エピローグ 〜終戦〜
完結
私はオーエン。ただの記者だ。
シュール内戦は終わった。終盤には純粋に押し返されていたが、幕引きはクーデターに対するクーデターという意外なモノだった。
グレア・フィリップス大尉が率いるヴォルケーノ航空隊及び彼の影響下にあった兵士たちが、クーデターを行った幕僚達を拘束していたのだ。
その数は相当であり、指揮系統や士気がズタボロになっていたその他部隊に止めることはできなかった。幕僚達の人望は思いの外なかったようだ。
当のグレア大尉は、シュールに兵器を供給する窓口となったため裁判にかけられるはずだ。開戦当初は一応クーデターを支持する立場だったとはいえ、上層部の無理解や思想の変化もあっての結末であった。
私にとって本題と言えるランサー隊だが――
「……貸せ」
「えーそんな下手?」
「私のほうがマシとは……」
全員生存。リヒテル中尉が脱出時に左腕を骨折したものの、大した事はないそうだ。
目の前では私が見舞いの差し入れに持ってきたリンゴを剥こうとして、ランサー隊3人がすったもんだしている。
リヒテル中尉の負傷や紛争での成果もあり、ランサー隊は長期休暇の最中だ。
「そういえばオーエンはどう?うまく行ってる?……って、ごめん。今回のことしばらく記事にできないんだっけ」
「そ、それが……なぜか寧ろうちで働かないかと言われまして」
「ほう?それまたどうしてです?」
「ランサー隊のドキュメンタリー形式に書いてたので、それが今後ウケると編集長が踏んだんですよ。」
現在私は機密などを色々と知ってしまっているため、記事などの発刊は当面の間できなくなっている。
もちろんランサー隊のこともそうなのだが、後からインタビューしたのではなくリアルタイムで聞いた内容であるため編集長が気に入ったようだ。
解禁されたら直ぐに掲載するつもりだろう。
「発刊してよしとなったら出す、と前払いでボーナス頂きました。しばらくゆっくり出来そうです」
「オーエンも休暇か。しかし、ファーグニル戦のときは本当に助かった」
「いえ、私もリヒテル中尉に命を救われましたし、その恩を返しただけですよ」
クリス大尉がリンゴを剥き終える。ベーシックなうさぎ剥き以外にも幾何学模様など多彩だ。
――祖母が、な。彼はそう言うと少しだけ微笑んだ。
きっと難しいことだが、私は少しでも長くこの平穏が続くことを願わずには居られなかった。
□
「どういうことだ……! 」
その男、グレア・フィリップスは自らの処遇に怒りと困惑を抱いていた。
彼は法廷に立つことすらなく放免されたのだ。
人というものは罪を犯しそれをしっかりと認識しているのであれば、贖罪をしないと引きずることになる生き物だ。
彼は龍だが、その心理構造にあまり違いない。
彼はクーデター幕僚に現代戦を上申し、クーデターを長引かせた。戦犯として重刑に処されてもおかしくない事をした。
そんなグレアの処分は、クーデターに参加した一般兵士と同じ階級降格と謹慎のみ。そもそもクーデター参加者に対する処罰も常識的に考えて軽い。
大勢が参加したため、全員に重い処分をすると国防が立ち行かなくなるから仕方ないが。
「貴方の処遇の件ですか?」
グレアは車に揺られていた。留置所から直接自宅に送られている。
今の声は隣に座っている、おそらくは護送の任務についている龍の女だ。銀髪で黒いスーツを着ている。
俯いたまま、グレアは黙って頷く。あまり誰かと話す気分ではなかった。
「証拠、なかったんですよ。それに貴方の件は立件不能になりました」
この声を聞くまでは。
グレアは鈍っていた眼光を蘇らせながら問いただす。
「……どういう事だ?軍部にも工廠にも取引の記録くらい」
「ありませんでした。少なくとも工廠側は」
「なに……!?」
ありえない。証拠隠滅するなと部下には言ったはずだ。グレアは苦虫を潰したような顔になる。
「工廠側でとある人物に関しての書類が全て抹消されたんです。巻き込まれる形で貴方の関与に関する書類も抹消されました」
「なるほど。だがこちらの書類があれば充分では?」
確かに軍部側だけとなれば、誰かを庇うために偽の書類を掴ませた可能性が出てくる。なにせ、グレアはただの1パイロットにすぎない男だ。第三者からみれば身代わりというのは充分あり得る話ではある。
だがそんなことはしてなければ、それで処分を決定してもいいはずだと、グレアは問うた。
