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真夏の狂想曲 夢?

作者: サスケパパ

ある暑い夏の日。

駅から少し離れた住宅地に二階建ての六世帯が暮らす小さなアパートがある。そのアパートへ若い男が帰って行った。

男の部屋は二階の一番奥にある。

階段を上がり西陽が当たっている通路を通ってドアの前に立った。ポケットから鍵を出しながら郵便受けの中を見ると何か入っていた。鍵はかけていない。

取り出してドアの鍵を開けた。

玄関を入ると四畳半のキッチンがありその奥に畳の六畳間、右側に南の窓、正面に小さなベランダがある。

真夏の閉めきった部屋の中は蒸し暑い。

西陽が当たる鉄のドアが熱くなっている。

鍵をかけてテーブルに郵便物を置き扇風機のスイッチを入れ、部屋の窓を開けた。

駅から歩いてきて汗だくになっている。

着替えを出してユニットバスに入りシャワーを浴びた。


大学には入ったものの半年も経たずに退学を考えた。

常に兄に比べられて良い大学に入ることだけを目標に今までやってきた。

だから次の目標が無い今、どうして良いのかわからない。

やりたい事もないし、これといった趣味もない。

講義を聞いていても全く頭に入って来ないし大学に何の魅力も感じない。

部活もやっていないしコンビニのアルバイトも全然面白くない。

親に対しての後ろめたさや、兄に負けたくないという気持ちから退学する踏ん切りもつかない。

みんな何が楽しくて生きているのだろう。

体を拭きヘアドライヤーをかけTシャツを着る。短パンを履いて冷蔵庫からビールを出しテーブルに置いて座った。

「よいしょっと」

冷えた缶ビールを開け、一気に数口飲んだ。

初めて酒を飲んだのが半年前。

未成年とは思えない良い飲みっぷりだ。

テレビを見ながら郵便物を手にした。

住宅、宅配ピザ等の広告に混じって一枚の葉書があったがチラッと見て広告と一緒にゴミ箱に捨ててしまった。

テレビを点けたままCDプレーヤーにジューダス・プリーストのアルバム“背信の門”を入れた。

ハイトーンのヴォーカリスト、ロブ・ハルフォードとセッションドラ

マー、サイモン・フィリップスの小気味良いドラミングが気に入っている。

蒸し暑さとハードロックが飲むピッチを上げる。歌詞カードを取り出して曲に合わせて歌い出した。“スターブレーカー”のエンディングのハイトーンを真似て歌う。

何とも気持ちがいい。特に気に入っている一曲目から三曲目を繰り返し何回も聴く。

テレビのニュース番組で男子高校生が親を刺して逃走中というテロップが流れている。

CDを聴きながら歌っているのでアナウンサーの声はほとんど聞こえない。

テレビを見ようと言う気持ちなど最初からない。

ただテレビを点けているだけだ。

ビールを飲みながらテレビを点けてロックを聴きそして歌う。

他人が見たら何をしているのだと思うだろうこの行為が好きでしょっちゅうやっている。

立ち上がってビデオデッキにテープを入れて再生を始めた。

F1モナコGP。

レース終盤にナイジェル・マンセルとアイルトン・セナのバトルが

ある。

優勝目前だったマンセルが残り数周という時にタイヤ交換をしてセナに抜かれてしまい悲願のモナコ初優勝を逃すというレース。

マンセルが操るマシンのポテンシャルの方が上だったが抜き所の無いモナコ。ギリギリでセナがマンセルを押さえてゴールした。

結果はわかっていても繰り返し観てしまう。

その映像を観ながらまた歌いビールを飲む。

冷蔵庫にあった二本のビールを飲んでしまった。

「買いに行くか」

立ち上がってGパンに履き替えテレビと音楽を消してアパートを出た。

イヤフォンを出してロックを聴く。

デイープパープルの“マシンヘッド”ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムス、キーボード全てが完璧。

