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27.日本人形:佐目野側

神 髪 紙

今度の依頼は伊勢市。

私は生まれも育ちも三重ではあるが、伊勢にはあまり行ったことがない。

県内と言っても南北で大きく離れているため片道2時間近くかかるからだ。

学生時代に家族でお伊勢参りへ行ったこともあったが、参拝待ちでさらに2時間かかり、帰る頃にはもうクタクタ。それ以後お伊勢参りに行ったことはない。


電車で行こうか車で行こうか迷ったが、電車で行くことにした。

その理由として……私は車の運転はあまり好きではない。それに、カーナビで目的地までの予定走行時間が1時間を超えるような場所は交通状況によって30分前後してしまうことがある。

つまり、渋滞を見越して行動すると予定より1時間早く着くことも……

待つのが苦手というのも勿論あるが、一番の問題はその間どこで待つべきか。

喫茶店での待ち合わせならそのまま中で待機していれば済む話なのだが、自宅での待ち合わせとなるとそうもいかない。一軒家だけでなく、マンションであっても駄目だ。

以前、マンションの駐車場で待機していたら「見かけない車がずっと置いてあると思ったらあなたのでしたか。それなら早く言ってくれればよかったのに」と言われたことがある。いらぬ心配・気遣いはかけるべきでない。


それではと、「どこか近くのショッピングセンターなんかで暇を潰そう」としても、田舎であればなかなか見つかるものではない。見つけた頃にはもう約束の時間に……なんてことにもなり得る。


だから電車で行くのだ。


依頼者宅に着くと、70~80代と思しき老婆が出てきた。正直、70歳を超えると何歳なのか判断がしづらい。


「ようこそ、おいでくださりました。さ、どうぞ中へ」


「失礼します」


リビングへと案内され、お茶を出される。

しばらくしてから、髪が伸びるという(くだん)の日本人形と髪が伸びる前の写真を見せてもらった。


これは言われて見ないとわからない…なるほど、確かに依頼者の言うように髪の毛が()()()()になっている。


日本人形は、長めの髪を二つ折りにして頭部で縫い付けるため作りが粗かったり、古くなったりすると結び目から髪がズレてしまうことがある。


今回もそれが原因で髪が伸びたように見えてるのだろう。さて、これからどうしたものか。除霊っぽいことをしたところで、またズレるのも時間の問題だろうし……


まてよ?ズレるということは頻繁に触っているということ。そして、このわずかな髪の変化に気づくということは……


「この人形は大切なものなんですか?」


「はい。付き合い始めたばかりの頃、夫が初めて私に買ってもらった物なので。できればこれからも大切にしていきたいと考えております」


なるほど。この家の玄関にある靴数・種類を見た時から何となく察していた。この家には現在、依頼者しか住んでいない。この人形は夫の形見というわけか。

そんな品に悪霊が憑いたなんてショックだろうし、私も除霊が嘘だとバレるとまずい。

よし、これは悪霊ではないから除霊の必要はないということにしよう!うん。その方がお互いにいいやね。


私が、付喪神の仕業だと伝えると依頼者から九十九が何故ツクモと呼ぶようになったのかという豆知識を披露された。


「嫌ですわ、先生。ここは伊勢ですよ。伊勢物語の63段にこういう歌があるんです。


『百年ももとせに一年ひととせたらぬつくも髪 我を恋ふらし面影に見ゆ』


これは、『白髪の老婆が私を恋い慕っているような気がしたが、見間違いではなかろうか』

という意味のものですが、詳しく説明すると……

百に一足らぬ にとんちをきかせてみると、漢数字の百から一をとって白になります。

そして、[ツクモ]とは水辺に無造作に生えている植物のことを指します。

つまり、『百年に一年足らぬつくも髪』は白髪でツクモのように無造作な髪 という意味になるわけです。また、百に一足らぬをそのまま解釈すると九十九になるため、九十九のことをつくもと呼ぶようになったのです」



「本当によくご存じで……ただ、つくも神の九十九という数字は単に長い年月という意味で使われているだけです。その証拠に、今まで悪いことは起きていないでしょう?」


知らなかった。九十九(つくも)の由来なぞ初めて聞いた。

というか、さも伊勢の人なら知ってて当然みたいな言い方してたけど、絶対そんなことねぇだろ。知らない人の方が多いだろ。

そして、何でそれだけの知識がありながら九十九が長い年月であることの例えだと知らなかったんだよ。


ともあれ……私が除霊が必要でないと説明を終えると、

依頼者は人形の頭をそっと撫でてこう呟いた。


「そうとは知らずにごめんなさいね。私()()のこと、これからも見守っていてね」


「これからも、大切にしてあげてください」


「はい。先生、今日はどうもありがとうございました」


依頼料を受け取り、玄関へ向かおうとしたその時!


「おう、帰ったぞ!

 ……ん?なんだお客さんか?」


「あら、アナタ!今日は霊媒師の方に来ていただくことになってると言ったじゃないですか!」


……旦那さん、生きとったんかい。


付喪神の付喪は、九十九が転じたものだという説があります。

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