Pride for who
「今のは一体……」
クリスは艦隊を守りきった後、補給と装備換装を終えてイグニサンク山麓まで飛行していた。自分の接近を知らせようと通信回線を開く瞬間、山頂方面が強烈な光に包まれるのを目にする。
あれはまるで龍だった、と思考した途端クリスはハッとして通信回線に呼びかける。
「こちらランサー1。誰か応答されたし……こちらランサー1!!応答せよ!!」
山頂方面の軍と連絡がついてもおかしくない距離なのだが、誰からも応答がないのだ。通信回線は静寂そのものだ。
「クソ……今のが原因なんだろうが……」
撤退するべきか援護するべきか。その判断を仰ぐべき指揮官とも連絡が取れないので、通信回復の希望を胸にしながら戦闘空域に接近する。
間もなく作戦空域に入るといったところで。
『ラ……こち……ランサー……』
なにか通信を拾った。
「ッ!こちら微かに聞き取れた!こちらランサー1!応答されたし!」
『……、ッこち……ンサー3。聞こえる!?隊長!こちらランサー3! 』
「良かった……イオン無事だったか!」
ノイズが少しずつ減り、ようやく聞き取れるようになった。焦りからの安堵に、珍しく作戦中にもかかわらずコールサインではなく名前で読んでしまう。
『うん……無事とは言えないけど』
「一体何があった。通信回線が静かすぎる……」
気まずそうにするイオンに問いかける。周りを見ると空域から離れるように飛ぶ機体がチラホラ見え始めた。いい状況には見えない。
『端的に言うと、全滅した。墜ちたわけじゃないけど、みんな電磁攻撃で作戦続行不能になったの』
「何だと」
『私も火器管制システムがダメになった。ランサー2は操縦系が壊されてベイルアウトしてる。多分命に別状はないと思うけど……』
絶句だった。
おそらく前の作戦で観測隊にやったEMPに近い手法だろう。ふと目をやると、戦闘空域には積乱雲が見える。作戦前の天気予報ではあのような雲は出そうになかったので、おそらく人為的に作り放電したとクリスは考察する。
航空機の電装系を致命的に痛めつけるのは、ただの雷では無理だ。たしかに電磁波を受けるための装置であるレーダーと通信機は、ある程度ダメージを受けることはある。だが電流自体は外装を流れるため、それ以外の電装系が致命傷を受ける可能性が低い。
だがあまりの出力に、通電した外装からも電磁パルスが発生したのだろう。その誘導電流で内装がショートした。
「戦略級魔術だぞ……」
その魔術出力に驚愕を隠せない。
たとえそれだけのエネルギーを持つ雷雲を外的に生成したとしても、それらの制御をし致命傷を与えるのに必要な魔力は計り知れないほど莫大なはずだ。
『ようやく回復した……ランサー1。イビルアイだ。聞こえるか』
「ランサー1、聞こえている」
ただただ狼狽している場合でない、と通信から聞こえる声で意識を戻す。いくら戦闘空域の端とはいえ、動揺が続けば墜される。
『状況はだいたいランサー3から聞いただろう。こちらの損傷としてはレーダーが破壊され戦術データリンクアンテナもダメになった。音声通信は生きてるがこれでは仕事ができん』
「孤立無援、というわけか」
『戦えるやつがいるかもしれないが、通信を聞く限りお前しかいない。頼むぞ』
「やれるだけは。と言いたいが、一人で何ができる?」
単騎ないし戦闘不能状態の機体だけで軍を相手にするのは無理だ。ならば一度立て直すしかあるまい。
『実は敵の航空戦力も見当たらないんだ。レーダーを壊されているが、通信に追撃を受けた旨の報告が無い。あの空域には、おそらく一機しか飛んでいない』
「なんだ、それは」
『推測だが、グレア大尉。奴だ』
「……あいつ、か」
何度も目の前で奇行を繰り返した、龍人のパイロット。声と戦闘機の機動が脳裏をよぎる。
あいつの能力値ならば確かにこの現象を起こせなくはないかもしれない。
『……罠だよ。きっと』
「かといって、相手が単騎だというのに無傷の俺が退けるか」
『……わかった、申し訳ないけど先に帰ってる。だから生きて帰ってきてよ』
「そのつもりだ」
イオンの機体とすれ違う。
