砲火交える山
実は前回を分割したので少し少なく感じるかも
「敵対空兵器はどれだけ減った?」
「現在、最重要標的にしたものの7割は壊せているようです。特にミサイルなどは壊せてますが、機銃類に手が回っていないとのこと。」
大型輸送機、その中にいるガレスとオペレーターの声だ。空挺降下の最終チェックを行い、あとはアプローチと降下をするだけとなっていた。
そのアプローチのため、対空兵器が輸送機の迎撃を行えるか。降下中のVMTを迎撃するかなど確認しなければならない。
輸送機は高高度を飛んでいるため、SAMが潰せていれば空域に侵入することができる。一方空挺降下する、という点では射程の短い対空砲も脅威になってくる。着地のため低高度で減速したところをハチの巣にされる可能性があるからだ。
「ふむ……ならいい。アプローチに入れ」
「で、ですが!」
「かまわん、時間を掛けると前線の被害が広がる……使い所を無くしたと思ったが、回り回って持ってきて良かった、となるとはな」
加えて自分がいる機体と、『もう1機』を先頭にしろ、と伝え格納庫に移動する。
そこにあるのは自分の愛機。
――HT-18 アルサー
最新鋭の特務用機体。量産こそされているものの、下で戦っている前線向きのラルスロルドよりひと周り上のスペックと運用コストを持つVMTだ。
電気半導体を用いた高性能COMとセンサーを持ち、高い性能と汎用性を持つ。整備性が若干犠牲にはなっているが。
彼は騎士団長であると同時に、高い技量をもつVMTランナーであり魔術師だった。彼は電子生成、つまるところ電気を魔術的に発生させることに特化した魔術師であり、故に数少ないこの『特殊砲』を単騎で扱えるランナーだった。
降下準備のアラートが鳴り、彼はVMTに乗り込む。スタンバイモードにしていた機体はランナーが少し離れた程度では停止せず、少しの操作で臨戦態勢へと移行する。EMCドライブは高鳴りと共に一気に戦闘出力まで稼働し、そのサイズに見合わぬ量の魔力と電力を鉄の体躯に供給する。
ヘルメットのガラスに映像が投影され、外界を認識できるようになった。ちょうど降下するために輸送機の後方扉が開放されるところだった。
一拍して、ブザーが鳴り響く。
『ミラージュ1-1!投下!投下!』
衝撃の後、訪れる浮遊感。
輸送機から放り出され、落下しているのだ。
慣れたこと、とガルスは機体を操作し、人がスカイダイビングするのと大差ない姿勢をとって一度機体を安定させる。そして肩と腰部のパーツを合体させ、巨大な砲をその場で組み立てた。
直後、電子音がなる。国連軍共通データリンク要請と音声通信のコール。許可すると、凛々しい女の声がヘッドホンから聞こえてくる。
『こちらは準備したぞ。伊達男』
「こちらも用意はできたさ。仕上げにかかろう」
相手はハルカニア連盟のエースであり、戦略級魔術師の候補と名高いリーファ・エンデンシィ准佐であった。彼女も特殊砲を単独運用が可能だ。故に自分とともに真っ先に降下するよう命令した。
通信を終えた2つの巨躯は、それぞれが持つ大型砲を地面に向ける。姿勢制御は機械に任せ、彼らは狙撃にすべてを集中した。
狙撃に使われている物は、元来空挺降下などの用途は考えられてない超遠距離用狙撃砲。
75mm電磁砲。いわゆるレールガンだ。
「――ファイア」
轟音とともに、薬室に装填されたタングステンの杭が超音速で射出される。砲身から飛び出す際にはソニックブームが発生し、反動は慣性制御によって強引に制御された。
距離、環境ともに精度を保証できない状況である。しかし、この兵器は異常なまでの運動エネルギーを投射するため、あまり気にしなくていい。
実際、今2機から放たれた弾頭はそれぞれの標的から1,2メートル横に着弾。直撃ではない。しかし発生する衝撃波が砲台を捻じ曲げ、そして地盤ごとひっくり返した。
「初弾はこんなもんだろ」
『口を開く前に次を撃て。次を』
「こっちはクールタイムがあるんだ、そっちのようにはいかねーんだよ」
そう言いつつ、発砲。
エンディシィ准佐は電力ではなく熱操作において高い適性を持つ魔術師だ。回路からひたすらに熱運動を奪い去り、超伝導状態にすることも可能なほどだ。
