6.石田一家殺傷事件⑥
推理元になってる情報は、第1話参照
「それで、霊能力なしにどうやって犯人を絞り込んだんだ?」
俺は、佐目野に当然の疑問をぶつける。
「アハハハハ!ご冗談を!天下の愛知県警様がとぼけちゃって!」
ヤツは右手で顔を覆いを隠し、真上を見上げ、唐突に……演劇に登場する悪役のごとく大げさに笑いだした。かと思えば、今度は急に真顔になり、怒りを押し殺した声で答える。
「『お前に出来て、他のやつに出来ないことはない』んじゃなかったですか?」
この台詞は恐らく、ヤツが警察学校で幾度となく教官から浴びせられた言葉なのであろう。だが……
「お前に辛いことがあったのは知っているが、俺とは関係がないだろう?意地悪しないで教えてくれよ」
「例えば……あなたは芸能人です。
ロケでライオンの檻に入ったことがあります。でも、その時ライオンに咽喉元を噛まれ重症を負ってしまいました。まだ古傷が痛む中、しばらくして、またしてもロケでライオンの檻に入って欲しいと頼まれました。怖いので当然あなたは断る。そうしたら、演出家の人にこう言われるわけだ
『このライオンはこの前噛み付いたやつじゃないから大丈夫』と。
……あなたはそれで納得できますか?」
「俺は……俺たちはライオンじゃない」
「……そうですね。ライオンよりも恐ろしい」
ヤツが鼻で笑う。
駄目だ。ヤツと話していると無性にイライラしてくる。もう帰ってしまいたいが、ここで引いてしまってはそれこそヤツの思うツボだ。
それにまだ肝心なことを答えてもらっていない。
仕方がない……
「わかった。なら、取引しよう」
「取引?」
『そんなものに応じるつもりはないが、とりあえず話だけでも聞いておいてやるか』という雰囲気がこちらに、ひしひしと伝わる。
「お前が目当てにしている報奨金だが、このままでは豊田自動車整備工業大学の人に支払われる可能性が高い。だが、ここでもしお前が、ちゃんとした根拠があって犯人を絞り込んだ ということを説明してくれればお前に報奨金を出すことを約束しよう」
佐目野がハアーッとため息をするのが聞こえる。
ちょっとばかし下世話な取引だが、先程から喧嘩をふっかけてきているのはヤツの方なのだからこれくらいの意地悪は許してほしいものだ。
「……わかりました。お答え致しましょう。それで、どこから順に説明すればいいですか?」
俺は無言でポッケから、前日石田さんから受け取ったメモをテーブルの上に置く。
─犯人像─
・怨恨ではなく、強盗殺人の延長
・O型の左利き
・現場周辺にある比較的有名な大学の留学生
↑学部は工業学科(自動車関係)
おそらく、豊田自動車整備工業大学
凶器のスパナは大学で盗んだもの
「上から順に説明してくれ」
考えをまとめているのか。しばしの沈黙。
「……もし、怨みを持つのなら確実に人を殺せるものを用意するでしょう。けれども、犯人はスパナしか持参していない。これは窓ガラスを割るために持ってきたものでしょう。
後に凶器として用いられた包丁は石田さんちのものですしね。当初、メディアが『飼い犬まで殺されたから怨恨だ』なんて騒いでましたが、それは単に犬に騒がれると面倒だから処分しただけでしょう。
殺すつもりはなかった。けど、咄嗟に母親と飼い犬を殺してしまった。バレたらまずいので死体を押入れに隠し、指紋を拭き取り証拠隠滅を謀った。
けれども、犯人は途中からこの家に住む人物があと2人いることに気づいたか……あるいは、思い出したかした。
しかし、犯人はまだ当初の目的、金目のものを奪ってはいない。もし、自分が物色しているうちに別の人が帰ってきたら困る。
だから……邪魔されないために次に来る人物を殺害することにした。最初の殺人とは異なり、明確な殺意を持って。
確実に殺せるように、凶器は包丁に変え、待ち伏せもした。
そして、帰ってきた次男を予定通りに殺害。
しかし、証拠隠滅を謀っている時に長男が帰ってきては困るので死体はそのままにした。
頭に血が上っていた犯人だったが、長男が帰ってくる頃にはある程度頭が冷えてきた。
殺さなくても縛っておけばそれで済むと気がつく。
