45.手形
……結構きてるな
パソコンのメールボックスを開いて思わず頭を抱える。
メディアでの露出も増えてきたためか、仕事の依頼が増えてきた。こちらから営業活動しているわけでもないし、メールアドレスをオープンにしているわけでもないのに、毎度毎度一体誰が勝手に晒してくれているのかと不思議に思う。
幽霊なんぞより、個人情報ばらまかれる方がよっぽど怖い。
この仕事は私1人でやっている上に、1つの仕事を終えるのにも時間がかかる。だから勝手に仕事をぽんぽんぽんぽん持ち込んできて欲しくないのだ。
初めの頃は面白そうなものや、金になるものを優先的にやっていたのだが、最近では早く終わりそうなものから手をつけることにしている。
依頼を長く放ったらかしにしていると信用を失くしてしまうからだ。
仕事が無いのも困りものだが、多すぎるのも困りものである。
「一ヶ月ほど前、友人が亡くなりました。実は、その夫は半年前に多額の生命保険を友人にかけていたんです。この男が犯人に決まっていますが、アリバイがあり~」
面白そうだから、やりたいけどいつ終わるか分かんないな。却下。
「この辺りで最近、火の玉が~」
自然発火にせよ、誰かのイタズラにせよ、張り込みして確認しなきゃいけない。時間かかる。却下。
「あなたの能力で、徳川の埋蔵金を~」
霊能力をお金儲けのために使ってはいけません。却下。
「娘がオカルトに没頭し~」
霊能力者もオカルトだろ。ブーメラン乙。
「あいついで農作物が~」
大変ですね。
蓋を開けてみれば、なんということか。ほとんど霊能とは無縁ではないか。
苦笑いしながらメールをチャックしていく。すると、ある依頼に目が留まった。
上半身裸の児童の写真。
……残念だが、私は小児性愛者ではない。ましてや同姓の裸になど、まるで興味はない。
しかし、児童の両脇腹に白い手がしがみついている様に興味がある。
なになに?
海水浴の帰りにそうなっていた、と。
……あー、うん。なるほどなるほど。そうですか。
早速、児童の母親である依頼者に電話をかける。
『はい、もしもし?』
訝し気な声が聞こえる。知らない番号からかかってきたら無理もないか。
「初めまして。霊能探偵のSです」
『あ!え、Sさん!?あの!うちの子は大丈夫なんでしょうか!?』
まだ挨拶しかしてないというのに、本題への切込みが素早い。
あまりの素早さに思わず戸惑ってしまう。
「え、えぇ……近くにお子さんはいらっしゃいますか?」
『はい、います!』
電話の声が遠ざかり、ドタドタと走り回る音と子供の名前を叫ぶ依頼者の声が聞こえてくる。
『お待たせしました……』
いえ、そんなに待ってませんが。
「お子さんの手を、手形の痕に合わせてみてください」
『ちょっと待っててくださ……あ!』
「手形とサイズがピッタリ合うでしょう?」
『は、はい!』
「その手形はね、ただの日焼け痕ですよ」
『え!?』
「お子さんが日焼けクリームが残ったままの手で、脇腹に手を当てたんでしょう」
『あ……す、すいません!お騒がせしました!』
あっ!……電話切りやがった!
そりゃ、こんなことで金を請求するつもりはなかったさ……なかったけれども!せめて、
『いくらお支払いすればいいでしょう?』
「いえいえ、私は何もしていませんから」
というやり取りくらいはさせてほしかったものだ。
他の依頼もしょうもないものばかりだし、なんやかんやと、依頼料支払われないまま終わりそうな気がするな。
やれやれ。料金を踏み倒されないように、手形取引でもしようかな?
佐目野「某靴職人みたいになったら困る」