回路や砲の冷却時間は無に等しく、回路を超伝導状態にするため余分な電力消費も無い。小型のバッテリーパックを背負うだけで搭載した20発を撃ち切れる。その気になればフルオートじみた連射もできるため、遠方への制圧力は絶句モノ。
この能力の高さゆえ、広域殲滅の手法を確立されることがあれば、彼女は戦略級魔術師として抑止力の一つに数えられるだろう。
ガルスは電力面だけで冷却が強いわけではない。だが極寒の高高度かつ常に強風が襲いかかるこのシチュエーションにおいて、冷却は時間を要さなかった。
飛行隊から回されてくるデータをもとに、高脅威の目標を再び照準に捉え、超音速の矢を撃ち放つ。
□
『無茶するなぁー』
『想定外の遅れだったので仕方ないでしょう。しかし、本当に腕がいいですね……』
あんな無茶な戦い方をしたガルス騎士団の空挺VMT隊だが、化け物2機のおかげか大きな損害もなく降下を成功させる。
戦況は動くだろう。確認されていた対空砲はすでに沈黙し、次の標的とばかりに遠距離砲はデータリンク画面で次々と消されていく。空挺降下は成功したといっても過言ではなかった。
『イビルアイからランサー隊へ』
「こちらランサー1、どうした」
『先程前線部隊の突撃命令が出た。と、ほぼ同時に敵航空隊第2波もレーダーに映った。方位130、高度6000。迎撃に当たれ。対地兵装を持ってきていたら、今までの苦労が水の泡だ』
「ウィルコ」
機体を旋回させてその方位へ機首を向ける。武装は中距離ミサイルを選択。他の友軍機もおそらく同じことをして、前哨戦となるミサイル狙撃戦に備えた。
『射程に入った、発射した機は事故に留意しつつ回避――』
「待て、大半の敵機がレーダーロスト」
『チッ!魔術式ステルスだ。ミサイルは撃たれてる。グラウ隊が補足できてる機体に攻撃。その他は回避せよ』
20機以上あった反応が4機に減り、その変わりにそれ以上の数のミサイル反応がレーダーに映る。いままでの傾向から、ステルス状態では敵もレーダーが使えないだろう。おそらくステルス状態ではない4機が、データリンクで他の機体のミサイルも誘導しているのだろう。
そうと決まれば、可能な限りレーダーに映っている機体を墜とす。そう判断したイビルアイはグラウ隊のみに攻撃をさせて、そのほかの機体には回避を命じた。敵の4機にここ一帯の友軍がミサイルを撃つのは非効率的だからだ。
ランサー隊はチャフを展開しながら右方向に旋回。グラウ隊以外の他の部隊も散開する形でチャフを展開しつつ回避し、中距離対空ミサイル発射し終えたグラウ隊もそれに倣った。
『まもなく着弾。備えろ』
『――ヒグレード2被弾!!』
『グラウ4!!!制御できない!!墜落する!!墜ちる!!!』
すべて回避とはならなかった。何機かが被弾し、被害甚大だったグラウ4に至っては撃墜された。
脱出は確認できなかった。制御を失い、きりもみ回転しながら墜ちていく機体では難しかっただろう。
『レーダーに映っていた機体のうち3機が墜ちた。ここからは目視で対応せよ。レーダー系は接近警報すらアテにならないと思え』
「了解した。犠牲を無駄にしないためにも、敵を落とすぞ」
『ウィルコ』
『ウィルコ』
空に散らばった黒い機影を目視にて確認する。見ていると、それはステルスを維持したまま襲いかかってきた。
部隊単位で散開する。ランサー隊は左に急旋回し、敵の様子次第で対応する考えだ。
『グラウ2からランサーへ。一飛行隊が右旋回してそちらに追従している』
「了解した」
ランサー隊は全機旋回のため敵に腹を見せている。つまり敵の方は見えない。本来ならレーダーがあるためもう少し楽に敵の様子を見られるのだが、今はレーダーが使い物にならない。敵視認を優先し上昇しつつ敵を見続けていた機からの情報をもとに対応する。
敵の1飛行隊、要するに4機がは右旋回。こちらに食いつくような機動をしているらしい。旋回戦に持ち込むのも手だが、生憎3対4なので悠長な真似をすれば負ける。
「俺は敵方向に転進して先制攻撃する。二人は遅れて切り返して、敵のブレイクに合わせてしっかり攻撃位置につけ」
