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花風船  作者: 奇群妖
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一章

 朝目覚めると、その奇妙な植木鉢は既に私のベッドサイドテーブルの上に乗せられていた。

 ずきずきと痛み続ける頭、グラグラする視界の中で無理に私はトイレまで向かい、盛大に胃の中身を吐き出した。


***


「うぅう……頭痛ぁ……」


 私が実際に布団から起き上がったのはそれから小一時間経ってからの事だ。

 トイレに行った後布団まで戻って来た私は再び眠ってしまっていたらしい。

 敷布団はぐちゃぐちゃになり、枕もいつの間にか足元の方に移動している。

 この時には既に目覚まし時計が九時四十八分を指していた。


「今日が土曜日でほんと良かったぁ……」


 平日にこんなことになってしまったら笑いものだ。お酒に弱すぎる。

 これだから私は飲み会に行くのは嫌だったのに。


「スマホスマホ……」


 寝転がったまま手を伸ばしてサイドテーブルに置かれていたはずのスマホと、ついでに頭痛薬を探すが見つからない。

 おかしい。前買ったやつをこの辺に置いて置いたはずなんだけど。

 と、指先に触れたひんやりとした感触に思わず私は手を引っこめる。


「……植木鉢……」


 テーブルの上に置かれたそれは、最初からそこにあったように鎮座していた。

 土だけしか入っていない植木鉢に『愛の成る木』と書かれた厚紙が刺さっている。

 丸文字で書かれたその文字列を見て思わず失笑が込み上げた。


「あっちゃぁ〜……またやっちゃったかぁ……」


 昨晩、私は会社の飲み会に参加したのだ。

 結構早い段階で帰ろう帰ろうとは思っていたのだが、上司に誘われるまま二次会、三次会に参加していた結果こんなことになってしまった。


「悪酔いしやすいのは分かってるのになぁ」


 悪酔いした結果、帰り道に見かけた訳の分からない物を買って来てしまったらしい。記憶は無いけど。

 こんな風に悪酔いするのも別に初めてではない。

 今日が休日じゃなかったら大変なことになっているところだ。こんな状態で会社とか行けないし。


「……」


 寝転がったまま植木鉢を手に取り、枕元まで引き寄せる。土が植木鉢の底からパラパラと零れ、シーツが茶色く汚れた。


「あ〜……もう最悪……」


 普通に考えれば想像出来たでしょ私。しっかりしろ。


 植木鉢の縁を指でなぞり、うろ覚えな昨日の記憶を辿り寄せる。

 そう、そうだ。昨日飲み会が解散したのは一時過ぎだった。会社が終わってからの飲み会だったとはいえそこそこの時間飲んでいたことになるのだろう。


 あぁ、この植木鉢を見かけた時のことを思い出した。

 

 幸い自宅は会社に近いので昨晩も繁華街から歩いて帰ってきていたのだがその時にふと、目に付いた露店があったのだ。

 その露店には花束やら観葉植物やらが色鮮やかに店頭に並んでいて、人通りも少ない夜の道の中ではどこか浮き上がっているような印象さえあった。

 普段はあんなところにお店なんてないし、そもそもこんな時間になんで?


 そんな風に思った私は自然と店に足を運んでいた。

 そして気づく。店員が居ない。店を見ている人も誰もいないのだ。通行人もこの時間ではほぼほぼいないので、夜の中に私と店しかないような気すらしていた。

 そこで酔っていた私はテンションが上がり、ついでに何か買って帰ろう!と決めたのだった。


 ただ、残念ながら私は花なんてものには縁遠い生活を送ってきた。

 どれもこれもなんという名前の花なのかも分からないし、育て方も分からない。

 そうしてどれがどういう花なのか分からずにうろうろしていた時にふと、店内の端の方にある違和感に目をとめた。


 植木鉢だった。植木鉢でしか無かった。

 土が入っているだけで、なんの植物の芽も生えていなければなんの花も植えられていない植木鉢が六個、段ボールの中に並んでいたのだ。

 不審に思って見てみると、植木鉢の土に厚紙製の札が立てられていることに気づく。

 厚紙で作られたらしい手作り感満載の札には『愛の成る木』とマッキーで書かれており、植木鉢に貼られた値札には『¥300、愛の芽生えを体感してください』と添えられている。


