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花風船  作者: 奇群妖
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五章

 翌朝、再び私は目を覚ました。

 ベッドの上、硬い枕を何度か叩いて感触を確かめる。

 今日はそんなに体調も悪くない。昨日はほどほどにお酒を飲むようにしたからだろうか。


 と、つい昨日の記憶がよみがえってきて枕に顔を押し付ける。やっぱり、硬い枕だ。買い替えようかな。


「脇本さん、良い人が過ぎるでしょ……」


 あの後、私は結構食べた。お酒は悪酔いしやすいからそこそこにしたけど、ご飯をお代わりしたり、から揚げとか餃子を食べたり。

 ダイエットはどこに行ったのかと思うほど。


 でもそこそこ食べたはずなのだけれど、脇本さんは嫌な顔一つせずにニコニコしながら奢ってくれた。優しい。あんなんじゃ悪い女に騙されそうだ。

 ……そう、例えば、私とか。


「っはぁ~……」


 枕もとの時計は午前八時を指している。

 休日だから、今日は一日暇。映画でも見ようかな。


 何はともあれ洗面所で顔を洗い、朝ごはんにする。昨日結構食べたおかげでお腹があまり減っていないので、今日はヨーグルトとジャムパンだ。パンの方はなんとかパン祭りだとかで、シールを集めるとお皿が貰えるらしい。

 包装に張り付けられていたシールを剥がしてテーブルの上に貼り付けておく。

 そのうち溜まったらお皿と交換してもらおうかな。


「……あ」


 ふとベランダに置かれていた植木鉢のことを思いだす。芽が出てからと言うものしっかりと水も上げているが、枯れていないだろうか。

 最近は少し暑い日も増えてきているから少し心配だ。

 私はテーブルの上におかれたスマホを引き寄せると、例のサイトを立ち上げた。


〈②水やりをしてください。最初はたっぷりと、鉢の下から水が溢れ出すまで水をやってください〉


 前回やったのはここまでだ。ただ、その下にも結構長くサイトは続いている。

 次は--っと


〈♢芽が出たら〉。先のサイトはそんな表題で区切られていた。


 なるほど。芽が出た後もなにやらやることがあるらしい。丁度いい。今日は暇だから、映画を見る前に植木鉢の方を片付けてしまっても良いだろう。

 サイトの文章はこう続ける。


〈①植木鉢の中には五つ種が植わっています。まずはその全てが発芽しているかを確認してください。〉


「はいはい……と、どれどれ……?」


 ベランダの窓を開けて植木鉢を確認する。天気は快晴、雲一つない。

 今日は少し風が強いから雲もどこかに流れていったのかもしれない。

 土から顔を出している芽に水をやりつつ私は数を数える。


「……うん、丁度五つ」

 

 植木鉢からは一定間隔で五か所、芽が発芽していた。

 それを確認してスマホに視線を戻す。


〈②一番成長が早い一本を残して、他の芽は全て引き抜いてしまってください。〉


「えっ、引き抜くの?!」


 それは流石に可哀そうなんじゃないだろうか。

 そう思ってサイトの続きを読むと、確かに説明がなされていた。


〈成長が遅い芽、弱々しい芽を放置しておくと鉢の中の栄養は奪い合いになってしまい、最終的にどれも大きく伸びることがありません。そのため、発芽の段階で芽を絞っておくことが必要となります。これを『間引き』と言い、一般的にどのような作物でも行われている物です。〉


