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花風船  作者: 奇群妖
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六章

 結局、本葉が七枚ぐらいまで増えたのは六月も後半になってからの事だった。

 外はあいにくの雨。梅雨なだけあって最近では雨が多い。

 雨が降ってくると憂鬱なことばかり考えてしまうから、雨は嫌いだ。

 例えば、「あぁ、明日から仕事だなぁ」とか。

 雨の降っている日曜日以上に憂鬱なものは無いんじゃないだろうか。異論は認める。


 更に憂鬱なこととして、最近はゲリラ豪雨が多いというのもある。

 急に雨が降ってきたりするから本当に困る。特に朝は晴れてたのに帰るときになると急に降ってる時とかは最悪。


 そんなわけでベランダのすぐそばの室内に新聞紙を敷き、愛の成る木を匿ってやっていた私はそろそろ葉っぱも七枚だから、次のステップに進んでも良いんじゃないだろうかと思い始めていた。


「七枚、というか成長しきってるのが六枚と一枚はまだ成長しきってないって感じだけど……」


 植木鉢から生えている葉っぱとかその他諸々を見て私には思うことがあった。

 思うことと言うのは葉っぱの事、というよりは茎の事だ。

 『愛の成る木』というにはこの植物はあまりにも……


「つるなんだよね……」


 つる植物、とでも言うのだろうか。どこが愛の成る『木』なのか。いやまぁ良いけど。木とかそんなに大きく成長されても困るし。

 葉っぱ自体はそこそこしっかりしているし、困ることも無い。とりあえず育て切るつもりではある。

 ただ、私はこういう矛盾と言うか間違いというかにやたら突っかかってしまう人間なのだ。


「まぁ良いけどさ……」


 そんなことをぼやきながらサイトの続きを開いて流し読みする。

 摘心。そうだ、ここからだった。


〈本葉が5~7枚に成長したら、『摘心』を行います。摘心とは『つるの先端を摘み取る』ことであり、これをすることで新しい芽が増えてつるの数が増え、横に伸びていくようになります。〉


 あ、やっぱりこれつる植物なんだ。見れば分かるけど。

 と言うかつるの先端を摘み取る……まぁた恐ろしいことをさせるつもりなのだろうか?

 私は前に新芽を引き抜くことになった恨みを忘れていないぞ?


「いや、でもそれで新しい芽が増えるんだったら悪いことじゃないのかも……?」


 とりあえずサイトに貼られている画像の通りやってみる。この植物の一番上まで伸びているつるの先端をキッチンから取って来たハサミで--


「えいっ」


 力無く切られたつるの先端が床に落っこちるが、だからどうということも無い。

 うーん、拍子抜け。何か文句がある訳でも無いんだけど。

 ただ、こんな感じの手ごたえの無さだと本当にこれで合ってるのか不安になるというものだ。

 ……まぁサイトにはこう書いてあるし間違っては無いんだろうけど。

 

 とりあえず摘心とやらは終わったので続きを見てみることにする。


〈摘心後のタイミングでフェンスや支柱を立て、つるが絡む場所を作りましょう〉


 ……ん?


〈あんどん型の支柱を立てると見栄えも綺麗になり、絡みやすくなります〉


「あんどん型の、支柱……」


 それは流石に持っていない。買いに行く……にしても今日は外は雨だし、明日からは仕事だ。

 うーん……通販……でもこの植物のためにそこまでするのもめんどくさい気も……。


「網戸とかに絡みついてくれる……のは流石に駄目だよね……」


 だってこの家は借りてるわけだし。網戸がつる植物でぐるぐるになっていたら管理人さんに怒られてしまうだろう。

 あの人結構怖いからなぁ……。

 そんなわけで私は、憂鬱な気分のまま休日を過ごすのだった。


***


「っはぁー、月曜も終わったぁー……」


 それから一夜明けた月曜日、私は無事に月曜日を乗り越えていた。

 支柱を買うか否か。それで割と悩んでいた気もするけれど、しょうがないから通販するか、という結論に至った私は退社時間になってあくびを一つ。


「さて……帰りますか……」


 にっこにこで帰っていく坂口部長をほほえましく思いながら見送り、私も変える準備を始める。

 今日は見たいドラマがあるのだ。そんな訳で出来れば早めに家に帰っておきたかったのだが、今日は都合の良いことに坂口部長に飲み会に誘われることも無かった。早めに帰れそうで何よりである。


「それじゃあ失礼しまーす」


 私と同じように帰宅の準備をしている同僚たちに声高に勝利宣言を掲げると、私はエレベーターに乗り込んだ。

 もちろん帰宅と言う名の凱旋をするためである。


 ふはは、私は帰るぞ。そして家に帰って、イケメン俳優のキュンキュンする恋愛ドラマを見るのだ。


 そうしてドラマの主題歌を口ずさみながら会社の外までやって来て、私は足を止める。

 私の凱旋を阻む敵がそこには居た。

 そう、ゲリラ豪雨である。

 

 凱旋だとかなんだとかで浮かれていた私の心はこの段階で思い切り打ちのめされた。


「うわぁ……」


 これだからゲリラ豪雨は。許すまじ。

 夜だからなのか雲が立ち込めているからなのかよく分からないけれど外は真っ暗になっており、バチバチと音を立てて雨粒が地面に叩きつけられている。

 だが、残念だったなゲリラだかゴリラだかの豪雨め。今日の私は折り畳み傘を持っている……!


 と、そんな風に脳内でふざけていると会社のエントランスで誰かが立ち尽くしているのが目に入った。

 あの見覚えのある後ろ姿は……


「脇本さん、どうしたんです?」

「え?あぁ、小日向さん……。いやぁ、ちょっと今日は傘を持って来てなくてね。このままコンビニに走ろうかどうしようか迷ってたとこなんだよ」


 あー……やりがちなやつだ。

 丁度脇本さんの後ろに、鞄を傘代わりに頭にのせて雨の中を走っていく男の人が見えた。

 あの人もこの後コンビニに駆け込むのだろう。


「ただ、鞄に電子機器が入っててね。下手に出るよりは雨が止むのを待った方が良いかな、とか」

「そうですか……」


 それはまぁ、大変だろう。私も似たような事をやりがちなので同情せざるを得ない。


「……あー……それだったら私の家近いので、傘、取りに来ますか?」

「え?」


 私のこの提案も、あくまで善意のために言ったものなのだと、ここに釈明しておきたいと思う。

 珍しくゲリラ豪雨に感謝する気になったというのは、内緒だ。

ヒント6:『愛の成る木』ですがグリーンカーテン、つまるところゴーヤとかへちまを育てるあれと同様に植えられることもあるそうです。夏場に愛の成る木の下で涼む。ロマンチックですね。

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