特別でありたい
周りを見渡して、適切な位置にピースをひとつずつはめ込んでいく。この行為の繰り返しが本当に落ち着く。○○を導き出す事が楽しい。逆に○○が無ければ何も出来ない人間なんだ。
朝7時。起床後、大好きなジグソーパズルのピースをリュックに詰め込み学校へ向かう。駅まで向かう道中散り始めている桜を見上げつつ歩く。学校が近づくにつれ足取りが重くなる。憂鬱な気分が湧き上がる。駅に着き、改札を抜け電車に乗り込む。そこには、スマホを眺めるサラリーマン達、ギャーギャーと騒ぐ中学生達の姿。自分と同じ制服を身に付けた高校生はまあ見当たらない。どうせ部活動の朝練習にでも行っているのだろう。俺が今年入学した高校は全国レベルの強豪である運動部が多く、学生にはスポーツ推薦とやらで入学したスポーツ馬鹿が多い。この事も学校を憂鬱にさせるひとつの要因だ。彼らはとにかくテンションが高い。ノリについて行くのは容易いことではないのだ。今日も教室に入れば彼らとの会話を「楽しまなければ」ならない。
そんな事を考えているうちに高校の最寄り駅まで着いていた。そこからは徒歩で2分。グラウンド前を通ると予想通り野球部、サッカー部がボールやゴールなど練習器具の片付けをしていた。朝から練習着が泥まみれだ。太陽なのか彼らの汗の輝きなのか分からないが、恐ろしく眩しく感じたから目を逸らしつつ学校へ入った。
教室内には机を囲んで談笑しているグループが2つ3つ居た。確かバレー部だった奴がこちらに気付き、
「おはよー紫音!!!」
それに続き数人に挨拶をされた。朝から声でかいしうるせえよ、なんて当然言ってはいけない。
「おはよ。今日は朝練終わるの早いね。」
自然に返事をし、輪に混ざる。彼らとのコミュニケーションは欠かせない。クラスの大多数は運動部グループでそれ以外は文化系のぼっち勢。ぼっちになることが嫌な訳ではないが行事や授業でぼっちになってしまうと不便な事が多い。そのため、とりあえず運動部に混じることにしている。ある程度の交流関係を構築しておくのが賢明だ。入学して20日が経過したが幸い今のところは上手く馴染めている。
入口のドアの窓から何個かのおにぎりが見えてきたら朝接待の終了だ。野球部はホームルーム前ギリギリにやってくる。いつも通りその後に先生がやって来て、ホームルームを始める。先生が話す連絡事項の中に部活入部届けは今日までに提出。というものがあった。この高校は全員入部強制。写真部に丸を付けてある入部届けを取り出す。部員ゼロで、部員居た時も個人活動だったらしいと去年卒業した姉からリサーチしていた。縛られない、楽な部活を望んでいた俺にとっては理想的な部活だった。ホームルーム後すぐに用紙を提出。紙を見た先生が露骨に不満げな顔をする。
「写真部かよ……」
そう言いたそうだ。いや実際本当に聞こえてきた気もする。こっちはスポーツ推薦とかじゃねえんだから運動部入る訳ねーだろ。思わず口に出そうになっていたが堪えた。運動部に所属し、部活に高校生活全てを捧げるというのが美徳らしい。この高校では。自分で選んだ高校だが全く持って浅ましい。
その日の放課後、部活動集会が開かれる。新入部員と先輩が顔合わせをする場だ。まぁ先輩なぞ居ないのだが。写真部は1〜3年生教室がある棟から1番遠い棟の最上階の選択教室が部室。地味な部活は端っこがお似合いだという学校からのメッセージだろうか。
部室はイメージ通り長いこと使われていないようで少し汚れていたが、悪くは無い、程よい広さ。放課後、1人でジグソーパズルするのにピッタリ。家の自室は弟との共同のため邪魔をされる場合があったので1人の空間が欲しかった。後は新入部員が他に居ないことを祈るのみ。
その願いは儚く数秒で絶たれた。階段を登る足音がしたのだ。写真部になんて入ろうとする物好きが俺以外に居るのか。大きな溜め息をつく。ドンッドンッと、やけに大きな足音だったため自然と身を構える。楽だからという俺と同じ目的で入部希望の不良生徒ならどうすれば……
扉を開いた主は長身で髪が長い女性だった。170cmあるだろうか自分より少し小さいぐらい。頭の上に音符が浮かんでくるようなにっこりした笑顔で入室してきた。が、目を合わせた途端ただでさえ大きな目を見開き、やがて露骨に嫌な顔して見せた。この学校の奴は感情を隠すつもりは無いのか。その事と、同じ新入部員が居たことの2つの意味での苛立ちを表に出さないように細心の注意を払った。自然な口角の上げ方、声のトーンも綺麗に。口を開く。
