47.未開域のスレンダーマン:佐目野側
依頼者の娘は小5
『でも!何か嫌な予感がするんです!言葉では上手く説明出来ないけれど……この違和感は私にしか分からないと思うけれど……お願いします!助けてください!』
女の勘って奴か?
だが、それを侮ってはいけない。こういう第六感的なものは、無意識下では分かっている普段と異なる微細な変化が意識化に出始めている状態にあるのだ。
まぁ、単にこの親がヤベェ奴って可能性も十分あり得るが。
「証拠はない……けれども、自信はある ということですか。であれば、それ相応の覚悟を示してください」
『覚悟……ですか?』
はい。覚悟です。
「私もこれを生業としていますからね……」
『……分かりました』
「では、今からそちらに向かいます。そうですね……2時間程で着くと思いますが大丈夫ですか?」
『え!?今からですか!?』
なんで?いかんの?
勝手に個人情報盗み出して、勝手に依頼しておいて、なんでそんなわがままばっかり言うん?
「えぇ。まぁ、日中は予定が立て込んでいますから」
『分かりました。お待ちしております』
私は馬鹿でかいため息をした後、急いでスーツに着替えた。
時間があれば電車で行きたかったのだが、こんな田舎じゃ駅にたどり着くまでに時間がかかるうえ、電車も数十分に一本しか通らない……
仕方がないので、私は軽自動車へと乗り込んだ。
帰宅ラッシュよりも前に家を出たこともあり、道は空いていた。予定より30分も早く依頼者宅へと到着できた。
着いたはいいが、車の置き場所に困る。依頼者宅に余分な駐車スペースはない。道路に停めようにも、ここの道路の幅は車2台分しかない……私の運転テクニックでここに停めろと?
私は何度もハンドルを切り直し、どうにか道路脇ギリギリのところに駐車を終えた。
ヘトヘトになりながら車から降りると、依頼者が既に玄関まで来ていた。まぁそりゃ、これだけ自分家の前で何度も車のバック音をピーピーピーピー鳴らされてたら気づくか。
私は、下手な運転を見られた恥ずかしさに、苦笑いを浮かべつつ、眼鏡を外して、普段テレビで着けている仮面を被りながら応えた。
「お待たせしました。霊能者のSです」
「お忙しい中、ありがとうこざいます。依頼者の岡田です。どうぞ、こちらへ」
リビングへと通され、麦茶を出された。
仮面は顔の上半分だけを覆っているものだから、着けたままでも飲めるのだがマナー的にはアウトだろう。結局仮面は外してショルダーバッグの中にしまい込んだ。
「娘さんは今お部屋ですか?」
「はい」
「私が来ることは伝えてありますか?」
「いいえ。その……何て説明すればいいか分からなかったものですから。勝手に部屋の中覗いたこと言うのも気が引けて……」
え!?じゃあ、私がここに来た理由どう説明すんの!?
「……娘さんの部屋はどちらですか?」
「ご案内します」
部屋の前まで辿り着くと、私は再び仮面を装着した。
依頼者本人なら兎も角、素顔のままじゃ私がSだと信じてもらえない可能性もあるからな。
「泉!あなたにお客様よ!」
本当は、あなたが私のお客様なわけなのですが。
「どうも。こんにちは。霊能者のSです。泉ちゃんと直接会って話しがしたいのだけれど大丈夫かな?」
扉の向こうから驚きの声が上がる。
「え!?あの霊能者の!?本物!?」
「アハハハハ!本物でなければ、私が何故君のもとへ来たというんだい?君が何かに怯えていることは分かっているよ……私は君を助けに来たんだ」
自分で言ってて思ったが、完全にストーカーか、霊感商法やってるやつの発言だな。
「……ほんと?」
ドアが半分開き、泉ちゃんが不安そうな表情でこちらを見つめてくる。
「ほんとに私を助けてくれる?」
「あぁ。約束する。だから、こっちに来てその可愛いお顔をよく見せておくれ」
私だってたまには、海外の推理小説に出てくる探偵が言うような、キザな台詞回しを言いたくなる時もある……その子が本当に可愛いかどうかは別として。
泉ちゃんはオドオドしながらも、部屋から出て来てくれた。
そのまま皆でリビングへと移動する…まるで三者面談みたいだな。
「あの……S……さんは知ってるんですか?その、スレンダーマンについて」
「あぁ。知っているとも……」
「シュッ!シュッ!」
私は右手中指と薬指を曲げた状態で素早く手のひらをひねってみせた。
部屋中に時計の秒針が動く音が響き渡る。
……クソ滑った
「いや、その……なんだ。今のは場を和ませようと思って……」
「ん?さっきの何だったんですか?」
母親が質問してくる。
いいんだよ!知らないなら知らないで!放って置いてくれ!ボケに解説を求めないでくれ!これ以上私の傷口を広げないでくれ!
