004:アマーニ・コーヒーハウス
狭い路地の階段を、幾重にも布で巻かれた赤子を抱き抱えながら下りる、ヒジャブ姿の女性。
路地のさらにその奥、城壁をくり抜いたアーチ状の入り口、掛けられた看板にはどうにか読めるかすれ具合で、アマーニ・コーヒーハウスと書かれている。
入り口脇のベンチで、杖を抱き座る老人。
葉巻のような色味の巻きタバコにマッチで火を点け、吹かし、老人の側へと歩み寄るジェイソン・ブラック(40歳)。
指先でコインを弾き、老人の足元に落とす。が、気づかずよだれを垂らす老人。
青く塗られたドアを開け中に入ると、入り口の狭さからは想像できないほどに店内は広く、奥行きもある。中庭に面した席で水タバコを吸う男たちと軽くあいさつを交わす。
「よぉジェイソン。奥にお前さんを探してる若えのが来てるぜ」
◇ ◇ ◇
「あんたがジェイソン・ブラックか?」
煙る店内から中庭の向こうにある離れ。3方向を本棚に囲まれた正方形のテーブルに、向かい合い座るジェイソンと若い男。
無言で男を見つめるジェイソン。
「ここいらじゃ、どんな賭けにも乗っかるアンダーライターは、あんたしかいねぇって聞いて来たんだ」
「”賭け”じゃねぇ、俺は保険屋だバカヤロウ。殺すぞ」
一瞬ビクついた若い男、目つきが一段と鋭くなるジェイソン。
「で、てめぇが持ってきたのはどんな条件なんだ?」
「お、おれは、ただ、ブラスボール保険に入りたいだけだ。条件はマドリーの優勝――」
「はぁ?! それならグレンソンンとこの若いのが、そこら中でバカみてぇに勧誘してるだろうが。んなもんでわざわざ来るんじゃねぇよ」
「……金がねぇんだ。この前で全部スッちまった。だから担保は、、、俺の脳みそ半分だ」
男の額に一筋の汗が垂れ、両こぶしはぎゅっと強く握りしめられている。
「俺はこんなクソみてぇな場所から一刻も早く本土に戻りてぇだけだ。ジェイソン・ブラックならどんな条件でも――」
「(遮る様に)うるせぇ」
バチン、バチン、と指を鳴らし続けながら、何やら考えこむジェイソン。
「トシは?」
「25」
「よし。外れたらテメェの左脳を頂くぜ?」
「……あぁ」
淡々としたやり取りを終え、小さく頷く若い男。
「オーケ~だバカヤロウ! その条件オレ様が受けてやる。オレたちは覚悟のある奴ぁ大歓迎だ。悪くないぜコノヤロウ!」
勢いよく立ち上がると若い男に握手を求めるジェイソン。手を差し出す男。その瞬間、男は手を強く引き寄せられた。
「(耳元で)戻る手配は俺が責任を持って準備してやる。安心しろ」
男の背中に回り、肩をバン、バンと叩き、本棚の方に向かってジェイソンは叫んだ。
「おいタイラー!! 聞いてんだろ、さっさと契約書持ってきやがれ!」
狭く埃っぽい書庫で、楕円形のデジタルモニターが後付けされた古いタイプライターに、細い指で何かを打ち込んでいるタイラー・エイド(26歳)。
「……」
書庫の壁を押すとレンガ壁の一部が凹み、本棚の一部がスライドし、その中からタイラーは出てきた。
「どうぞ」
不愛想に書類と万年筆を渡す。驚きながらもサインをする若い男。
「あと、右の人差し指でこのくぼみを押してください」
小さな卵型のデバイスを差し出すタイラー。
言われるがままに若い男は指でくぼみを押した。するとアメーバのように広がった卵デバイスが指をギュッと締め付け、手首の方にまで電子回路のような光が伸びた。
ポンっ、と飛び跳ねた卵デバイスをタイラーがキャッチし何やら操作すると、プロジェクターのの様な光が放たれ、壁に若い男の詳細なプロフィールが映し出された。
「それではアダムさん、これにて契約完了です。ご成立誠におめでとうございます」
壁に映し出された若い男のプロフィールをじっと見つめるジェイソン。
「テメェも悪い男だな」
壁には、
※危険人物・傷害事件多数・幼児誘拐などの罪により、適合解除、アンダーワールドへの追放処分、
と記されている。
「へっ、ここにいる奴ぁ大体がそんなモンだろ? アンタも――」
「オレは、どんな罪人だろうが客はを差別しねぇ。だが逃げた場合は容赦しねぇ! それがオレのやり方だ。しっかり覚えとけよ」
空気が張り詰める室内。
しかしタイラー・エイドは、いつの間にか書庫へと消えていた。