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プロット状態、読み飛ばしてください(2話~9話)

2話:母と桜色の償い

「月夜……」

「朝日……」

互いの名を呼び合い、固まる二人。そこで魔法戦争ゲーム終了のお知らせが脳内に直接女性の声でアナウンスされる。

「魔法戦争ゲームが終了しました! 速やかに戦闘を終え、変身石に従い、離脱してください」

そのまま王の宮殿に飛ばされる。

「良かったな。初戦で魔法少女1人の石を破壊した者はそうはいない。しかもゲーム初期勢の3年間プレイヤーを倒した貴様には魔法の才能がある」と労う王。そしてルールの補足説明をされる。

1.同性の味方を故意に攻撃した場合、ペナルティが課される(異性を故意に守ることはペナルティではないんだなと朝日は心の中で解釈)

2.魔法は1人1つしか与えられない。

3.ソーサリーで使えた魔法は現実世界では一切使えない。変身も招集前にはできない。

4.1回の魔法戦争ゲームの参加人数や参加者、フィールドはランダムに選ばれる。

5.ソーサリーへの行き来は変身石を通して自由にできる(ソーサリーへの着地場所は王と女王の宮殿から)。しかし変身石の招集があった場合は本人の意思とは関係なく強制的にソーサリーに転送される。加えてフィールド以外の視察がしたい場合には王、または女王の許可がいる。

6.魔法世界のことを人間に話せば話した人間と共に魔法世界に関する記憶を消され、魔法少年(少女)の資格を剝奪される。


他、いくつかのルールの補足説明を受けた後、現実世界の夜の公園に戻される朝日。するとすぐに月夜から着信が来る。この公園で待ち合わせ、10分で月夜が走ってきた。夜の2人きりの公園で月夜から3か月前に魔法少女になったことを語られる。お互い成り行きとはいえ戦い合うことになったことを悲しむ朝日に月夜は「スポーツと同じだよ! お互い全力で楽しもう!」 と前向きな発言をする。「ああ、そうだね」と不安気な返事をする朝日。2人納得して公園から別れるが朝日も月夜も「お互いの怪我が心配だ」という気持ちと「お互いの叶えたい願い事」を隠していた。


―――願い事のルール説明で「願い事は実現不可能性が高ければ高いほど、強い魔力を持つ少年、少女にならなければ叶えてもらえない」と言っていた。僕の母さんを生き返らせたいという願いと月夜の左眼を治したいという願い、両方叶えることはできないかもしれない。月夜に願いを話せば母さんのことを優先するよう言うに決まっている。

僕はどちらも叶えたい―――

お互いがお互いの願い事を話すには本人達同士との結びつきがあまりに強すぎた。できれば最後まで伝えずにゲームを終わらせたい程に。


家に帰った月夜は自室のベッドで天井を見ながら過去のことを回想する。


―――小6の冬の塾帰り、両親が向かいにこれないということもあって、私の塾の先生だった朝日のお母さんが私を送ってくれることになった。

夜道、人気のない住宅街で怖い男の人が私達に刃物を持って近づいてきた。

その男は私の顔に向かって刃物を縦に振り下ろし、左眼を引き裂いた。

左眼から血を流して痛みで動けない私に、次は突き刺そうと刃物を振るってきた所を朝日のお母さんが背中で守ってくれた。

背中を貫かれたお母さんはその場で血を流して倒れた。

倒れ際に持ってた防犯ブザーを外してくれたおかげで男が逃走したので私は殺されずに済んだ。

お葬式でわんわん泣く朝日の顔を今でも忘れられない。

朝日のお母さんはよく朝日に「月夜ちゃんを守って上げなさい」と言っていた。

そのお母さんの言葉を守ってなのか、朝日は中学から私のことを常に守ろうとする。

小学生の時は私が守ってあげていたのに、小6のあの日から変わってしまった。

中学時代、私のことで色々な人に突っかかっていたこともお母さんの言葉を愚直に守っていたんだ。

そのせいで中学でも1人も男友達ができていなかった。


私のせいだ。私があの日、朝日のお母さんと一緒に帰ったりしなければ、お母さんは死なないで済んだ。

お母さんが生きていたら、朝日はお母さんの言葉を守って、クラスから浮くこともなかったかもしれない。

私は朝日に償うためにこのゲームに参加した。願い事は「朝日のお母さんを生き返らせる」こと。それが叶わないなら、せめて「私のことを大切にしない朝日になってもらう」こと。

これが私の願い。いや、償い―――


月夜、魔法少女になった時の動機を再確認して眠る。







3話:スケボーと合コン

ゲーム参加より1か月。朝日は既に5回のゲームをこなした。王いわく「3回生き残れば

中級者」らしい。

3回のゲームの中で朝日は王から説明を受けていない魔童子の法則性に気づいた。

第一に、魔童子は皆三角帽を被り、10~20センチ程度の杖を持っていること。この二つはゲーム開始時点では同じだった。ただしそれ以外の服装はピエロやらチャイナドレスやら軍服やら、魔女や魔法使いとは程遠い印象の服装の少女、少年が多かった。

