55.逆転しない裁判⑧
1番:40代おっちゃん 2番:30代サラリーマン 3番:50代おばちゃん 4番:30代ねぇちゃん
5番:チャラ男 6番:茶髪JD 補充:佐目野
裁判長:黒田 右陪席:溝口 左陪席:佐藤
「あ、はい。そうですか。では、時間となりましたので本日はこの辺で終わりにしましょう」
相変わらず、私の長話は体よく……いや、体わるくあしらわれた。
若干の気恥ずかしさを感じつつ、裁判所を後にしようとした時、ふいに後ろから見知らぬ若い女性が駆け寄ってきた。
何ですか?ナンパですか?構いませんよ?
「あの!すいません!佐目野さんですよね!?」
「え、えぇ……」
確かにそうですけど、以前どこかでお会いしましたか?
女性の顔をマジマジと見ながら、頭の中の引き出しを片っ端から開けていく……が、全く思い出せない。
そんな私の表情を見て察したのだろう。女性が口を開く。
「申し遅れました。私、記者の斉藤と言います。今裁判の記事を書いていたところ、佐目野さんをお見掛けしたものですから……」
「失礼ですが、以前どこかでお会いしたことありますか?」
「いえ。こうして直接お会いするのは初めてです。前に一度だけテレビ局ですれ違ったことはあるのですが」
「……それで?」
「へ!?」
『へ!?』じゃねぇよ!お前から話しかけてきたんだろうが!
「何か私に用があったのかな、と。とはいえ、裁判に関しての意見は言えませんが」
「裁判が終わった後で、裁判員をやってみた感想だけでもお願いできませんか?」
「……考えておきましょう」
名刺を貰い、その場を後にする。お茶にも誘われたが、それは丁重にお断りした。
美人のお誘いをお断りするのは大変心苦しいが、喫茶店で裁判所職員と出くわす可能性がある以上、『記者に評議内容を密告している』などという疑いを持たれることは避けた方がいいだろう。
翌日、最後の話し合いをするため裁判所へ赴く。とはいえ、まだ判決が残っているため裁判員としての仕事は最後ではないのだが。
「はい皆さん、おはようございます。今日丸一日、評議を行うので疲れると思いますが要所要所で休憩を挟みますので頑張っていきましょう。それで……念のためにお聞きしますが、昨日マスコミや事件関係者に声をかけられた方はいらっしゃいますか?」
私はそろそろと手を挙げる。
皆が一斉にばッと私の方を振り向く。
「え!?それは、どなたに声をかけられたんですか?」
「マスコミの人に、裁判が終わったら感想を聞かせてくれって頼まれました」
「あ、あぁ。そういうことでしたか。それでしたら大丈夫ですよ。ただ、何を・誰が話し合っていたかについては話さないように注意してくださいね」
「承知しました」
……というか、承知してます。裁判員制度Q&Aを腐るほど読みました。
「それにしても……裁判員の方ではなく、補充の方に目をつけるとは。いやはや一本とられましたね」
喉まで出かかった『私のことを知っているから声をかけられたんですよ』という言葉を、ぐっと飲みこんだ。諸々のことに関して、説明するのも面倒だ。というか、説明したら変な空気になりそうだ。
「では評議を始めていきたいと思います。被告人が無罪だと思う方は手を挙げてください」
手を挙げる者は誰もいない。
「有罪だと思う方は手を挙げてください」
当然のことながら裁判員全員が手を挙げた。
「じゃあ、理由を聞いていきましょうか」
1番さんから順番に聞かれていく。
「二重人格とは思えなかったので」
「僕も同じ意見です」
「やっぱりこれだけのことをしておいて無罪っていうのは……」
「二重人格って嘘ですよね?」
「二重人格であろうがなかろうが、あんなもん有罪で決まりっすよ」
「そうですよね」
全員の意見を聞き終わると、眉間にシワを寄せながら裁判長が呟いた。
「そうですか。今も話に出てきましたが『被告人はそもそも二重人格ではない。だから有罪だ』という意見でよろしいでしょうか?」
皆が無言のままコクコクと頷く。
「んー……そうですか。そうだ、一応補充さんの意見も聞いておきましょうかね?」
私は迷った。
私が今更意見を言ったところで結論は変わらないだろう。
ここで変な発言をして再び面倒事を起こすようなら、そんな発言はせずにただ一言『私も同じ意見です』と言えばそれで済む話だ。済む話……なのだが……
「私は、被告人が解離性同一性障害だとは言いきれないと思います」
私の発言に2番さんが「はぁ!?」と声を荒げた後、鼻で笑いながら私に詰問する。
「いやいやいや。あなたさっき、被告人は二重人格じゃないって言ったばっかじゃないですか」
「そうですね。言いましたね。確かに私はそう思っていますよ。ですが、それはあくまで素人目線。専門医の先生は解離性同一性障害の疑いがあると言っています。弁護人も弁論で言っていたでしょう?『疑わしきは被告人の利益に』ですよ」
懸念していた通り、裁判員全員がかなり不服そうな顔をしていた。
が、それと打って変わって裁判官たちはにやりと頷いている。
「そうですね。私も補充さんと同じ意見です」
裁判長が補足説明を行っていくが、裁判員の表情はみるみる険しくなっていく。
感情論で語る市民を司法論で説得するのは難しいようだ。
とはいえ、裁判官があまり議論に介入しすぎても裁判員裁判である意義もなくなってしまう。
説得する時間にも限りがある。
最終的に、裁判官が折れてしまった。
「……分かりました。では最後に量刑を決めていきたいと思います。今から紙を配りますのでそこに記入してください。裁判官を含んだ一番多い票が採用されます」
回収した用紙に書かれている年数を佐藤裁判官がホワイトボードに写し取っていく。
流石に[死刑]や[無期懲役]なんて書いてる阿呆はいなかったが、求刑の18年より多い20年と書いている阿呆はいた。
一番投票数が多かったのは18年で4人いたのだが、裁判官の票がないため無効となった。
次に得票数が多かったのは16年で、3人が投票していた。そして、その3人ともが裁判官であった。
……裁判員の存在意義とは?
翌日。
補充裁判員も行っていいのか?と思ったのだが、当日欠員が出たら困るという理由でお呼ばれした。
言わずもがな、当日だけ欠席する裁判員が現れることはなかったわけだが。
……補充裁判員の存在意義とは?
「それでは判決を言い渡します。主文、被告人を懲役16年に処す」
「ふざけるなぁ!俺は二重人格だっつってんだろうがあぁあ!」
被告人の陣 太賀が叫ぶ。それを聞いて思わず苦笑する。
……『俺』か。
6番席の女子大生が指摘した通り、一人称が変わったからといって別人格が現れたなどと考えるのはやめた方がよさそうだ。
これで逆転しない裁判は終わりになります。