外装が何か所も焼け焦げており、その痛ましい姿は敵の攻撃の出力を物語っていた。
『来たか』
その空域の中央より奥側に、その機体は飛んでいた。
黒機体に赤いマーキングを施した、ステルス機の造形を持つ機体。大きな特徴は、どう見てもエンジンの光が3つあること。
「また、お前の誘いに乗ってやりにな。なんだ、今度は終戦でも賭ける気か?」
『いずれにしろ、負けだ。これは悪あがきだよ』
「くだらん、被害を被ったこちらとしてはたまったものではない」
話す間にも距離が縮まる。そしてすれ違い、互いに距離を保つよう旋回しはじめた。
『最後に派手に抵抗すれば、龍自体が蔑まれるのを少しは軽減できると思った』
「なんだと」
ロックオン警告は来ない。まだ話していたいのか、相手は仕掛けてくる様子が無い。
『貴様ら、いや、この星の知的生命の全てが、未だに差別をやめられない。』
「当然だ。少なくともこの時代には無理だ。永遠に無理かもしれないが」
『そうだろう。だがそれは受け入れられれば一種のアイデンティティだ。しかし……』
今さらで当然のことだ。たとえかつての戦いやそれによって生まれた法で、文章の上での存在の平等性を保証はされている。
それでも実際に生きている|ヒトとして定義される存在《知的生命体》は、その精神や人格の構造からしてすぐに差別などを辞められるものではなかった。
それを当人たちがどう思うか次第ではあるし、それによって周囲のとらえ方が変わりえるのも事実ではある。
『龍は、かつての力を失いつつある中で、山にひたすら居残る田舎者。これをポジティブに捉えるのは難しい。人間で言う仙人だと思って誇りに思っているやつもいるが、それはかつての龍の伝説に心引かれた者達の幻想だ。人間は強い。短い寿命を輝かせて、世代を重ねることで世界をひたすら前に進ませてきた。』
「嫉妬か?」
『……そうかもな。龍その肉体と叡智とやらに胡座をかいて進歩を怠った。長すぎる寿命は、傲慢を呼び起こす。今の時代、肉体は機械を纏うことで対抗し、叡智は集合知により凌駕された。優れているとはもはや言えまい』
この戦争が始まるまで、誰もがそう思っていた。龍はあらゆる面で優れた強者であるという自己認識と、それを時代遅れだとあざ笑う周囲。
彼はそれに気づいてはいた。
会話は続き、二機は大きい円を描いて牽制しあうように旋回し続けていた。
「しかし、お前は龍至上主義なのだろう。お前もまた、己の肉体に驕りを……」
『違う!!驕りではない!!龍であることに誇りを持ちたかった……我々は、同じ土俵に立ち我々のアイデンティティを確立しようと考えた』
「龍を戦争屋の民族にでも仕立て上げるのか?」
『もちろん将来的に驕りや差別も消え去る日が来るべきだとは思っている。しかし、それをいま達せられるわけではない。今は肉体を柱にして己を確立せねば、いつまでも外の世界を見ない、井の中の蜥蜴だ。世界に我々の価値を証明せねば。そう、思っていた』
最初の方こそ感情の昂りを感じられた。
しかし、後半になるにつれ自信を無くすような口ぶりになっていった。戸惑いや迷いにも近い感情が無線越しからでも伝わってくる。
「焦りすぎだ。結果を見ろ。時代に遅れたというのなら、もう少し慣らす時間が必要だった」
『そうだと思う……だが私は、クーデターを止めるほどの権力まではなかった。そのまま開戦して、射的の的を提供した時代遅れの愚か者ども、などと呼ばれてみろ。龍の長寿命をもってしても、世代を跨いでも消えぬ致命的な蔑称だ。せめて少しでも戦えねばならなかった』
「必要悪を気取るつもりか。軍人の仕事ではない。」
少なくとも1パイロットが企むには大げさすぎる陰謀だった。ガリオン・フリス工廠との縁がかろうじて可能にしていたのだろうが、おそらく、限界があった。それが今の状態だ。こいつのせいでひっくり返る寸前ではあるが。
『そうかもな。そうだったかもしれない。この前の敗北から、そして今の状況から悟った。肉体の優劣は今の戦争において要素の1つであれど決定的ではない。間違いに気付かされた。このやり方でも、我々は変われない』
「……念のため、言っておく。これを言って誇りが傷つくか慰めになるかはわからんが、俺は純粋なホモサピエンスではない」