第二に、魔童子の戦い方について。

当然杖で戦う訳だがそれにも2種類の戦い方が存在する。1つは杖を別の武器に変えて戦う「武装型」。朝日のように杖を槍に変化させて戦うタイプだ。

もう1つは杖から魔法を打ち放って戦う「放出型」。初日倒したギャルは魔力を電磁波に変えて杖から放つこのタイプだった。

大きな違いは武装型の特徴である杖を変化させた武器は魔法でできていないこと。

同時に放出型の杖から発射される物は全て魔法であること。

この違いが大きく関わってくるのは朝日の槍の能力である。朝日の槍は「槍に触れた全ての魔法攻撃を同じ速度で好きな方向に跳ね返す」。魔法攻撃のみということは放出型の攻撃は跳ね返すことができるが武装型の攻撃には反応しない。

現に実践の中で試したことだが杖を刀に変えて攻撃してきた相手の斬撃を槍で受け止めても跳ね返すことはできなかった。他にも投擲された石を槍で受けた時も反射できなかった。

しかし放出型の攻撃なら杖から炎だろうが突風だろうが全て跳ね返せた。

これらの情報は全て朝日が戦闘の中で分析したことと、他の魔法少年の会話を盗み聞いて得た情報だ。

しかしこれらの戦闘経験なんかより大きな収穫がある。なんと高校の友達ができた。小、中学と月夜以外友達と呼べる人がいなかった朝日にとっては、それはライト兄弟の飛行機の発明くらいの偉業だった。ただし、魔法戦争ゲームを通してできた友人だ。名前は赤嶺深也(あかみねしんや)。見た目は190cmを超える高身長でロン毛の、格好良くないチャラ男。魔法は高速移動できるスケートボード。集団戦においてチームをくまない無謀さを魔法少女5人に囲まれた時に痛感した朝日を敵の攻撃が届くぎりぎりで救ってくれた男だ。

同じ魔法少年が何故同じ学校にいたのかは王の計らいなのかはわからないが、深也が積極的に話しかけてくれるタイプの男だったため、内向的な朝日でもすぐ友達になった。一番決定的だったのは朝日の好きな「月夜に教えてもらったアニメ」を同じく好きだったことだ。

さらに朝日が攻撃と防御、深也がスピードの魔法という点でお互いがお互いの短所をカバーしあえる魔法を持っていたというのも仲良くなれた要因かもしれない。

放課後、深也から「合コンに行くから参加してくれよ」と誘われる。月夜の顔を思い出して断ろうとするが「お願いだから! 頼む!」 と土下座して泣き落としにかかってきたため、渋々ついていくことになる。同じ高校の男4人、他校の女4人でカラオケにいく。盛り上がっている他のメンバーに対して盛り上がりについていけない朝日。女子の1人が「ドリンクバーからジュース持ってきたよ」と渡してくれた。それを飲んだ瞬間、クラッとして眠ってしまう。深也も含めた男子全員が眠ったカラオケボックスでにやける女子4人。4人は魔法少女で、魔法戦争ゲームで深也と朝日の顔を特定していた。

眠りこけた二人の変身石を破壊しようと迫る4人。しかしカラオケボックスの扉を蹴り破り、月夜が登場する。月夜は女子4人と同じ高校で、廊下で4人が朝日と深也をはめる作戦を練っていたことを聞き、ずっと跡をつけていたらしい。「魔法少女なのに邪魔すんなよ!」 と叫ぶ女子の1人。「こんなやり方卑怯よ!」 と叫び返す月夜。

カラオケボックスでにらみ合っている中、唐突に変身石が光出し、魔法戦争ゲームが始まるサインを示す。男子高校生2人を残し、7人は魔法戦争ゲームのフィールドに転送される。

(後に記憶操作を持つ魔法少女が女王の命令で残された2人のこの件に関する記憶を消す。記憶操作を持つ魔法少女は6話で登場)

フィールドは朝の森林地帯。偶然にも転送された瞬間から7人は近距離にいたため、すぐに戦闘が始まる。月夜はまだ眠りこけている二人を魔法の桜で切り裂いて起こす。ルール上、朝日と深也に加勢することができない月夜は2対4の戦いを見守ることしかできなかった。深也の魔法少年姿は三角帽からつま先まで赤。パーカーにジーンズ姿で都会のスケートボーダーのような、魔法使いとはかけ離れた服装だ。三角帽だけで魔法使いのイメージを保っている。