 詐欺かくだらない冗談としか思えないのだが、酔っている時は正常な判断が出来なくなるものだ。

 私は見事に詐欺に引っかかった。


「愛ぃ〜?そんなものが買えるなら私はこんな苦労してないってぇ〜のぉ〜」


 社会人六年目、学生時代以来恋人ができていない私の本音だった。

 でもまぁ、酔ってたら買っちゃうよね。藁にも縋りたい気持ちだったし。


 財布を開けると小銭は無く、野口英世が一、二……三枚。

 無人の出店なだけあって、お金を入れるであろう箱が備えてあったが……


「……お釣りは要らねぇ。取っときなァ!」


 この前見た洋画の、ハードボイルドおじのマネを決めて野口英世を投入。

 手前にあった植木鉢をひとつ抱えあげて、フラフラと私は帰途に着いたのだった。




「うっおぉぉぉ……恥っっずかしぃいぃぃいい……」


 ゴロゴロと頭を抱えてのたうち回る。

 お酒効果で昨晩の記憶は思い出せない、とかそんなことになれば良かったのに。

 こんなことなら思い出せない方が良かった。

 七百円のお釣りはデカい……辛い……。


「こんな詐欺に騙されるほど私は落ちぶれたのか……」


 植木鉢からこぼれた土を手で床に払い落としながら私は呟く。

 後で掃除機かけなきゃ。


「……?」


 『愛の成木』と書かれた厚紙の裏を見ると、何やらQRコードのようなものが貼り付けられている。

 爪でカリカリやってみるとはがれそうなので、シールか何かだろう。


「んんん……?」


 なんでこんなところに?

 そんな疑問を持つものの考えてみても答えは出ない。元より二日酔いで痛む頭だ。答えが出せるはずもない。

 私は速攻でスマホを手に取り、QRコード読み取りアプリを起動していた。

 私の座右の銘は有言実行……じゃないな、なんだっけ、猪突猛進……でも無いし、そう、そうだ。『思い立ったが吉日』なのである。

 今決めたが。


 アプリを開き、シャッターを切る。

 カシャリ、と小さめのシャッター音が私しかいない部屋に響き、しばしの読み込み画面の後にスマホの画面に表示されたのはちょっとしたURLだった。


「おぉ、やっぱりなんか意味があるんだ!」


 そりゃあQRコードなわけだしサイトが表示されるのは当たり前なのだが。

 そして、ここまでやって来てようやく私の酔いが覚めてくる。具体的には、このURLを踏むのに少しだけ躊躇を覚えたのだ。


「ウイルスとか……大丈夫だよね……?」


 こういうのは普通危ないのでは?だってほら、アクセスしたらやばいサイトに飛ばされて、請求何十万とかスマホがバグるとか……

 しかもこんな怪しい植木鉢にあったURLだ。普通に読み取るのは流石の私も抵抗がある。


「で、でも見てみたい、よね……」

 

 流石に自分のスマホで見るのは怖いけれど……


「あ、社内携帯あるじゃん」


 ふらふらする中何とか立ち上がって会社から支給された携帯を持って来て、ついでに酔い覚ましに水を一杯。

 社内携帯を使ってURLを打ち込み、サイトを開く。

 開きたい、のだが読み込みが遅い。流石社内携帯。電波をケチっているだけはある。


「だけど私は諦めない。この世にURLある限り--!」


 とまぁふざけたことをやっているとようやくサイトが開かれる。

 ぱっと見は……


「ブログ、かな?」


 表題に『愛の成る木』と書かれたブログのようなサイトだ。

 背景には植木鉢が置かれている写真が貼ってあった。


「これだったら安全そうかな……」


 胡散臭さは無いようだ。どっちかと言うとおしゃれと言うか何と言うか。

 植木鉢に刺さっていた札のしょぼさとは比べ物にならないぐらい手の込んだ装飾のブログだな、と言ったところが第一印象だろうか。

 

 ブログの最初の一文はこんな感じで始まっていた。


〈愛の成る木をご購入いただきありがとうございます。当サイトでは愛の成る木の育て方をお客様にご案内いたします。〉

『恋の生る木』は実際の植物をモデルにしているので、何の植物がモデルなんだろう、と予想しながら読み進めてみると楽しいかもしれません。


ヒントも毎話ごとに出していこうと思っています。


それでは。




ヒント1:この話は僕が帰宅している最中にこの植物を見かけ、思いつきました。マイナー植物ではありません。

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