51.逆転しない裁判④
恥ずかしさもようやく収まりかけたところで、丁度13時となった。
「それでは開廷致します。検察の方は冒頭陳述をお願いします」
「被告人は、両親の住む実家で暮らしており事件当時もそこに住んでいました。大学は途中で辞め、仕事も転々とし、両親や被害者の黄瀬さんに金をせびってはギャンブルにつぎ込むという日々を送っていました。金銭の要求を断ると、殴る蹴るなどの暴行をしていました。
そして、事件当日7月15日午後8時20分。黄瀬さんの家まで呼び出された被告人は、彼女から別れ話を切り出されました。激しい口論の末、自宅から持ち出してきた包丁で黄瀬さんの6回、首筋を2回に渡り刺して殺害。殺害後は、黄瀬さんの自宅にあったブルーシートに黄瀬さんを包み、車に乗せて付近の山の中に遺棄。
その後、黄瀬さんの叫び声を聞いた近所の方の通報により事件が発覚。携帯電話の履歴を調べ、最後に連絡をした被告人の実家を訪ねたところ両親が『息子が血だらけになって帰ってきた』と証言。被害者の血液が付着した衣類を発見しました。これらの行為は刑法第199条の殺人罪及び刑法第190条の死体遺棄罪に該当すると判断します」
「はい、ありがとうございます。では続いて、弁護人の方お願いします」
「被告人は当時勤めていた会社で言われたことを忘れる、無断欠勤をするなどといった問題行動が多くみられました。心配した上司が心療内科へ行くよう勧めましたが、『問題はない』とこれを拒否。警察の取り調べで、事件に関しては一切記憶になく『別人格による犯行』であると主張。その後、精神鑑定で解離性同一性障害すなわち、二重人格の疑いがある判断されました。つまり、当該事件を起こしたのは被告人の意志によるものではなく、心神耗弱状態にありました。被告人に責任能力はなく、無罪であると主張します」
上司は嫌味でいっただけだろ。絶対心配してないだろ。
「はい、ありがとうございました。では本日はこれで閉廷致します」
まだ大した説明もされていないというのに、もうA3用紙が埋まってしまった。
私みたいな補充裁判員でA3のメモ用紙埋められる野郎、他に、いますかっていねーか、はは。
今日の評議室の会話
この裁判早く終わってほしい とか あの話長い とか
ま、それが普通ですわな
かたや私はメモ用紙に書かれた大量の文字見て、呟くんすわ
it’a true wolrd.狂ってる?それ、誉め言葉ね。
好きな音楽 君が代
尊敬する人間 徳川綱吉(動物虐待はNO)
なんつってる間に3時っすよ(笑) あ~あ、裁判員裁判の辛いとこね、これ。
評議室に戻り、ちらりと他の裁判員のメモ用紙をのぞき込むと全員びっしり書き込んでいた。
誰だよ……A3用紙埋め尽くすまでメモとる奴なんて自分以外にいねぇ ってイキってた奴は。
裁判員ですらこれだけ書く。いわんや裁判官をや?
気になって裁判官のメモ用紙を覘くと、私の文字の1/4程の大きさで埋めつくされていた。
何故そんなサイズで字を書けるのか?何故同じ時間でそれだけの文字数を書けるのか?いやはや、裁判官には恐れ入る。
「皆さん、お疲れさまでした。今の裁判で何か分からないところはありましたか?」
全員が、目を合わせまいとうつむく。
分からないも何も……ねぇ?ただ事件のあらすじ話しただけでしょ?
「はい……詳しい話というか、どこが争点になってくるのかは明日以降になりますからね。今日はここまでにしましょうか。それでは、どうもありがとうございました。また明日よろしくお願いします」
評議室から出ると書記官の人が出待ちしており、裁判員を出口まで案内した。
道に迷わせないためなのか、はたまたマスコミから守るためなのか。恐らくはその両方なのだろう。
皆が駐車場・駐輪場へ向かう中、私一人だけ建物の外へと歩く。
少し寂しい気もするが、他に電車で来ている人がいればそれはそれで困る。
最寄りの駅まで10数分。それから電車で90分。知らんぷりするのも失礼だし、かといって話す内容など何もありゃしない。私は無言でもさして気にしないのだが、相手が気にしてそわそわしだすとこちらも意識しだしてしまう……やはり、一人の方が気楽でいい。
……それにしても疲れた。早く家に帰ってダラダラするとしよう。
足早に駅までたどり着き、電車に乗るとその心地よい揺れにつられてすぐ眠りについた。
熟睡していた筈なのだが、目的の駅に到着する頃にはすっと目が覚める。90分後に起きるよう暗示をかけていたのか?はたまた本当は熟睡などしておらず、アナウンスに反応して覚醒したのか?
人体の不思議である。
家に着くと、スーツをソファにかけてジャージに着替える。
早く、きちんとハンガーにかけないとシワになってしまうのだが……あゝ怠惰な私を許しておくれ。
あと5分……いや、あと10分したら多分ハンガーにかけるから……
絨毯に寝そべりだらだらとしていると、スマートホンに電話がかかってきた。
疲れているので無視すればいいのだが、いつもの癖でつい出てしまう。
『突然のお電話失礼します。わたくし、昨夜 娘がオカルトにハマって困っているという件で依頼をさせていただいた岡田です』
依頼の電話か……
私は電話口に聞こえないよう、静かにため息をついた。
「未開域のスレンダーマン」に続く