このアルバムを聴いていると何か楽器を持ちたくなるし歌いたくもなる。

声に出さずに歌いながらコンビニへ歩いた。

と、急に立ち止まり回れ右をして歩き出した。気分がいいから大回りして行こう。

“ハイウェイ・スター”のギターソロが始まった。

自分もギターを弾いているような感じになり気持ちが高揚してくる。車を運転していたらアクセルは踏みっぱなしだな。

ガードレールがある狭い歩道を歩いていると自転車に乗った中年のおばさんがスピードを落とさずに“チリン、チリン”とベルを鳴らしてやって来た。

男はカチンと来て立ち止まった。

自転車が目の前に来たときに、睨みながら

「歩行者優先だろうが!ベルなんか鳴らすんじゃねぇ!このくそばばぁ!」

と怒鳴った。

自転車はスピードを落とさずにすれ違っていった。

「死ね!くそババぁ!」

程よいアルコールとロックの高揚感を打ち消された腹立たしさが罵声となった。

ムシャクシャした気持ちのまま、また歩き出した。

好きな曲が全然耳に入って来ない。

あの自転車のベルが頭から離れない。

「ちくしょう。遠回りなんかするんじゃなかった」

早くビールを買って帰ろう。そう思い足早になっていった。

段々と陽が落ちてきて街灯や住宅の灯りも点き始めた。

男はイヤフォンで音楽を聞きながら歩いているが自転車の事で腹の虫が収まらずイライラしている。

小さな庭のある家の前を通り過ぎようとしたとき、真っ白い子犬が尻尾を振って男の方へ近づいて行った。首輪はしているがリードは付いていない。男にまとわりついている。

「何だよ。チャリの後は犬かよ」

「ちっ。どこの家だ。全く」

男はイヤフォンを外した。

その家の庭に犬小屋は見当たらない。

男は辺りを見回すがそれらしき人も出てこないし子犬を呼ぶような声も聞こえなかった。

男は子犬がうっとうしく思えてきた。

再び辺りを見回す。

子犬は男のGパンの裾をくわえたり足を甘噛みしたりした。

男は首根っこをつかんで軽く放り投げた。

それでも子犬は吠えもせずに寄っていく。

男の表情が段々と険しくなってきた。

ポケットに手を入れ、何かを取り出して子犬を押さえた。

 

男は商店街の中を歩いている。

中に進むほど人通りが多くなる。

コンビニは商店街の端にあるがそこまで行くのが面倒くさくなってきた。

酒屋があった筈だ。早く買って帰ってやり直しだ。

確かアーケードの中程にあるパチンコ屋の手前だ。

男は早く行こうと足早になったが夕御飯時の買い物客で肉屋、魚屋、八百屋等の店先は混んでいる。

立ち止まって大声で話をしている主婦らしき人達、人の間を縫って自転車に乗る人。

中々前に進めない。そんな人混みの中を歩いている内にまたイライラしてきた。

ロックとビールでいい気分に浸っていたのが外に出てぶっ飛んだ。


酒屋の入り口に扉は無く店内は雑然としていて酒のつまみの他にせんべいとかチョコレート、お菓子、カップラーメン等があちこちに置いてある。

入り口の脇の冷ケースからビールを5缶取った。

レジらしき物やカウンターもなく古めかしい台があり使い古した帳面とボールペン、電卓、算盤が置いてある。

その台にビールを置いた。

店主は疑いもせずに未成年の俺にビールを売った。

法律ってなんだろう。

商店街の中程から住宅地に入る近道がある。

小さなマンションを曲がって少し歩くと庭のある家に出た。その家の前で人が数人集まっていて、一人の女性が泣きじゃくっている。

その女性の脇には犬が横たわっていて白い毛に赤いものがべったり付いていた。

「早く病院に連れていきなさい。まだ大丈夫よ。しっかりしなさい」

年配の女性が泣きじゃくっている飼い主の背に手を置き言った。

男はポケットに手を入れて確かめるようにナイフを握りしめ無表情でその場を通り過ぎた。

後ろで年配の女性が警察に電話をしているのが聞こえた。

男は部屋に戻りビールを一本テーブルに置き残りを冷蔵庫に入れた。

部屋の灯りを点けてテレビを点けた。

お笑い芸人が大勢出ているバラエティ番組が映った。

冷蔵庫のチーズをつまみにビールを飲みまたCDを聴き始めた。

今度はハードロックではなくキャロル・キングのベスト盤で”ユーヴ・ガット・ア・フレンド”