「ん、ん"ん"ん"!!……ところで、泉ちゃん。君は随分とスレンダーマンについて調べているみたいだけれど」
「は、はい」
「では、スレンダーマンが架空の存在であるということは当然知っているよね?」
「そ、それは……」
「あれは、海外のネット掲示板に載せられた『写真を加工して非科学的な画像を創ろう』というスレッドのもと、ビクター・サージという人が創ったものだ」
「それは、スレンダーマンがその人の意識を乗っ取ってつくらせたんです!」
何故この子は、わざわざ自分が怖いと思う存在の情報だけを集め、存在しないという反証は無視していくのか。理解に苦しむ。論破しようにも、聞く耳を持ってくれないのであれば別の手を打つより他あるまい。ちょっとカマをかけてみるか。
「……明日、君がしようとしている馬鹿げた考えはやめるんだ」
「……え?」
泉ちゃんがガタガタと身震いしている。
「私には少し先の未来が視える。もう一度言う……スレンダーマンなんて存在しない。君がする行いは何の意味を持たない。私は君を止めに……君を救いに来た」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさいぃ!」
誰に向けての謝罪なのかは知らんが、泉ちゃんはわんわんと泣き出した。
……え?こいつマジで人殺そうとしてたの?ヤバくね?
思わず顔が引きつりそうになったが、何とか堪えた。
私は仮面を外しながら泉ちゃんにそっと近づき、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭う。
「いいんだよ……ほら、泣かないで。君に涙は似合わない。それよりも……スレンダーマンはいないという私の話は信じてくれたかい?」
嗚咽しながら、こくりこくりと頷く。
「よかった。それでは、私はそろそろお暇しましょう……泉ちゃん、もしまた困ったことが起きたら、どうか私のことを思い出してほしい。私を頼って欲しい。いつでも君の力になろう」
「あの!Sさん……あなたのお名前を……本当の名前を教えてください」
「佐目野……佐目野宝次郎」
苗字だけ言えば十分かな?と思ったが、一応フルネームで言い直した。言い直した結果、何か恰好つけた言い方になってしまったが……まぁ仕方ないか。
「宝次郎……様」
様づけやめろや!
荷物の整理を終え、玄関まで来たところで母親から「ほんの気持ちです」と茶封筒を渡された。
あなたの気持ち、しかと受け取りましたよ!
車に入りこっそり中身を確認したが3万円しか入っていなかった。
……これがあなたの覚悟ですか。気持ちですか。そうですか。
少しがっかりしながら、家へ戻った。
それから数日後、岡田さんから電話がかかってきた。
一体何の用だろうか?
「はい、佐目野です」
『Sさん、どうしてくれるんですか!?』
また私何かやっちゃいました?
「どうされました?」
『あれ以来、娘が……娘が!』
「……泉ちゃんが?」
どうしたというのだ?
『部屋に引きこもって、部屋一面にSさんの写真を張り付けて、Sさんのスクラップ記事を作り出してるんですよ!』
スレンダーマンは人間を執拗に付け狙う……か。
どうやら今度は私が付け狙われる番になってしまったようだ。
それはス○イダーマン




