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花風船  作者: 奇群妖
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四章

「っふぃー、終わったぁー……」


 椅子に体重を預け、私は伸びをする。

 先日坂口部長に頼まれた資料の打ち込みが無事に終わったのだ。体をねじると背骨がパキパキ鳴る。

 今日の仕事が終わるまであと二時間とちょっと。今日が終わってしまえば待ちに待った休日だ。


「とりあえずこれは……脇本さんに言えばいいのかな?」


 入力はしたもののこれをどうすれば良いのかいまいち分かっていなかった。

 坂口部長は今別の部署の方に行ってしまっているし、脇本さんは……真剣な目でキーボードを叩いている。

 元々私にこの仕事が回ってきたのも脇本さんに仕事が集中してしまったせいで終わりそうに無かったからだと聞いているし、脇本さんだって忙しいのだろう。


「……」


 しかし前も思ったけれど、脇本さんは中々イケメンだ。

 若干疲れたような顔をしているけれど誰にだって優しいし、大声を出すところなんて見たこと無い。

 私よりも二年も先輩なんだから多少は偉ぶったっていいぐらいなのに私が分からないところを聞きに行くと必ず、『引き受けてくれてありがとう』だとか『いつでも分からないところがあれば聞きに来てくれ』なんて言っていた。

 なのに脇本さんの方から人に話しかけたりすることが無いから、皆からの認識は根暗で付き合いの悪い人、なんてものになってしまっている。

 ほんとは結構良い人なのに、もったいない。

 いや、恋愛感情とかそんなことは無いけどね?流石に脇本さんに惚れるほど私は無節操でも無い。


 と、脇本さんが目をこすっていた。パソコンにずっと向き合っていたから疲れたのだろう。

 私は給湯室に向かい、インスタントコーヒーを入れて戻って来た。


「脇本さん、お疲れ様です。これ良ければどうぞ」

「っと、ありがとう小日向さん。助かるよ」


 疲れていても笑顔で脇本さんは返す。流石大人の男性、といったところだろうか。

 そう言うところがポイント高いんだよなぁ。


「それと一応資料の打ち込み終わったんですけど、もし良ければチェックお願いできますか?」

「本当?ありがとね、頑張ってくれて」

「いえ、脇本さんも大変だったでしょうしお互い様ですよ」


 ……今の話し方は上から目線だったかもしれない。

 そんな風に心配したものの脇本さんが気にしている様子は無かった。少し安心して、私は言葉を続ける。


「とりあえず今週中、ってことでしたよね?多分間違いは無いと思うんですけど、何かあれば今からすぐ修正するので……」

「……。いや、大丈夫だよ。この感じなら完璧そうだ。本当に助かったよ」


 私が送ったデータに目を通していた脇本さんがこちらを向いて微笑む。

 おっと、それは反則じゃないか?

 脇本さんがコーヒーに口を付けると、彼の眼鏡が真っ白に曇った。


「お……っと。困ったね」


 あはは、と笑いながら眼鏡を外す脇本さん。コーヒーに口を付けて、あち、と小声で言った。

 それはもう、淹れたてですから。熱いでしょうよ。


「脇本さんって眼鏡なくても見えるんですか?」

「あー、うん。今掛けてるこの眼鏡も度入りじゃないんだよ。PCに向き合ってるとどうしても目が疲れちゃうからブルーライトをカットしてくれる眼鏡を掛けてるんだけどね」

「へぇ、やっぱり掛けてると目は疲れなくなりました?」

「そこそこ負担は減ったかなぁっていうぐらいだね。前よりははるかにマシになったよ」


 なるほど。……私も目は疲れがちだ。買ってみようかな、ブルーライトカット眼鏡。


「あ、じゃあ仕事も終わったので私はこれで……」


 そう言ってさっさと私がデスクに戻ろうとした時だった。


「あ、小日向さん、ちょっと今日仕事の後って用事ある?」

「え?」

「せっかく色々助けてもらったから何かしら奢らせてもらえないかなって」

「いやいやいや、良いですよそんなの!」

「いや、お世話になった人にはちゃんとお礼もしたいんだ。暇だったらで良いんだけど、どうかな?」


 暇かどうかなんて……そんなの暇に決まってる。強いて言うなら今日の金曜ロードショーは少し気になる映画だったって言うぐらいで、録画も済んでいるからまた明日にでも見ればいいだろう。