女子4人はそれぞれ火、水、雷、風の魔法使いだったが朝日をスケートボードに乗せた深也はことごとく攻撃を回避。そしてタイミングを狙って朝日が攻撃を防御、そのまま跳ね返して攻撃。このコンビネーションで4人の魔法少女を攻撃し、変身石を破壊した。ハイタッチする深也と朝日。

深也と朝日のタッグの強さは、魔法少女と魔法少年の間で少しずつ有名になっていった。
















4話:魔童子と闇討ち

ソーサリーの住人達は王と女王の政策により、男女住み分けの生活を余儀なくされた。

ソーサリー中央都市「アトス」。ここは魔法戦争ゲームが始まるまでは男も女も分け隔てなく暮らしていたがゲーム後はソーサリー全区域統治者の魔法王の所有区域ということで全魔女が出ていかざるを得なくなった。魔女達は魔法女王が離婚調停の中で自身が所有できる正当区域と認められた場所に独立女性国家「ファム」の都市「ラファーム」に移り住むことになった。

もし魔法戦争ゲームを国単位での戦争と呼ぶなら魔法使い国家ソーサリー対魔女国家ファムの戦争とも呼べるだろう。


アトスもラファームも含め、ソーサリー(元魔法世界唯一の国家。現「魔法使い」国家)の街並みは大して人間界と変わらず、太陽は赤く、魔法使い達は人間と同じ食べ物を食べている。

違いがあるとすれば三角帽とコートに身を包む人が多いことと、現在のアトスの街並みのみで言えば、男性しか街にいないことくらいだ。料理屋では、ナポリタンを注文した魔法使いの前に黒い焼き焦げた物体がでてきた。どうやら魔法使いは料理が下手らしい。他にも家事洗濯、子守り等に苦労している様子。

「魔法戦争ゲームとかいうのが始まってから、家事洗濯が本当に辛いよなー」

「本当な。だがお前んとこは娘だからまだ嫁に預けられて良いじゃねえか。俺は息子だからミルク作りも仕事に入ってんだよ。早くこんなゲーム終わって欲しいもんだぜ」

国策に愚痴をもらす二人の魔法使い。

この国で魔法戦争ゲームを望んでいるのはどうやら王と女王の2人だけらしい。




魔法戦争ゲーム参加から3か月。

魔法王から突然の招集がかかる。魔法戦争ゲームと別用に驚く朝日が変身石でソーサリーにテレポートすると宮殿には月夜、深也。そして知らない魔法少年1人、魔法少女2人、そして王と女王がいた。初めて生で見る女王。さらに二人のにらみ合いに気圧される魔童子達。

全員揃ったところで本題に入った。2日前、魔女国の禁書図書館にあった魔法少女図鑑が何者かに盗まれたらしい。この図鑑には現在魔法少女となった人間の個人情報が全て記載されている。もしこれが魔法少年の手に渡っていたら地上で闇討ちが多発し、ゲームを行う前に魔法少女達が離脱することにより、ゲームの公平性が損なわれる。

既に魔法少女の何人かが闇討ちに合っていた。この事態を重く見た王、女王はお互い3人ずつ選抜し、対策チームを作ることに決めた。任務は地上のどこかにいる犯人を特定し、捕獲すること。この任務のためだけに6人に魔法探知機「チェイス」という全ての変身石の現在地を特定できる腕輪を渡された。

「図鑑を奪われるなど防犯体制が緩いのではないか? まあ防犯意識を持つことなど、女にはできまいか」

「魔法使いに盗まれた後、魔法少年の誰かに譲渡された可能性もありますわ。盗人は男の方が多いものですから」

お互いをののしり合う二人を放って地上に戻る6人。「チェイス」を作動させると世界地図を表示した。ここで初めて魔童子は全員日本から選抜されていたことを知る。

「チェイス」はどうやら今まで闇討ちで破壊された魔法石の痕跡にも反応するらしい。この痕跡を見ると盗まれた2日間で男女町に集中していた。「だから男女町に住む僕ら6人を選んだんだ」と得心する初対面の魔法少年、土御門遼(つちみかどりょう)。二人の魔法少女は橙方夕美(だいだいがたゆうみ)黒崎昼花(くろさきひるばな)といって、魔法戦争ゲームを通して月夜と友達になったらしい。この3人はしかも月夜と同じ高校とのこと。

土御門は背が高く、頭が良さそうな印象。夕美は元気なスポーツ女子。昼花はおしとやかでお嬢様のような女子だ。

「魔法少年や魔法使いが魔法少女図鑑が保管されている魔女国の禁書図書館に入れる訳がない」と土御門が考察を述べる。実行犯が魔法少女であることを前提に6人はまず破壊された変身石の痕跡を辿った。闇討ちなだけあってどこも人気のない空間で犯行が行われていた。しかも驚くことに9か所も回った。「2日で9人だったら1か月もあれば100人以上の魔法少女が消えるな」と呟く土御門。「魔法王の元に行く」と言い残して5人の前から消えた。

