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48.逆転しない裁判①

私は今、津地方裁判所の前まで来ている。

……断っておくが、私は別に訴えを起こしたわけでも、訴えを起こされたわけでもない。


建物の中に入ると、掃除のおばちゃんに声をかけられた。


「裁判員候補者の方ですか?」


「はい。そうです」


「どうぞ、こちらへ」


入り組んだ道をどんどん進んでいく。おばちゃんの案内が無ければ絶対迷っていただろう。

……それにしても、これだけ分かりづらい道なのだから案内板の一つや二つあってもいいのではなかろうか?

そんなことをグチグチと考えながら、おばちゃんの後をついていくと、ちゃんとところどころに案内板が設置されているのが見えた。

どうやら、私は別の玄関口……刑事棟ではなく民事棟から入ってしまっていたらしい。

目的地に辿り着き、おばちゃんにお礼を言い終えると、候補者達が並ぶ列へと並んだ。

集合時間の40分も前だというのに、すでに30人ほどが並んでいる。

やる気に燃えているのか。それとも、遅刻したらマズイという危機感がそうさせたのか。

ちなみに、私は前者だ。私は昔も今も、裁判官に憧れている……そう、「憧れ」だ。

大学入学前は、法律家になるのもやぶさかではないなと考えていた私であったが、大学に入り、いざ法律の勉強を始めてみると……すぐに悟った。これは私がどれだけ足掻いても就けるような職ではない、「目標」にすることさえおこがましい職だ、と。

その裁判官の仕事に携わることが出来る……かもしれないだなんて、夢のような話ではないか。


説明会場が開くまで、まだまだ時間があったのだが、あまりの人の多さから予定より早く中に入れてもらえることになった。

中に入り、持参した候補者ハガキと引き換えに番号札が手渡される。【44番】…列に並んでいたのは30人程だった…ということは、少なくともこの会場には44人以上の人間が集まるということか。私は、番号の席を探すフリをしながら何番まで用意されているのか机を見て回った。


番号は60まであった。裁判員は6人であるから、倍率は10倍にもなる……面接は得意な方だからいけるか?いや、でも裁判員は法律の専門家でない市民の意見を聞き入れるためのもの制度だ。曲がりなりにも法律を学んできた人間は好まれるのだろうか?


席に着いたが、何をしたらよいものか迷う。流石に携帯いじるのは印象が悪い気がする……電源つけてるのもマズイか……

電源を切り終え、手持ち無沙汰になった私は机に置かれていた裁判員制度Q&Aを読むことにした。

大学のゼミで習ったし、ここに来るまでにもある程度予習してきたからなんとなくは分かってるんだが……


ボケーっとしながらパラパラとページをめくり、最後まで読み終えたら、また最初から読み直すという作業を繰り返す。もはや単に読んでいるフリをしているだけになっているが……


集合時間になると、係の方 数人が一人一人にある用紙を配って回る。流石に無遅刻、無欠席者は現れなかった。


「今お配りしている用紙に、ここまで来るのにかかった交通費を記入してください。あくまで公共交通機関のみのお支払いとなりますのでご注意ください」


交通費……はて?家から駅までのバス代はいくらだろう?

私は携帯を再起動させ、検索する。

いくらかかるのか忘れたのではない。いくらかかるのか()()()()のだ。


家から駅までは自転車で行っている。駐輪代は1日100円。

バス代よりも遥かに安い。


100円を払うのが嫌だとか、差額分儲け(ちょろまかし)たいとか、そういう話ではない……こともなくはないが……


バス代より駐輪代の方が安いというのに、バス代しか払われないことに納得がいかない!納得のいかないものには一銭も出さん!