 うーん……まぁ、そうなってくるとここでお誘いを断るのも失礼かもしれない。


「……じゃあ脇本さんが良ければ、ごちそうになって良いですかね」

「もちろん。じゃあ部長も帰って来ちゃったし、次の休憩時間にでもどこに行くか決めちゃおうか」


 脇本さんが顎で指した方向を見ると、確かに別部署から坂口部長が帰って来ていた。

 今日もアザラシみたい。相変わらず歩き方も変だし、首回りも若干苦しそうだ。シャツのサイズが合ってないんじゃないだろうか。

 服にしっかりアイロンがかけられてるのはまぁ、清潔感があって良いと思う。


「それじゃ、また後で。僕は残業しないで済むようにさっさとこの仕事片付けちゃうから、小日向さんが行きたい場所どこか考えておいて」

「あぁ、はい……」


 そうして私はデスクに戻る。

 とりあえず現状頭に浮かぶのは、ベランダに置いてきたあの植木鉢のことだった。


***


「ほんとにここで良かったの?」

「は、はい」

「何と言うか……そんなに値段も高くないけど」

「それが良いんですよ。いや、ほんとに」


 会社も終わって、私は脇本さんとちょっとした飲み屋さんにやって来ていた。座敷席だったため座布団に座ってはいるけれど、微妙に座り心地が悪い。

 目上の人におごってもらうということもあって普通の飲み会でも来るような安い飲み屋さんにしてもらったのだけど、脇本さんはどこか不満げだ。


「僕としてはもう少し高めの料理を奢ることになるだろうと思ってたんだけどね」

「いやもうほんとにそんなに働いてないんで申し訳ないですよ……」

「まぁそれならそれで量食べてもらえれば良いしね」

「ダイエット中なんで勘弁してください……」


 いや、今は別にダイエットなんてしてないけど見た目には流石に気を使っておきたい。

 お代わりなんてしてしまったら流石に太ってしまうかもしれないと考えるとそんなに贅沢は出来ないのだ。


「小日向さんそんなに太ってないと思うけどなぁ」

「そ、そうですかね。ありがとうございます」


 ……気まずい。もう一度座布団を置き直し、座る位置を調節する。

 と、店員の人が入ってきておしぼりと水を置いていった。

 脇本さんは立てかけられたメニュー表を開き、私に差し出しながら言った。


「そろそろ食べるもの頼もうか?」

「そっ、そうですね!脇本さんは何を食べるんです?」

「そうだなぁ……今日は焼き鳥とかで良いかな。お酒もまぁビールにしようかと思ってるよ。小日向さんは?」

「焼き鳥……私は生姜焼きが良いですかね。最近食べたかったので」


 焼き鳥とビール、がっつり酒飲みの注文だ。脇本さんにお酒を飲むイメージが無かっただけに私は少し意外に感じていた。


「生姜焼きか。それも良いね。美味しいよね生姜焼き」

「あ、あの、脇本さんってあんまりお酒の席で見かけたことがなかったので意外だったんですけどお酒も飲むんですね?」

「あー、そうだよね。僕はあんまり参加してなかったから意外かもしれないけど、これで結構お酒は嗜んでるんだ。普段は家に早く帰りたいからって言う理由で会社出たらすぐに駅に向かっちゃうんだけどね」

「今日は良かったんですか?」

「会社でも言ったことではあるんだけど、恩はしっかり返しておきたいんだ。小日向さんには仕事を手伝ってもらったから、お礼としてご飯を奢る。こういうのははっきりしておかないとトラブルの元だからね」


 そう言って脇本さんは店員さんを呼んだ。

 相変わらずスーツ姿なのに、会社にいるときよりどこか親しみやすいような印象を覚えるのは何故だろうか。


 ……いや、よく考えてみると男の人と二人で飲み屋さんって今の状況マズイのでは?


「--生姜焼き、焼き鳥、ビールが二つ。以上でよろしいでしょうか?」

「小日向ちゃん、ご飯も頼む?」

「えっ?!あ、は、はい!」


 やばいやばい、何も聞いてなかった。

 そういえばご飯はまだ何も頼んでなかったかもしれない。ここは大盛……いや、普通に一人分で。


「私ご飯一人分でお願いします」

「じゃあ僕は大盛でお願いしますね」

「はい、かしこまりました」


 店員さんが伝票に書き留めて厨房へ戻っていく。

 その姿を見て私はほっと胸を撫でおろした。

 考え事をしているときに急にご飯の話とかしないで欲しいものだ。


「あ、よく考えてみたら生姜焼き定食で頼めば良かったですね……」

「いやいや、生姜焼きで大丈夫だと思うよ。僕も唐揚げ頼んだから、欲しければそっちも食べていいし、野菜も取りたいなら追加で注文すればいいよ。下手に生姜焼き定食頼むよりは僕は色んなもの食べたいかな」

「いやもうほんとありがとうございます……」

「気にしないで。僕もそこそこ貯金があるからね」


 食費が浮くというだけで私としては大助かりだ。

 脇本さん、一生ついて行きます。


「それと、改めてなんだけどホントに資料まとめるの手伝ってくれてありがとね」

「いえ……もう何度も聞きましたし、大丈夫ですよ」

「いやいや、あれが無いとプレゼンも出来なかったから本当に助かってるんだよ。だから今日は一切遠慮せずに沢山食べてくれると嬉しいな」

「私が本気で食べたらこのお店潰れちゃいますけどね?」

「あはは、どれだけ食べるつもりなのさ」


 楽しそうに笑う脇本さん。私には結構きつい。

 思わず目を逸らして私はスマホで時刻を確認するようなふりをした。


「そういえば坂口部長も小日向さんのこと褒めてたよ。しっかり勉強して偉い子だって」

「え、本当ですか?」

「うん。これはボーナス、期待できちゃうかもね」

「うおぉおぉ!やった!」


 思わずガッツポーズ、そして我に返って思わず恥ずかしくなってきた。

 脇本さんはニコニコと私を見て笑っている。


「えっ、あ、その、す、すいません……」

「いやいや全然大丈夫。楽しそうで何よりだよ」


 楽しいというか、まぁ、はい……。はしゃいでしまって申し訳ないです……。


「そういえば坂口部長って歩き方とか可愛いですよね。皆の間で結構人気ですよ」

「優しいしね。部長はたしか人事の方から移動してきたから結構人付き合いが上手いらしいよ。僕もそんなふうになれればとは思うんだけど……」

「いやいや、脇本さんは十分優しいですよ」

「そう?そう言ってもらえると嬉しいな」


 たわいもない話をしながらも夜が更けていく。

 結局この日、脇本さんにごちそうになって私が帰途に着くころには十一時を回っていたのだった。

ヒント4:この植物の実は『人形』の首としても使われることがあるそうです。

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