017エミー戦
「さすがに剣はしまいなさい。私よりは弱いんだから。」
と言いつつ、なにやら棒を持ってくる。
「と言っても、あなたの戦闘スタイルは剣術なのだから、剣を振るわないわけにもいかないわ。」
「これをつかいなさい。エミーに攻撃を仕掛けて10回中5回叩けたら合格ね。」
「ただし、タイムリミットは今日までよ。」
「叩けたらって、どう見ても棒だし、それ痛いんじゃないのか?」
それにエミーと戦うのも気がひけるというのに。
「まあ、そこでじっとしてなさい。」
急に体が固まる。魔術...!?
よく見るとあのアミュレットは外しているみたいだ。
リリが大きくふりかぶる。
いくら女の子と言ってもそれは痛いんじゃ?リリさん?
ビシッ!!!!
「いってえええええ...? く...ない?」
「こういうこと。音の割には痛く無いのよ。この素材で出来た棒は。」
「昔から伝わる代物でね。剣術の練習にもってこいなのよ。」
「変な話、裸で打ち合っても傷一つできないから、体力も消耗しなくて、質が高い練習ができるってわけ。」
「でも、叩かれるの怖いの。」
「ほら、エミーだってそう言ってるし、俺だって...」
「アップルクッキー。」
「頑張るの。」
なんだろう、エミーが輝いて見える。すごく眩しい。
「じゃあ始めちゃって。」
エミーが突っ込んでくる。
「ごふっ。」
強い衝撃が襲ってきたと思うと、俺は空を見ていた。
どうやらエミーに吹っ飛ばされたようだ。信じられないことに。
反応できなかった。速い。
「ああ、言い忘れてたわ。いくらエミーって言っても、魔導エンチャントしてるから油断は禁物よ。」
後から聞いたが、魔導エンチャントを施した装備や衣服は着ている人間の能力を増幅させるそうな。
ただ着ている人間は強化されるわけではなく、基礎体力や経験によってメリットが出るので、常人が使うにはもろ刃の剣にもなりうるらしい。
「先に言ってくれ..」
「はい。じゃあ次!!」
体のダメージがなくなる。
リリが回復をしてくれたようだ。
「こうなると思って、一応装備してきたの。」
「お兄ちゃん本気でくるの。」
とりあえず、いまは目の前の小さいモンスターに攻撃を当てないと先にすすめないようだ。
戦っているうちにわかってきた。
最初エミーを叩こうと棒をふるっても、リリと同じく消えた。
目が慣れてきたのだが、独特のステップを踏んでいる。
それは、攻撃を仕掛けようとしている者の視線をうまく利用したステップなのだろう。
死角を利用しているから、道理で消えたようにみえるわけだ。
ステップが見えるようになってきたのならこっちのものだ。
「そこ!!」
バシ!!!
「お兄ちゃんやったの。」
痛々しい音が響いた。手応えあり。
ようやくエミーに攻撃が当たったのだ。
「...本当に痛く無いんだよな?」
「うん。」
にへっとエミーは笑う。
無情にも俺の攻撃は、エミーの顔を捉えてしまっているのだが...
痛くないとはいえ、俺は心が痛い。
「さあ、やるの。」
楽しそうだし、いっか。
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「はあっ、はあっ。」
「これはたまげた。」
「お兄ちゃんすごいの。」
なんとか、なんとかノルマを達成できた。
それにしても、超筋力があるとはいえ、体力は増えないみたいだ。
回復をかけられるとはいえ精神的にもキている。
滅多に運動しない俺には結構こたえた。
「まさかお昼に終わっちゃうなんて。1週間はかかるはずだったのに。」
「はぁっ、そんな、条件、クリア、はあっ、させようと、してたのか。はぁっ。」
「まあまあ。出来たんだから文句は言わないの。」
「今日はこれくらいにしときましょうか。」
「エミーちゃ~ん?」
心配になったのか、サラさんが探しに来た。
「サラ、お兄ちゃん強いの。いっぱい叩かれたの。」
「ちょっ..」
言い方ってものがあるだろう。ストレートすぎる。
「あら~エミーちゃんを叩ける人なんてなかなかお目にかかれないわね~。」
ガスマスクの丸い目、もといサラさんがこっちを見る。
どす黒いオーラが見える気が...する...
そりゃこんな可愛い子を棒で叩いたなんて聞いたら...
