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静弱

作者: 黒野実
掲載日:2022/07/16

初です。お手柔らかに。

部屋の扇風機が切れたとき、特別な静けさが広がる。


音が減って、居心地が悪くなって私はイヤホンの音楽の音量を上げた。

幼い頃から、なぜか静けさの広がる場所が苦手だった。

実家にあった自分の部屋はほとんど使わず、もっぱらリビングにいた。

リビングには妹がいて、しかもずっと一人で話しているものだから騒がしかった。うるさいなぁと文句は言いつつも、だからと言って自分の部屋に行くことはなかった。

だから初めてウォークマンを買ってもらったときから、イヤホンはずっと私の側にあった。実家では耳が悪くなるからやめなさいと母に言われて外している時間が多かったが、大学生になって一人暮らしを始めてからは、授業のときとバイトに行くとき、お風呂に入るときと寝るとき以外はほとんどの時間をイヤホンをして過ごしている。

それでも耐えられないことが多いから、夏は扇風機を、冬はヒーターを付けて環境音を足している。

今日は本を読んでいたら時間を忘れてしまって、急に風の音が失われていったときに、初めて周りに気が向いた。ずっと降り続いていた雨も止んで、それを誤魔化す音も消えてしまったから、余計に静けさを感じた。

一度集中が途切れてしまったから、また読み始める感じでもない。

ほんの気まぐれで、散歩に行こうと考えた。


深夜の街は、田舎であることも手伝って静かだったけれど、それが逆に虫の音や微かな風音が強調されてイヤホンの音楽の隙間からの音は意外と静けさを感じさせなかった。

深夜の街は、私の足音や衣擦れ、呼吸の音も、頼りなくも耳に届けてくれた。

興味が湧いたから、音楽を奥へ押しやって外の音に意識を向けてみた。

遠くの車の音、落ち葉を蹴る音、木の葉の揺れる音、水滴の落ちる音、ポケットの鍵の金属音。

これまで意識したことのない様々な音たちが、踊っているのを感じた。

「あ...」

そんな呟きが漏れた。

そういえばこのところバイト以外で声を発していなかった。久しぶりに聞いた自分の声。少し掠れて、お世辞にも綺麗ではない声。でも、少し安心した。自分の声で安心するというのは気持ち悪いだろうか。


部屋に戻って、一息つく。

音楽は追いやったままだった。それでも何故か煩くて、音量を下げた。

自分の唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた気がした。

だから、一回だけイヤホンを取ってみようと思った。

初めてウォークマンを買ってもらったときから使っている有線イヤホンに手をかける。何故か緊張して外せなかった。外さなければいけないときは簡単に外しているのに。

「はは...」

なんだか可笑しくて、笑ってしまった。

でもそれで心が軽くなった。

そっとイヤホンを外してみる。

扇風機も切れて、静かな部屋。

でもいつもと違うのは、しっかりと、音が感じられた。

冷蔵庫の稼働音、ベッドの軋み、心臓の音、僅かに紙が動く音。そこは豊かな音に溢れていた。

なんだ、気付かなかっただけじゃないか。静かなこの部屋は、音で満ちている。


部屋の扇風機が切れたとき、特別な静かさが広がる。

音で満ちた、賑やかな静かさだ。

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