「それに加え、兵器管理者及び工廠関係者に思考汚染された者も確認しました。件の抹消された人物も該当しています。貴方は洗脳された者の間にいたんです」
「……まったく。それではまるで私は」
「ピエロ、ですか。この事も相まって、実は結構難航したんですよ。貴方の処分について」
思考汚染、端的に言えば認識に異常をもたらす魔術的洗脳だ。
グレアは汚染者二人の間に居ながら洗脳されていなかったという、処分について面倒くさい立場にいる。彼女もやれやれ、といった具合にそのことを語った。
「なので、不服かもしれませんが貴方も洗脳され虚言を言わされた1パイロットという事で処理させて頂きました」
「何故か、と聞いてもいいか?」
「今までの言動を思い出してください。あれを法廷で言われると事後処理がこんがらがるので。それに、貴方にはもっといい罪の償い方がある」
幕僚ともなると対策せねばならず、流石に責任問題になってくる。
しかし、たかだか1兵士が洗脳されるのは重罪とはならない。過失に近いものだ。先程の通り、グエルは一応ただのパイロットだ。
本当の事を言えば事態が悪化する。世の中面倒くさいモノだとグエルは溜息をついた。
「で、なんだ?もっといい罪の償い方とは」
「シュールの国防力を健全な形で再建してください。できる範囲で」
「俺はただのパイロットだ。そう振舞えと言ってるのはそちらだろう」
「言い方を変えましょうか。もっとマトモに飛べるパイロットの育成、でどうでしょう。もちろん出世するのも手だと思いますが」
彼女はそう言うと鞄に手を伸ばす。
小気味よい電子音とともに何かが起動したようだ。
「今回の件、思考汚染や資金源等を調べてみた結果、激発の速さこそ不本意であったものの仕組まれた紛争だというのが、今の我々の見解です」
起動していたのはノートPCだ。それも最新式で、魔術によるホログラム出力が可能なタイプ。
青白い光のディスプレイとキーボードが彼女の前に現れる。
「……純粋な好奇心だが、差し支えなければ下手人を知りたい」
「原初協会ですよ」
「……思いの外あっさり言うのだな。しかし、あの時代遅れのカルトか?」
「ええ。意外ですか?」
かつてあまねく命を弄び、そして1000年近く前に斬られ消えて行った神を、未だに信奉する教会。
祖先を抑えつけていた、最早死んだ神を崇めるその姿はカルトと見る者も多い。
「奴らにそんな力があるとは思えん」
「確かに末端はただのカルトでしょう。しかしどうやら全く尻尾も見せてなかった中枢があるようです」
「今回それが尻尾を見せたと」
「ええ、データ抹消で直ぐに尻尾を引っ込めたようですが」
彼女は会話しつつPCを操作し、音声ファイルを開いた。
『……神を斬ったのは過ちだった。我々はあるべき姿を失い、堕落の道を進みつつある』
『何?』
『この世界の知恵あるものは、その知恵を過信して自らのあるべき姿から逸脱した。そして逸脱しないかった者たちが苦しむ。おかしいと思わないか』
「ひっこめそこなった尻尾をつかむことができました」
「この声は……シルハか。まさかあいつが」
「ああ、そんな名前でしたね。この音声データはとある記者が体当たりで工廠を訪れた際の録音です」
「そうか……」
ボレベインで知り合ったガリオン・フリス工廠の支社長。窓口にしていた相手が原初協会に関わっていた。
「彼は身柄拘束の際に行われた検査で、思考汚染が確認されました。しかし純粋に信者でもあったようです。今回シュールクーデターに供給された兵器は、彼経由で得た出所不明の金で作られています」
ホログラムPCの画面をグレアに向ける。表示されてるのはシルハに関する各種資料だった。
「そしてここにあるのは、取調べで出たモノのみ。それ以外はどこを調べても情報が出てこない、抹消された人物になってしまっています」
「本当にまさか、だよ。こんなことになるとは」
つまり、今回の紛争は原初協会がスポンサーとなっていたという事になる。もちろん、証拠は殆ど残っていないが。
「早期激発もあり、紛争開始時点から原初協会は見切りをつけていたようです」
「戦力が整う前に幕僚共がクーデターを始めたからな」
「その通りです。全く、そんな尻尾切りの状態で、私の名前を使った機体が出るとは思いませんでしたよ」
――私の名前?