「す、すみませんでしたぁっ!!」
「うふふっ。そういうことじゃないわよ~。責めようってわけではないの。」
「エミーちゃんなかなかの手練れだものね~。」
「お姉ちゃんに教えてもらったの。」
「エミーは飲み込みが早いのよ。もう妬ましいくらいに。」
褒められている..んだよな?
「お姉ちゃんがクッキー焼いてくれるの。」
「あら~、リリちゃん悪いわね~。」
「ごめんね。忙しいとは聞いたんだけど。」
「いつもお世話になっているもの~。仕事は終わらせてきたし〜。」
「俺はシャワーに。ベッタベタでシャワーが恋しいよ。」
「私も入るの。お兄ちゃんのお背中流すの。」
「エミーちゃんもベタベタね~。クッキーは焼いて待ってるからいってらっしゃ~い。」
「お昼も準備しないといけないわね。サラ、一緒に食べていく?」
なんて二人は話すが。
「エミーが一緒にシャワーって、やばいだろ。おい。」
「エミーが一緒がいいって言ってるの。別におかしく無いわ。」
「そうよ~。こんなに懐いちゃうなんて私、感激よ~。」
「俺一応男なんですけど...」
「「そうだった(わ~)。」」
結局エミーが一緒がいいと駄々をこね泣き叫ぶまでの大事件になったので、一緒に入ることになった。
明日からも稽古だ。
その前に全身筋肉痛の心配もしなくては。
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「あら~、キレイさっぱりね~。」
汗を流してさっぱりしたはずなのに、疲れた。下手したら稽古よりきつかったかもしれない。
「お兄ちゃんも洗うの。」
俺の背中が流された後、こう言ったかと思うと、
「傷跡はちょっと敏感なの。優しくしてね?」
俺はどんな顔をしてただろうか。
もうちょっとあの二人もエミーを止めてくれたらよかったのに。
もちろん何もしていない。断じて。
シャワーへと行く前のリリの顔。
そして何よりもサラさんのガスマスク越しの視線が怖かった。
二人とも笑いながら見送ってくれたのがもっと怖かった。
「さあお昼ごはんよ〜。リリちゃんのおいし~いクッキーもあるわよ~。」
稽古でも見なかった速度でエミーは席に着く。
本当に見えなかったぞ。魔導エンチャントの装備も外しているはず。
それにしても。
「?どうしたの?達人ちゃん。」
サラさんは、エミーにしたように、顔を近づけて話しかけてくる。
いつものガスマスクをしていなかった。
食事をとるというのだからそうなのだろうが。
その顔は、あれは火傷跡だろうか、そして切り傷でずたずただった。
片目は見えているのだろうか。焦点が合ってないように見えるが。
輪郭から察するに、かなりの美形だったのだろう。
サラさんの顔に触れる。彼女はなすがままにされている。
「こ~ら。達人。」
不意にリリに脳天チョップを食らわされる。
「女性の顔をそんなベタベタ触らないの。」
「本当デリカシーってものがないのね。」
なんでだろう。不思議と手が伸びていた。なんて失礼なことを。
「す、すみません。」
「ふふふ、いいのよ~。」
「この顔、エミーちゃん以外に触られるのもいつぶりかしら~。」
「嬉しかったし、それに達人ちゃんの触り方も暖かったわ~。」
「こんな顔だけど、一応よくはなっているのよ?」
「いつも全身にクリームを塗りこんでるの。」
エミーが誇らしげに話す。
「エミーちゃんの手入れはもう極楽よ~。」
「お兄ちゃんも一緒にサラに塗るの。」
いつのまにか近くにいたのか、上目使いで言われる。
「え?えーと、その、俺なんかでよければ。」
「あら~嬉しいわね~。」
「でも、それはさすがに頼めないわ~。」
「そうですか...やっぱり...」
「そうじゃないの。一応私も乙女なのよ~?」
両手を頬に当て、すごく恥ずかしそうだ。
「あなた、ほんっとうにデリカシーないのね。」
短い時間に何度過ちを犯すんだ、俺は。
「す、すみません!!」
「いいのよ~。気持ちだけ受け取っておくわ~。」
俺もお年頃なだけなんだ。女性の扱いに慣れてないだけなんだ。若いだけなんだ。
結局これもエミーがどうしても一緒にやろうと駄々をこねるので、やらざるをえなくなった。顔だけ。
サラさんはやはりエミーには弱い。