また歌詞カードを見ながら歌い始めたが途中から涙声になって声が震えた。

数回繰り返し聴いてからCDを止めて、立ち上がりF1のビデオテープを取り出して映画“ダーティ・ハリー”を入れた。

男は思い出したように押し入れの中のボックスからマグナム44のモデルガンを取り出しCDを止めて映画に魅いった。

気に入ったシーンが幾つもある。

ダーティ・ハリーことハリー・キャラハン刑事が染みの店でホットドッグを食べている時に銀行強盗が現れる。

ハリーは口の中でモグモグやりながらマグナム44を出してゆっくりと現場に歩いていく。そして歩きながら次々に犯人を撃っていく。

男は立ち上がりハリーと同じようにモデルガンで“発砲”し台詞を真似

る。

益々ビールを飲むピッチが速くなっていった。

映画はまだ途中だが段々と酔いがまわって来て眠くなってきた。

部屋の灯りを消してテレビの灯りの中押し入れから薄い毛布を引っ張り出して畳の上に横になりリモコンでテレビを消して寝てしまった。

少ししてパトカーがアパートの脇に停まった。

パトライトが窓ガラス越しに光っている。

だが寝ている男は全く気が付かない。

部屋のドアをノックする音で一瞬目が開いたが眠気が勝り起きることなくまた寝てしまった。


レース場。

レーシングカーが物凄い爆音を立てて次々にホームストレートを駆け抜けて行く。

その後に静寂があり鳥の鳴き声が聞こえる。

するとまたレーシングカーが駆け抜ける爆音が聞こえてまた鳥の鳴き声が聞こえる。

それを繰り返しているうちに目が覚めた。

「夢か」

目を開けると何だか妙だ。

部屋の外にいるような感じがする。

目を開けると見慣れない風景が目に入った。

小さいトンネルの中から外を見ているようだ。

目の前には背の高い草や木が生えていてその先にはブロック塀が見えて、ブロック塀の向こうをバイクが二台走り抜けて行った様な音が聞こえた。

変な寝方をしているのに気がついた。

手の上に顎を乗せて寝ている。

表に出ようとして立ち上がる。

トンネルに頭にぶつかるのではと思ったが当たることはなかった。

あれ、まるで犬のように四つん這いだ。

目覚めたときから首に何か巻かれているような感じがしていたが何だかわからない。

トンネルから出てみた。

あれ!これはどこかの家の庭だ!振り返ると犬小屋があった。

小屋の前の杭に繋がれている鎖を辿ると自分の首の方に向かっていて犬の背中、その先には尻尾が見える。

下を見ると犬の前足が見えた。

一体、何が起こった?

俺は犬になったのか?

「ワンワン!」

犬の声だった!

「ワンワン!」

「朝からうるせーな」

家の中から若い男が出てきた。大男に見える。

助けて!

「ワンワン!」

「静かにしろっ!」

助けて!

「ワンワン!」

「うるせーんだよ。静かにしろっ!」

角材を手にして近づいてくる。次の瞬間身体を激痛が走った。

数回叩かれた。

「キャンキャン!」

「キャンキャン!」

鳴けば鳴くほど叩かれる。

逃げようにも鎖に繋がれていてどうしようもない。

身体を叩かれながら犬小屋に駆け込んだ。

今度はその角材を犬小屋に突っ込んでくる。

頭、顔、腹や背中、身体中に棒が当たる。

何時まで続くのだろう。

「ハアハア」

息遣いが聞こえた。

そして攻撃が止まった。

このまま立ち去るのだろうか。

犬小屋の奧に体を押しつけてじっとして動かずに様子をうかがう。

どれほど時間が過ぎたのだろう。

鬼のような男の顔が浮かんだ。

何故こんなにも興奮して攻撃して来たのだろう?

恐る恐る小屋を出てみた。

もう男はいなかった。

良かった。ホッとした。

だが全身が痛い。

横になってみても駄目だ。

じっとしていられない。

喉が渇いたしお腹も空いてきた。

ふと見ると犬小屋の脇に器があって水が入っているが小さな草や埃が浮いている。

鼻を近づけて臭いを嗅いでみると嫌な臭いはしないが飲む勇気は出ない。

器をじっと見ていると七十才位のばあさんが小さな器を二つ持ってゆっくりと近づいてきた。

俺の目の前に二つのを置いた。

水とドッグフードがそれぞれに入っている。

置いてあった器を取り、こっちを向いた。

そして軽く笑みを浮かべた。

有り難い。

水の入った器に顔を入れた。

水が鼻に入って来た。

けほっ、けほっ。むせた。

犬が水を飲んでいる姿が目に浮かぶ。

今度はゆっくりと口を水に近づけ舌を出し

て水を口に入れた。

「うっ!」

口のなかが切れているようだ。

かなりしみる。

痛さを我慢して水を飲み干した。

「もう飲んだのかい。おかわりを持ってきてやるから」

と言い器を持ち、庭を通り戻って行った。

良かった。

もっと飲みたい。

お腹も空いてきた。

ドッグフードが入った器を見た。

だが食べる気はしない。

これからどうなるんだろう。

犬小屋の中に入って横になった。

身体中が痛い。

喉が渇きお腹がペコペコだ。

ポチと呼ばれた。

ポチか。

痛みを堪えてやっとの思いで立ち上がり小屋の外へ出た。

ばあさんの脇にいたじいさんが俺の体を触り、

「ポチ、どうした元気がないな。ん?瘤があるぞ。あれ?口の周りが赤いぞ。血が出ているじゃないか。ばあさん、気が付かなかったのか。病院に連れて行くぞ。車の鍵を持って来てくれ」

ばあさんは驚いて小走りで家の中に入っていった。

じいさんは俺の首からリードを外して抱き車庫へ歩いた。

車の前で待っているとばあさんが車の鍵を持って来てドアを開けた。

ばあさんが助手席に座り俺はばあさんの腕の中に置かれた。

じいさんは車を走らせた。

ばあさんの腕の中、外の景色が見える。

見たことのある風景だ。

住んでいるアパートからそれほど遠くはない。

動物病院に連れていかれた。

表には中に入れない人や犬がいて中の待合室もいっぱいだった。

だが急患ということですぐに診察室に入った。

診察台が二つあり、一つには子犬が横たわっていた。見たことのある犬だった。


俺は診察台に横になった。

体中痛いし、体が重くだるい。

「最近こういうワンコが多いんですよ。いたずらされて怪我をするワンコが。幸いこの子は打撲だけで骨折はしてないようです。ただ今日は少し病院で様子をみましょう」

医者は続けた。

「隣の診察台のワンコは昨日ナイフで五ヶ所も切られてね。幸い急所が外れて傷も浅かったから良かったけど。もう少し手当てが遅れたら死んでいましたよ。酷いことをする奴がいるものですよ。本当に。同じ目に遭わせてやりたいですよ。本当に」

