メモ書き
☆
「アレ? 体重イ」
宇宙服の少女はリッパーが体を震わせて一歩を踏みしめるのを見る。まるで体に重りでもつけているかのように遅い歩み方。狙い通りだ。
「今の一撃でお前の体重を2倍にさせてもらった」
リッパーの疑問に答える。自分の魔法をバラした所で初撃が命中してしまえば敵は動けないので関係ない。
「……よく見たラ、キミらこの間ノ」
リッパーが彼を囲む4人の顔を見回す。その後、宇宙服の少女に視線を戻し、質問してきた。
「あレ? 2人足りなイ。死んダ?」
人差し指を立てて頬に触れ、首を傾げる。その仕草はこちらをおちょくっているかのようだ。
その悪ふざけな反応に対し、宇宙服の少女より先に左側に陣形を取るケンタウロスと人魚姫の少女が怒号を放つ。
「ああ、瞳と真矢はお前の攻撃を食らって現実に戻った後、病院に運ばれて死んだよ! お前だけは絶対許さない!!」
他の2人も怒りを剥き出しにしている。勿論宇宙服の少女も宇宙用ヘルメットの中で歯をくいしばっている。
そして宇宙服の少女以外の少女が声を重ねて呪文を口にする。
「「「杖解!!」」」
ケンタウロスで人魚姫な少女の杖が3本の刃を持つ水色の銛へと変わる。
ナース少女の杖が桃色の注射器へと変わる。
くノ一少女の杖が盾に使える程巨大な黒の手裏剣へと変わる。
四人の戦闘準備は整ったようだ。円の陣形を組む四人が隣の人と目配せし合う。
宇宙服の少女は右側にいるくノ一の目を見て、アイコンタクトを取る。
(分かってるよ忍。まずは私の”重力倍化”でリッパーの動きを奪う。その後アンタの手裏剣でつかず離れずの中距離攻撃。ダメージを蓄積させ、海駆の銛で近接攻撃。銛の仕込み毒を体内に送り込む。後は試合時間一杯逃げに徹して、毒が回ったら変身石を破壊する。私達の魔力と体力が落ちてきたら見看の注射で回復。集団戦なら難しいけど4対1ならイケる作戦よ。リッパーの戦闘法がハサミの近接攻撃しかないのも有名な話。初撃の不意討ちが当たるかが肝だったけど成功した。このまま魔力が枯渇するまで私の魔法をアイツにぶち込んで立つこともできないくらい鈍らせてやるわ!)
その後、リッパーに視線を戻す。
しかし彼女が動く前にケンタウロスで人魚姫な少女が大声で宣戦布告した。
「瞳と真矢の仇、それと私達の傷の恨み、両方晴らさせて貰うよ!」
だが彼女の怒りで満ちた声色に反して、行動は冷静なように見える。
(そうだよ。怒りを言葉に、理性を行動にーーだよ)
メンバーの中で一番感情的な彼女が独断専行する様子を見せない事に仲間の成長を感じ、少し頬が緩む。
(さあ、作戦実行だ)
杖を握り直し、敵を見据える。
☆
通称、切り裂き名無し。29歳。本名不詳。魔法少年としての魔法は「治らない傷を与える」。
彼は品行方正なエリート家庭で産まれたが、生まれ持って痛覚を持っていなかった。医者からは無痛症という病名をつけられる。
加えて、生まれ持って異常なまでの破壊衝動の持ち主だった。だが18になるまでその衝動を誰にも見せず、親や友達の目の届かない場所で動物を使って発散していた。
幼、小、中、高の彼のクラスメイトや部活仲間はやたら怪我をしやすく、かつ治りが遅かった。怪我をしやすい理由が、教室の椅子や上履きの中に画鋲を置いたり、調理の授業でコンロの火の調節器をいじった彼の工作だったことを知る者は誰もいなかった。
怪我の治りが遅いのが「治らない傷を与える」彼の魔法の片鱗であることを知る者など本人含め尚更いなかった。
高校を卒業した後、彼は親の前から姿を消した。共に生活をしていればいずれ自分の破壊衝動を知られてしまうだろうし、社会的エリートの両親は自分の破壊衝動を全力で矯正しようとしてくることが容易に想像できたからだ。
それからは自力で貯めた学費で医大を卒業し、某有名大学の外科医として勤務し始めた。
医者を目指した裏の志望動機は、高給料である事と人を合法的に切れるから。
しかし患者にメスを入れる時の快感に負けていつか表立って殺人を起こし、自身の本性を暴かれてしまうだろうと感じた為、現在は美容師に転職。
こちらの転職動機は、髪ならば衝動を度を越さない範囲で適度に発散できるから。
医師の頃も美容師の今も仕事場では特に目立たず、かといって無能と思われない程度に仕事をこなしている。世界一の医師や美容師を目指すくらいの実力があると内心では自負しているが仮になれたとしても名前が売れて「本当にやりたい仕事」に就くにあたって不都合だ。だが「やりたい事を仕事に」できていない現状も彼にとってかなりのストレス。