「君も写真部なの?」
彼女は首を縦に振り、
「そうだけど。まあ君はそうであって欲しくなさそうだね。」
不機嫌そうな顔つきで言われた。見透かされた。何故?動揺のあまり目を一瞬逸らしてしまった。
取り繕った言葉を再び言ってみる。
「そんなことはないよ。誰も居なくて不安だったんだ」
彼女は「はいはい」とだけ言って相手にしない。
「なんで写真部に?」
彼女が聞く。シンプルに写真好きなんだとか無難に答えるべきか……
「あ、写真撮るのが趣味とかいう建前はいらないからね!」
釘を刺してきた。こうも読まれると取り繕う気も無くなってくる。もう素直に話してしまおう。
「運動が特別得意なわけじゃない。縛られなくて楽な部活に入りたい。部室を独り占めしたい。この3つが理由」
わざとらしく吐き捨てるように言う。口調も声のトーンも完全に素にしてみた。こんな素の状態は何年ぶりに見せただろうか、自分じゃないよう気がして少し吐き気がした。
すると彼女は予想外に笑顔を見せた。それもHAHAHAといったようなアメリカン風な笑い声を出しながら。急に優等生ぶるのをやめたのがそんなに面白いのか。何か腹が立つ。まあ何にせよ思ったより明るい子らしい。
「そっか!私と大して変わらないね。クソ真面目野郎ならどうしようって思ってたけどね。理由の後ろ2つは私も一緒ね。」
なるほど。マトモに部活やる気がないコイツなら2人でも問題なく遊べるとか思ってんのか。実際そうだしコチラも同じ考えだ。納得する俺を気にせず彼女は言葉を続ける。
「そして写真部入部のいっちばん大きな目的は、」
やけに勿体ぶる。間を空けてから彼女は大きな声で、
「特別を手に入れること!」
自信満々にドヤ顔で言ってきたが意味がわからない。話しが繋がっていない。俺の演技を見破るぐらいだから賢いと思ったのだが。急にIQが消えた気がする。
「と、言うと?」
意味を聞く。
「特技でも長所でもなんでもいいから、私にしかない個性、アイデンティティを手に入れる。それが私がここに来た理由。」
俺の、は??という顔を見て彼女は話を続ける。
「この部なら時間の制限を受けずに放課後過ごせるでしょ?だから、スポーツでも勉強でもバイトでもとにかく色んなことに挑戦して私の秀でた所をはっきりさせるのよ。」
はぁ。
「理由は分かったよ。だけどなんで特別にこだわるの。この学校で運動部に入らないんならこういう楽な部活で緩く過ごせれば良いじゃん。 」
その直後彼女が一瞬、ほんの一瞬だけ眉を潜めた事には気づいた。あまり深く突っ込むのはらしくないし言及は止めておいた。
ハッとしたように表情を戻し彼女は答える。
「特別であることは私にとって大事なんだよ。」
彼女は柔和な笑顔を浮かべたが、どこか違和感を覚えるものだった。言葉足らず過ぎて何故大事なのかなんて分からないが、これ以上聞くと面倒くさそうなので何も聞かないことにする。
「なら俺はここでジグソーパズルを組み立ててるから。趣味なんだ。お互いの目的を邪魔せず干渉しないようにしようよ」
パズルのことを言うのを一瞬躊躇った。子供じみてると笑われるかもとか思ったが、どうせバレるんだしと口に出してしまった。
「ジグソーパズルか、良いじゃん。」
彼女から引いた様子は見受けられなかった。すぐ表情に出る子っぽいし本心でそう言ってくれてるのだろう。何故か安心というより嬉しく感じた。
「じゃあそういうことで。とりあえず集会終わりでいいね?」
「いや、干渉しないってとこは異議あり。折角一緒の部活なんだしお喋りくらいはしようよ。」
最初出会った時にあんな嫌な顔しといたくせに。なんて思ってしまいはしたが、
「うんOKOKお喋りくらいはね。」
答えを聞くと彼女は
「用事あるから。今日は帰る!じゃあまた明日ね!」
急に走り出し、嵐のように去っていった。そう言えば名前も聞いてねーし部長も決めてないんだけど。
溜息をつきながら、持ってきたジグソーパズルを組み立て始める。今回作るのは自分史上最高に大きいサイズ。難易度も高いはずだが、不思議といつもより頭が冴えている気がした。
2時間弱作業した後、ピースを近いもの同士と判別出来たものを袋にそれぞれ入れた。片付け後、充足感に包まれながら帰宅の途についた。
「お喋りくらいは」
この言葉を録音しておかなかったのは完全にミスだった。