8.閑話:霊能探偵の過去①
佐目野が警察学校辞める直前から、自殺未遂するまでの物語
全3話
─これは佐目野が警察学校時代に中間テストを受けていた時の話─
私は要領が悪いのか、はたまた、空間把握能力がないためか、目の前で見本を見せられてもすぐにそれを真似できなかった。
分からないところ、出来なかったところを
「教えてください」「もう一度やらせてください」と懇願しても「邪魔だから消えろ」と顔面を殴られて終わりだった。
それでも、めげずに頼み続けるのが体育会系のノリだと思い込んでいたのだが……それは違った。
本気で邪魔だから消えてほしいと思われていただけだった。
気がつけば、私の顔面は痣だらけになっていた。
最初は心配してくれていた同期のクラスメイトたちも、次第に私を罵倒してくるようになった。
「お前はこのクラスのお荷物だ」
「お前がいるせいで、連帯責任をとらされる」
悔しくてたまらなかった……
だが!今日!ようやくこいつらを見返せるチャンスがやってきた!
中間テスト。確かに私は物覚えが悪い。要領も悪い。だが、ちゃんと教えて貰えれさえすれば……充分な時間さえあれば人並み以上にモノを覚えられる自信があった。
勉強は教官などと違い、教科書が時間をかけて丁寧に教えてくれる。すぐに理解しなくても罵倒されたり、暴力を振るうこともない。
私は今回のテスト期間、寝る間を惜しんで暗記を続けた。その結果、テスト範囲を全て頭に叩き込むことに成功した。一言一句、句読点の位置まで。
試験を受ける直前、隣の席の人同士で机の上、引き出しの中に余計なものが入っていないか確認した後、互いにボディーチェックも行う。
─異常なし。当然と言えば当然か……
余程のことをしでかさない限り、警察学校を卒業できなくなるなんてことはないのだから。ここでカンニングなんてリスクを負うやつなんていないだろう。それなら潔く0点を取った方がマシだ。
最初に受けるのは憲法の試験。
試験官が宣言をする。
「試験時間は60分。教官が『辞め』と言った時点で速やかに回答を辞めるように。それでは……試験開始!」
「基本的人権について」「三権分立とは」「何故憲法が法律の中で一番の効力を持つのか」
etc……
憲法に関しては大学生の頃にも、行政書士試験対策講座を受講して死ぬ程勉強した。
試験の内容は、はっきり言って簡単だったが殆どが記述式だったため、手は物凄く疲れた……
「辞め!それでは、一番後ろの人が回答用紙を、後ろから2番目の人が問題用紙を持ってくるように」
次は、刑法か……これも余裕だな。そう考えていた刹那
「おい!佐目野!」
監視官に急に怒鳴られ、身体を椅子ごと蹴られた。
椅子ごと床に横倒しになる。
カハッ!……倒れた後、今度は腹を蹴られる。
一体……私が何をしたと言うんだ。
監視官は床にうずくまっている私を無理矢理起こし、胸倉をつかんである紙を私の眼前に突き出した。
「これは何だ?」
それは……憲法についての説明が書かれているメモ用紙だった。
「わかりま……せん」
なんだ?……これ?
「とぼけるなよ!お前が試験中にこの紙をこそこそ見てたのこっちは知ってるんだよ!」
「ですが……
(そんな紙、私は用意していない。仮に、持っていたとして、試験前に隣の席の人と確認をしているから、そんなこと起こり得るはずがない)そう続けるはずの言葉は、監視官の拳によって遮られる。
「『ですが』じゃねぇよ!『嘘をつくな』『言い訳をするな』。警察学校における基本中の基本の理念だろうが!」
「……生徒指導室まで来い」
私の頭は真っ白になっていた。わけがわからない。反論しようにも、恐ろしくて出来ない。また殴られるに決まっている。
私は殴られた顔を手でさすりながら監視官の後を黙ってついていく。
すると、
「おい!お前はまともに歩く事もできねぇのか!警察官はどうやって歩くんだ?あぁ!?」
「……一歩60cm、手の振り幅は45度で歩きます」
「そうだよなぁ……そうだよなあ!わかってんならなんでやんねぇんだよ!何で手が顔の方にあるんだよ!
……お前、本当に反省してるのか?俺のこと馬鹿にしてんのか?からかってんのか?」
「申し訳ございませんでした」
反論したら、今度はどこを殴られるかわかったもんじゃない。大人しく従うことにしよ……う?
大人しく……従う?教官に?
あれ?私は……なんでこんなとこで……こんなことされて……
こんなことされてまでなんで警察官になろうとしてるんだ?ここは……なんのための場所で、何でこんな……
警察官になって何がしたいんだっけ?
なんでこんなに頑張ってきたんだっけ……
「……ぃ!」
「おい!」
「おい!佐目野お前なに地面に寝そべってるんだよ!起きろ!」
「……?」
「おい……佐目野……」
「お前何笑ってるんだ?」
「ッふっク…ふふふふふっ……ッハ…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
なんだかとても愉快な気分。
警察学校では犯人と対峙したとき、メンタルが弱かったから困るからという理由で厳しく指導するそうです。
けど、犯罪者から罵倒されるのと、警察官の上司から罵倒という名の指導を受けるのでは訳が違いますよね。