46.未開域のスレンダーマン:被害者側
僕たちは行きたくなかったし、僕たちはみんなを殺したくなかったけれど、あいつのいつまでも続く沈黙と伸ばされた腕は、僕たちを怯えさせながら同時に安楽にもさせた…
いつからだろう?娘の様子がおかしくなったのは……
元から明るい性格ではなかったけれど、最近は特に悪化している。学校へ行く以外に家を出ることはなくなり、家にいるときも部屋に引きこもりがちになってしまった。
もしや、イジメにでもあっているのかとも思ったけれど、学校へは行っているのだからそれはないと思いたい。
何があったのか。
手がかりを掴むため、いけないと思いつつも娘が学校へ行っている間に部屋を探ってみることにした。「絶対に部屋に入らないで!」と固く言われていた娘の部屋に……
中に入って思わず身震いした。
窓はカーテンで目張りされ、針金人形のようなものが写った写真が壁一面に貼られていた。
これは一体何なのか?勉強机を調べてみると、スクラップ記事が見つかり、その正体が判明した。『スレンダーマン』というらしい。
瞬間移動を持ち、人間……主には子どもを執拗に付け狙い、拉致する
どこから印刷してきたのか。そのような内容が書かれた記事がいくつも見つかった。
あの子、こんなものに怯えていたの?
子どもの想像力は豊か とよく言うけれど、ここまでくると異常な気がする……
眉をひそめながら、スクラップ記事を読む作業を続ける。
娘が日に日にスレンダーマンに恐れていった様がよく分かる。
そして、あるメモを見て思わず私もゾッとする。
『スレンダーマンから逃れるにはどうしたらいいか?』
『スレンダーマンの手下になればいい』
『スレンダーマンの手下になるにはどうすればいいか?』
『スレンダーマンに生贄を捧げればいい』
生贄?この子は一体何を考えているのか?何を生贄にするというのか?
このことを娘に直接問いただしていいものだろうか?
夜、夫が帰って来てからこのことを相談してみた。
「うーん、そうか…そんなに酷いのか。だとすると、本人に直接詰問するのはやめた方がいいかもなぁ。ヒステリーを起こすかも知れんし」
「じゃあ、どうすればいいの!?」
「俺の知り合いにテレビ局で働いてる奴がいてさ。そいつが、霊能探偵Sの連絡先知ってるんだと」
「そんな凄い人……大丈夫なの!?」
「『大丈夫』って何が?」
「スケジュールもそうだし、お金の心配もあるし、それに……これは多分、霊とかそんなんじゃなくてあの子の妄想でしょ?相手してくれるの?」
「んー……まぁ、諸々聞くだけ聞いてみようじゃないか。な?」
それから間もなく、夫がSの連絡先……メールアドレスと携帯の電話番号を聞き出した。
「依頼はメールで出した方がいいんだと。やっこさんは1人で切り盛りしてるから電話に出れないこと多いし、文章で書かれてる方が内容がまとめられて分かりやすいって」
「えぇ、わかったわ」
メールアドレスを確認したけれど、どうやら携帯ではなくパソコンのものらしい。携帯と違って、すぐ着信には気づいてもらえないだろうからガッカリしたけれど、それならば深夜にメールしても失礼には当たらないか と考えを改めた。
翌日、Sからの返答が何もないまま夕方を迎え、娘も小学校から帰って来た。
「ただいま……」
「お帰りなさい」
「お母さん、明日洋香ちゃんの誕生日会に行くから」
「あら、そう。プレゼントは用意してある?」
「うん……大丈夫」
そういうとそのまま自分の部屋に行ってしまった。
私は嫌な予感がして、即座にSへと電話をかけた。
「突然のお電話失礼します。わたくし、昨夜 娘がオカルトにハマって困っているという件で依頼をさせていただいた岡田です」
『あー。どうも』
ダルそうな返事がかえってきた。電話越しでもSが仏頂面をしているであろう姿が容易に想像できる。
『ちょっとね、今いろいろと立て込んでおりまして。申し訳ございませんが仕事出来そうにないんですよ』
「そこをなんとか!お願いします!ひょっとしたら……娘が人殺しをしてしまうかもしれないんです!」
『……詳しくお願います』
ピリついた雰囲気が伝わってきた。
「娘がスレンダーマンの存在を信じて塞ぎ込んでいるということはメールでお伝えしましたよね?」
『えぇ……』
「娘は、スレンダーマンから逃れるために手下になればいいと考えていたようです。そして、手下になるには生贄を捧げればいいとも考えていました」
『そう書かれていましたね』
「明日、娘が急にクラスメイトの誕生日会に行くと言い出したんです!友達でもない、只のクラスメイトのですよ!?」
『……そこまでおかしくはないでしょう?岡田さんが知らない間に娘さんとその子が仲良くなっていたのかもしれない。その子が娘さんの友達の友達だから娘さんも誘ったのかもしれない。その子がクラスメイト皆んなを誘っていたのかもしれない』
「急にクラスメイト全員を誕生日会に誘うようなことしますか!?急に友達の友達を誘ったりしますか!?娘はずっと部屋に引きこもっているのに、急に仲良くなることなんて出来ますか!?もし、学校にいる間に仲良くなっていたとしても一度も遊びに行かないなんてことありますか!?」
興奮して、思わず声を荒げてしまった。
電話越しから唸るような声が微かに聞こえる。
『なるほど。それは妙ですね……で?妙なことをしてるから娘さんが殺人を犯すと?』
「スレンダーマンは子どもを執拗に付け狙うというメモがあったんです!その子を生贄に差し出すつもりなんですよ!」
『娘さんがそう言ったんですか?それとも、殺人の計画を立てたメモを見つけたんですか?』
「いえ……そういうわけではないんですけど」
側から見ればおかしいのは私の方だ。
何の証拠もないのに、娘が殺人を犯すかもしれないと喚き立てているのだから。
「でも!何か嫌な予感がするんです!言葉では上手く説明出来ないけれど……この違和感は私にしか分からないと思うけれど……お願いします!助けてください!」
Danger!