捜索し続けているうちに夕方になってしまい、一度帰宅することになった。次々と分かれ道を行き、最終的に月夜と別れたところで土御門から電話があった。「急いで月夜さんのところに行け!」と叫ぶ土御門。その頃、人気のない路上を歩いていた月夜の背後に刃物を持った人影が迫る。月夜は包丁を間一髪でかわし、犯人の顔を見る。犯人は昼花だった。

走って月夜の元に向かう朝日は電話越しに、「王から闇討ちに合った魔法少女9人は昼花と同じ中学だったと聞いた」と土御門に語られる。

「昼花…なんで?」怯えた顔で訴える月夜に無言できりかかる昼花。二人の姿が視界に入るまでの距離に来た朝日が止めに入る前に刃物が月夜に触れようとした瞬間、別方向からテニスボールが昼花の包丁を持つ手に直撃、包丁を地面に落とす。

テニスボールを投げつけたのは夕美だった。「ごめんね月夜。あんたが狙われるだろうと思ってワザと1人にしたんだ」「既に昼花が犯人だという確定的証拠があるって女王に言われた。そこで月夜を一人にして後をつけろって言われた。下界で一人でいる時に狙われやすいのは運動できる私より月夜だろうって」「でも本当の犯人は昼花じゃない。いや、もう一人共犯者がいる。土御門君、あんただよ」

夕美が指さした先を振り返ると朝日の真後ろに土御門がいた。

「私はあんたと昼花が付き合っていることを知っている。そしてアンタが昼花に命令して魔法少女を襲わせたことも」

「ああ、ボクと彼女は付き合っている。だが何を証拠にボクが昼花に命令したと?」

「アタシ、放課後にアンタが他の男子と喋っている所聞いちゃったんだよね」

(誰があんな根暗女を本気で? あいつんち金持ちだからさ、色々お得なんだよね)

「そんなもの君の頭の中にあるだけで証拠にならない!」 

「だったらそのかばんの中見せてよ。いつどんな魔法少女が出てきても対応できるように闇討ちの時はアンタは図鑑を常備しているはず」

その言葉にたじろぐ土御門。一瞬困惑の表情を見せるがすぐに余裕の表情に切り替わり、開き直りする。

「キミがいなければそこの乳臭いガキとあの馴れ馴れしいデカブツの2人、そしてキミを始末し、そこの金づる女を王に差し出して終わりにできたのに」

自分の計画を暴露し始める土御門。昼花に中学の同級生を襲わせたのはいじめへの復讐とカモフラージュするため。「ツッチー、私頑張ったよ! 私偉いよね! 撫でて!」 依存するように土御門に寄り添おうとする昼花を殴り飛ばす。「バレちゃ意味ねーんだよ!」 紳士ぶった表情を変えて倒れる昼花に怒鳴り散らしながら蹴り続ける。その姿に吐き気がした朝日が土御門の頬を殴り飛ばす。「結果としてボクの計画で魔法少年側が有利になるんだ。邪魔をするな」口から血を流しながら土御門は朝日に語る。

突然、変身石が魔法戦争ゲーム招集の光を放ち出す。全員、下半身から消えていく中で土御門は昼花に笑顔で言う。「昼花、愛しているよ。俺のためにこのクソガキとデカブツを絶対に消してくれ」「うん♡」殴られ、腫れた顔で笑顔を返す昼花。

今回のゲームのフィールドは朝の岩石地帯。

着地点には朝日の前には昼花ともう一人初対面の魔法少年、月夜は土御門と二人きりいう組み合わせが都合の良すぎるシチュエーションから。

昼花の変身姿は黒の三角帽にメイド姿(土御門に従順な心の投影)

土御門の変身姿は金の三角帽を被る王様服(自分が世界の中心にいるという心の投影)

(おかしい。出来すぎている)呟く朝日。

状況を考察する間もなく昼花は杖を初対面の魔法少年の首筋に直に当てる。そして耳元で囁く。

「紫水朝日を殺せ」

すると魔法少年の体が光に包まれ、まるでゾンビになったように白目をむいて朝日の方に歩き始める。そして無言で杖を剣に変身させる。

「私の魔法は「絶対遵守」。杖を振れた相手に命令すれば、どんな命令でも実行する。貴方の槍の情報は聞いてるわ。どんな攻撃でも跳ね返すんですってね。でもこの方の武器は剣。物理攻撃まで跳ね返せるかしら?」