専ら主な収入源は本業ではなく高校生からやり続けている株。こちらで完全犯罪を成し遂げる為の莫大な必要経費を貯蓄している。だが本業も副業もお金の為であってストレスが貯まる事には変わりない。
そんなストレスを吹き飛ばしてくれるのが趣味の殺人だ。殺すシチュエーションや相手は慎重に選ぶし、実行できない事もしょっちゅうだが、狙いを定めた通行人を追跡する作業だけでも彼は楽しめるので、夜の街の散歩も退屈しない。
しかし、将来的にはちゃんと好きな事を仕事にーー「一流の暗殺者になりたい」と考えている。
なので最近は予行練習として、ダークウェブの掲示板に「殺人依頼請負います」と書き込み、人を殺してお金を貰う仕事をアルバイト感覚で始めた。
彼が何故人を傷つけても心が痛まないのかは、彼の無痛症にあった。医者も見逃した点だったが、彼の無痛症は通常の無痛症と違い、心の痛みも含めて何も感じないのだった。
心の痛みが無い、故に外部刺激を求めているーーのかもしれない。
そして、人間界で「治らない傷を与える」魔法を魔童子にならずに顕現できる程才能溢れた彼の存在をプレアが見逃す筈もなく、3年前のサバトスタート時に真っ先に声をかけられた。
その時、彼は何故こうも通常の人間と自分の感性が違うのかを理解した。「自分は人間ではなく、魔法少年。特別な生き物。だから全てを壊さずにはいられなかったのだ」と。
彼は人間界では「常に完全犯罪を行える一流の殺人者」になれない事を強く自覚している。いつか、自分の犯罪を暴く探偵や警察官が現れると感じている。地球は広いのだから。
だがこの魔法界――サバトなら、一流の魔童子として合法的にハサミを振るえる事も同時に自覚している。
もしかしたらサバトの願い事でこの魔法少年としての能力を人間界に持ち込む事すら可能かもしれない。魔法界という無秩序な世界の力を秩序ある世界に持ち込めたなら、その時こそ彼は人間界で彼の理想の生活を送る事ができるかもしれないーー。
☆
月夜は目に焼き付けた、猛吹雪の中で少女達の鮮血が空を舞い、白と赤が交わる光景を。
宇宙服の少女が杖のニ撃目を放とうと照準を合わせた瞬間、リッパーは消えた。
気づいた時には少女の後ろに回り込み、彼女の白い防護服に杖を突き刺していた。
崩れ落ちる宇宙服の少女。
その光景を見た仲間の三人は唖然としていた。次にケンタウロスで人魚姫の少女が取り乱して咆哮し、銛を構えたままリッパーに突撃した。
それを残る二人が止めようとした時には事は終えていた。
リッパーは瞬間移動のような速さで突撃した少女の後ろにいた。
中段切りの構えを取っていた。。握る杖に纏わりつく魔力のオーラは刃物のような形状を象っていた。
少女の背中に赤一線の切り傷が浮かび、そこから一気に血が噴出した。
崩れ落ちる少女を見てさらに狼狽える忍者少女とナース少女。
忍者少女が巨大手裏剣を投げつける。
空中で回転しながら迫る手裏剣に対し、リッパーは微動だにしない。
直撃する瞬間ソレの切っ先を親指と人差し指で挟んで摘み、受け止めた。そのまま手裏剣を持ち主に向けて投げ返した。
自慢の攻撃を指先二本で無効にされた事が余程衝撃だったのか、呆気に取られた様子の忍者少女に自身の手裏剣に反応できず、腹部に切っ先が刺さったまま後ろに吹き飛ばされ、仰向けに倒れた。
三人が崩されるまで一分も無かったかもしれない。
それ程にまで速すぎた。
だがその速さの理由がリッパーの固有魔法にあるのでは無い事を、彼の体から溢れ出る魔力を肌で感じる事で理解できた。
ただ、体に纏う魔力量が異常だったのだ。
月夜は一度ランキング二位の王花ビュオレと同じゲームに参加した事があった。彼女の魔力も月夜のニ倍近くあったがリッパーの場合は推し量る事すらできない。
このサバトというゲームの一位と二位の実力差には途方も無い溝があるようだ。それ程にまで、今視界に映る男は異常だった。精神は言うまでもなく、魔力も。
もしこの男一人だけで魔法少年を勝利に導けると仮に誰かが言っても微塵も疑わないだろう。
残るナース少女は真っ青な顔をして内股で尻もちをついた。
月夜の目に映る背中姿のリッパーがナース少女に近づいた。
刃状のオーラを纏う杖を頭上に掲げ、振り降ろした。
うつ伏せに崩れ落ちるナース少女。首の切り傷から血を流している。