『な、んだと』
「と言っても、クオーターというやつだ。祖母がエルフでな。薄まっているから、ただ慣性魔術が得意なだけでしかない。パイロットにとってそんなのは飾りだ。俺の周りに誰一人としてそんなこと気にするやつはいない。空にそんな垣根はない。パイロットはパイロット。ただそれだけだ」
金髪で端麗な容姿に、魔術行使が激化すると変質する瞳。これは単にエルフ譲りのモノだ。しかし体の構造や能力、生体魔術導線の多くがホモサピエンスのそれであり、かろうじて化学反応的な突然変異で慣性魔術が得意なだけ。
パイロットにとって最も大切なのは、純粋な技術だ。どれだけ使える魔術が素晴らしくても、知識と技量に裏付けされた空の舞には敵わない。兵器が進歩していくたびに、その重要性は増していった。今どき、魔力や詠唱は機械に任せればいいのだから。
今のパイロットに必要なのはパイロットとしての強さだ。肉体の強度は確かにその強さとしてのアドバンテージではあるが、それだけでは意味がない。
グレア大尉が強いのは、単に龍だからではない。肉体や時折行う奇行を含めて、パイロットとして強いからに他ならないからだ。
『そうか。俺たちはただただパイロット、か ……そのパイロットが、種族とその誇りなどに執着するべきではなかったのかもしれない』
奴は旋回をやめ、エンジン推力を上げて距離を取る。
仕切り直しだ。奴は本気でやる気を出した。
『どうしてこうやってお前と対峙しようとしていたのか、実はさっきまで自分でもよく分からなかった。ただこうするべきだと思うだけだった。ようやくわかった、パイロットとしての俺が、貴様より強く在りたいと言っているんだ。くだらない政治やらに揉まれて忘れていた……俺は……俺はパイロットだ!!』
「……いいだろう。そう言うなら相手になろう。俺たちはパイロットだ。任務を達成するため、そして空にいる敵よりも強くあるために飛ぶ」
『ああ。機体性能に差があるが、遠慮するつもりもハンデをしてやるつもりもない。たとえ大人げない不完全燃焼な勝利になろうとも、俺は勝ちに行く。お前がエースパイロットだというのなら打ち破って見せろ。今さっきまであんな単純なことにも気づけなかった、この愚かな俺を!』
「いいだろう。やってやる。あまり気乗りはしないが……! 」
パイロットとして、任務上の敵として立ちふさがる者同士。そして今は空で雌雄を決するという新たで単純で幼稚、それでもって純粋な動機で相対する。
ヘッドオンからの再スタート。相手は照準レーダーで俺をロックオンしながら接近してくる。
俺もお返しにロックオンしようとするが、できない。機体形状的なものと思ったが、距離が縮まっても反応が出ない。
おそらく敵は今までのような、大雑把な機械代理詠唱による強引な電磁波吸収ではなく、しっかりハードウェアとしてステルスシステムを搭載しているのだろう。
その証拠に、ステルス状態だろうにも関わらず、以前と違ってレーダーロックされたままだ。
ミサイルアラート。早々にグレアがヘッドオン状態で仕留めにきた。
チャフとフレアを散布しつつ右に旋回。レーダー式の中距離ミサイルを敢えて撃ったのか、チャフの時点でロックオンが外れて回避に成功する。
右旋回をやめ、左にゆったりと旋回し始める。レーダーが効かないので、ヘッドオン状態でブレイクすると敵を見失ってしまう。位置関係的にすれ違っても自分の左側にグレアの機体はいるはずだとクリスは踏んだ。
クリスは時間を掛けることなくグレアの機体を視認する。一度右旋回をしたのか、こちらに後ろを見せた状態であり、左旋回をしようと左に機体をロールさせているところだった。クリスは操縦桿をさらに引き、左回転で旋回戦をしようとする動きを見せる。
『こちらイビルアイ。お前に連絡が来た』
「……ッ、いきなりなんだ」
『お前の目の前にいるだろう機体の情報らしい。繋ぐぞ』
そういっている間、グレアは一瞬クリスの旋回戦の誘いに乗ったような動きをした。しかしイビルアイが繋ぐと言った直後、グレアは機体をロールさせ、高度を一気に上げている。中央エンジンが激しく光っていた。アフターバーナーだろうか。
