王女様と守護精霊との恋
リディリアは孤独だった。アーリス王国の第16番目王女として生まれた彼女は、
今、16歳。
父、アーリス国王は王子を24人、王女を30人もこしらえた女好きとして有名な国王であった。
伯爵家出身の母は側室の一人として、国王の傍に上がり、第10王子フィルロと第16王女リディリアを生んだが、リディリアを生んだ後、亡くなってしまった。
王室ははっきりいって貧乏である。
だから、母の実家であるコルトレッド伯爵家の援助が無ければ、まともに王家で生きていくのも難しかったであろう。
行事ごとに必要となる衣装。日々の食事から、幾人かのメイド。全てコルトレッド伯爵家が用意したものである。
兄のフィルロはとても社交的で明るい性格に育ったが、リディリアはとても内気な大人しい女性に育った。容姿も黒髪で前髪で目を隠して、とても暗い女の子である。
だから、他の王子王女との付き合いも無かったし、15歳で王立学園へ入学しても友達が一人も出来なかった。そして、兄とも仲が良くなかった。外交的な兄は暗い妹をそれ程、可愛がってくれなかったのである。
この国の男女は17歳になったら守護精霊が出現する。
リディリアはそれを楽しみにしていた。
守護精霊は運が良ければ、話が出来る程の知能を持っている者もいるのだ。
ああ…お願い。守護精霊様。どうか、私とお友達になってくれる精霊様が出現して。
リディリアは強く願った。
そこへ通りかかったこの国の一番の高位の公爵令嬢リリーナ・セルビントス。
取り巻き達の公爵令嬢と共に、学園で一番威張り散らしていた。
「あら、なんか暗いと思ったら、どこぞの王女様じゃないの。」
リディリアが王女であっても、30人のうちの一人である。それに暗いリディリアは馬鹿にされていた。
リリーナの後ろには銀の髪の長い美しい男性で、青白い顔をし、天使のような羽が生えている守護精霊が付き従っている。
リディリアは慌てて、その場から逃げ出して、遠目からそのリリーナの守護精霊を眺めた。
いいな…あれ位、人間らしかったらお話出来るんだろうな…
お友達が欲しい…お友達が…
リディリアは切実に思った。
サビシイサビシイ。私は寂しいの…
「寂しいって…そんなに寂しいのか?」
ふと、振り返ってみれば、金の髪で、銀の鎧を着ている凄い綺麗な男性が立っていた。
リディリアは真っ赤になる。
「綺麗な人…あの…どなたですか?」
「失礼。私は君の守護精霊だ。ちょっと現れるのが早すぎたか。まだ一年先だったな。」
思わず、その男性の手を握り締めて、
「行かないで。どうか私とお友達になって。」
「ああ…お友達というよりも、君の守護精霊だから、君の傍にいて、見守る義務があるのだが。」
そう、守護精霊はただ、見守るしかない精霊である。よって戦闘力とか、不思議な力とか何もないのが前提だ。前提なのだが。
リディリアの守護精霊の青年は自己紹介をする。
「私の名は、ロディス・ハイデン・ミラノーロフだ。」
「ロディス様ですね。」
「改めて。今日からリディリア様に仕えさせて頂く。よろしく頼むぞ。」
跪いて、手の甲にキスをされて、リディリアは恥ずかしかった。
でも、リディリアは嬉しかった。
とても素敵な精霊が出現してお友達が出来たのだ。
守護精霊が出現すると学園に報告義務がある。
そして、リディリアが凄い美男の守護精霊と一緒に居るのを見るにつけ、
女性達からは嫉妬の目が集まるようになった。
「あんな冴えない女が。」
「生意気よ。」
とある日、学園の庭をリディリアがロディスと歩いていると、上から水が降って来た。
「危ないっ。」
ロディスがリディリアを庇ってマントで受け止める。マントがびしょ濡れになってしまった。
リディリアが慌てて、ハンカチを差し出して、
「ごめんなさい。ごめんなさい。私と一緒にいたから…」
涙がこぼれる。
ロディスは微笑んで、
