19.片田舎の災いの裏で…⑤
この話でこの章は終わりです。
「……何だ?」
刑事Aはぶっきら棒にそう答える。
「佐藤さんがどのような過程で被害に遭われたのかはご存知ですよね?」
今までのインタビューを盗み聞いてくれてりゃ話は早いのだが、これだけ距離が離れてたら無理だろう。
「ああ」
「[フット・イン・ザ・ドア・テクニック]
相手に小さな要求を承諾させていくことで<承諾すること>の抵抗感・警戒を無くしていき、最終的にこちらの最も望ましい大きな要求を承諾するよう相手を導く手法。
霊感商法でも似たようなことをする奴がいると聞いたことがあります。ですが、それはあらかじめ ある程度の信頼関係を築き上げた後でなければならない。
不幸な出来事は誰の身にもいつか必ず起こる。
だが、それがいつかなんてわからないし、何を持って不幸と呼ぶかは本人の裁量によるところが大きい。
詐欺師側がずっとターゲットを張り込んで、再び不幸な出来事が起こるまで待ち続けるのは……面倒だし、割に合わない。だから、ターゲット自らが連絡・相談するような関係でないといけない。
でも、今回の事件は違う。
犯人とターゲットの間に信頼関係はない。
連絡先すら教えていない。
にも関わらず、犯人は相手の不安を煽るとともに相手に小さな要求を承諾させるためにわざわざ無料のお守りを配布した。
何故だと思いますか?」
「さぁ、分からんな。
仮に分かっていたとしても教えるわけにいかんがな」
そう言うと思った。
だからこそ、こちらも『ちょっと話を聞いてもらいますよ』と言ったわけだ。
人に話をすると頭の中を整理しやすくなる。
アンタは聞き役に徹してくれりゃそれでいい。
「犯人がターゲットと信頼関係を築けると確信していたからですよ。つまりは……近いうち、ターゲットたちに必ず不幸な出来事が起こると確信していたからですよ」
私の説明を聞くと刑事が顔を赤くし、ワナワナと小刻みに震えている。
「それは、つまり……犯人は一酸化炭素中毒事故を把握していたという訳か!?」
「……あの事故、何故あそこまで被害が拡大してしまったのでしょうね?ガス会社はそれまで何をしていたのでしょうね?」
「分かった。頭にいれておくことにしよう」
言い終わるや否や刑事Aは席を立ち、テーブルに置いてあった伝票を手に取る。
「おや、もうお帰りですか?相方がまだ帰っていないようですが?私の身元確認はしなくてもいいんですか?」
私は小馬鹿にした調子でケラケラと笑う。
「話を聞いているうちに分かった。お前は犯罪と無縁の奴だ……憎たらしさは犯罪級だがな」
刑事Aはニヤっとしながらそう告げると、すぐ店を後にした。
私が何事もなかったかのように席へと戻ろうとすると、手津田さんと佐藤さんが安堵した様子でこちらを見ていた。
「また佐目野君が警察に喧嘩売りに行ったんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ。
というか、黙っていきなり席を立つ癖はやめてくれ」
「あはは。ご心配をおかけしました……あれ?ひょっとしてこっちまで会話聞こえてました?」
「いや、流石にここまでは聞こえないよ。ただ、表情を見れば分かるさ。君は怒ったり、イラついたりしてるとすぐ顔に出るからね」
元々、顔に出やすいとは言われているが意図的に顔に出すことも多々ある。言わずもがな、基本的に警察に向ける憎悪は意図的に出してる。
「それで、お二人のインタビューはどこまで進みましたか?」
「一通り終わったけど、佐目野君からは他に何か?」
「特にはないですね」
「そう。では佐藤さん、長い間どうもありがとうございました」
「いえいえ、お仕事頑張ってください」
そこで、インタビューはお開き。
会計はもちろん手津田さんの奢り。
「さ、明日はまた別の被害者と対談するわけだけど…佐目野君はどうする?」
「どうする、とは?」
「犯人の目星がついたから警察に伝えに行ったんだろ?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、帰ってもいいよ。あとはこっちで何とかするさ。後日、霊感商法についてどう思っているか霊能力者である君の意見も聞くことになると思うが。その時は頼むよ」
「では、お言葉に甘えて」
普通なら、『いやいや、そんな真似できませんよ!』と断って最後まで付き合うのだろうが……もう私がやるべき事はないだろうし、今回はことがことだ。
(自称)霊能力者が霊感商法被害者に会うのはもうよした方がいいだろう。
ー2週間後ー
インタビューしに、手津田さんが家に来た。
何度も言ってますが、電話でもいいんですよ。
「久しぶりだね、佐目野君」
「ええ」
「そうそう!例の詐欺集団、逮捕されたよ!知ってた!?」
……ふっ。だろうな、これも全て私のおかげ。
「いえ、初耳です」
初耳だが、ガス会社の関係者が逮捕されたわけだろ?
「首謀者は病院の関係者だそうだよ」
「え?」
「一酸化炭素中毒患者が大量に出たことから、何処かでガス漏れが起きている と察して今回の犯行を思いついたようだよ。怖い話だねぇ」
私は黙ったまま苦笑いをしていた。
ま、私もたまには推理を間違えることくらいあるさ。
短時間で少ない情報の中、推理しようとすると大抵失敗する。