『ランサー1!こちらはオーエンです!!』
「お、お前がか!?」
『細かいことの前に火急の要件を!敵が高度を一気に取ったら、回避できる状態にしてください!大技の可能性があります!!』
「ありがとう、ドンピシャだ。ブースト。ヴォーロックマニューバ、イグニッション」
話している間にグレア機はクリス機の上空で水平飛行に移行した。そして高度を速度に、そしてそのエネルギーの備蓄を消費しながら旋回して、遠距離からクリスを照準する。
それに対してクリスはグレアから見て、左から右に横切るよう飛行。敵ミサイルの命中率と回避の難易度を下げる動きを取った。
レーダーアラートに対し、クリスは躊躇を捨ててエンジンに魔力を投入する。周囲に友軍機はいないし、敵は禁忌を気にして戦える相手ではなかった。
警告音に、クリスはレーダー反応に目をやる。が、その直後スロットルを全力で前に押し上げた。魔力も投入し、アフターバーナーも使った全力の加速。
敵が放ったのは、何の変哲もないスフィアだ。ただし
「数うちゃ当たる、か!」
一度に12発を2回。計24発の航空誘導弾が殺到する飽和攻撃という点を除いて。
これを航空機の同時飽和攻撃に換算した場合、1機あたり2発発射として12機分。つまり3飛行隊による同時発射と遜色ない火力を1機が投射したことになる。
速度を上げてひきつけた後に、左旋回でブレイクしながらチャフを散布する。
この距離で航空機から誘導するとなれば、レーダー認識だ。赤外線ロックの間合いではない。読み通りロックオンは外れ、それに伴いスフィアが行き先を見失った。
「助かった。回避できたぞ」
『よかったです……軍事回線に電話する日が来るとは思いませんでした』
「その様子だと、敵の機体について知ってるな?」
『はい。そちら付近の軍情報網が死んでるので、逆に電話回線の方が早く情報を回せるというのはなんと因果な……ってそれどころじゃないですね』
その会話の間にも、ドッグファイトは続いている。
再びヘッドオン状態の仕切り直しとなったが、ロックオンがすれ違う直前となったため、互いにすれ違う。クリスは左旋回し、再び後ろに行ったグレアの再捕捉を試みていた。
『可能な限り要点に絞ります。敵機は完全新規設計の最新ステルス戦闘機、TTGF-02ファーグニル』
「完全新規か」
『ええ、すでにお気づきかもしれませんが、3発機です。左右がハイブリットで中央はMEC純正。当然魔力出力は化け物と言っていいでしょう』
今まで見てきたシュールのトンチキ兵器の中でも、一番厄介なものが最後に残ってしまった。そうクリスは心中で吐き捨てながらグレアの攻撃に備える。
クリスが目で捕捉したとき、グレア機はとっくに機首をこちらに向けていた。超ハイG機動、急激なピッチアップでこちらより早く攻撃態勢に入ったのだろう。
ロックオン警告はない。
「ッ!」
今までの奴の飛び方を思い出し、操縦桿を引いたまま機体を水平に戻すことで上昇する。
旋回し続けてたら自分がいたであろう場所を、2本の光が貫く。グレアはロックオン無しで攻撃態勢に入ったときは、レーザーや機銃を狙う癖がある。今ので癖を直してくるかもしれないが。
『大丈夫ですか?』
「気にするな。続けろ」
クリスが回避するときに息を呑んだ音が聞こえたのか、心配するオーエン。クリスはそれよりも、と先を促す。
『は、はい。奴にも一応弱点があります。あの機体は3発機にするためバッテリーと燃料搭載量を犠牲にしています』
「つまりさっき高度を上げた時の警告は」
『エンジン出力をほぼ全部魔術リソースに割くための予備動作です。位置エネルギーを確保し、魔術行使中はその備蓄でグライダー飛行すると思われます。燃料のこともありますから、解析班では短時間で決着をつけに来ることも予想されていました』
「ありがとう、これで戦い方を考えられる」
あれだけの尖った性能、どこかに皺寄せが来るのは自明の理だった。予備動作のことを考えると、戦術攻勢レーザーは通常出力かブーストで事足りるのだろう。驚くべき出力だ。
