28.ドッペルゲンガー:被害者側
「なぁ、お前先週の土曜仕事があるって言ってたよな?」
「ええ。そうだけど」
その日は彼からデートの誘いがあったのだけれど、仕事上のトラブルから急に会社に呼び出されてしまった。だからデートは日曜にしようと言ったのだけれど、彼は「仕事で疲れてるだろうから休んだ方がいいよ」と気を利かせてくれた。
「じゃあ、なんで映画館にいたわけ?」
「え?何のこと?」
当然ながら私には何の身に覚えもない。
「とぼけんなよ。妹がお前を見たって言ってるんだよ。そんなに俺とのデートが嫌だったのか?」
怒鳴るようなことはしないが、責めるような調子で彼が問いただす。
心外だ。それにもし、デートが嫌だというのなら別日に約束を取り付けるようなことはしないのに。
「誰かと見間違えたんじゃない?」
私の言葉に彼は黙る。
「そんなに信用できないなら、会社に確認でもする?」
私は語気を強めた。会社へのコール画面を表示し、彼に携帯を突き出す。
「……ごめん。疑ったりして」
さっきまでの威勢が嘘のようにシュンとし、うつむく。
「ううん、いいの。気にしないで。でも……どうしたの?」
彼は別に嫉妬深いわけでも、疑い深いわけでもなかった。なのに、何で急にこんな……
「前にも、似たようなことがあったんだ」
「え!?」
「半月くらい前かな?友達がお前を見かけたから声かけたけど無視されたって。
その時は俺も見間違いだろって思ったんだけど…それもデートの約束が流れた日の出来事だったからさ。こう続けざまに起こるとな……ごめん」
「そうだったんだ……でも、そうまで言われると気になるな!私にそっくりなその人。一度見てみたいかも」
落ち込んでいる彼を慰めるために私は努めて明るく振る舞った。
「よせよ……そいつ、お前のドッペルゲンガーかもしれないぜ。会ったら死んじまうかもよ」
彼もぎこちなく笑いながら、冗談めかしてそう答えた。
─1週間後─
仕事を終え、電車を乗り継ぎマンションへと向かう。
時刻は18時。夏場ということもあり、ようやく日が沈みかかる。
都会から少し離れた場所に住んでいるため、普段この時間にこの通りを利用する人は私しかいない。
でも今日は、別の人も通っているみたい。足音からしてハイヒール。女性だから襲われる心配はないんだろうけど、何となく不気味に感じてつい足音の方を振り返ってしまう。
「……え?」
つい、声を上げてしまう。
そこには、いつも私が鏡で見ている人物が立っていた。
一瞬ドキリとしたが、気にしたらまずいと思い平静を装い歩き続ける。
なおも足音は続いていたけれど、振り返ることはせずそのままマンションの中へと入った。
─翌日─
マンションを出て少し歩いたところで、目の前に植木鉢が落下してきた。
危うくぶつかりそうになり、息を呑む。咄嗟に真上を見ると何かが身を潜める気配があった。
誰かが私を狙っている?まさかね……
─それからさらに3日後─
仕事が終わり、帰りの電車を待っていると背中に衝撃が走る。
気が付くと私は線路へと突き飛ばされていた。突然の出来事に頭が真っ白になりかけるが、線路へ落下した痛みで意識はすぐに現実のものへと引き戻される。
ホームからは悲鳴や、怒号が聞こえてくる。
「早く上がれ」と手を差し出してくれる人もいたが、そんな余裕はない。
眩い光とけたたましい警笛が、すぐそばまで迫っていた。
私は痛みを押し殺し、急いで退避スペースへと身を押し込める。
何とか、助かった……
しばらくすると、警察が駆けつけ軽い聴取を受ける。
「何か覚えていることはありませんか?」
「いえ、何も。ただ、突然後ろから突き飛ばされて……」
「そのようなことをされる心辺りは?」
「ないです」
「失礼ですが、姉妹はいますか?」
「いえ、一人っ子ですけど……それが何か?」
「いえね、目撃者の話を聞くとですね。もう一人のあなたがあなたを突き飛ばしたって言うんですよ」
10日ほど前、彼が何気なく言ったこの言葉が脳裏をよぎった。
─そいつ、お前のドッペルゲンガーかもしれないぜ。会ったら死んじまうかもよ
今回は国外で起きた事件を元にしてます。