それに、当初の目的である金のありかも聞かないといけない。それをしなければ、ただ無意味な殺人を行っただけで終わってしまう」
「おい、ちょっとまて。殺さなくて済むという割に、犯人は結局、長男も殺そうとしてたじゃないか」
「……よく考えてみると手足を縛ったところで、騒がれたら厄介だし、万が一電気コードが解けても危ない。だから、結局殺すことにした……でも、できなかった。
首に包丁刺しても殺せないなんて。余程手に力が入っていなかったか、わざと急所を外したという証拠ですよ。
自分がしてきたこと、自分がこれからまたしようとすることが怖くなったんでしょうね。
……今更って感じですが」
「なるほどな。
殺したくなかったが、殺してしまった。
冷静になったつもりでも、冷静ではいられなくなっていた。そういう相反する考えを落ち着かせるために……いや、相反する考えが続いたが故におかしな行動もとるようになったってことか。呑気に飲食したり、トイレ行ったり、明け方まで居座ったりして」
俺がそう言うとヤツは不機嫌そうにムスッとしたまま無言で頷いた。どうやら、俺に台詞を横取りされたことが気に入らなかったらしい。
「えー……次に左利きのO型。それから留学生、つまりは外国人であることについての説明は……メディアの報道に載ってました。ので端折ります。
まあ、外国人ということに関しては多少悩みましたけどね。外国人であるという報道は、石田さんが『イントネーションが変わってるからそう思った』だけですから。日本人で訛りが強い人の可能性も考えていました」
「その考えを捨てた理由は?」
「犯人のDNA鑑定が行われていたからです。DNAからは、血液型、性別は然り、外国人が否かも分かりますからね。もし、外国人ではないという鑑定が出たら警察はその情報をちゃんと流したでしょう?」
「まあ、そうだろうな」
「最後に。犯人が学生であるという推理ですがこれは…最初にこの事件が物取りによる犯行だと説明したわけですが……
それはつまり、犯人は金に困っていたということです」
そりゃそうだろ。なんか歯切れが悪いな。
「もし、犯人が日本に出稼ぎに来た外国人なのだとすれば……金欠になっているとは考えにくい。何しに日本に来たんだって話ですよ。それでも仮に、『出稼ぎに来たけど金に困っている』のであれば……内部に詳しい自分の会社の金を奪った方が手っ取り早い。でも、そんなタレコミはなかった。
つまり、犯人は出稼ぎ労働者でない可能性が高い。
自動車整備に関わっているが、出稼ぎ以外で日本に来る理由。それは何か?」
佐目野がこちらをチラリと見つめ、『答えてみろ』と目で訴えてくる。
「だから、犯人は留学生だと?少々強引な気もするが」
「ええ、あくまで可能性の1つとして考えてました。でもそれが1つの可能性である以上、確かめるに越したことはない。
外国人が留学先として選ぶ大学=有名な大学なわけですから、事件現場周辺の大学で自動車について学べる大学をネット検索して上位に来る大学何校かを聞いて回りました」
てっきり、佐目野は何かしらの方法でピンポイントに犯人の所属大学を当てたのだとばかり思っていたのだが。
佐目野が裏でここまでやっていたとは知らなかった。
「それで?大学をあちこち本名で聞いて回っちまったせいで件の大学から直接警察に情報をリークされちまったってことか。詰めが甘いな、霊能力者さんよ」
俺は笑いながら言う。
佐目野も自嘲しながら答える。
「最後の最後でしくじりました。
でも、流石に偽名使うようなやつや、事件と何の関係もないやつでは、大学サイドは何も情報を教えてくれないでしょうからね」
「お前の話を聞いてハッキリ分かったことがある。
……お前は、霊能力者語るより探偵でも始めてそのまま推理を披露した方がいい。その方が警察官は滅茶苦茶悔しがると思うぜ」
「そうですか。警察に一番恥をかかせる方法を選んだつもりでしたが……そこでもしくじってたわけですね」
自分の推理を褒められたためか、悔しそうな声とは裏腹に、その表情はとても嬉しそうに見えた。
めっちゃ早口で言ってそう