だが、大技で仕掛けてくるのならばわかりやすいスキが出てくる。そこでの立ち回りが明暗を分けるだろう。
なにより、この戦闘は長期戦になりえない。決着は、遠からずつく。
クリスはほぼ垂直に数秒上昇を続け、グレアはそれを追いかけるように真後ろについていた。クリスはミラーでその様子を確認すると、レーダーロックオン警告に合わせそのまま宙返りのようにピッチアップ。180度回転して下を向いた。
「お返しだ」
クリスは武装を汎用魔道砲に切り替えトリガーを引く。光の柱が地面に向かって伸びた。
さすがに読まれたらしく、グレアは直前にバレルロールのような機動をして回避した。あっという間に距離が詰まり、誘導兵器の間合いよりもさらに内側に入り込む。
ヘッドオンでの機銃戦。まともに応じれば仲良くハチの巣になる。そしてチキンレースとしてあまり成立していない。高度と速度両方が高い状態であるクリス側は、右にねじりながら機首を水平に戻す。
「……少し甘く見たか」
見失ったファーグニルを探すためキャノピーを見回していると、垂直に天高く登っていくファーグニルを目撃することになった。エンジンパワーに物を言わせた強引な上昇。
高度差を詰めるべきかどうか判断がまだつかない。何が来るかわからないため、どういう行動が正解か掴めない。
ファーグニルはイグニサンク山頂と同高度でグライダー飛行し始め、こちらに向かってくる。その時、クリスは気づく。
レーダーに反応があった。位置的にファーグニルのものだろう。ステルスシステムに回す魔力も大技に注ぎ込んでいるようだ。
「……なるほど。なら、FOX3。FOX3。FOX3!」
そのチャンスをわざわざ見過ごす訳にはいかない。クリスは3発の中距離ミサイルを少し間隔を開けて発射した。
回避しようとするなら、グライダー飛行では限界がある。エンジンを推力に回して適切に回避しなければ、チャフを用いても被弾は免れない。
しかし、グレアは真っ直ぐ突っ込んでくる。
『ヌルい』
「……いや、そう来るか」
ミサイルは着弾した。しかしグレア機は健在。
攻撃してくると思われたが、それはフェイントだった。全魔力を用いて頑丈な防壁を展開し、3発全弾を受けてなお突撃してくる。
事前にこう来ることがわかっていれば、着弾の爆炎と衝撃に紛れてもう一手打てた。しかしそうなるとは思なかったクリスは、様子見に回るためヘッドオンせず、高度確保のため僅かに機首を水平から上げて飛行していた。
クリス機の左上方からファーグニルが襲いかかってくる。まだエンジン出力を魔術攻撃に向けているらしく、グライダー飛行していた。もう一度デカイのをやるつもりらしい。ファーグニルの機首正面が光り輝いている。コースとしてはクリスの真上に回ろうとしているように思えた。
クリスは自分の肌が粟立つのを感じ、すぐさま慣性制御を用いた急角度の右旋回を行い、同時にその負荷を吸収、利用して急激に加速する。
轟音が鳴り響き、閃光は垂直に空間を貫いた。
『簡単には当たってくれないか』
人工的な落雷だ。ファーグニルが地面に向かって放電し、直下にいる敵を巻き込む形で攻撃するものだろう。もしクリスの回避が遅れていたらあれに貫かれていた。ダメージのほどはわからないが、操縦不能に陥る可能性は十分にあった。
先ほどの戦略級EMPは事前の仕込みもあっただろうが、一発程度ならば自前の出力で落雷を再現できるということになる。わかっていたとはいえ驚異的な出力だ。
ファーグニルはエンジンの出力を再び推力に回して離脱するコースを取る。レーダーには映っていなかったが、クリスは旋回した時の右バンクの状態のままでファーグニルをキャノピーの中央にとらえていた。ファーグニルは離脱のため完全に後ろを向いている。まだ機体の赤外線センサーがとらえられる間合いからは離れられていない。
「これはどうだ」
ここは攻め時、と魔力を惜しみなくエンジンに注ぎ込む。チャージングコブラと同じ要領で短時間に90度旋回し、空間復元力とアフターバーナーで失った速度を一瞬で取り戻す。
ロックオン。グレアの乗るファーグニルのエンジン熱を機体内蔵ヒートシーカーは完全に捕捉した。
「ランサー1、スフィア、スフィア!」