記入を終えると、再び係の方々が一人一人の用紙を回収していく。


「裁判に出れそうにない方は挙手をしてください。個別で面談を行っていきます」


4人が挙手をする。全員ご高齢だ。


てっきり、全員と面談を行って目ぼしい人を選ぶのかと思っていたのだが、そうではなく、出れない人を除いた候補者の中からランダムで選出されるらしい。


「面談が終わるまでDVD鑑賞と法廷見学を行います。見学を希望される方は係の人についてください。DVDをご覧になられる方はそのままお待ちください」


DVDといっても裁判員についての説明VTR(ブイ)だ。今更見なくてもいいし、見たとしても面談の間だけ流されて中途半端に終わるのがオチだ。

私は法廷見学を行うことにした。全員が見学に来るのではないかと思ったのだが、20人程しか集まらなかった。


法廷に入り、係の人が席の説明をしていく。

「ここが裁判官が座る席で、裁判員の方が座るとしたらここで、検察と弁護士の場所は固定されているわけではなく、裁判によって異なり……」などなど。


一通り説明が終わると、「自由に見て回ってください」と言われた。そうは言われても……見るものがそんなになかろう?

皆も段々につまらなそうな顔をしていく。

そんな中、茶髪でチャラチャラした若造が裁判長席に座りながらニヤニヤしていた。それにつられ、何人かが裁判官、裁判員の席に座っていく。チャラ男の度胸と影響力すげぇー。

そう思いながら、私はひっそりと会場へ戻るのであった。


現実とリンクさせているのか、たまたまなのか、DVDでも面談を行うシーンが流れていた。


若い男が裁判官に相談を行う。


『すいません。俺俳優目指してて…裁判の途中にドラマの面接の予定が入ってるんですけど、裁判員にも興味があって……面接の日だけ休むことってできますか?』


そこまでして裁判員やりたいか?


裁判官に「裁判を途中で抜けるのは無理」だと言われ、「じゃあ裁判員は諦めて面接に行く」という若者。頑張れ若者。


次の相談者は会社の課長。


『すいません。私はその日、どうしても外せない仕事がありまして。裁判員には参加出来そうにありません』


裁判官は、「裁判まで時間があるのでそれまでゆっくり考えてみてください」と提案。

「わかりました」とは言ってくれないのか!?


課長が帰宅し、家族に裁判員を断るつもりでいる旨を伝える。


『え!そんな!ダメだよ!お父さん、本当は裁判員やりたいんじゃないの!?』

『そうよあなた!仕事はどうにかできないの?』


何故こいつらはそこまで裁判員を推す!?


『そうは言ってもな……仕方ないさ』


翌日、会社に行く課長。するとデスク前に部下たちが寄ってくる。


『課長!裁判員行くんですよね!?』


『……いや、仕事があるからな。断るつもりだ』


『何言ってんですか!俺たちに任せてくださいよ!』

『そうですよ!たまには私たちを頼りにしてください!』


『お前たち……』


家族と部下に後押しされ、裁判員をすることを決意する課長。

だから、何故そこまで裁判員を推す!?



そこでDVDは中断される。現実世界での面談も無事、終わったようだ。法廷見学に行ってた人たちも、ぞろぞろ戻ってくる。


それから数分。コンピューターによる抽選が開始され、その結果がモニターに映し出される。


「モニターをご覧ください。選出された方は隣の部屋に来てください。それ以外の方はお帰りになって結構です」


[裁判員:6 15 27 35 39 56 / 補充裁判員:44]


やった!44番がある!……ん?補充裁判員……!?

何それ?そんな説明あったっけ?

補欠って意味だよな?裁判に参加できるのか?

わけのわからないまま、抽選で選ばれた6人+1人が別室に呼ばれ、簡単な説明がされる。


補充裁判員は、裁判員が途中で欠けた時の補欠であり、いつ裁判員が欠けてしまうか分からないから常に裁判に参加し、内容を把握してもらう必要がある とのこと。

要するに、発言権のない裁判員ということか。


「それでは、皆さんには明日から裁判に参加してもらうことになりますのでよろしくお願いします」


明日!?……急すぎね?


本当は補充裁判員は2人(以上)が基本。


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