31.瞬間移動:佐目野側
依頼者の話を聞き終える。
『その話を霊能力者のもとに持ってくるのはお門違いですよ』という言葉が喉まででかかったが、グッと飲み込んだ。
「瞬間移動中に起きた事故、というわけですか」
「ええ、そうです」
「それは、アレですね。フィラデルフィア計画を思い出しますね」
「何ですか?それ?」
「1943年10月28日、アメリカのペンシルベニア州フィラデルフィアの海上で駆逐艦エルドリッジに船員を乗せ、ある実験が行われたんです。その実験の目的は、強力な磁場を発生させることでレーダーに探知させない技術を作ること。当時は第二次世界大戦の真っただ中でしたから。レーダー対策に躍起になっていたんでしょう。
そうそう。実験の結果ですが、見事成功。レーダーからエルドリッジの反応は出ませんでした。ところが、そんな喜びも束の間。突如海面から緑色の霧が出現。エルドリッジを包み込んだ次の瞬間!エルドリッジは物理的に消えてしまったのです。姿を消したエルドリッジは、およそ340km離れたバージニア州のノーフォークで目撃され、その数分後に再びフィラデルフィアの海上に姿を現したのです」
「目撃された……ですか」
彼女の言い分は恐らくこうだ。
エルドリッジは物理的に姿を消していたわけではない。ただ、姿が見えなくなってしまっただけのこと。
別の場所で見たという証言も単なる見間違いだろう。もし、本当に瞬間移動したというのなら目撃者ではなく、船員が話をするはずだ、と。
「瞬間移動を果たし、元の場所へと戻ってきたエルドリッジ。ところが、船員の体は瞬間移動には耐えられなかった。体が燃えている者、体が凍り付いている者、体が甲板にめり込んでしまった者、体が完全に溶けてしまった者等々。死者・行方不明者合わせて16名。生き残った者も精神に異常をきたしてしまいました」
「まさか!その事故が今回のものと何か関係が!?」
私は思わず、苦笑いをした。
自分からこの話題を振っておいてなんだがそんなわけなかろう。
「関係ありません。これは単なる都市伝説です。それに、ご主人が怪我を負ったのはマジックによるもの。タネも仕掛けもあるんですよ」
「では、その仕掛けというのは?」
「単純です。隠し通路ですよ。選ばれた10人は他の観客にバレないように扉まで移動したというだけの話」
「それでどうして夫が怪我を?」
「瞬間移動のマジックですから、瞬時に移動しなければいけません。選ばれた10人は十分な説明を聞かされることもなく、さぞかし急かされたことでしょう。『やれ、早く隠し通路に入れ。やれ、速く扉まで走れ』と。それでもって、走る場所が隠してある通路なわけでしょ?普通の通路と違って走りにくいのなんの。ご主人には厳しい課題だったでしょうね」
「それで転倒して怪我を負ってしまったというわけですか」
私は無言で頷く。
「では、何故マジシャンはそのことを黙っていたんですか?」
「タネ明かしをしたくなかったなかったのでしょう」
「でも、そんなこと主人が目を覚ませば分かることじゃ……」
「ええ、目を覚ませば……ね」
依頼者の顔が真っ青になり、わなわなと震える。
「そんな……まさか!あのマジシャンはそんなことを考えていると?主人が死ねばタネがバレずに済むと考えているわけですか!?」
「あくまで可能性の話。ですが、事がことですから弁護士を立て裁判を起こすことも考えたほうがいいかもしれませんね」
「はい、わかりました」
法廷では、被害者がどういう経緯で怪我を負ったのか説明する必要がある。すなわち、マジックのタネを明かす必要がある。傍聴席には言わずもがな、メディアだって来る。そうなれば、マジシャンが隠し通すつもりでいたタネは全国民に知れ渡ることになる。
マジシャンが被害者に謝罪をしない本当の理由はわからない。が、どうせ目先のことしか考えられず、黙っていればやり過ごせるとでも思っているのだろう。
こういう不義理な奴は一度痛い目に遭った方がいいのだ。
フィラデルフィアからノーフォークへ移動したという話。
ノーフォークまで[2500km移動した]という説と[340km移動した]という説があります。(アメリカ以外にも「ノーフォーク」と同名の地があるため)