確かに彼の剣は杖から放つ魔法で創った訳ではなく杖そのものを変化させた物だから跳ね返せない。だが朝日にはこの絶対遵守魔法への対策があった。

操られた魔法少年の剣撃を槍で受けた。すると彼を包んでいた光が打ち消され、正気を取り戻す。「あれ? 俺何してたんだっけ?」

「彼の武装型である剣は跳ね返せないがキミの放出型である絶対遵守魔法なら跳ね返せる」

自分の絶対遵守という能力への自信が崩れ、敗北への恐怖に狼狽する昼花。

「嫌だ嫌だ嫌だ。これじゃツッチーに嫌われちゃう」

そして次に絶対遵守魔法を朝日に打ち込み、命令する作戦を思いつく。しかし絶対遵守魔法は光線を放つタイプではなく杖先を直接相手の皮膚に触れなければ発動しない近接型魔法の放出型だ。1人で戦えるタイプではない昼花には接近戦の自信はなかった。

「いいよ。君の魔法、喰らってあげるよ」槍を地面に刺し、大の字になり攻撃しやすいよう胸を差し出す朝日。昼花からすると挑発と分かっていてもこの誘いを乗らない手はない。

ゆっくり間合いを詰め、一気に走り込み、朝日の背後を取る。そして首筋に絶対遵守魔法を打ち込むことに成功する。「やった!」 

魔法の光に体が包まれた朝日は絶対遵守が発動する前に槍で自分の体を少し刺しこんだ。

すると朝日の体から魔法の光が分離し、光の球体が昼花に跳ね返った。昼花の体が魔法の光に包まれる。

「君の魔法が相手に当たってから命令を実行するまで数秒かかるタイプで良かった。時間がかからないタイプだったら跳ね返せなかった」

朝日に「変身石を自ら破壊しろ」という命令を与えた魔法が自身に跳ね返ってしまった昼花は自分の意思に反して杖先を自分の変身石に押し当てた。

「やだ、やだ負けたくないっ!ツッチーに愛されたいっ!」 

昼花は自身の杖の光線で自身の変身石を破壊した。


土御門は杖を透き通るように薄いマントに変身させ、それを纏った瞬間に姿を消した。

消えた土御門の魔法を考察する月夜。

(瞬間移動か透明になる魔法? どちらにしても昼花にあのマントを貸せば絶対遵守と組ませて、禁書図書館の見張りも無力化できそうね)

月夜は杖から桜を放出させ、蛇のように自身の周囲に旋回させた。

土御門は透明なまま地面に散らばる石をゆっくり握り、月夜に向かって思い切り投擲した。投擲石が月夜の半径3メートルに入ると桜が瞬時に石の接近を察知し、粉々に切り裂いて破壊した。

月夜の桜は月夜が命令すると忠実に守るようプログラムされていた。現在は「半径3メートル以内に侵入する物質から月夜を守れ」とプログラムされている。

月夜の真後ろから投擲したにも関わらず石が破壊されたことから、自動操作されていることに土御門は気づく。そこで足音を立てず、月夜の視線に映らない地点で再び石ころを握り、投擲した。当然その攻撃を桜が防御。ひたすらその動きを繰り返す作戦に出た。

そして、45分。長期戦の末、先に息を切らしたのは月夜だった。疲労で地面に膝をつく。同時に、月夜を守る桜が消滅する。「この瞬間を待ってましたー!」 と叫ぶ土御門。

投擲された石は思い切り月夜の三角帽を被った頭にヒットし、食らった月夜はそのまま大の字で倒れた。

そして透明マントを脱ぎ、倒れこむ月夜の前に姿を現し、せせら笑いを見せる。

「キミの魔法とボクの魔法、どちらが燃費が悪いかがこの勝負の分かれ目だった。だが、武装型のボクのマントと放出型のキミの桜、どちらが先に燃料切れになるかなんて火を見るより明らかだったね。ボクのマントは杖から変化させた時点で魔力消費が終わっていたけど、キミは桜を常に出していなければならなかったからね、防御のために。この瞬間を待ってたよ。王であるボクが罪人を処刑する瞬間……」手放された月夜の杖を遠くに蹴飛ばす。

「私も待っていたわ。貴方が姿を現すのを」自分を見下ろす土御門に微笑する月夜。

瞬間、月夜の桃色の三角帽が桜に変わり、土御門をかまいたちのように襲い、切り刻んだ。

「なんだ……? これ?」自身の切り傷から噴き出した血で濡れた手の平を見て呟く。

そして、倒れこむ。同時に月夜はゆっくり起き上がり、土御門を見下げる。


「私の桜、実はこの桃色の衣装に何枚か仕込んであるんだ。防御力アップと、今みたいにピンチの時、不意打ちできるように。

貴方が人の上に立ちたい性格で良かった。遠くから眺めて止めを刺すより、表情を見るため近づいて止めを刺したいって人で助かった……。やろうと思えば姿消したまま私の変身石を破壊する方法もあったのに」月夜は表情を変えず、真顔で語る。