「そんなに泣かないで。リディリア様。ちょっと濡れただけですから。」
「私なんて…私なんて…一人で居た方がいいんだわ。」
思わず走り出してしまう。
リディリアは悲しかった。
ロディスは追いかけてきてくれて、リディリアに向かって優しく話しかける。
「寂しいのだろう。私がずっと傍にいるから。」
ロディスに縋ってリディリアは泣いた。
ロディスがいるからどんな辛い事でも耐えられる。そう思った。
そんなリディリアに追い打ちをかけるように、辛い出来事が起きた。
辺境伯が王女3人を引き取ってくれると言う。勿論、愛人としてた。
王女たちを厄介払いしたい王家は喜んで、王女3人を差し出すと、辺境伯と契約をした。
辺境伯50歳。他にも愛人を数人抱えていて、相当好色な男である。
リディリアもそのうちの一人に含まれたのだ。
まだ学生なのに。学園を退学して辺境伯へ嫁げと言う。
嫌だった。
どこまで人生は自分に残酷なのか。
もう、ロディスがいれば何もいらない。
ただロディスは精霊である。何の力も持たないのだ。
王家を出ても、リディリアは飢え死にするだけであろう。
でも、このまま辺境伯の元で慰み者になるのなら、飢え死にした方が良いのではないのか?
少ない荷物をまとめて、こっそりと王家を出ようとしたリディリア。
すると、仲の悪い第10王子フィルロ、唯一、母が同じな兄が珍しく部屋を訪ねてきた。
「ロディスから相談があった。リディリア。私と共に、伯爵家に来るか?
私はエルティナ・アーレス伯爵令嬢と婚約した。既に転がり込んだ状態だが、エルティナに頼んだら、君の事もアーレス伯爵家で面倒を見てくれてもいいと言っている。
お前は私と唯一、母が同じだ。お前を不幸にしたら亡くなった母が悲しむ。
私と共に、アーレス伯爵家に行こう。」
「お兄様。迷惑がかかりますわ。アーレス伯爵家に。」
「だが私達は無力だ。いつか力をつけて、伯爵家に恩返しをする。だから、リディリア。
一緒に行こう。」
「有難うございます。お兄様。」
結局、辺境伯へは他の王女が行くことになり、
リディリアは王立学園に残る事も出来て、アーレス伯爵家に世話になる事になった。
学年は違えども、兄の婚約者エルティナ・アーレス伯爵令嬢はとても優しかった。
「ああ、貴方がリディリア様。小さい時よく、隣の伯爵家に来ていたわね。おとなしい王女様って感じだったけど。私がエルティナ。よろしくね。」
エルティナのお友達のマリーナ・ハルギリス伯爵令嬢と共に、中庭で一緒にお昼を食べたり、
放課後に共にショッピングを楽しんだり、
リディリアは幸せを満喫する事が出来た。
エルティナは買い物をする時、必ずリディリアにも同じものを一緒に買ってくれて。
「私の妹になるのですもの。何でも言ってくれていいのよ。」
「有難うございます。エルティナ様。」
「ええ?王女様に様付けされても…」
とてもとても、幸せだったけれども、
でも、伯爵家に養われている身。どうしても遠慮はある。
そして、リディリアは思った。
私も恋人欲しいな…
兄フィルロとエルティナの仲の良さを見るにつけ、恋人が自分も欲しいと思うようになった。
ロディスみたいな素敵な人は無理だけれど…
ロディスは傍にいてくれて、見守ってくれているけれども、結婚は出来ない。
伯爵家で与えられた自分の部屋で、とある日、夕日を眺めながら、エルティナは背後にいるロディスに向かって。
「ロディスが人間だったら…私…結婚したかったな。でも、私みたいな暗くて美人じゃない女はロディスの好みじゃないわね。」
「そんな事はない。私に力があったら…精霊でなかったら…ずっとお慕いしておりました。リディリア様。」
「ロディス。」
ロディスはリディリアを後ろから抱き締めてくれた。
温もりを感じるのに…こんなにロディスは温かいのに…
悲しかった。
「ロディス。私を抱いて…」
「それは出来ません。精霊の掟です。私は…貴方を抱いたら、消えてしまうから…」
