14.片田舎の災い④
今回でこの章は完結になります。
─「ガスは検出されませんでした」
「え?でも……この地域で一酸化炭素中毒で亡くなっている人がたくさんいるんですよ!」
息子さんが声を上げる。さっきまでストーブのせいだと言っていた奴はどこのどいつだ……
「そうは言いましてもねぇ……単なる偶然としか言いようがありませんよ」
調査員が困り果てた顔で答える。そうだよね。息子さんがストーブのせいだと言ってたからね。この人もストーブのせいだと思うよね。
「……海木さん、私は呼子さんから『除霊依頼』を受けてここまで来ました。ですから、今回の出来事が霊と関係ないと分かった以上、本来私がやるべきことはもう何一つありません。
ですが、もし私が本来受け取るべきであった金額を支払うことを約束してくださるのであれば……この問題を解決に導いてみせましょう」
息子さんは、驚いてこちらを見る。
その表情からは、「この怪奇な問題を解決してもらえる!」という喜びと、「何故自分がそんな依頼料を払わなければいけないんだ?」という不満が現れていた。
「もし……断ったとしたら?」
「大丈夫ですよ。この問題は私が関わらなくても近いうちに解決されるでしょうから……
ただ、それまでに何人の犠牲者が出るかまでは分かりませんがね」
勤めて冷静に。いや、冷酷に言い放つ。
断られたらどうしよう……
「……わかりました。お願いします」
息子さんは諦めたように答える。
この人も被害者なわけだから脅すような気がして申し訳ない気もする。が、こちらも慈善事業でやっているわけではないから仕方あるまい。
私は、調査員の方へと振り返り、改めて主張する。
「これは、開発工事の衝撃がガス管にまで伝わったことで破裂して起きた事故です」
「ですから!道路で一酸化炭素の検出はされませんでした!それに地面がクッションの役割を果たしていますから工事の衝撃がガス管にまで到達することなんてありませんよ」
私は苦笑いをし、右足で地面を何度も蹴りつけながら答える。
「こんな地面が?こんなにカチコチに凍り固まっている地面がクッション?」
調査員が「あっ」と呟く。
「だとしても、結局一酸化炭素は検出されていないじゃないですか!?」
「言ったでしょう?地面が凍っていると。漏れたガスは空気より軽いから普通ならその場で地上へ出ていく。だが、氷の層で蓋をされたガスはその行き場を失う。では、行き場を失ったガスはどこへと向かうか……答えは簡単。凍っていない場所へと向かう」
「それはつまり……?」
息子さんが質問をする
「下水管」
それに対し、調査員が勝手に答える。おい、私の台詞をとるんじゃない。
「そう。下水管は常温の水やお湯が通るため凍ることがありません。そして恐らく、ガスの臭いはそこに辿り着くまでの間に土によって消されてしまったのでしょう」
「すぐに調べます!」
調査員は海木さん宅の下水回りすなわち、トイレで一酸化炭素の測定を行う。
微かではあるが、測定器に反応があった。
それから、確認のために他の家(主に一酸化炭素中毒者が出た家)にも出向き、測定を行う。
いずれの民家からも大なり小なり一酸化炭素の反応が出た。
それから間もなく、付近の住民82世帯に避難勧告が出されることとなる。警察も、消防も大忙しだ。
一段落したら礼儀として一応、依頼者に会いに行こうと思ったのだが既に夜中の8時を回っていた。
こんな夜更けに会いに行くのは失礼だ。いや、そもそも病院が開いているのかも分からない。
仕方がないので、夜の便で我が家に帰ろうとしたのだが息子さんに「一度母に会ってやってください」と言われたので、近くの(といっても、今いる場所は避難勧告が出されてるわけだから実際はそんなに近くはない)ホテルに泊まって翌日面会することにした。
いつもなら面倒だし適当な理由をつけて断るところだが、脅しに近い形で金銭の要求をしてしまった後ろめたもあり、それは出来なかった。
─翌日、帯広市の某病院にて─
「わざわざ来てくださったのに、うちを空けてしまい申し訳ありませんでした」
ベッドの上でガウンを着た70代の女性、すなわち海木呼子氏が告げる。顔色は思っていたより良さそうだ。
「いえ、海木さんが気に病むことではありません。それよりお体の方は大丈夫ですか?」
「ええ、ええ。おかげさまですっかり元気になりました」
「それはよかった」
「今回の出来事は、祟りじゃなかったんですねぇ。
それで、先生はいつからこれが工事によるガス漏れが原因だと分かったんですか?」
「んー……いつからでしょう?でも、わりと早くには気づいてましたね」
「あら、そうなんですか?」
「ここの冷気は凄いですからね」
「あら、霊気が?それじゃあ今回の事故はやっぱり祟りが原因で……」
「え!?」
「え!?」
─1週間後─
夕日新聞記事
『地中管破裂。ガス漏れで5人死亡』
北海道帯広市でガス漏れ事故があり、5人が死亡。10人が病院で手当てを受けた。
この地域のガス事業は事故の前年に、市からガス会社に譲渡されていた。 だが、譲渡した帯広市が交換回収の目安が30年と言われるガス管を40年使い続けていたのだ。
ガス会社は官の老朽化を認識し、随時交換を行っていたが、事故現場の周辺は2年後に取り替える予定だったという。
警察はガス漏れを予見できたのに対策を怠り、被害を拡大させたとして、業務上過失致死傷を視野に捜査を進めている。
凍上:寒気によって土壌が凍結して氷の層が発生し、それが分厚くなる為に土壌が隆起する現象。
雪がよく降る地域では、雪が断熱材の役割を果たすので地面が凍ることは少ないそうです
(この話をつくった当初の舞台は青森市にしていたけど、このことに気づいて慌てて書き直したのは内緒)