興奮気味にそう言った。

それは俺だ。

俺が犬になったのは天罰とでも言うのか。きっと悪い夢だ。

「ふぁー」

何だか眠くなってきた。

さっき打たれた注射かな。意識が遠のいていった。


犬の鳴き声で目が覚めた。

どのくらい寝ていたんだろう。目の前に二段重ねのケージが見える。

「おい。聞こえるか?」

「!?」

体の痛みを忘れて起き上がり格子に鼻を押しつけてケージの外を見た。

「ほら、目の前だよ」

正面を見るとケージの中にはお腹の辺りの毛を刈られ地肌が見えていて大きなテープが一枚貼られている太った雑種の犬がいた。

若くはなさそうだ。

首には円錐形の何かが襟巻きトカゲのように廻っている。

「心の声だよ。久しぶりに会話が出来きるな。嬉しいよ。言いたいことを思うだけでいいんだ。お前は何をやったんだ」

「心の声?あんたは一体誰なんだ?」

「俺は15年前にナイフで犬を刺した。2匹だ。殺しはしなかったがな。その翌朝俺は子犬にされちまった。お前はどうだ。殺したのか」

「いや。殺していない。一匹を刺した。この病院にいるよ」

「そうか。どういう訳かこの病院には俺やお前のような奴がくるんだよ。十年位前に大量に殺した奴がいた。そいつは目が覚めたら山の中にいたらしい。野犬に追い回されて体中噛まれて瀕死の重体の所をここの獣医がたまたま見つけて手当てをしたが次の日に死んだ。犬の能力を持たずに人間の感覚を持ったまま犬にされたから抵抗できずに野良犬に殺られちまったんだ。俺達は会話もできるし人間の話もわかる。だが犬として生きて行く能力はない。五感は人間のままだ。だから野良犬で生きていくことは出来ない。俺は今の飼い主に拾ってもらわなかったらその辺でのたれ死んでいたよ。ただ俺の飼い主は散歩に連れていってくれないからストレスが溜まっちまって楽しみといやぁ食べる事だけだ。人間と同じものを食わせてくれるから良かったよ。犬の食い物なんてごめんだ。でもお陰でこの通り太って成人病だ。通院と入院の繰り返しだ。でもまあ、のたれ死ぬよりましだ。お前の飼い主はどうだ」

「いやまだわからない。今朝、目が覚めたら犬になっていた。それからいきなり角材で殴られてこの様だ」

「そうか。俺も他の奴等も犬になっていきなりどつかれたりナイフで切られたり、

言ってみりゃ天罰だな」

「天罰か。また人間に戻れないのか?」

「いやわからん。少なくとも俺は犬のまま死んでいくだろう」

何てこった。これからずっと鎖に繋がれて犬のまま死んでいくのか。

冗談じゃない。

「俺は仕事場のイライラを犬にぶつけちまった。休みの日に家にいたら近所で犬が延々と吠えていてなんだか腹がたってきたから引き出しからナイフを取って家を飛び出してその犬を刺した。そのあと近所を歩き回ってもう一匹刺してしまった。家族にも迷惑をかけてしまったし犬たちにも申し訳ないと思っている。俺にはかみさんと一人の息子がいる。急に俺がいなくなって十五年、どうしているのか。光一はもう二十五になっているな。会いたいがどうすることも出来ない。まぁ会えたとしても犬になった俺のことをわかるはずもない」

「そんなあんたの身の上話なんてどうだっていい。俺が知りたいのは人間に戻れるのか戻れないのか、それだけだ」

「まぁ、そう邪険にするな。今、会話をしておかないと次にいつ出来るかわからないぞ。俺だって一年ぶりだ。会話が出来る”犬人間“とはそう簡単には会えないぞ。会えないかも知れないな」

「……」

「仮病でも使うんだな。獣医に触られたらキャンキャンって痛がってみな。もう一日位はここに居られるかもな」

「……」

「正直なところ話したいことが山ほどある。お前はどうだ。それとも早くここを出て鎖に繋がれたいか?」

「わかったよ。やるよ」

「そうか。ありがたい。そこから時計が見えるか?」

「ああ。もうすぐ十二時だ」

「そうか。獣医はいつも二時過ぎには見回りに来る。上手くやってくれ」

そう言うと寝てしまったのか心の声は聞こえなくなった。どうするか。

ここには俺が入っているケージがいくつもありそうで猫や犬の鳴き声が聞こえる。痛くて鳴いているのか、不安なのか。それとも“元人間”がいるのか。でも心の声は聞こえてこない。

