16.片田舎の災いの裏で…②
「手津田さん、世の中には飼い犬や飼い猫が死んだら会社休む人がいるみたいですけど、それについてどう思います?」
「仕方ないと思うよ。ペットは家族と言う人は多いし、ペットロスという言葉もあるし。心を落ち着かせる時間を設けるのは大事なことだよ」
「じゃあ、カメが死んだから休ませてくださいって言う人がいたらどう思います?」
「カメ?」
「あ、今馬鹿にしたでしょ?
言っときますけど、うちで飼ってるクサガメは今年で18歳になるんですよ?
犬猫の平均寿命とっくに超えてるんですよ?」
「ああ、そう。じゃあ休んでいいんじゃない?ただ、会社に言う場合は別の理由つけて休んだ方がいいとは思うけど」
手津田さんの中では、犬=猫>亀 なわけか。
まぁ、私自身否定はしないが。
「例えば?」
「無難に『気分がすぐれないので』って言えばいいんじゃない?」
「なるほど……あ!手津田さん……私、急に気分がすぐれなくなったのでもう帰ってもいいですか?」
「え!たとえ話じゃなくて本当に佐目野君ちのカメ、亡くなっちゃったの?この前見たときはピンピンしてたのに」
「いえ、今でもピンピンしてますよ。
ただ今朝方、飼ってるエビが1匹水槽から飛び跳ねて死んでました。気分がすぐれません」
「いやいや、流石にそんな理由で休んじゃだめだよ!
……それに、ここまで来て何もせず帰りたいと本気で思っているわけではないでしょ?」
そう。私たちは今、北海道帯広市に来ていた(前回来た時から10日しか空いていない)
霊感商法の詐欺被害にあったという人物と会うために。
手津田さんに、面倒くさいので電話やメールじゃ駄目なのかと聞いたのだが、『初めて会う人にそれは失礼!』と言われた。
手津田さんのそういう誠実なところは好きなのだが、その信条に他人を巻き込むところは嫌いだ。
「そりゃまあ、今は疲れて帰る気力もありませんよ」
「ほう?疲れた?飛行機の中でも、電車の中でもずっと居眠りしていたのはどこの誰だったかな?」
手津田さんはカラカラと笑う。
……それとこれとは話が別だ。
「……それで、被害者の方とはどこで待ち合わせているんですか?」
「被害者宅の近くにある喫茶店だね。ここからは少し距離があるからタクシーで行こうか」
「ちなみに、私のことは何て伝えているんですか?」
「そりゃもちろん、本物の霊能力者『S』が来る と伝えているよ」
私は、思わず額に手をついてため息をつく。
「何が『もちろん』なんですか。霊感商法に騙された人相手にそれはまずいですよ。私たちが詐欺グループの仲間で、詐欺の延長だと警戒されたらどうするんですか」
「どうするも何も、既にアポイントはとれたんだからその心配はないよ」
「……だといいんですけどね」
15時半、私たちは目的地の喫茶店へとたどり着いた。
「さっき佐藤さんから連絡があった。少し遅れるから先に中で待っててくれだってさ」
佐藤さん?ああ、被害者の名前か。今のいままで聞いていなかった。
「そうですか」
寒いのでお言葉に甘えて中で待つとしよう。
中に入ると、奥のテーブルへと案内される。時間が時間だからか、店内に人はあまりいない。
入口付近に1組のカップル。中央付近に40代のいかつい姿をした男性が2人いるだけ。
……嫌な予感がする。
席に着き、各々ホットコーヒーを注文する。
3分ほどしてコーヒーが届く。
私は基本、ブラックで飲む。小学生の頃からそうしてきた。
周りからは、やれ 格好つけだの、大人ぶってるだの、ツウぶってんじゃねぇだのと散々ちゃかされてきたがそういうつもりで飲んでいたのではない。
ただ、単純にミルクや砂糖をかき混ぜるのが面倒なだけだ。
どんなにかき混ぜても下の方に大量に留まる砂糖のなんと腹立たしく甘ったるいことか。そんな思いをするくらいなら苦いまま飲んだ方がマシだ。勿論、今となってはブラックの方が好みになっているわけだが。
コーヒーを半分ほど飲んだところで、60代後半と思しき男性が店内に入ってきた。
こちらに気づくと一目散にこちらの方へやってきた。
「佐藤です。お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
あなたが、手津田さんと……霊能力者の方?」
手津田さんが喋るのを遮り、私が先に返答した。
「いえ、違います。私はただの手津田さんの助手です」
手津田さんと、佐藤さんが驚いた様子で私の方を見る。
「おいおい、佐目野君は何を言ってるんだい?」
手津田さんは『いつものおふざけだろ?』と言った調子で笑いながら尋ねてくる。
ふざけているわけではない。
めんどうになりそうなことには関わりたくないだけだ。でも、手津田さんの今の一言のせいで私が「『S』ではない」と嘘をついたことはバレてしまっただろう。
「佐藤さん。あなた、よく私たちが分かりましたね?」
「…え?」
「だって、私たちと今日初めて会うんでしょ?」
「ちゃんと、手津田さんと霊能力者の2人が来ると聞いてますよ」
「ええ、そうですね。佐藤さんは面識のない男性2人と会う約束をしていた……では何故、中央付近に座る男性2人には目もくれず、迷わず私たちのところに……私たちが面談相手だと分かったんですか?」
「そ、それは……なんとなくですよ、なんとなく!」
私はおもむろに立ち上がった。
途中、佐藤さんがびくりと体を震わせたが気にせずに中央付近へ向かい、座っている中年男性2人に声をかける。
「私たちが入店してからずっと熱い視線を送ってくれてますね?
何かごようですか?……刑事さん」
2人が同時にギロリとこちらを睨みつける。
「分かっているなら話が早い。
ちょっと詳しい話を聞かせてもらおうじゃないか」
騙された不利作戦




