35.豊橋の吸血鬼④
気づいたら俺は、どこかの交番の仮眠室で寝かされていた。
「よう、気分はどうだ?」
交番勤務をしていた頃の上司である高野警部補が心配そうに尋ねてくる。
「あの……俺……今まで、何がどうなって……?」
あまり頭が回らない。
「お前、丸一日眠っていたぞ。こんなことならちゃんと救急車呼んで入院させるべきだったな……
まぁ、奥さんが亡くなって今はいろいろと気持ちの整理が必要な時だろうから、落ち着いた時にでも刑事課のやつに詳しい話をしてやってくれ」
あれは、夢じゃなかったのか。やはり菜子は殺害されていたのか……
あまりに突然の出来事に涙も流さぬまま俺はただただ、呆然と天井を見上げ続けていた。
翌日、ようやく落ち着いてきたので刑事課に出向き、事件当日に起きた出来事を話すことにした。
現れたのは、加藤警部。40歳近くで、身体はお世辞にも屈強とは言えない。が、事件解決に対する執念は良くも悪くも凄いらしい。どんな手を使ってでも解決するのだとか。実際にどんな手を使ってるのかまでは知らないが。
「この度はとんだ災難だったな」
「……はい」
「まだ気持ちの整理もついていないであろう段階で悪いが、昨日のことを詳しく教えてくれ。お前が帰ったのは何時頃のことだ?」
「19時30分頃だったと思います」
「それまで、奥さんと連絡を取り合ったりはしたか?」
「いえ、していません。朝の6時に妻の姿を見たのが最後です」
「奥さんは普段何をしている?」
「週3〜4日、近所のスーパーでパートしてます。が、その日は休みだったはずです」
「奥さんに恨みを持つ人物に心当たりはないか?」
「ありません。流石にパート先のことまでは分かりませんが。少なくとも妻から人間関係に関するトラブルを聞いたことはありませんでした」
「そうか……」
「あの、こちらからもいいですか?」
「何だ?」
「犯人の目星はついていませんか?」
「そうだなぁ……目星というか、何というか。犯行手口が似ているから、先週起きた事件の犯人と同一犯として捜査を進めている。それと、脅迫紛いの手紙も届いてたな。『近いうち、再び惨劇が起こることになる』って。まぁ、この事件は色々と話題になっているから脅迫文に関しては単なるイタズラの可能性もあるが」
「そんなことが」
「あぁ……そうだ、こんな時になんだが実況見分をやってもらってもいいか?」
「はい、わかりました」
家の前に着くと、立入禁止の黄色いテープが無数に貼られていた。我が家にされるといい気はしない。
野次馬も大勢来ている。苛立ちを覚えながらそいつらを掻き分け中に入ろうとしたその時、思わず「アッ!」と声を上げてしまった。
大事なことを忘れていた。先程加藤刑事の質問に答えた通り、菜子に恨みを持つような人物に心当たりはない。
じゃあ、俺に対して恨みを持つであろう人物はどうだ?
「どうした?何かあったのか?」
俺の声に驚いた加藤刑事が尋ねてくる。
「佐目野が……佐目野宝次郎がいました」
「佐目野?」
俺は加藤刑事の制止を振り切り、佐目野の前に姿を現した。
「おい、久しぶりだな佐目野。俺のこと覚えてるよな?」
佐目野が不敵な笑みをこぼして答える。
「あぁ、阿久田だろ?よく覚えてるよ。お前は私のことをよく可愛がってくれたからな」
「ここで何をしている?」
「へぇ!知らなかった!用がなければ私がここに来てはいけない決まりでもあったのか!接近禁止命令を受けた記憶はなかったんだがな!」
佐目野がカラカラと笑う。白々しく、腹ただしい。
でもこいつ、こんなキャラだったか?
警察学校時代にいつもオドオドしていたやつと同一人物とはとても思えない。いや、待てよ?
そういえばこいつは、さして問題を起こしているわけでもないのに教官たちから「何か気に入らねぇ」という理由で指導を受けることが多かった。
これだけ高圧的で挑戦的な態度をとるようなやつだ。当時から無自覚にもその態度が表面に現れていたということだろう。
「質問に答えろ。ここで何をしている?いや……何をしていた!」
事件の前日にこの辺りを彷徨いていたやつが、事件と無関係なわけがない。
「何をしていた……か。フッ…フフ!ク…ククク!
どういう答えをしたら、満足してくれる?」
『いい加減にしろよ』
そう言葉に出すよりも早く俺は、拳を振り上げていた。だが、その拳がやつに届くことはなかった。
「阿久田、よせ。お前、それでも警察官か!」
いつの間にこんなに接近してきていたのか。加藤刑事が後ろから俺を羽交い締めにしていた。
それでも殴りかかろうと必死に足掻いていたが、不意に周囲の視線が突き刺さり、ハッとする。
「アハハハハ!あの時から、ちっとも変わってないんだな!……人の痛みも、悲しみも分からない。だから、人の悲しみに寄り添うことも出来ない。お前はそういう奴だ!」
「てめぇ!こっちが手ぇ出せないの分かって調子に乗りやがって!」
流石にもう、殴りかかるつもりはなかったが俺の怒気に警戒した加藤刑事がより強く拘束してくる。
「ほらみろ。お前は、自分に気に入らないことがあるとすぐ人に八つ当たりしてストレスを発散させる節があるよな。……お前、奥さんが亡くなって少しでも涙を流したか?」
佐目野が冷ややかな目でこちらを見つめる。
俺は、何も言い返せなくなった。
「お前、よく○○な性格してるって言われない?」
→はい
「やっぱりwww」
→いいえ
「ほら!そうやってムキになるあたりやっぱそうなんだろwww」
こういう質問してくる奴、嫌いです。