俺はまた眠くなって寝てしまった。

扉が開く音がして目が醒めた。獣医がばあさんを連れて入ってきた。獣医はケージから俺を出して抱えた。ばあさんの心配そうな顔が目に入った。その瞬間俺は心の声で言った。

「おい。聞こえるか」

「ああ」

「悪いな。このばあさんについて行くことにしたよ。じゃあな」

自分でも驚いた。

「そうか。残念だな。元気でな」

「話がしたくなったら仮病使って来るよ」

「待っているよ」

俺は獣医に抱えられたまま部屋を出て診察台に乗せられた。体中触られたり、押されたりとされるがままだ。少し痛いが激痛ではない。

「大丈夫そうですね。打撲だけで済んで良かったですね」

「ポチ、よかった。よかった」

ばあさんは涙ぐんでいた。

「もし元気が無くなったり食欲が無くなったり何かあったら連絡下さい」

「はい。ありがとうございました」

ばあさんは深々と頭を下げた。

「三日分の薬を出しますから。朝晩飲ませて下さい」

「わかりました」

ばあさんはまた深々と頭を下げた。そこへじいさんが入ってきた。俺を抱えて病院を出て駐車場へ行った。助手席を開けて俺を乗せてじいさんは運転席に座って俺の方を向き俺の頭を撫でて笑顔になった。優しい手だった。