光球がはなたれ、異形の機へ殺到する。
3発機の加速力を以ても当たるだろうという確信が、クリスにはあった。
だが相手はクリスに負けず劣らずのベテラン。同時に派手な機動を好む男でもある。
ファーグニルはクルピットで180度ピッチアップし、2門の多目的魔術砲から照射時間の短いレーザーを数発発射した。
「くぉっ!?」
スフィアは2発全て撃墜された。クリスの乗る機体の右主翼も被弾する。
迎撃を主とする低出力パルスレーザー機銃なのだろう。咄嗟に回避もしたため、主翼前部の縁が少し焦げただけで済んだ。
だが、グレアの猛攻は止まらない。
右メインエンジンを停止――いや、推力ではなく魔力のみの出力にし、生まれた推力差での変則的なバレルロール。またたく間に距離は縮まり、クリスは反応する間もなくオーバーシュートさせられた。
近距離の間合い。レーダー照射の警報が鳴り響く。
『もらった』
「……ッ!だが」
――速度を落としすぎだ。
クリスはそう続けようとして、激しいGと魔力投入に言葉を切った。
慣性制御と負荷吸収を行いながら、単純だが急速な宙返りをした。その頂点でクルピットのように機首方向をグレアに向けながら。
クリス機は先程のスフィア発射の時から加速を続けていた。それに対してググレアは減速直後。エンジンパワーが高かろうと、直ぐには激しい機動をできる速度にはならない。
だから、この宙返りに追いつけない。
「GUNS!」
急速な機動で機銃レクテルは乱れ、アテにならない。だがクリスは今までの経験を元に、自らの感覚で引き金を引いた。
『まだッ!』
グレアもタダでやられるつもりはなかった。
ファーグニルの魔導砲は上面についている。しかも発射仰角がかなり自由な縦スリッドタイプだ。
グレアも自らの感覚を信じ、垂直にスフィアを発射する。
「……ッ!」
『ぐぁっ!』
様々な激しい音が鳴り響き、その後にクリス機が斜め上からグレア機を追い抜く形で交錯する。
□
「ここまでか……」
結果は双方被弾。
だがグレアのほうが致命的であった。
スフィアはクリス機の機体上面で炸裂した。しかし少し狙いがズレて距離が離れており、主翼の数か所に程々の穴を開けるに留まった。
一方でクリスが放った機銃の狙いは、大きく外れていなかった。20mm機銃弾はファーグニルの右エアインテークから中央エンジンノズルにかけて着弾。右、中央エンジンが破壊された。消火を試みるが、焼け石に水のようだ。
機体性能の過信か。そうグレアは思案する。
短期決戦に終止し、エンジンパワーの有利を活かして減速機動をしてでも狙いに行った。だが、そこを的確に突かれてしまった。
純粋な敗北。だが悔いはない。
グレア自身が心のどこかでこうなると予感していた。
『脱出しろ』
無線から自らを撃墜した者の声がする。
確かに間もなくこの機体は爆発するだろう。
だが……
「脱出してどうする。どちらにしろ、変わらんさ」
どうせ死ぬなら、処刑よりも戦った結果がいい。そして、グレアはすでに満足していた。
だが目の前の男はそうではないらしい。
『どうせなら空で死にたい。その気持ちは分かる』
「なら、なぜ」
『だがな。生き残れるなら恥をかいてでも生き残るのもまた、パイロットなんだよ。グレア』
甘いのか。彼は損傷した機体で隣を飛行している。
「変わらんさ。俺の処断は免れまい……」
『なら、今回その機体が負けたフィードバックは誰がする?傑作機に泥を塗って終わりか?脱出できるならせめて死ぬ前にそれくらいやれ』
「んな……!」
『パイロットを名乗るなら、負けたあとは生存に全力を尽くせ。それすらせずに謎の誇りに殉ずるヤツを、俺はパイロットとして認めん』
彼は吐き捨てるように言い放つと、機体を帰路へ向けた。
「……く、はは!全く、偉そうに!今思えば、あいつはパイロットのなんなんだか……」
口ではそう言いながら、手は脱出用意を進めていた。言いくるめられてしまった。
確かにいい機体だった。確かにそれを旧来の機体に負けただけにするのは惜しい。敗因は機体ではなく俺にある。
「まったく、面白い男だよ、君は」
最後のレバーが引かれ、座席が宙に打ち出された。