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49.逆転しない裁判②

裁判所には裁判員用の駐車場が用意されている。

だが、ラッシュ時の交通渋滞にはまって遅刻しては困る。

とういうか、片道1時間以上かかるような遠方へ運転したくない。交通費も出ることだし、電車で行くに限る。津新町(最寄りの)駅から裁判所まで徒歩10数分かかってしまうが、いい運動になるだろう。それに、やりたいことだってある。

私は電車に揺られながら、スマートホンで今回取り扱う事件について調べていた。


被告人:陣 太賀(たいが)(当時26歳)


事件は今から3年前。松阪市で起きた。

陣被告が当時交際していた女性(当時30歳)を包丁で複数回刺して殺害。

殺害後は付近の山に死体を遺棄。

取り締まりでは、事件に関して「何も覚えていない」と容疑を否認。

自分は二重人格であり、事件はもう一人の人格『リュウマ』が行ったのだと主張。


まだ裁判前だからか、あまりいい情報は載っていなかった。

交際女性との関係は良好だったのか?包丁はどこで手に入れたのか?具体的にどこを、何か所刺したのか?そもそも、彼は本当に事件を覚えていないのか?

気になる点は多々あるが、裁判でのお楽しみということにしておこう。


裁判所にたどり着き、評議室へ入るとまだ集合時間の30分前だというのに、既に4人来ていた。


「おはようございます」


スマートホンをいじっていた3人だが、私の声に反応してこちらに一瞥(いちべつ)した後、小さな声で答える。


「「「おはようございます」」」


席はあらかじめ決まっている。

裁判員と裁判官は丸テーブルに、補充裁判員は離れたデスクに1人でポツンと座る。

若干浮いていて恥ずかしいが、1人で机を占領できるのは嬉しい。


荷物を置くと、私は我が物顔で評議室に用意されていたインスタントコーヒーとチョコレートに手を出す。手を出しているのは私だけ。皆、遠慮しているのだろうか?

静寂の中、私がコーヒーを(すす)る音だけが部屋中に響き渡る。


皆、初対面だから緊張しているのだろう。世代も年齢もバラバラだから何を話せばよいのか分からない、という問題もあるのだろう。だが、一番の問題は「名前を呼べない」という点にある。

万が一、裁判員の名前が流出してしまってはマズいという理由で裁判員は番号で呼ぶことになっている。

名前すら呼んでいけないのだから、仕事や趣味なども聞いてはいけないのではないか、そういう考えが頭をよぎる。ようするに、初対面の人同士が行う基礎的な会話が出来ない状況にあるのだ。


私は特段、無言が嫌いというわけではないのだが、啜り音を聞かれ続けるのは流石に恥ずかしい。


「皆さんは今回の事件、知っていましたか?」


私の問いかけに対し、1番席にいる眼鏡をかけた中年のおっちゃんが答える。


「いえ。知りませんでした」


「あ、俺は知ってましたよ!」

今度は、5番席にいる大学生と思しきチャラ男が答えた。

どこかで見た顔だと思ってはいたが、昨日裁判長席に座った勇気あるチャラ男ではないか。


「あの事件、俺の地元で起こったやつだったんでよく覚えてますよ!」


地元……か。

「ということは、お住まいは松阪市ですか」


「そうなんすよ!田舎なんで一躍ホットニュースになりましたよ!」


ホットではなく、コールドの間違いではないか?


「あら、どんな事件なんですか?」

3番席に座る50代のおばちゃんが質問する。気になって調べたりしなかったんかい。


「3年くらい前っすかね?()()の神 太賀ってヤツが交際相手を刺し殺したんすよ!それだけでもすげぇニュースになったんすけど、その後に犯行は別人格がヤッたことだ なんて言い出すもんですから、そりゃあもう、すげぇ騒ぎでしたよ!」


これは刑事裁判だから『被告』じゃなくて、『被告人』な?


「へぇ。そんなことがあったんですか」

4番席の30代のねぇちゃんがポツリと呟き、こくりこくりと頷く。


「『騒ぎ』ですか。やはり、マスコミなどがおしよせ……」

私が質問している途中で、残る2人が入室してきた。

2番席には30代のインテリ風のサラリーマン。

6番席には大学生と思しき茶髪の女が着席する。


「2人とも電車で来たんですか?」

一緒に入ってきたのが少し気になって聞いてみた。


「いや、僕は車で来ました。たまたまそこで会ったんですよ」


「私は自転車で来ました」


チャリで来たの!?

「近場何ですか?」


「はい。そうです」


そりゃ、近くなきゃ自転車で()んわな。

あまりに馬鹿馬鹿しい質問をした自分に、思わず苦笑いしてしまう。


それから間もなく、裁判官3人が入室してきた。

裁判長が、うんうん と頷きながら「全員揃ってますね」とにこやかにほほ笑んだ。


「改めまして、私が裁判長の黒田です。そして、こちらが右陪席の溝口君。と、こちらが左陪席の佐藤君」


紹介され、2人がペコリと頭を下げる。それにしても佐藤さんという方、滅茶苦茶若くないか?私と同い年くらい……いや、下手したら年下なんじゃないのか!?


「ちなみにですけど、右陪席、左陪席というのは裁判長から見た位置になります。立場は右陪席の……溝口さんの方が上になります」

さわやかな笑顔で佐藤さんが補足する。

さわやかで、イケメンで裁判官とか何ですかソレ?レベルが違いすぎて妬む気力すら起きませんよ。


「ところで皆さん、我々が着ているこのローブ。何故黒色なのか知っていますか?」


知ってます。裁判所見学行くと必ずその話聞かされます。


「黒は何物にも染まらない色。そして、他の色や光を吸収する色……つまり、皆の意見を吸収する色なんですね。……それでは、公判の前に皆さんに渡しておくものがあります」


裁判長がそう言うと、皆にA3のメモ用紙が2枚と弁護士、検事の主張がまとめられたA3用紙が各1枚ずつ配布された。弁護士、検事がそれぞれExcelで作ってきたものらしい。


裁判員に内容を分かりやすく伝えるため、裁判官、弁護士、検事が事前に集まって争点をまとめておく作業……公判前整理手続きだと言ったか?大変な作業なんだろうな。


裁判所に着く→刑事書記官室で出席確認・昼食注文→評議室で待機



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