その言葉に引っかかったグエル。それに、もう1つ違和感があったことを思い出す。
「……まて、そういえばさっき我々の見解といったが、一体お前はどこの組織に所属してるんだ?」
ただの護送人員が知っている情報ではない。機密が多分に含まれ、暗闇に隠れた資金の流れまで把握している。
「少し遅かったですね――まあ、魔王軍残党とでも名乗っておきましょう」
「魔お……まさかあなたは」
「ふふ、さらに乗り捨てたうえにデータ端末も忘れるなんてね」
ファーグニル。神殺しの神話にて神を斃した魔王と勇者の仲間の一人で、伝説の龍。
グレアが搭乗していたTTGF-02ファーグニルという名はその神話の龍にあやかった名前であった。
つまり隣にいる彼女はその本人であり、グレアが誇りとするべき強力な龍であるということになる。そして非常に格上で敬うべき存在だということ。
虚言、と一瞬考えたが、ここまでの機密を知り原初協会を追いかけているという点。そしてたった今抑えていたであろう強烈な魔力を少し放出して見せた彼女に、グレアは本能的に本物と確信した。
「いや、まさか……し、知らぬこととはいえ、失礼を……」
「あら、脅しっぽくしたのは冗談ですよ。ただ、私の名前を使った機体なのですからしっかり仕上げてくださいね」
取り出したのは携帯端末。戦闘機ファーグニルに搭載されていた試作機用のデータ回収端末だ。
グレアは半ば前後不覚のような状態に陥りながらそれを受け取る。
彼女――ファーグニルは一瞬見せたフランクな態度から、誰かの秘書のような礼儀正しい振る舞いに戻っていた。
「……てっきり爆砕していたものと思っていました」
「貴方の機体、脱出するころには燃料がなくなっていたようです。原型をある程度残した状態でイグニサンク山に落着していたと報告にありました」
「そうでしたか……」
どうやらあのドッグファイトに夢中で、最後は燃料残量を完全に忘れていたようだ。
確かにそれなら空中で爆発せず、ゆっくりと降下して胴体着陸じみた墜ち方になるだろう。
「話を戻させてもらいます」
「は、はい」
「今回の件を糧に、原初協会は手を変えて再び現行世界に対し挑戦してくるでしょう。そのためシュール軍は他の国家と同等の戦力を保持していただきたいのです」
「そのために私を生かし、接触したわけですね」
「理解していただけたようですね。まもなくあなたの自宅に到着します。連絡先はその端末に入れておいたので、今後も連絡を取らせていただきます。明確な返事は今度でも構いません。いい返事を待っています」
その言葉からあまり時間を置かずに、車は停止した。
グレアは車を降り敬礼をする。ファーグニルもまた敬礼で応じた後、車は去って行った。
自分に対する軽すぎる処断や今後起きるかもしれない混乱、再びパイプ役として行動する心労を想像し、苦笑いをしながら車に背を向けた。