『了解、もし隊長が後ろに喰らいつかれたら任せて』
即座に操縦桿を右に倒す。右に機体をバンクさせた後に機首を上げて、わずかに上昇しながら右へ急速旋回。二手に分かれる形となった。
切り返したときに視認した敵機は、こちらの後ろを捉えようと左旋回のためのロールをしてる最中だった。互いにレーダーが使えない今、水平に戻ったコックピットでようやくこちらが向かっているのを視認しただろう。
短距離ミサイルを武装に選択。敵はクリスに対し、ほぼ直角で横切る形となっている。ミサイルが当たる可能性は決して高くないが、撃って敵の体勢を崩すのが狙いだ。もちろん当たるに越したことはないし、絶対当たらないとも思っていない。
ロックオン。編隊の先頭を飛んでいた敵をミサイルのヒートシーカーが捉えた。
「FOX2」
静かに呟きながらトリガーを引く。ロケットモーターが点火した短距離ミサイルは、機体翼端から射出され敵に向かって喰らいつく。
ロックオン対象になった敵機は、フレアを撒きながらこちらの追尾をやめて全力の左旋回。周りの機体はカバーすべくクリスの機体にヘッドオンする。しかしすでに距離が近いため、ミサイルを放つ間もなくすれ違った。
その直後、クリスはキャノピーの右側が何かに照らされたことを認識する。自分の撃ったミサイルが炸裂した光だ。直接目視すると、どうやら撃墜はできなかったが被弾はしたようだ。飛んでいるが変なところから白煙が出ている。
クリスは右旋回し損傷機を追う姿勢を見せる。当然残された敵もそれについてこうと旋回しようとして
『FOX2』
『GUNS,GUNS,GUNS』
放置していたイオンとリヒテルの攻撃を受けた。
ヘッドオン状態にもかかわらず、被弾した友軍機に気を取られ接近に気づかなかったようだ。リヒテルが先頭で踏み込み機銃を、イオンがウイングマンとしてそれに追随する形で短距離ミサイルを撃ちこみそれぞれ1機撃墜。3対2に逆転した。
「よくやった……こちらも決めるFOX2」
敵の損傷機については、こちらのロックオンの前後にギアダウンしたり撤退する進路を見せれば見逃すか考えた。しかしロックオンする前にイオンとリヒテルを狙う動きを見せたため、先ほど攻撃した機体にもう一発ミサイルを撃ちこむ。近づきほぼ真後ろを取ったため、敵は回避機動を取る間もなく至近弾を破片を大量に浴び粉砕。
残った一機はイオンとリヒテルで撃墜したようだ。
「まだいるな、友軍の援護をする」
『だけど短距離ミサイルはほとんどないよ。敵がレーダーに映らないから、中距離レーダーミサイルはお荷物だし』
「横合いから接近して圧力を掛けるだけでいい。撃墜は味方に任せるのも手だ」
『ランサー2、了解です。』
『3、了解』
そういって高度を上げながら転進する。
地上の進軍を助けるため、爆弾を抱えている可能性のある機体は墜とすに限るからだ。
□
『ミラージュ2-2被弾!クソッ、左腕部機能停止……ッ!』
『こちらキーリス1-1。持ちこたえてくれ!!あと少しで突破できる!!』
地上、空挺部隊に関しては少しだけ劣勢だった。
この作戦区域の国連軍全体としてはかなり優勢だ。前後から攻撃されている敵軍は組織的な抵抗を失いつつある。正面方向の陣地はとっくに進入、破壊されている状態だ。
しかし後方側は空挺降下部隊として、あくまで増援分の戦力しか用意していない。しかも砲兵隊の多くが正面ではなく背後のこちらを直接射撃し始め、弾幕と火力において押され気味になっているのだ。ガレスのレールガンは対空砲に対してほとんど撃ち切り、彼らは今、汎用装備である30㎜チェーンガンなどを手に戦っている。
野砲を抱え込んだ敵VMTが、やけくそ気味にこちらのVMTを照準し砲撃する。VMTと共用される野砲用の76㎜砲弾は榴弾でも直撃はさすがに受けきれない。ガレスの方にも砲撃され、舌打ちしながら機体をサイドステップさせて敵の射線から退避する。その直後砲弾が先ほどまでガレスのいた場所を通り抜け、後ろの山肌に着弾、爆発した。
体勢を立て直したガレスはお返しと言わんばかりに30㎜チェーンガンを発砲する。野砲を小脇に抱えた砲撃隊のVMTは回避も防御もままならず、上半身を中心に直撃を受けて沈黙する。ガレスはその様子を確認したのちに、敵討ちの反撃を受けないよう即座に複雑な構造をしている山肌へ身を隠した。
