53.逆転しない裁判⑥
反対尋問が終わり、30分の休廷に入る。
「皆さん、お疲れさまでした。今の流れを大まかにまとめますと、弁護人は『二重人格だから無罪』。検察は『二重人格であったとは言えない。もし、そうであったとしても責任能力はあった』という主張になります」
検察の主張は隙を生じぬ二段構え!!!
「あの、こういう場合って普通どうなるんですか?」
1番のおっちゃんがオズオズと質問する。
「それは、『判例ではどうなっているのか?』ということですか?」
「はい。そうです」
「二重人格であったかもしれない。けれでも、責任能力はあったでしょ?って判決が多いですね。要は検察の方が主張された通りってことですね」
「二重人格の人は無罪になるってイメージだったんすけど、そうじゃないんすね」
「そうですね……『犯行時、本当に別人格がやったとは言えない』という判決。『人格のコントロールが出来たのではないか』という判決。『別人格がやったからと言って責任能力がないわけではない』などといった判決がでていますね」
「私も『別人格がやったからと言って責任能力がないわけではない』と思います。別人格といっても、それはあくまで主人格から派生して生まれてきたもの。元の人格が殺人を犯すような人物でなければ、解離性同一性障害になろうと殺人格が生まれることはないと思います」
完全に、某・元FBI捜査官の受け売りである。
この知識をしたり顔で披露したのだが、周りの反応は冷ややかなものであった。
……やっちまった。また、知ったか知識をひけらかしてしまった。
「でも、あれっすね。今回のはそもそもからして、二重人格かどうか疑わしいっすよね?」
「あたしもそう思います」
「ね!ほんとほんと!」
「何か、言い訳がましくて本当に反省してるのかも疑わしいし!」
「こんなもん有罪!有罪確定だよもう!」
私の知識話は冷ややかな対応だったのに……
チャラ男の浅い意見に対するこの凄まじい反応は何だ?
そりゃあ、知ったか知識を聞かされるのはいい気しないだろうが……それにしたって、この対応の差はあんまりだ。
「皆さん様々な意見があると思いますが、そろそろ裁判の時間になりますので準備の方お願いします」
様々な意見も何も、有罪という意見しかでてないと思うのだが。
法廷に入り、検察側の証人尋問が始める。
被告人が事件当時勤めていた会社の上司:上田達也48歳が証言台の前に立ち、宣誓を行う。
「上田さん、被告人はどれくらいの期間あなたの会社で働いていましたか?」
「1年も経ってなかったと思いますよ。8か月くらいですかね?」
「被告人の勤務態度はどのようなものでしたか?」
「酷いもんでしたよ。1か月もしないうちに遅刻して。叱責しても俯いたままずーーーっと黙りこくって。その翌日には無断欠席ときたもんだ。仕事もとろくさいし、新しい人入ってきたらそうそうにクビにしようと思ってました。そんな矢先、まさか……こんなとんでもない事件まで起こして。こんなことならもっと早くにクビにしときゃよかったですよ!」
上田さんが怒鳴る。足しか引っ張ってこなかった奴が会社の看板に泥を塗ったのだから当然の反応と言える。
それにしても、8か月経っていたのなら使用期間も終って問題なくクビに出来たであろうに。
中小の町工場はこんな奴でも雇い続けなければならないほど人手不足が深刻になっているのか。
「被告人が二重人格であることは知っていましたか?」
「ニュース見て初めて知りましたよ!」
「社内で別人格はみられなかった、ということですか?」
「そうですね。まぁ、何言っても一日中黙りこくってる気味の悪い奴でしたからね。別人格どころか、主人格とやらもどのようなお方なのか存じ上げませんよ!」
上田さんが大袈裟にカラカラと笑う。
最初は、『何で大して親しくもない筈の会社の上司を証人に呼んだんだ?』と疑問に思っていたのだが、今ではその理由がはっきり分かる。ここまで豪快に話し、被告人の心証を悪く出来る人などそういないだろう。
「ありがとうございました。以上です、裁判長」
「はい、では次に弁護人の反対尋問に移ります」
「上田さん、被告人が無断欠席をしたのは今までに何回くらいありましたか?」
「月に1、2回はしてましたね。だから、合計10回以上はしてたんじゃないでしょうか?」
「無断欠席をした翌日の被告人は、どのような様子でしたか?」
「悪びれる様子もなんもなかったですよ!そのことに関していくら詰問してもずっと無視するし」
「罪の意識がなかった、ということですね?」
「ええ、そうですよ!あんなふてぶてしい奴今まで見たことも……
「以上です、裁判長!」
上田さんの会話を無理やり遮り、反対尋問を終える。
それにしても……罪の意識がなかった=無断欠席した意識がなかった=別人格が現れていた
とでも言いたいのだろうか?ちょっと無理があるのではなかろうか?
これで証人尋問が終わりになるのかと思いきや、検察が被害者遺族から預かったという手紙を朗読した。
その内容は要するに、『娘を殺害されて悲しみに暮れている。被告人は命をもって償ってほしい』というものであった。中々に重い内容であったのは確かなのだが、不謹慎な話、あの証人の後ではどこかありきたりに感じてしまった。
それでも知識をひけらかしたい佐目野君。




