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花風船  作者: 奇群妖
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十章

 週末。私は全力で写真を撮っていた。

 何があったかと言うと……


「花可愛い~!」


 そう、ようやく待ち望んでいた『愛の成る木』の花が咲いたのだ。何か所かにつぼみは見かけるようになっていたので咲くのも近いかと思っていたのだが、今朝起きたら咲きまくっていた。

 少し緑がかった白い花。大きさは……五ミリくらいだろうか。小さいけど可愛い。

 写真を撮りまくるのも当然だった。


「いやぁ、可愛いわ……」


 支柱に絡まっているせいで、支柱にぽつぽつと花が咲いているようにも見える。太陽がちらちらと葉っぱの間をすり抜けてこちらまで届いているのか、先ほど水をやった時に葉っぱやらなにやらについた水滴が反射してキラキラと光った。

 これだけでも買った価値があったかもしれない。

 愛が成るとかそんなことは求めてないから、とりあえずこれで良い。


「……でも花が枯れちゃったら終わりかぁ」


 この小さい花は確かに綺麗だし可愛いけれど、すぐにも落ちてしまいそうなぐらい弱々しくもある。

 ここまで育ててきて少し惜しい気もするけれど。


「でも、枯れるまで面倒見るって決めたもんね」


 そう呟いて、花を指先で撫でる。もし私が指でつまんだりしたら、すぐにでもしわくちゃになってしまうような花だ。

 いや、もちろん握り潰したりとかする気は無いんだけど、そのくらいに儚く思える。


「愛って言うのはそういうものなのかねぇ」


 自分で聞いていても痛々しいようなセリフを口に出し、あまりのばかばかしさに思わず吹き出してしまう。

 愛って。私自身には愛も何もない癖に。

 

「はぁーあ、彼氏欲しいなぁ……」


 ま、結構厳しいかもしれないけど。

 もし彼氏ができるとしたら、脇本さんみたいな優しい人が良いかな。

 あんまりにも一生懸命に仕事をするものだから皆に誤解されてるけど、実際は凄く優しくて、時々かっこよくて。恩を返すってことになると強情で、自分の受けた恩を何が何でも返そうとするぐらい義理堅い、そんな彼氏が欲しい。


 ……いや。


「彼氏が欲しいんじゃないんだ。私、脇本さんと付き合いたいんだ」


 彼氏になってくれるなら誰でも良いってわけじゃない。

 脇本さんだから、付き合いたい。脇本さんだから、好きなんだ。

 そっか。そうだったんだ。

 なんとなく口に出してみた言葉が、やけにしっくりくるような気がした。


「……ふふ」


 思わず笑いが漏れて、もう一度花を撫でる。

 小さい花だからあんまりわからないけど、花に顔を近づけて匂いを嗅ぐと確かにいい香りがした。


「愛の成る木だって言うんなら、頼むよ。私は脇本さんが好き。脇本さんが好きなんだ」


 自分の感情を何度も反芻してみる。口に出して初めて自分の心が分かることだってあるんじゃないだろうか。

 そういえば牛は胃袋が四つあって、何度も何度もご飯を吐き出しては噛んで消化するらしい。

 良いなぁ。そんなに胃袋があったら、脇本さんに貰ったご飯もお菓子も、四倍味わえたのに。


 なんて言ってみて、気持ち悪いな、と自分でも思う。

 でも恋愛って元々気持ち悪いものだ。本心も何も分からない他人を好きになって、相手に何かしてあげたいと思う。

 血もつながってない他人にそんなことを思えるなんて、気持ち悪い。

 ましてや脇本さんだなんて。ちょっと猫背だし、疲れた目をしてるし、若干周囲からも浮いている。


「いやぁ……私って気持ち悪いなぁ」


 そう言っておかしくなって、また笑う。

 そうだ、そうだ。私は脇本さんが好きだったのだ。


***


「……おかしいなぁ……」


 脇本さんを好きだってことを自覚しておよそ一カ月。私はまたもや鉢の前に座り込んでぼやいていた。

 もはや恒例となってしまった独り言……というか鉢植えに向かって話しかける変人性を発揮しつつ、私は首を傾げた。

 何がおかしいって、二つ。二つほどおかしなことがあった。


「一つ目……脇本さんに全然アプローチできない……」


 人差し指を立てて愛の成る木に示してあげながら私は呟いた。

 遠くでシャアシャアと鳴いているのはアブラゼミだろう。サウナのような暑さの中でよくもそんなに大声を出せるものだ。

 喉が枯れたりとかしないのだろうか?

 鉢植えに水をやりながら私は考える。


「いや、そりゃもちろん話す機会は前より増えたし仲良くもなったけど……」


 脇本さんとはたまに、会社帰りに話すようになった。

 時々『暑いね』なんて言ってワイシャツの胸元辺りをつまんでパタパタして、風を送り込んでいたりするのが非常に良い。

 ただ、


「アプローチなんだよねぇ……」


 私の方から急に、脇本さんのことを好きとは言いだしづらい。けど、少しずつ気づいてもらうようにできれば……とは思ったのだけれど。


「アプローチって難しすぎるでしょ……。わざと相手の手に急に触れるとは……?」


 ネットで調べても、若い子向けの物ばかりで私のような社会人引っ込み思案おばさん向けの物が見つからない。

 いやまだ全然おばさんとかいう年齢じゃないけど!まだまだ全然若いけど!!


 そんな訳で、脇本さんのことが好きだってことは分かったのにアプローチが全然できていないのはおかしい。

 これが一つ目。

 それと、もう一つ。


「君さ……これ何よ」

 

 支柱に絡みつくつたから伸びた風船のような葉っぱを触りながら私は言う。

 緑で、若干透けている風船。『愛の成る木』から生えてきているのは明白なのだが……


「変な植物……」


 若干提灯のようにも見える風船のようなものがくっついているのが不思議でしょうがない。

 なんだろう、これ。押したら潰れるぐらいなので中身はスカスカ。空気だけしか入っていない。

 何に例えればいいだろうか。鬼灯の実の外側、みたいな?

 でも見た目としてはほぼほぼ、若干いびつな形の緑の風船だ。

 大きさとしてはピンポン玉くらい?

 ……不思議だ。


「もー、どうすれば良いのよ……」


 ふてくされて風船(?)を突っついてみるけれど何も返答は無い。当たり前だ。植物だもの。

 一人暮らしが長いと独り言が増えちゃっていけない。

 とりあえず水も上げたしテレビでも見よう。外にいると蒸し暑いし、アイスでも食べながら恋愛ドラマとしゃれこもうじゃないか。


「くっそう脇本さんめ……」


 明らかに悪くない人をやり玉に挙げて、私は不貞腐れたような声を出す。

 全く、脇本さんのせいでここまで悩ましいことになるとは。

 とんでもない人だあの人は。


 ちなみに今は夏休み真っ盛り。ここ一週間会社には行っていないため脇本さんにも坂口部長にもあんまり会えていないのが実態である。


「はぁー……」


 夏の魔物め。そうぼやいて、私はソファに寝っ転がる。

 クーラーの効く部屋でぐっすりと眠って、それで起きたらテレビを見よう。

 アイスは確か前買ったものが冷蔵庫の中にあったはず。

 夢の中で会えたらいいな、なんてことを思いながら私はまどろみの中に飛び込んだ。

物語も終盤戦。そろそろ大半の人が『愛の成る木』の正体に気づき始めたかもしれませんね。答え合わせまでどうかお付き合いください。




ヒント10:『愛の成る木』の実には果肉がありません。(物語中にも出ましたけど。)

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