006:under-age
メディナ地区を静寂と暗闇が包む。
家々の明かりは微かにこぼれる程度で、街灯もなく、廃墟と化した住宅や小さなモスク、夜目を利かす小動物、片足を引きずる老人に道を譲り、足早に歩くアリア。
シャツの下に着たスウェットフードをかぶり、右肩に掛けたキャンバス地のトートバッグを右手で掴んでいる。
薄くぼやけた月がわずかに輝く。見上げるアリアの繊細な横顔。
「急がなきゃ」
更に早足になり、角を曲がる。しかしアリアは、突然に足を止めた。
前方の暗闇から音もなく、不潔な見た目・義眼らしき右目の男が現れる。
無言で相手を伺うアリア。
ニヤつく男。
「おまえ確か、セルマんとこの――」
舐め回すような視線、男のヒビ割れた義眼に映る、分裂したアリア。
「へっ、サウスサイドにでも持ってけば、良い金になりそうだなぁお前」
「……どけよおっさん」
バッグを脇に落とし、半身の姿勢で構えるアリア。
「どかねぇよ。心配しなくても、本土の紳士ぶった変態たちがよだれ垂らしながら可愛がってくれるはずさ」
次の瞬間、一直線に突っ込んでくる義眼の男。
ぎりぎりまで動かず、見極めるアリア。
義眼の男は、左フックをアリアの脇腹めがけて打ち込んできた。
すっと体を入れ替え、暗い建物の影へと消えていくアリア。
「チィィッ!」
焦って振り返る義眼の男。
暗闇から、右ジャブ、左ストレート、右ボディ、左ローキック、が男の顔面と右足を正確に捉える。
アリアは暗闇から飛び出し、よろけた男を追い越し、三角飛びの要領で壁を蹴り上がった。
空を裂く廻し蹴りが顎先に触れると、がくっと前のめりに倒れ、義眼の男は気を失ってしまった。
ふぅ、と息を吐くアリア。
新たな気配を感じ振り向くと、痩せた野良犬が現れ、ワンッ!と見た目以上の大きな声で吠えた。
◇ ◇ ◇
ピンポイントでに照らされた手術台の上で眠るショーン。
透明な壁で仕切られた向こう側には、太いケーブルが何本も接続された円形土台の上に、隣室と同様に等身大のショーンが3Dホログラムで立体表示されている。
そばに立つクラフトと術用ゴーグルを装着した助手数名。
奥の方で腕を組み、様子を見ているブロウ。
「ドクター、時間です」
細いケーブルが伸びるペン型の道具を受け取るクラフト。
ペン型の先から細いレーザー光が射出され、立体表示されたショーンの右胸に当たる。
隣りでは、頭上より伸びたアームが、ペン型の先と同じ軌道を描き、ショーンの体に対しかなりの近距離でアームの先からレーザー光を射出し、胸の傷跡をさらに一回り大きく切り取っていく。
立体表示の右胸を覗き込むクラフトと助手達。
冷たい表情で見つめるブロウ。
◇ ◇ ◇
奥まった路地にある半壊した家屋。その奥に小さな明かりが見える。
壁に寄り掛かり地面に置いたランタンの明かりを見つめる、マルク・クルトワ(17歳)。
ジャリッ、と足音がした方を向くマルク。
「アリア、遅いよ」
「うるさいな。アンタも蹴り飛ばされたいの?」
ランタンを持つマルクを先頭に、地下へと続く階段を降りる2人。
行き止まりにある、木製の小さなドアをノックするマルク。
「僕だ。彼女を連れてきた」
無言で待つ2人。ガチャリ、と鍵が外れひとりでにドアが開いた。
そこは小さなモスク跡で、無数の穴が空いた中央の天井ドーム下に立つマルクとアリア。無数の穴からは月明かりが漏れ2人を優しく覆っている。
マルクはランタンを持ち上げ周囲を照らした。
10人前後の少年少女たちが、それぞれ壁にもたれ、台に座り、隣り合って話しながら2人を半円形に取り囲んでいる。
1歩を踏み出し、真ん中に立つアリア。
皆の視線が集中していく。
決意に満ちた美しい彼女の横顔。