「やめてくれ。やめてくれ……ここで負けたら……母さんが……」

「もし記憶を失くしても、また昼花と付き合うことになったら、今度こそ昼花のこと、大切にしてあげてね」切なそうに微笑み、桜が土御門の首の変身石を破壊した。


ゲーム終了後、朝日は王のところにいた。

「貴方は今回の犯人が初めからわかっていたんじゃないんですか? そうでなければ、ゲーム開始時にあの配置はありえない」

「何を根拠に?」鼻で笑う王。


この事件から7日後の月夜のクラス教室。

月夜と夕美、教室で楽しそうに笑い合う土御門と昼花を遠めで眺めている。

「まさか本当に付き合ってた記憶を失くしてもまた付き合い始めるなんてね」夕美が語る

「でも昼花、私達のことは忘れちゃったね」月夜が寂しそうに語る

「女王から聞いたんだけど、土御門君の願い事、「死んだお母さんを生き返らせること」だったんだって」

「え……?」凍り付く月夜


「土御門君はきっと「どんな手段を使ってでも」お母さんを生き返らせたかったんだろうね。誰を犠牲にしてでも。恋人を犠牲にしてでも。

私は思うんだ。もし土御門君も昼花もこんなゲームに参加しなければ、もっと早くあんな風になれたんだろうなって。もし「どんな願い事でも叶えてくれる」なんて奇跡をぶら下げられなければ、過去を取り戻そうなんて考えないで、現在を生きれたんだ、あんな風に。今の2人を見てるとそう思う。これって、他人事じゃないね。」

「母親を生き返らせる」。この願い事が月夜にとって他人事であるはずがない。

(「どんな願い事でも1つ叶えてくれる。ただし、誰かを傷つけた上で」。昨今のバトルロワイアル作品にありがちな展開だ。でも私は「誰かを傷つけてでも」願い事を叶えるという覚悟がないのかもしれない。ただ、そんな考えは朝日に対して不誠実だ。「誰も傷つけない上」で、私はこの願い事をどんな手段を使ってでも叶えたい。

……朝日は何を叶えたくてこのゲームに参加しているのだろう? もし朝日の願い事が「誰かを傷つけてでも」叶えたい願い事だったなら、このゲームの中で、いつか朝日も土御門君のように変わってしまうのだろうか? 私も昼花と同じように、捨てられてしまうのだろうか?)

微笑み合うカップルを眺めながら、月夜は想像するに耐え難い未来の可能性に気づいてしまう。






5話:残痕使い(ジョンドゥ・ザ・リッパ―)

 朝日がゲームに参加して現実世界の時間で6か月が過ぎた。月夜、朝日、夕美、深也は前回の闇討ちの件から仲を深め、「魔法戦争ゲームの残り人数が1桁台になるまで」という条件つきで魔童子共同戦線を張ることにした。

放課後のカフェで月夜、夕美、深也と今後の魔法戦争ゲームについて語り合っていると、ゲームの参加者がようやく500人対500人の予定全体人数に達したお知らせが石から来た。加えて残り石の数が男320対女304であることも。「魔法戦争ゲーム開始から3年丁度たったらしいにも関わらずこの残り石の数から、ノルマを達成できずに記憶を消された魔童子がどれだけいたかがわかる」と考察する朝日。情報通の夕美は他の魔法少女友達から「ジョンドゥ・ザ・リッパ―」と呼ばれる魔法少年の存在を聞いたことを語り出す。白い三角帽に白衣、白髪で20代後半、顔は青白く死神のようで頬にウロボロス(自身の尻尾を噛む蛇)の入れ墨があり、2つのハサミを武器にするという。さらにそいつの魔法は「治らない傷を与える」魔法と「痛みを感じない」魔法であるらしい。

そいつに傷つけられた場合、ゲームを終えても傷は残り、どんなに時間が経ってもどんな薬を使っても治らない。恐ろしいことにジョンドゥ・ザ・リッパ―につけられた傷で現実世界に戻ってから死んだ魔法少女もいるらしい。

さらに「痛みを感じない」ため、こちらの攻撃に一切怯まない。

何故1人1つしか魔法は与えられないはずなのに2つ持つのか、夕美の友達が魔法女王に問いただした所、「彼の魔法は「他人に治らない傷を与え、自身の体に痛みを感じさせない」魔法です」と回答されたとのこと。

1回の魔法戦争ゲームの参加人数や参加者はランダムに選ばれるため、今までたまたまぶつからなかったようだ。だが人数が減れば減る程ぶつかる可能性は増える。

夕方、カフェから別れた後の帰宅の路地、何者かにつけられていることに気づく月夜。ワザと人気のない路地裏にいき、ストーカーをおびき出した。

前回の現実世界での魔法少女闇討ち事件から現実世界でも防犯に気を引き締めていた月夜はスタンガンやスプレーを常備していたため、撃退する自信があった。ストーカーの姿は顔にウロボロスの入れ墨を入れた、白髪で青白いゾンビのような20代後半くらいの男だった。刺青を見て夕美から聞いていたリッパ―だと感づいた月夜は必至に抵抗するも殴り倒されてしまう。倒れた瞬間、月夜の変身石がポケットから出て、ジョンドゥ・ザ・リッパ―は月夜が魔法少女であることに気づく。するとリッパ―は後ろを向いて帰っていく。