「あ、そうなんだ……」


 サイトにはゴム手袋をした手が芽を引き抜く画像が貼り付けられていた。新芽の白い根っこがまるでモヤシみたいだ。


「でもさすがにそれは可哀そうだなぁ……」


 引き抜くと言うことは引き抜かれた芽はもう育たなくなってしまう、と言うことだ。当たり前だけど。

 せっかく芽を出したというのにここで放置はあまりにも……。

 でも、栄養の取り合いになるのが良くないということも分かる。それじゃあどうするというのか。


「……」


 とりあえず一番元気そうな芽を残して残りは引き抜く。慎重に、根を傷つけないようにゆっくりと引き抜いたらそれをメモ用紙に乗せた。


 そこで自分の体を見てみて気づく。


「あっちゃぁ……まずはパジャマを着替えないとだ……」


 さすがに寝起きのこの格好で外に出る訳にもいかない。

 遠出はしないとは言えさっさと着替えてしまおう。

 テーブルの上に引き抜いた芽を乗せたメモ用紙を置き、寝室に戻る途中で畳み忘れていた洗濯物を見つけたのでその中から服を引っ張り出してさっさと着替える。

 髪は……まぁ若干ぼさっとしてるけど、帽子を被ればバレないだろう。

 どうせすぐに戻ってくるのだし、気にすることは無い。


「よし、じゃあ行こうか」


 私は靴に足をつっかけて玄関に立つ。言うまでも無く片手には芽を乗せたメモ用紙、もう片方の手には家の鍵。

 目的地はマンションの下にある小さめの公園に、この芽を植えることである。

 だってほら、このまま捨てるのは可哀そうだし。

 育つかは分からないけどどうせ暇なんだからそのぐらいはしても良いだろう。


 誰に言うでもなく心の中で「行ってきます」と呟くと、私はドアノブに手を掛けた。


***


「これで大丈夫かな、っと……」


 手でちょっとだけ土を寄せてやり、芽がしっかりと直立するようになったのを確認して私は立ち上がる。

 引き抜いた四本の新芽全てを、公園の日当たりの良い場所に植え替え終えたのだ。

 いやぁ、良い仕事した。心無しか新芽たちも喜んでいるように見える。


「っていうのはまぁ嘘なんだけど」


 植物にそもそも喜ぶ喜ばないなんて感情は無い。それが喜んでいるように見えるのは、なんて言うんだっけ、プラシーボ効果?

 なんか違う気もするけれど、まぁ良い。あのままゴミ箱の中で枯れるよりこっちの方が良いのは確かだろう。


 土で汚れた手を公園の水道で洗って私はもう一度サイトを開く。

 土日なだけあって子供たちがはしゃいでいる声が公園中に響いている。元気だ。お姉さんにもその元気、分けてもらいたい。

 サッカーボールを追いかける子が居たり、ブランコをがちゃがちゃと揺らす子が居たり。

 公園のベンチにはその子たちの親と思しきご婦人方が座っており、おしゃべりに熱中している。


 サイトの続きはこうだった。


〈本葉が5~7枚に成長したら、『摘心』を行います。摘心とは--〉


「……摘心?」


 いや、摘心についてはこの後に色々説明がありそうだから良いか。

 それよりも本葉って、なんだっけ。どこかで習った覚えはあるけど思い出せない。

 そんなわけですぐにグーグル先生を起動。どこでもなんでも教えてくれるグーグル先生、まじ流石です。


「本葉……」


 本葉。子葉の後に出る葉。種子植物の中でうんたらかんたら。

 子葉というのは聞き覚えがある。一番最初に生えてくる葉っぱのことだ。確か双葉とか、そういうのは子葉だったような覚えがある。

 中学校とかで習った記憶なので若干曖昧だけど。


「ということは、本葉はちゃんとした葉っぱのこと、で良いのかな……?」


 それが5~7枚になったら摘心、と。

 まだ全然先の話のようだ。

 そう思って更に画面をスクロールする。


〈また、暑い日が続くようであれば日に二度水やりをすることが推奨されます。昼に水をやってしまうと水が蒸発する際に芽が蒸されてしまうため、水やりは朝夕の二回に行って下さい〉


 これは今すぐにやっても大丈夫そうではある。最近凄い暑いし。

 朝夕と言うのも働いている私にとってはありがたい。会社に行く前と会社から帰ってきた後。分かりやすくて良いと思う。


「じゃ、本葉がたくさん生えてくるまでまたしばらく保留かなぁ」


 それまでは一日二回水をあげる日々、ということで。

 今日はとりあえず朝の分をあげたから夜にもう一回やればいいだろう。

 あ、せっかく家から出てきたんだしこのままGEOまで言って映画借りてこようかな。


 朝ごはんも食べ終わったのか、公園の出口で続々と集まってくる子供達とすれ違って私はそんなことを思うのだった。

ヒント5:この植物は病気に強いそうです。

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