる。
離陸速度を超えたところで操縦桿を少し引く。
機体はふわりと浮き上がり、地面という束縛から解放されたかのように大空へと舞い上がっていった。
『ランサー1、高度制限を解除する。幸運を!』
空港から少し離れたところで旋回し、僚機を待つ。
僚機とともに飛ばなければ成功する作戦も成功しない。一人でひたすら目的地に飛ぶなど無意味なことだ。
『ランサー2、お待たせしました』
『ランサー3、上がったよ』
しばらくして他の2機が上がる。
まだ作戦は始まってもいない。ランサー隊のほかにも第一次攻撃隊が上がっていないのだから。
一機で飛んでも無駄なように、複数部隊の作戦では一部隊で飛んでも意味がないのだ。
□
編隊を組み、海を低空で飛ぶ。
元が火山であるシュールの山々。火山性の大地は海底にも影響を与えているのか、美しい海がすぐ近くに広がる。
ちょっとした観光をしていれば十分な暇つぶしになったようで、龍人の港町が目視できるようになってきた。
幸い、クーデター軍は海軍をまだ掌握していない。陸地からのレーダー網を回避できれば、海路は今ところある程度安全なのだ。
『イービルアイから各機へ。町を通る以上そこまで気にしなくていいが、川を可能な限り低く飛ぶように。橋に機体をぶつけるなよ』
低く飛べば飛ぶほど、集結地の即席レーダー網からの捕捉は遅くなる。
街にいる兵によって目視で発見されはするだろうが、レーダーに映らない以上敵はこちらの正確な位置まで把握できないし、遠距離ミサイルで攻撃するのも遅くなる。
河口が近づき、橋が見えてきたところで少し高度を上げる。
クリス達は橋の下をくぐれないことはないが、ランサー隊は編隊の先頭であり、後方の機の先導も兼ねている。
アクロバットな飛行をして後方の味方を困惑させるわけにはいかない。
港から貨物を輸送するためであろう鉄橋が高速で足元を過ぎ去っていく。
目の前にも民間用途の橋がいくつも架かっている。
『ぶつけたら現地民からどれだけ非難されることか……』
リヒテルが思わずつぶやいた。その直後、通信が入る。
『こちらイービルアイ。傍受している敵の無線が騒がしくなり始めた。少なくとも駐留してる部隊には察知されただろう。気を引き締めろ』
傍受しているといっても内容が分かるわけではない。あくまで、通信の量と頻度をキャッチしているだけだ。それでもこれくらいのことを察知することはできる。
こうなれば、おそらく航空戦力を有しているであろう集結地のクーデター軍から反撃があるだろう。
奇襲なのだ。ここからは時間との勝負。
「聞こえてたなランサー隊。味方護衛のため先行する。少しペースを上げるぞ」
敵の練度が低いと見積もっていたが、それが全体的なのかどうかは別の話だ。元から空軍に所属してる部隊の飛行時間は十分だろうし、その部隊が侵攻していきている軍にいるかもしれない。そうなれば離陸も決して遅くはならないだろう。スクランブルで2,3機は上がっていることは覚悟しなければならない。
スロットルを少し押し込み、エンジン出力を上げる。小型でMECエンジン単発のP-16はスロットルからの情報を受け取りエンジン回転数を上げ、即座に機体は速度を増していった。
都会化しつつある港町を抜け、開けた地形に出る。ここまでくれば即席レーダーであってもこちらを捉え始めている頃だろう。
高度を上げて空戦に備える。
『こちらイービルアイ。敵は幸い離陸した直後のようだ。未だ呑気に地べたにいるノロマは味方に任せて、空の敵はお前らが早いところ喰らいつくせ』
「ウィルコ。ランサー1、エンゲージ」
『ランサー2、エンゲージ』
『ランサー3、エンゲージ』
離陸した敵機は3機。素人としては速い方だろう。先行して露払いしているため、第一次攻撃隊の本隊が来るまでにもう2機は上がるかもしれない。
どれも遠すぎて目視がかなわないが、しっかりとレーダーに機影は映っている。それだけで攻撃するには十分だ。
高度が優位なうちに、搭載できる4発のうち2発持ってきた中距離ミサイルを打ち下ろすかのように発射した。
「ランサー1、FOX3、FOX3」
コールする。
伸びていく白煙は、敵機の行く先を遮るかのようまっすぐ進んでいく。
――レーダー反応が乱れた。
チャフが散布されたのだろう。以前奇襲返しをしてチャフを撒いてなかった敵よりかはマシなのかもしれない。
だが、それだけでは回避できるとは限らない。
『……命中。レーダーから消えた』
攪乱は、必ずしも成功するわけではないのだ。
イービルアイからの報告で、運がなかった1機を撃墜したことを確認する。