「何で……?」恐怖で「殺さないの?」という続きの言葉が出ない月夜にリッパ―は不気味な笑みで一言、「楽しみが減ル♪」とだけ言い残して去る。家に帰り、朝日に起こったことを知らせつつ、ネットで情報を集めているとリッパ―と思われる猟奇殺人犯が指名手配されているニュースを見つける。通話の最中、変身石が光り出し、魔法戦争ゲームに招集される。

次のフィールドは猛吹雪降り注ぐ北極のフィールドだった。月夜が変身石の情報で今回の参加人数を確認していると「こんにちワ」という声を後ろから聞く。振り返ると10メートル前に夕方襲ってきた男、リッパ―が立っていた。噂通り、白い三角帽に白衣の変身姿。マッドサイエンティストや闇医者と間違えられてもおかしくない風貌だった(壊す者とは真逆の創る者の服が投影。彼にとって一般人の壊すが自身の創るを意味する)。

一方朝日は月夜の魔力のある方に足を走らせる。月夜の近くに今まで感じたことのない禍々しい魔力を感じ、月夜に危険が迫っていることを察知する。

月夜は恐怖で脚が動かなかった。人間界でリッパ―に襲われた時は動いたが、今魔法少女に変身しているからこそ、リッパ―の禍々しくなおかつ膨大な量の魔力を感じ取れるからだ。リッパ―がゆっくり月夜の方に歩く。しかし突如叫び声がする。

「見つけたぞ! ジョンドゥ・ザ・リッパ―!」 月夜が後ろを振り向くと4人の魔法少女がリッパ―の背後を円形に囲んで杖先を向けていた。1人目は右目を包帯で、2人目は右腕がなく、3人目は左脚を包帯で巻き、4人目は口元に包帯を巻いている。4人共大怪我をしている。

「あれ? 二人足りない。死んダ?」4人を見て子供のように高く、無邪気な声で喋るリッパ―。

「ああ、あゆ美と優香は死んだ。人間界に戻った後な。あたしは初期からこのゲームに参加しているが死人が出るなんて初めてだよ。お前のようなクズを魔法少年にした王の神経を疑うよ!」 リーダー格らしい隻腕の少女が怒りの形相でリッパ―に叫ぶ。

そして4人は杖を各々の武器に変身させる。右目包帯の少女は銃に、隻腕のリーダーは刀に、左脚包帯の少女はハンマーに、口元包帯の少女は鎌に。

銃の少女を後援に3人の少女が一斉にリッパ―に飛び掛かる。






通称ジョンドゥ・ザ・リッパ―。29歳。本名不詳。魔法少年としての魔法は「治らない傷を与える」「痛みを感じない」。

ごく普通の家庭で18年間も育った彼だったが彼は赤ん坊の頃から現在に至るまで無機物と有機物の違いがわからなかった。例えば、玩具の猫と本物の猫と見分けがつかない。人とマネキンですら見分けがつかない。

加えて彼は生まれ持って痛覚を持たなかった。医者の診断でも身体に異常がなかったため、原因が解明されなかったその体質が彼の固有魔法の片鱗であること等医師も両親も知る由もなかった。

そして生まれ持って異常なまでの破壊衝動の持ち主だった。幼、小、中、高の彼のクラスメイトや部活仲間はやたら怪我をしやすく、かつ治りが遅かった。怪我をしやすい理由が、教室の椅子や上履きの中に画鋲を置いたり、調理の授業でコンロの火の調節器をいじった彼の工作だったことを知る者は誰もいなかった。

怪我の治りが遅いのが「治らない傷を与える」彼の魔法の片鱗であることを知る者など尚更いなかった。

高校を卒業した後、彼は親の前から姿を消した。共に生活をしていればいずれ自分の破壊衝動を知られてしまうだろうし、社会的エリートの両親は自分の破壊衝動を全力で矯正しようとしてくることが容易に想像できたからだ。

そしてすぐに適当な人を一人殺し、顔を殺した相手の顔に整形し、戸籍を乗っ取った。以来11年間、人を殺しては適当な時期に整形と戸籍乗っ取りを繰り返してきたため、既に本名等覚えていなかったし、思い出す気もなかった。この11年間で50人も人を殺しているが全て完全犯罪として誰にもばれていない。

彼が何故人を壊すことに快感を覚えるかは本人も含めて分からないことだが人を壊しても心が痛まないのかは、「痛みを感じない」という魔法のせいかもしれないし、他人の痛みに共感できない理由も自身の魔法のせいなのかもしれない。