え?何だ。この変な気持ちは人間だった時には味わったことの無い妙な感じだ。

いや、子供の頃高熱を出して寝ている俺の脇でお袋が俺のおでこに手を当てたり頭をなでたりしてくれて辛い体や気持ちが和らいだ。


戻ってきたばあさんを乗せて車が走り出した。

俺はばあさんのひざの上に座り肘に顔を乗せて外を見ている。

ばあさんが俺の頭を撫でた。なんて心地いいんだろう。

目を閉じた。


家に着くとリードを付けられた。

ばあさんに引かれて庭を歩く。

犬小屋が見えた。

これからずっとあの中にいなけりゃいけないのか。

そう思ったら体が止まった。

四足で踏ん張った。

ばあさんが驚いて足を止め、俺を見た。

「ポチどうしたの。お前の家だよ」

ばあさんはそう言って軽くリードを引いた。

俺は踏ん張った。

首から首輪が抜けるかと思ったが抜けなかった。

それを見ていたじいさんが

「どうした。ポチ。何が嫌なんだ?」

じいさんはばあさんからリードを取って俺を引こうとした。

ばあさんよりも力強かった。

だが俺は踏ん張った。

「抱っこか」

じいさんはそう言って俺を抱えた。やっぱり腕の中は心地良い。

犬の気持ちが少しわかったような気がした。

じいさんは犬小屋の前で俺を降ろしリードを外して犬小屋に繋いである鎖を首輪に付けようとした時に隙を見て駆け出した。

「ポチ!」

「ポチ!どこへ行くの」

初めて犬の体で走った。

玄関へ向かって走った。

体の痛みと慣れない体で上手く走れ

なかったが二人には捕まらずに玄関の前に来た。

手を伸ばして扉を軽くガリガリっと爪で引っ掻いた。

「ポチ。家の中に入りたいのかい?」

ばあさんが言った。

「ワン!」

「困ったなぁ」

じいさんが言った。

「そうねえ。家の中はねえ」

俺はまた扉を軽くガリガリっと爪で引っ掻いた。

老夫婦は顔を見合わせ、

「怪我が治るまで家の中に入れるか。元はと言えば光一がやったことだ」

「そうねえ。しばらくの間家に入れましょう」

やった。これで少しは自由なれる。ん?今、こういちって言っていたな。

まさか偶然だろ。

俺は体を拭かれて家の中に入った。

俺を角材で襲ってきた奴はいないようだ。

こういちか、まあいいや。俺は何だか眠くなって座布団の上に横になった。

テレビが点けられた。聞き覚えのあるタレントの声が懐かしく思える。

ばあさんに撫でなれながら寝てしまった。

「何でこんなワン公を家にいれたんだ!」

「お前が怪我をさせたんだろうが。光一」

何だか騒がしい。夢の途中で目が覚めた。

「ふん、あんたの息子がやったことをそっくりそのままやっただけだ」

「情けない。いい加減に目を覚ませ。光一。こんな事をして一体何になる」

「うるせーな。じじい」

「お前はもう二十五だ。仕事もしないでふらふらして 。俺やばあさんが亡くなったらどうする。遺産なんか無いぞ。いい加減に独立してこの家を出ていけ」

「・・・」

「その辺で野垂れ死にだな。まあ、そうなったら自業自得だ」

「うるさい。じじい」

そう言うと部屋を出て行った。

やっぱりそうだ。光一はあいつの息子だ。

あいつが知ったらさぞかし驚くだろう。あいつがやったことと同じことを息子がやったのだからな。

親子で犬になったらとんだ笑い話だ。

俺はまた眠くなって寝てしまった。

この家で犬の生活が始まって三日が過ぎた。

犬小屋じゃなくて家の中だから、まあ快適だ。

ドッグフードにも慣れた。

美味しくはないがなんとか食べられるようになった。

そういえばこの三日間光一の姿がない。

どこに行ったんだろう。

「ボチご飯だよ」

さて飯の時間か。

じいさんが居間の隅っこにドッグフードと水を置いてソファに座った。

二人はお茶を飲みながらテレビを見始めた。

せんべいをかじる音が聞こえる。

ちくしょう。

せんべい食いたいな。

昨日せんべいを食べている目の前でじっと見ていたらじいさんが

「これは人間の食べ物だ。ポチは食べられないんだ」

そう言って食わせてくれなかった。

あいつは飼い主と同じものを食わせてもらっているって言っていたな。

だからあんな風に太ったんだ。

あーあ、ちょっとでいいから食いたいな。


「光一はどこへ行ったんだ全く。ちょっと注意したら機嫌が悪くなってどこかへ行っちまう。金が無くなりゃまた戻って来る。その繰り返しだ」

じいさんがお茶をすする音が聞こえる。

「ポチ。美味しいか?」

思わず顔を上げてじいさんの顔を見てしまった。

「そうか。美味しいか」

じいさんは満足そうな顔をした。

何て事だ。

俺はもうポチだ。

自分で認めちまった。

はぁあ。ため息をついてまた食べ始めた。


「子供の頃は犬が好きだったのに光明が犬にあんなことをして姿を消したから犬に仕返しされて父親を取られたと思ったのだろう。それからだ。犬が嫌いになったのは。光明がいなくなってから三ヶ月過ぎて沙代子が心労で倒れてあっけなく死んでしまうしな。父親がいなくなったと思ったら次は母親だ。益々犬が嫌いになっていった。まだ十才だった光一には酷な話だよ。光一はたった一人の孫だから大事に育ててきたつもりだが心の傷が深すぎたな」

