電車事故
私は、路面電車の運転手をしていた事があるが、一度本気で自殺しそうになるほどにつらい経験をしたことがある。その経験とは……突然飛び出してきた男の子。間に合わなかった。
「……自分には無理です」
「気持ちはわかるが、頼むよ。今日はもう運転できる人がいないんだ」
子供を轢き殺した罪悪感から、別の部署に異動させてもらっていたが、運転手のほとんどに不幸や病気で欠勤が続き、少なすぎて回らなくなってしまったそうだ。事情があるとはいえ、急に異動させてもらった自分の都合もあるので断り切れず……
「……もう、ここに座ることはしないと誓ったのに」
あの子の墓前で誓ったが、今日だけは……許してほしい。そもそも、急に飛び出して来たら対応ができない。だからこそ、あれは不幸な事故であったとされ、私も会社に残してもらったのだ。だから、私は……悪くない。悪くないんだ。そう自分に言い聞かせることで、罪悪感から逃れられていた。
「ん?」
走り始めて、少しすると。
「あれは……」
時刻は明朝。まだ通勤ラッシュには早く、人もいない。なのに……どうして、子供が出歩いているんだ。
「まさか……!?」
思わず目を疑う。あれは、私が轢き殺した男の子だ。男の子は線路のそばを歩いていたかと思うと、突然こちらの前に飛び出してくる。
「うあああああああああ!?」
急ブレーキをかける。だが……ガンっと一瞬車体が揺れ……止まる。あの時と同じだ。
「はぁ、はぁ……!」
誰も乗ってなくてよかった。交差点の真ん中で止めたので、わずかに行き交う車が何事かとこちらを見てくるが、それどころではない。すぐに電車を降り、前方を確認すると……
「……いない」
周囲を見渡すも、やはりいない。だが、
「あ」
少し離れたところに、置かれた献花。それが目に入った途端、私は強い吐き気を催し……膝から崩れ落ちる。やっぱり、だめだ。どんなに自分に言い聞かせようと……幼い子供の命を奪ったのは、事実なのだ。
「ごめんなさい……ごめん、なさい……!」
涙を流し、謝罪し続ける。墓前にも参ったが、何も言えず、今のように謝ることしか出来なかった。
「仕方なかった」
「どうしようもなかった」
「運が悪かった」
そう、同僚は言ってくれたが……そういう問題じゃないんだ。人の命を奪ったという事実が……私を、苛んでいる。蝕んでいるんだ。
「ごめ……」
と。
「え?」
目の前に、誰かが立っていた。子供だ。見覚えがある。死体はぐしゃぐしゃでわからなかったから、遺影で見た。私が殺した子だ。
「ああ……あああ……!」
頭を地面にこすりつけ、
「ごめん、ごめん……!」
ひたすら謝ることしか出来ない。どれくらいそうしていたのか、ふと、その子供は私の肩をたたき。
「いーよ」
そう、聞こえた気がした。
「!?」
顔を上げると、子供はいなかった。何事かと、車から降りてくる人達に起こされながら、今起きたことは現実だったのかを考える。私が見た都合のいい妄想なんじゃないか。でも……
「すみません、大丈夫です」
私は一人で立ち、再び運転席に座り……電車を発進させる。
「……どうしてだろう」
なぜか、心が軽い。まるで、あの赦しが現実だったかのように。もしかしたら、本当にそうだったのかも……
「……二度と、事故は起こさない。そう誓うよ」
運転したのはそれきりだが、もう罪の意識に苦しむことはなくなった。
完