「先制攻撃はここまでだ。目視圏内になるぞ」
『わかってます。先行して追い込みますよ、ランサー3』
『ウィルコ……っと、味方が攻撃を始めた』
対地ミサイルと爆弾を積んだ味方のMF-15が空爆を開始した。
集結地の上空なのだ。もたもたしていたら迎撃機に離陸されるかもしれないし、下の簡易対空陣地から地対空ミサイルが飛んでくるかもしれない。
だから第一次攻撃隊はそれを早急に潰す。
それに対してランサー隊は、目の前で飛んでいるリスクを叩き落とすのが今の仕事だ。
『敵はAs-34ですね』
「滑走路が見当たらない……外部動力で垂直離陸してるのかな。この状況でよくやる」
この世界には魔術があるが、今の戦争では兵器の汎用性を高めるために用いている。
今乗っているP-16だって、もともとの設計図では空母離着陸ができない。空母からP-16を使わなければならないという無茶振りをされた場合は、空母の動力を借りた魔術によって、翼にその場で空気を当てて垂直離着陸させることで運用している。
便利屋にとって、魔術は相棒といっていい。
『敵機の後ろを取りました。スフィア……外しました』
そんな魔術だが、P-16はMECエンジン単発。
サイズに対する出力こそ十二分にあるのだが、その多くが推力に取られて戦闘に使える分は決して多くない。
故に弾数が実質無限なスフィアも、気を使って撃たねば魔力不足でエンジン推力が低下する。防壁など以ての外だ。
襲撃機全体の宿命。
ジェットエンジンに組みみハイブリットにすることで、出力に余裕こそあるがサイズダウンできない戦闘機を見ると、魔術の汎用性という部分を小型化に割り振ってるともいえる。
リヒテルが撃ち漏らした一機はしばらく誘導兵器が来ないだろうと踏んで、蛇行をしつつ攻撃隊に迫る。
しかし5回目の切り返しの時、横合いから鉛の雨が降り注いで粉砕されていった。
『ランサー3、一機撃墜』
イオンは追いかけていたもう一機に振り払われ、再捕捉が容易なポジションのクリスにバトンタッチした後こちらの援護に回っていたのだ。
切り返しの時の動きが鈍る瞬間を見定めて、軸を合わせての機銃射撃。イオンの存在を認識できていなかった敵機は、切り返しのスキをイオンに対してあからさまに晒していたのだ。
『こちらフリューゲル1。見える限りの地対空戦力は焼いておいた。ここから先、対空攻撃される心配はかなり減ったぞ』
『了解した……いやまて、ボギー、ハイスピード。方位010、高度3000。おそらく哨戒にでてた航空機だろう。脅威となるから墜とせ』
異変に気付いたか、地上が呼び戻したのか。あらかじめ任務に出ていた航空機が引き返してきたようだ。
いや、たまたま別の基地の機体が通りがかったのかもしれない。
速い。しっかりのこっちの飛行ルートの軸に合わせて飛んでいる。行動に躊躇いが無い――。
「……ッ!!」
思考より早くクリスは操縦桿を左に倒していた。
機体が左に逸れ、その直後クリスのP-16がいた空間を光が貫いた。
その光は少しクリスを追いかけたのち、消失した。
魔術を利用した攻性戦術レーザー、それによるロングレンジ攻撃だ。
『隊長!無事でよかった……FOX3』
「なんとかな。油断するな、敵は戦い慣れたパイロットだ。いままでの即席パイロットと同じにするなよ」
クリスの機体はすでに2発積んできた来た中距離ミサイルを撃ち切っていた。
今の敵機に攻撃する手段はなく、ミサイルの発射警告を頼りに接近するつもりだった。
そこを突かれ、照準レーダーの警告しかないレーザーを撃ったのだ。そも、誘導しないレーザーを使いたがるパイロット自体が少ない。
完全な不意打ちだった。回避できたのは勘と偶然によるものだろう。
少し弛んでいたとクリスは思った。
シュール空軍は平均のパイロットはいても、そこから極端に上のパイロットはいないとなぜか思っていた。
あれは違う。殺意が。
偶然ではない、作為的にあのレーザーは回避方向に僅かながら薙ぎ払うようにしてきた。
イオンが放った中距離ミサイルは真っすぐ敵に突き進み――。
「馬鹿なっ!!」
――光に飲み込まれた。
レーザー砲による迎撃。反撃のための時間をこちらに少しでも与えない魂胆だ。
確かに、敵は真っすぐこちらに突っ込んでくる。そこにミサイルを撃ちこんだところで迎撃は容易だったかもしれない。
だが、そんなことまともなパイロットは考えない。
「敵は戦い慣れている。気を抜けば、食われる」
通信に乗せながらも、自分に言い聞かせるようにそういうと、クリスはエンジンの出力を上げて上昇した。