「本当は気の優しい子なのに。あんなことがなければねぇ。昔のように戻って欲しくてポチを飼ってみたけど怪我をさせてしまったし」

ふーん。そうだったのか。

「ポチが光一になついてくれたら少しは光一も変わるかもしれないな」

「そうね。そうなれば良いわね」

そう言って俺の頭を撫でた。

「光一は自分がどうしたら良いのか悩んでいるのですよ。きっと。だからイライラしてポチにあんなことをしてしまったのよ」

「根は良い奴だよ。ただ不器用なだけだ」

「そうですよ」


お腹は満たされたし後は寝るだけか。

横になったが寝られない。

寝られる訳がない。

飯を食って二、三十分の散歩以外は何にもやることなんて無いんだ。


「はぁあ」

それにしても退屈だ。溜め息しかでない。

家の中でも歩き回って見るか。

ゆっくりと立ち上がり、両前足を前に伸ばして背も伸ばす。

犬の仕草が身に付いてしまった。

玄関で物音がした。

「光一が帰ってきたようだな」

俺は立ち上がって玄関へ行った。

光一は俺を見た。

俺を角材で殴った時のような険しい顔ではなかったが、驚き戸惑ったような顔をしていた。俺は光一の足下へ行き臭いを嗅ぐような仕草をして光一を見上げた。

光一は俺を見たまま身動きせずにいた。

俺は光一の足の甲に前足を乗せてみた。

光一は別に怒りもしないで普通に歩き始めて階段を上がって行った。

自分の部屋に行くのだろう。

俺は光一の後を追い階段を上がった。

光一が部屋に入るのが見えた。

俺はその部屋の前で吠えた。

「ワン!」

反応がない。

前足の爪でドアを引っ掻いた。

少しするとドアが開いた。

光一の顔を見上げてみると

さっきより穏やかな顔をしている。

俺は光一の足の甲に前足を乗せた。

光一は足を動かさずに俺の頭を撫でた。


俺の頭の中に考えが浮かんできた。

俺は光一から離れて階段を降りた。

「ワン」

階段の下から見上げると光一が降りてきた。

俺はまた階段を駆け上がり途中でコケて下まで落ちた。

殴られた所の痛みがまだ残っているから落ちた痛みは予想以上に痛かった。我慢してじっと動かずにいた。

「ポチ!大丈夫か?」

光一は俺を抱き抱えてじいさんとばあさんの所へ行き

「ポチが階段から落ちた!病院に連れていくよ!車の鍵を持って来て!」

光一はポチを抱き抱えたまま慌てて居間に顔を出し玄関へ行った。

「光一!」

光一の思いもよらぬ行動に老夫婦は驚いた。

「早く車の鍵持ってきて!」

光一が玄関から怒鳴った。

「ばあさん行こう。一体どうしたんだ。光一は。訳がわからん」

我に返った二人は鍵を取り居間を出て光一の後に続いた。

「早く!早く!」

俺は光一の腕の中のまま車に乗りじいさんの運転で病院へ連れて行かれ、混んでいた

が今度も緊急としてすぐに診察室に入った。

また診察台の上で体中触られた。上手く落ちたつもりだがやはり痛い。

「骨折はしていないようですね。大丈夫ですよ」

「そうですか。全然動かなかったから心配しました。良かったなポチ」

え?それじゃ困るんだ。

「どうして動かなかったのかはわかりませんが飼い主さんに甘えたのかも知れませんね」

「そうですか。じゃこのまま帰っても、あそうですか。わかりました。ありがとうご

ざいました。ポチ帰るぞ」

光一は俺を抱き抱えて床に下ろした。

今だ。俺はあいつのいる部屋の前へ走った。

「ポチ!どうした」


俺は部屋の前で吠えた。

「おい!聞こえるか!でかい声で吠えろ!早くしろ!」

「お前か。どうした。また殴られたのか?」

気のせいか何となく元気がない。

「馬鹿野郎!何でもいいから早く吠えろ!俺を中に入れてくれ!」

「無理だよ。俺にはもうそんな大声を出す力なんてない」

「何言ってんだ!。光一を連れてきたんだぞ。俺がここを離れたらもう光一に会えなくなるぞ。それでもいいのか?早くしろ!お前が吠えれば獣医がこのドアを開ける!」

「何だって光一が?まさか。お前一体どうやって」

「そんなこといいから早くしろ!会いたくないのか。とっとと吠えろ!」

「わかった。」

「ワオーン、ワオーン」

「もっとでかい声で!」

「ワオーン!ワオーン!」

「いいぞ。もっと!」

「ワオーン!ワオーン!」

俺は獣医を見た。

「あ、ちょっとすみません」

獣医が急ぎ足であいつがいる部屋へ入って行った。俺は素早く獣医の足元をすり抜けてあいつが入っているケージの前に行った。 もう犬の体には馴れたな。

「おい。もうすぐ光一が来るぞ」

「そうか。ありがとう。」

「おい。大丈夫か?声に力がないぞ」

「ああ。俺はもう駄目だ。もうすぐおさらばだ」

「何?しっかりしろ。光一に会えるんだぞ。じいさんとばあさんも連れて来たから元気だせ」

「いいか、俺たち犬人間の寿命は犬と同じだ。長生きしろよ」

獣医がケージを開けてあいつを抱き上げた。あいつは獣医の腕の中でぐったりと全身の力が抜けている。

「ワン!ワン!ワン!」

「ポチ。どうしたんだ」

光一が俺の所へ来て抱き上げた。あいつと同じ目線になった。


「おい。光一だぞ」

「何?」

あいつは力を振り絞るように頭を上げて光一を見た。

目を見開いて脳裏に焼き付けるように見ていた。

小さな声で

「ワン」

「光一」

目を閉じて獣医に体を預けた。獣医はあいつを抱き抱えたまま足早に診察室へ向かった。

「さあ。帰ろう」

三人が部屋を出て診察室を通り抜けようとしたとき診察台にはあいつがいた。

「頑張れよ」

「長生きしてね」

「元気でな」

三人はあいつの体をやさしく撫でて診察室を出て行った。

「お前の分まで犬で生きていくよ」

心の声は返って来なかった。

親子の対面か。親父とお袋はどうしているんだろう。まあ、この一年半連絡もしてないから俺がいなくなったことなんか全然知らないだろうけど。犬になって親の事を思い出すとは。親不孝だな。全く。

「ポチ。どうしたんだ。何であんなに吠えたんだ。あの犬は知り合いか?」

「あの犬、優しい目と悲しい目をしていた。どこかで見たことがあるような。まさかね」

「光一。お前もそう思うか。何だか光明に見られているような気がしたぞ」

「ワン!」

「そうだよ。光明だよ」

「なんだ。ポチ。お前元気がいいな。仮病だったのか」

あいつとはもう会うことはないだろう。これで人間の言葉使う事も無くなったか。寿命は犬と同じだと?最後の最後に嫌なことを言いやがって。

これからどう生きていけば良いのだろう。

本当に人間には戻れないのか。

家に帰ると俺は玄関で全身を拭かれて放された。

ばあさんが入れ替えてくれた水を飲んだ。

疲れたな今日も。

じいさんが言った。

「光一。今日はありがとうな」

「うん。あの、じいちゃん、ばあちゃん」

老夫婦は光一を見た。光一は昔に戻ったと思ったと二人は感じた。光一の目は昔のようにー。優しい目に戻っていた。

「今までごめんなさい」

光一は頭を下げた。

二人は言葉が出なかった。

溢れる涙を押さえることが出来ずに光一の手を握りしめてうなずくばかりだった。

良かった。これで殴られなくてすむ。犬の生活も安泰だ。

いつの間にか寝てしまった。


小学生の男の子が両親と三人で晩御飯を食べている。運動会で一等賞を取ったとか学芸会で桃太郎のキジの役をやることになったとか他愛もない会話をしていると突然、音楽が流れてきた。

