39.狂怖の登山①
私、手津田貫は霊能探偵『S』こと佐目野宝次郎君とともに共励山の登山ツアーに参加していた。標高はおよそ2200m。
日帰りのため、5合目まではロープウェイに乗り、それから登山開始となる。
20名のツアー参加者と3名の男性ガイド。総勢23名。男女比は概ね1:1。
これだけ聞くと、女性とは無縁の生活を送る佐目野君にも出会いのチャンスがありそうに思えるが、残念なことに私と佐目野君以外の他の参加者はガイドを含め全員還暦を過ぎた年寄りだ。
可哀そうだから、今度時間がある時にでも見合い相手を探しておくとしようか。
「いやー、もうすぐだね!」
私たちは今、ロープウェイ乗り場で順番待ちをしていた。
「……そうですね」
佐目野君が眠気眼でぶっきら棒に答える。何せ只今の時刻は午前6時だ。まあ、機嫌が悪いのは他にも理由があるんだろうけど。
「何だ?元気がないな。ははぁ!さては体力に自信がないんだな!君は痩せすぎているからもう少し肉付きをよくした方がいいと思うぞ!」
「いやいや。確かに皆からよく痩せすぎって言われますけど、体重70kgでBMI22の超理想体型してるんです。それに、腹筋は割れてるし、時間ある時は10kmのジョギングをしていてですね……こう見えても私、体力はあるんですよ?体力は」
「へぇ。体重70kgもあるというのは意外だね。てっきり、50kg台かと思っていたよ。
脂肪より筋肉の方が重いとは聞くが、君の見た目からすれば……ひょっとして!骨と筋肉しかないんじゃないのか!?細マッチョならぬガリマッチョ?いや、そんなことより……なんだい!その『体力はある』っていうのは『体力は』って言うのは!」
「前半部分の煽り文句は置いておくとして……気力がないんですよ」
佐目野君が、「はぁ」と白いため息を吐く。
毎度毎度、彼は現場に着いてから文句を言い始める。
ただ、本人も本気で嫌がっているということではない。そのことを私はきちんと理解しているし、彼も[私が嫌がっていないことを理解している]ことを理解している。
だから、表面上言葉の応酬をすることはあっても本気で言い争いの喧嘩になることはない。
「じゃあ、今から帰るかい?」
私が笑いながらそう言うと、彼は両掌を左右に広げながら左右に首を振った。
「北海道ツアーを勝手に抜け出して、飛行機乗って勝手に帰ったら後々面倒なことになりますので」
そう。私たちは今、北海道旭川市に来ている。
ここは本当に日本の夏なのか?と疑いたくなる程の寒さ。ツアー客は皆、防寒着を着込んでいる。
「ははは!懸命な判断がくだせているようで安心したよ!その調子で仕事の方も頼むよ!」
私たちは遊びに来ているわけではない。
この山の記事を書くことが目的だ。彼には例のごとく、霊能アドバイザーとして同行してもらっている。
私たちが今から登る共励山。
登頂までの道のりが長く、仲間と共に励ましあって登る必要があることからその名がついた……とされているが、本当のところはそうではない。古い文献を引っ張り出して調べてみたところ、元々は別の由来から来ていることがわかった。
ある冬のこと。この山を登った5人の青年がいた。若く、体力にも自信のあった彼らはぐんぐんと山を登って行き、予定よりも早く山頂まで登ることができた。
「さぁ、早く下りて帰るとしよう」
リーダーの青年が皆に呼びかけるが返事はない。皆どうしたのだろうか?疲れているのだろうか?
「おい!元気がないぞ!どうした!?」
「別に……別に何も……何もない。降りるんだろ?さぁ、早く……」
やはりおかしい。これは早く帰った方がよさそうだ。リーダーの男は登りにも増した勢いでどんどん山を下って行った。しばらくして、後方からドサリと物音がした。気になって素早く振り返るとメンバーの一人が転倒していた。
リーダーがメンバーのもとへと駆け寄り、「大丈夫か?」と声をかけようとした……その時、予想外の出来事から思わず身体も、思考も停止してしまう。
他のメンバーは仲間が転倒したことなど気にもとめず、先へ先へと進んで行くのだ。
「おい!お前達!待てよ!」
その叫びに応えるものは誰一人いなかった。何故だ?何故仲間を置いていけるのだ?疑問と怒りが湧いてくるが、今は倒れた奴の方が心配だ。あいつらの奇行に関しては後で走って追いかけ、問いただすとしよう。
「おい、大丈夫か?」
倒れた男に声をかけるが返事はない。顔を覗き込むと虚ろな目でこちらをじっと見ている。
「歩けるか?」
そう尋ねても返事はない。肩を貸そうとするが、その場から立ち上がろうともしないし、腕を伸ばそうともしない。その場から動こうという気配がまるでないのだ。
肩をゆすり、何度も声をかける。すると…
「ふっ……ふふッ……アハ!アハハハハハハ!!」
倒れた男は急に大声で笑い始めたのだ。虚ろな目をしたまま……
リーダーは男の不気味さから、思わずその場を立ち去ってしまった。「どちらにせよ、人ひとり担いで下山するほどの体力はないのだ。早く下りて助けを呼びに行った方がいい」そう自分を正当化させながら。
しばらく進んで行くと、川の方からこれまた大きな笑い声が聞こえてきた。
先ほどの件もあり、笑い声のする場所へは近寄りたくなかったのだが帰るためにはそこを通るしかない。
恐る恐るそこへ行くと…先に進んで行ったメンバー達が真冬にも関わらず裸になり、笑いながら川で遊んでいる姿があった。
半狂乱になりながら山を下り終えたリーダーは近くに住む人々に助けを求めた。
後日、山での捜索活動が開始されると4人の遺体が見つかったという。
この一件からこの地に住む人々はこの山を恐れてこう呼ぶようになった。
人々を狂気へ誘う悪霊の山、「狂霊山」と。
霊能アドバイザー…とは?




