13.片田舎の災い③
依頼者が入院ね。
だとすれば、その原因は恐らく……
「呼子さんは、何かしらのガス中毒で入院されたのではないですか?」
息子が目を見開く。その目は、「どうしてそのことを知っているんだ?」と訴えているように見えた。
「ええ。ストーブの不完全燃焼が原因でして。家内もそれで入院しています」
「ストーブが原因……ですか?」
「はい。私が仕事から帰ってきたとき、2人とも倒れていたので驚きました。幸い、早期に発見、治療できたので命に別状はありませんでした」
おい、質問に答えろ。こっちは、一酸化炭素中毒の原因が本当にストーブによるものかと聞いているのだ。
「……それは何よりでした。ところで、この地域に住む方々が次々に病院へ運ばれているとお聞きしたのですが、その方々もみな一酸化炭素中毒が原因で運ばれているんですか?」
(正しくは、『病院へ運ばれている』と聞いたわけではなく『亡くなっている』と聞いたわけだが)
「そのようです。やはり、この時期になると冷え込みますからそういう事故も多くなるんでしょうね」
(「いいえ、今回の事故は先祖の霊の祟りが原因です。お祓いをするので50万ください」)
……などと冗談を言っている場合ではない。
「私の予想では恐らく……この町の下を通るガス管が破裂し、それがこの近辺の住宅へと押し寄せている。早く、調査してもらわないと大変なことになります」
「え!そんなまさか!?
いや、そういえば何日か前に道路から異様にガス臭いニオイがしていたような…
ところで、調査ってどこに頼めばいいんでしょう?」
どこって、そりゃあ……どこでしょう?
仕方ない。かなり癪だが、彼らに聞くとしよう。
「♯9110で相談してみましょう」
「何ですかそれは?」
「んー……ざっくり説明すると、警察の相談窓口ですね」
私は一呼吸置き、携帯を手にする。警察と話すのは未だに慣れない。
息子さんよ、あんたが代わりに連絡してくれ。あんたの問題なんだぞ……
なんて。そんなことよう言えんわな……はぁ。
寒さと緊張で震えながら電話をかける。
「もしもし?」
『はい、こちら警察相談ダイヤルです。ご相談内容を教えてください』
対応してくれたのは女性警察官。女性の電話口の声は1オクターブも2オクターブ上がるからそれだけで年齢を当てるのは中々に難しい。いや、年齢はどうでもいい。何はともあれ丁寧に対応してくれる人がでてよかった。
「実は、今帯広市内にいるのですが住民が一斉に一酸化炭素中毒で倒れていまして。地中からガスが漏れ出ていないか調査してほしいんです」
『どれくらいの被害かわかりますか?』
「さぁ?そこまでは。ただ、1人、2人どころの騒ぎではないですね。町の方でも噂になっています」
この言い方では町の方で[一酸化炭素が漏れ出ている]と噂になっているように聞こえるな。実際は[先祖の祟り]だと噂になっているのだが……ま、いいか。
『わかりました。そちらの詳しい場所をお教えください』
そりゃそうか。[帯広市内]じゃ広すぎるもんな。
私は、息子さんの顔をチラリと目で合図してから依頼者宅の住所を告げた。
『では、調査員を向かわせますのでそちらでしばらくお待ちください』
「分かりました。失礼します」
電話を切り、息子さんの方を見る。
「と、いうわけですので申し訳ございませんがしばらく家の中に入らせてもらってもいいですか?
玄関口でも構いませんので」
っていうか、もっと早い段階で家ん中入れてくれてもいいだろう?寒くて死にそうなんだが。
「ええ。どうぞ」
「あぁ、その前に。念のため、ある程度換気してもらってもいいですか?」
「はい、わかりました」
リビングに通され、温かい緑茶を出される。
飲むより先に、手を温めた。
ああ…生き返る。
「『S』さ……佐目野さん。あの、こんな時になんですが依頼料はどうしたらいいでしょうか?」
(50万ください)
「そうですね……調査が終わり次第、呼子さんの病院にお邪魔してもいいですか?やはり、依頼者本人がいない状態で金銭の話を勝手に進めるのはまずいと思うので」
要するにだ、この息子は『霊的なものが関わっていたわけではないから金を払う必要はない』と主張したいのだろう……そうはいかんぞ。
警察の[しばらく]という言葉通り、1時間かかってようやくガス会社の調査員が到着した。
「お待たせしました」
息子さんが玄関に出て、応対する。
「どうぞ、中にお入りください」
中に入ってとっととガスを調べんしゃい。
「いえ、その必要はありません」
息子さんと私が同時に首をかしげる。
「実は、ここに来る途中で道路の上、つまりガス管の上付近を計測してみたのですが……ガスは検出されませんでした」
金払うつもりないなら、塩まいて帰るぞ