目が覚めた。

目を開けると見覚えのある部屋だ。窓からの陽差しが暑い。真夏の朝だ。

音楽が流れている。ジューダスプリーストだ。起き上がってみる。裸だ。二本足で立っている。手のひらを見た。人間の手だ。風呂場に行き鏡を見るとひげ面で裸の俺

がいた。ポチじゃない。

「人間だ。人間に戻ったんだ」

「人間の言葉に戻っている」

その場にへたりこんでしまった。

思い出したように、風呂場を出てテレビを点けた。土曜の朝の番組だ。

「あの日は月曜日だったから5日経ったのか。犬人間の生活は夢だったのか?」

体にはいくつか痣が残っているし触ってみるとまだ少し痛みがある。

やっぱり夢じゃない。

「後であの三人の家に行ってみよう」

お腹が空いた。行く前に先ずはご飯だ。

Tシャツを着てジーンズを履き、お湯を沸かしてインスタントラーメンを作って食べた。

具は何もないがこれほどインスタントラーメンが美味しいと思ったことはない。

「美味しい!」

腹が減って仕方無く食べたあのドッグフードの味を思い出した。人間でいることの幸せを身にしみて感じる。


「そうだ」

ゴミ箱に捨てたしわくちゃの葉書を取り出した。

母からの手紙だった。


迷わず実家に電話をかけた。

「もしもし」

「うん。元気だよ」

「明日帰る。三、四日泊まるよ」

「そうか兄貴も来ているのか」

「うん。わかった」

「うん。じゃあ」

何だかぎこちない会話のまま電話を切った。

兄貴はお盆で帰郷していた。お盆か。全く頭になかった。


早朝の列車の中。

ボストンバッグと土産に買った煎餅を足元に置いた。

両親が好きなものを買おうと思ったが全く思い付かなかった。ふとあの家にいたときじいさんが煎餅を食べていた時の音を思い出して、何だか無性に煎餅を食べたくなり買ってしまった。

一緒に暮らしていたのに何も浮かばなかった。家族って何だろう。

列車が走り出した。

急ぐ旅ではないから普通列車にした。駅弁とペットボトルのお茶を買った。

幕の内弁当を開けた。

母がどんなご飯を作ってくれたかはっきりと思い出せない。美味しくていつも残さず食べた。

そうだ、俺の好きなカレー味の一品が必ず作ってあった。

ちゃんと見てくれていたんだ。

景色を眺めながら駅弁を食べ始めた。

音楽は家に置いてきたし。今までこんなにのんびりと静かに時間を過ごしたことがあっただろうか。

学校や塾へ通う電車、バスの中でも本を開いていたから窓から景色を眺めるなんてしなかったし、歩いているときも勉強のことばかり考えていたから季節の移り変わりすら感じる余裕等無かった。勉強以外の事と言ったら夜中に親父の書斎から黙ってCD、DVDを持ち出して部屋で観たり聴いたりしていたくらいだ。でも親父と音楽とか映画とかそんな話なんてしたこともなかった。


窓の景色に緑が多くなってきた。


今夜親父と音楽やら映画やらと話でもしてみるか。

ペットボトルのお茶を口にした。

そうだ、父は甘いものが好きだった。

特に洋菓子だ。ショートケーキなら3つは食べていた。

母の好きなものは、だめだ。思い出せない。

お茶を飲み車窓を楽しんだ。

昨日、あの三人が住んでいた家を探しに行ったことを思い出していた。

車の中から見た景色を思い出しながら探し歩き、アパートから一時間以上歩いてやっと見つけた。小さな庭がある家だった。庭には見覚えのある犬小屋があった。鎖の先に犬、ポチはいない。玄関の方から声が聞こえてきた。光一だった。

「ポチ。散歩に行くぞ」

リードをつけた茶色の柴犬がいる。


間違いない。俺はここにいたんだ。

じいさんとばあさんが出てきた。

「光一!留守番頼むぞ」

光一は振り返って手を振り、大声で

「わかった。行ってらっしゃい」

光一とポチが近づいて来たポチを見て自然と笑顔になった。

ポチが俺を見た。

「人間に戻れて良かったな」

一瞬言葉が出なかった。

「ありがとう」


「もう二度とあんなことするなよ」

「もう犬になるのはご免だよ。あいつはどうなった?”

「光明か。あいつはあの後犬のまま死んだよ。最期に家族に会えたから良かった方だな」

「良かった方?どういうことだ」

「犯した罪と犬になってからの行いだ。奴は罪に対する反省が少しは有ったから最期に家族に会うことが出来た。お前は奴の家族を幸せに導いたし、少しは痛みを知って反省したようだから人間に戻ることが出来た。もう心の声は使えないよ。じゃあ、元気でな」

「あ、あの俺が刺した犬はどうなった?」

「大怪我ではなかったから今はもう元気に走り回っているよ」

「そうか。良かった」


ポチは光一に連れられて行ってしまった。

じいさんとばあさんが目の前を通り過ぎて行った。

「ポチが光一を昔のように戻してくれたんですね」

「そうだな。もう心配いらないな」

二人は笑顔で歩いていった。

俺は立ち止まって遠ざかって行く3人とポチを見ていた。


窓の外を眺めながらまたお茶を飲んだ。



                終わり



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