が、警報。迫撃砲の曲射が頭上に迫っていた。
「総員!迫撃砲弾接近ッ!!!」
ガレスは機体の左手を天に掲げ防壁を展開。空中で炸裂した砲弾が降らす破片の雨に、防壁の傘を以って応じた。着発信管式の直撃こそ無理だが、空中炸裂した榴弾の破片程度なら防壁でどうにか防げる。
しかし反応や警告が遅かったか、被弾した機体も増えてきている。
(あとどれくらい持たせればいい。いつまでだ)
部下たちの被害が広がる中、そのあと少しを持ちこたえる苦しみにもがく。砲兵隊は想像以上にVMTを利用しており、自衛能力に関して誤算をしていたのだ。
なにしろ割り切って野砲を全部こちらに向けてきている。その分前線突破はかなり楽だろうが、こちらは寝耳に水だ。セオリーから外れすぎて逆に刺さってしまった。
ただ勝利する分にはこのままでいいかもしれない。敵としては後ろの少ない部隊を撃破できれば勝機はあるという考えだろうが、すでに前線方面の部隊だけで攻略できる状態になっているので勝ちは揺るがない。ガレスは、自分が指揮官としてこの状況になったのなら、早いうちに撤退して被害を抑える動きをする、と思っていた。
だが、敵が前線の敗北も自軍損害にも見向きもせずこちらを撃ってくる。ガレス側はガレス側で仕事を果たしたので退く、ということも今の地形と位置関係だと難しかった。なので、敵の撤退の判断が早く来るか、完全に敵を食い破って前線部隊が救援に来るか。この2つでしかこの苦しみは終わらない。
『伏せてろ。爆撃する』
無線からの声が聞こえた。
その直後敵のVMTに魔道弾が殺到し、不意打ちのため回避できずに多くが直撃を受けていた。
遅れて轟音とともに頭上を影が通り過ぎていく。航空機たちだ。爆撃で窮地を救ってくれたようだ。
「ガレス1-1から爆撃してくれた機へ。助かった。空の方は大丈夫か?」
『こちらランサー1。問題ない、叩き落した。そっちこそ大丈夫か?』
「君たちか。被害は出たが、目を覆いたくなる程じゃない……それに今しがた報告が来た。どうやら敵は潰走して始めたらしい。我々の勝ちだ」
生き残った敵たちが、一斉に左右へ散っていく。後ろからはガレスたちが押さえているため、左右にしか逃げ場がないからだ。
想定外が多かったとはいえ、間違いない勝利だった。無線内では歓声が沸き上がり、苦闘を終えた喜びで満ちていた。
「今のがトドメだったかもな……ランサー隊。そして航空隊各位もご苦労だった。ここから対空監視する機は別に出す。帰還してくれてかまわない」
『了解した。ランサー隊、RTB』
先ほど頭上を追い越していった彼らを目で追う。
彼らは高度を上げながら旋回し西へ、彼らの母艦がある方へと飛んでいく。
「エースというのは、彼らのことをいうのかもしれないな」
『団長?』
「独り言だ。さて、後片付けに移るぞ」
命の恩人たる彼らに思いを寄せながら、ガレスは振り返り作戦の後処理に入る。
前線を突破し基地の奪取に成功した(正確には、前線を突破されたため基地が放棄されるのであって、基地を奪うのは実際にはこれから)というのは、裏を返せばその基地を使える状態にしなければならないということ。去り際のトラップだったり持ち帰られた物資の補充だったり。元がある分、1から野戦基地を作るよりは楽だが、かといってすぐに次に移れるわけではない。
今回の戦闘結果を見て敵首脳部が降伏してくれることが一番楽なのだが、ガレス個人としては期待していない。
あの石頭の上層部龍人たちが、これで負けを認めるかは怪しいものだ。兵器も誰かが必死に上申し続けたから利用しているのだろう。と、言うのがガレスの考えだった。
となれば、首脳部である9合目基地の攻略まで見据えなければならない。それこそ戦車や装輪装甲車の進入は不可能、VMTだけが装甲兵器として進入できる場所になる。装甲の薄いもの同士の殴り合い、つまり消耗戦になるのは目に見えていた。だからこそ、基地機能の完全奪取と戦力補充はなおさら急務だと思いながら、ガレスはVMTを基地に走らせた。