26.日本人形:被害者側
「陰陽雑記云、器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑す、これを付喪神と号すといへり」
付喪神絵巻より抜粋
「これが例の人形です」
そういうと私は、霊能力者の『S』先生に日本人形を見せました。
S先生に、わざわざ家まで来てもらうのは申し訳ないと思いつつも、高齢のため遠出をするほどの体力はありませんでした。
「ふむふむ、これが……ちなみに、髪が伸びる前の写真とか残ってないですかね?」
「はい、こちらに」
そう言われるだろうと思い、前もって日本人形を買ってもらった直後の写真を用意していました。
「んー。言われてみれば確かに髪が伸びているような気がします。それにしても、よく気がつきましたね」
「髪の毛が不ぞろいになっていたものですから気になりまして。アルバム引っ張り出して確認してみましたらご覧の通り。伸びてきていますでしょ?それに気づいた時の驚き様と言えばそれはもう……口から心臓が飛び出るかと思いましたわ」
「この人形は大切なものなんですか?」
「はい。付き合い始めたばかりの頃、夫が初めて私に買ってもらった物なので。できればこれからも大切にしていきたいと考えております」
「だから、除霊してほしい……と?」
「ええ」
Sさんは写真と人形をまじまじと見ながら呟きました。
「これは悪霊ではありませんよ」
「でも!現にこうして髪が伸びているんですよ!?」
「これは付喪神です」
「九十九神……ですがこの人形は九十九年も経っておりませんよ?」
Sさんが目を見開き、感嘆の声をあげます。
「ほぉ!よくご存じですね!」
「嫌ですわ、先生。ここは伊勢ですよ。伊勢物語の63段にこういう歌があるんです。
『百年に一年たらぬつくも髪 我を恋ふらし面影に見ゆ』
これは、『白髪の老婆が私を恋い慕っているような気がしたが、見間違いではなかろうか』
という意味のものですが、詳しく説明すると……
百に一足らぬ にとんちをきかせてみると、漢数字の百から一をとって白になります。
そして、[ツクモ]とは水辺に無造作に生えている植物のことを指します。
つまり、『百年に一年足らぬつくも髪』は白髪でツクモのように無造作な髪 という意味になるわけです。また、百に一足らぬをそのまま解釈すると九十九になるため、九十九のことをつくもと呼ぶようになったのです」
「本当によくご存じで……ただ、つくも神の九十九という数字は単に長い年月という意味で使われているだけです。その証拠に、今まで悪いことは起きていないでしょう?」
私は記憶を辿ってみることにしました。
具体的に、この人形の髪が伸びたことに気づいたのはいつのことだったか?私が気づかなかっただけで、実際に髪が伸びていたのはいつ頃だろうか?それ以後何かよくないことが起きていただろうか……パッとは出てきません。もっと真剣に記憶を探れば出てくるのでしょうが、そこまでしないと出てこないということは今までに悪いことが起きていたのだとしても人並みか、それ以下ということなのでしょう。
「ええ、そうですね。これと言って悪いことは起きていませんね」
「付喪神は悪いことをしません。ただ、付喪神を恐れて無理に追い出そうとすると怒りを買うことになります。無論、それでも除霊して完全に消し去ることはできますが……付喪神とは長い間愛情を与えられた物に精霊が宿ったもの。
こんな事、霊能力者が言うべきではないのですが……それを除霊してしまうというのはいささか気が引けますね」
私はその話を聞き終えると、人形を手にとりそっと頭を撫でました。
「そうとは知らずにごめんなさいね。私たちのこと、これからも見守っていてね」
「これからも、大切にしてあげてください」
「はい。先生、今日はどうもありがとうございました」
「それで……今度は別のカミを用意してもらいたいのですが」
そう言われて私は先生に紙幣を手渡すのでした。
申し訳ございませんが、ネタ探しに苦労するようになり更新頻度下がってます。