「ああ…消えたら嫌。ごめんなさい。傍にいて…ずっと傍に。」
悲しかった。
こんなに好きなのに結ばれる事が出来ないのが。
そう、ロディスが好き…リディリアは涙を流しながら、ロディスに正面から強く抱き着いた。
夕陽がそんな二人を悲し気に照らしていた。
あれからも、ロディスはリディリアを守るように付き従って、二人の日常はまるで変わりはない。
リディリアの心は報われない恋に苦しんではいたけれども。
そんなとある日、驚くべきお客さんがリディリアの部屋に現れた。
ズモモモモと音を立てて床から湧き出たのは、大きな恐ろし気な青鬼である。
「これは失礼。ワシはゲンゴロウモモツネと言う者。エルティナ様の守護精霊じゃ。
ロディス殿がリディリア様との報われない恋に悩んでいると聞いての。」
ベッドの上のリディリアは慌てて、
「ロディスが話したの?」
ロディスはベッドの横に立ちながら、
「はい…。ゲンゴロウモモツネ殿に相談しました。私も苦しいので。」
ズズズっとゲンゴロウモモツネは、リディリアに近づいて、
「出来るだけ沢山の守護精霊達を集めて、皆でお願いするでござる。女神様の力を借りましょう。
女神レティナなら、きっとロディス殿とリディリア様の恋を応援して下さるでしょう。
それには、女神レティナと交流のある英雄ディストール殿を探さないと。この国に新婚旅行でドラゴンに乗って訪れていると言う噂を聞きました故。守護精霊ネットワークを張り巡らし、必ずや、ディストール殿を探し出し、女神レティナに二人の恋が成就するようにお願い致しましょうぞ。」
ロディスは、リディリアの手を取って、
「私達、守護精霊は主人が死ぬときは共に消える運命なのです。私は人間になりたい。
人間になって、リディリア様と愛し合い、二人の子供が欲しい。望んではいけないことなのか…。」
リディリアはロディスに抱き着いて。
「嬉しい…。私も貴方と幸せになりたい。」
ゲンゴロウモモツネは拳を振り上げて、
「それでは英雄ディストールをまずは探しましょうぞ。そして、二人の愛をっ。それではまた。」
ズモモモモ…床へ大鬼は消えていった。
ゲンゴロウモモツネの力なのだろうか、国中の守護精霊達が、英雄ディストール探しをしてくれて。
彼は今、王都の広場で妻である女性と共に買い物をしているとの事。
国中の守護精霊達が燃えた。
皆で王都の広場へ向かう。勿論、リディリアとロディスも馬車に乗り、そこへ向かった。
何も知らない英雄ディストールは黒髪で背の高い黒騎士姿の美男で、妻のエリーナと共に広場に出ている出店で買い物を楽しんでいた。
そこへ、広場にいきなり溢れかえったのが、何千という守護精霊達である。リディリアとロディナの恋を応援してくれている精霊達だ。
驚くディストールとエリーナ。そして王都の広場に居た人達。
小さな丸い球体の精霊や、チョウチョの精霊、人型の精霊、色々な形の精霊がいるのだが、
その全てが、何千という精霊達が一斉に、ディストールに向かって土下座した。
これがのちに語られる、「王都広場土下座事件」である。
ゲンゴロウモモツネとロディスとリディリアも、先頭に立って、地に正座をし、両手をついて頭を下げ。
英雄ディストールと妻エリーナは、驚きのあまり固まった。
「な、何事だ??これは一体全体…」
「さぁ…わたくしにもさっぱり…」
ゲンゴロウモモツネはディストールに向かって、
「英雄ディストール殿。お願いがございまする。ここなる二人は人間と守護精霊。深く愛し合っておりましてな。どうかどうか…女神レティナにロディスを人間にする魔法を。そうすれば二人は結ばれて結婚する事ができまする。」
ロディスも顔を上げて、真剣に訴える。
「私は守護精霊でありながら、リディリア様に惚れてしまいました。どうか…お願いです。
女神レティナ様に会わせて下さい。私は人間になりたい。なってリディリア様と結ばれたいのです。」
リディリアも顔を上げて。
「お願いです。どうか…女神様に。私、ロディスを愛しているんです。」
どうしても叶えて貰いたい。ロディスと幸せになりたい。
ディストールは頷いて、
「解った。女神レティナを呼び寄せよう。」
天に向かってディストールが両手を広げる。
「女神レティナ。頼む…どうか、降りて来てほしい。」
女神に向かって願えば、天から光が降りて来て。
一人の金の髪の美しい女性が広場に降臨した。
これがのちに語られた「王都広場に女神降臨事件」である。
「わたくしを呼びつけるなんて、どういう事かしら?ディストール。」
「すまない。これだけの守護精霊達が、貴方に叶えて貰いたい願い事があるのだ。
降りて来てもらうしかないだろう?」
「確かにそうね。珍しい事もあるものだわ。で?願い事って何かしら。」
ゲンゴロウモモツネが女神レティナに向かって、
「どうかどうか。ここにいるロディスを人間にしてやってください。」
ロディスも訴える。
「私はリディリア様と結ばれたい。人間になりたいのです。」
リディリアもここぞとばかり訴えた。
「お願いです。女神様。私…私…ロディスの事を愛しています。ですから…結婚したい。」
女神レティナは呆れたように、
「人間になりたいって、人間になるって大変よ。精霊と違って、お腹はすくし、
年を取れば美しさも衰えてしまうわ。老いは精霊にはないから。
お金も稼がないと生きてはいけない。精霊が人間になるってそれだけ大変なのよ。ロディス。貴方にその覚悟はあるのかしら?」
ロディスは頷いて。
「働きます。私が出来る事を…リディリア様と夫婦になれるのなら、苦労は厭いません。」
リディリアはふと思った。
自分の為にロディスがしなくてもいい苦労をすることになる。
仕事をすると言う事は精霊だった彼にとって辛い事ではないのか?
このまま共に居ても辛いけれども…でも…
ロディスに苦労をさせたくはない。
どうすればいいの?私はどうすれば…
女神レティナの温かい手が、リディリアの肩に触れる。
「貴方は寂しい人生を送って来たのね。解ったわ。願いをかなえましょう。
私は愛の女神レティナ。ロディスを人間にして差し上げます。」
ロディスの前に立つと、手をその額に翳して、女神の力を贈る。
ロディスの身体がパァッと輝いて、ロディスは精霊から人間になった。
何千と言う守護精霊達から祝福を受ける。
「よかったなぁ。」
「本当に良かった。」
言葉を話せない精霊達も、飛び跳ねて喜んで。
ロディスとリディリアは、女神レティスに頭を下げる。
「有難うございました。」
「感謝します。」
「大変なのはこれから…どうか幸せに生きて頂戴。」
女神レティナは光となって、天に帰っていった。
ロディスは人間になった。
今、アーレス伯爵令嬢の屋敷で使用人として働かせて貰っている。
リディリアもメイドとして、働かせてほしいとエルティナに頼んだ。
エルティナは、
「王女様がメイドだなんてっ。」
と青くなっていたが、リディリアは、
「ロディスだけ働かせる訳にはいかない。私も働きたいの。お世話になっているのだから。」
エルティナは渋々頷いた。
ロディスと結婚したリディリア。二人はアーレス伯爵家で働きながら、
子供にも恵まれて幸せに暮らした。
リディリアは自分の人生を振り返り、自分を助けてくれた兄のフィルロ、そして親切にしてくれている今は自分の仕える主人エルティナ。二人の恋を応援してくれた沢山の精霊達。
女神を呼んでくれた英雄ディストール。願いを叶えてくれた女神レティナに感謝した。
そして、愛するロディスと子供達。
なんて幸せな人生なんだろう。
今は笑って暮らす事が出来る。
今日はエルティナ様がパーティに出かけられるので、ドレスを用意しないと。
リディリアは幸せを感じながら、窓の外から見える秋の高い空を眺めたのであった。