現実世界で固有魔法が顕現する程、溢れ出る魔力を持つ彼から「壊れた人格」を差し引いたなら、他の魔童子や大人の魔法使い達を差し置いて、魔法王と魔法女王に次ぐ、もしくは匹敵する程の実力者だろう。

彼の魔法戦争ゲームに勝利した時の願いは「ない」。何故なら魔法戦争ゲームで他人を傷つけられることが既に彼の願いを叶えてしまっているからだ。彼の願い事が魔法戦争ゲーム参加の時点で叶えられてしまった以上、後はただ、楽しむ工夫をするだけなのだろう。



ゲーム開始30分。少女達とリッパ―の戦闘を恐怖で見守ることしかできなかった月夜。眼前には血を流し横たわる3人の少女と、首を鷲掴みにされているリーダー格の少女とリッパ―。リッパ―は銃弾3発、鎌とハンマー2撃で至る所から血を流していたが怯む様子が全くない。

「お前は痛みを感じないのか……?」首を鷲掴みにされても自分を睨むリーダー少女に一言、笑顔で答える。「産まれつキ♪」

魔法戦争ゲームでは一定のダメージを負ったり、命に関わる一撃が加えられようとすると自動的にゲームを離脱させられる。少女達は離脱すれすれの、実に巧妙な傷のつけ方をされていた。

リーダー少女をゴミのように投げ捨てるリッパ―。そして怯える月夜の方に脚を向ける。月夜は勇気を振り絞り、杖を構え、桜を周囲に放出する。


(月夜が戦っているのがわかるっ。でも徐々に魔力が削られている。急がないと!)

雪景色の中走り続ける朝日。そこにスケートボードで滑走する深也がやってくる。

「乗れ!」 

ボードの後ろに乗る朝日。妙な胸騒ぎが止まらない。


月夜とリッパ―の戦いは月夜の劣勢だった。桜攻撃を難なく避けるリッパ―。ハサミ攻撃を桜で防ぐ月夜。しかしリッパ―の身体能力は間違いなく魔法戦争ゲーム1だった。魔力の大きさと質が魔法戦争ゲームでは身体能力の高さに直結する。

桜はほぼ当たらず、運よく一発直撃させてもリッパ―の体を覆う魔力のせいでかすり傷しか負わせられない。尚且つ痛みを感じないため、怯まない。

今回のステージが猛吹雪であることも月夜の劣勢を作り出していた。寒さで動きが鈍ってくる月夜に対して、痛みを感じないリッパ―は無理に体を動かせる。

そして、時はやってきた。

疲労と出血で目がくらんだ一瞬をリッパ―は逃がさなかった。ハサミが月夜の胸を貫いた。


「月夜、月夜どこだ?!」 禍々しい魔力の発生源についた時、既に月夜の魔力は風前の灯だった。猛吹雪の中声を上げる朝日。魔力の方に走る。そこで目撃する。

胸から血を流し、雪の布団に倒れこむ月夜。右脚にも大きな穴、左眼からも血を流している。その横で血濡れたハサミを握る肌白いゾンビのような男。月夜を眺めながら不気味な笑みを浮かべ一言。「楽しませてくれてありがとう。生きてたらまたやろう」

「あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ” あ“!!!! ―――」

正気を失って怒り狂う朝日がリッパ―に突っ込む。

「待て朝日!」 深也の静止もまるで聞こえていない。今の朝日にとって、魔法少年同士の戦いはご法度というルール等、守ると決めた人を傷つけられたという眼前の事実と比べたら記憶に留める価値のないルールだった。

我を忘れて攻撃する朝日の槍をハサミで適当にいなすリッパ―。

「面白いねキミ♪。一度でいいから少年の方ともやってみたかったんダ♪」

リッパ―のハサミと朝日の槍の衝突音が鳴り響く中、魔法戦争ゲーム終了のお知らせが脳内で鳴る。変身石が全ての魔童子を下界へ強制離脱させる。しかし魔法王、魔法女王がプレイヤー個人に用がある時だけは、宮殿へ強制離脱させる。



宮殿の玉座に朝日を呼び出した王は憤怒していた。

「同性同士の戦いはルール違反ということは初めに説明したな?」

声を荒げず冷たい声で語りかける王

「ゲームで死人が出るなんて聞いていないっ! ジョンドゥ・ザ・リッパ―から魔法少年の資格を剝奪してくださいっっ!」 涙を流しながら罵声を向ける朝日

「あやつはあくまでゲームのルールに乗っ取っている。対して貴様はゲームのルールを犯した。よって、紫水朝日。貴様から魔法少年の資格を剝奪する」

王が朝日に杖を向けると胸の紫の変身石が外れ、空中を浮遊し王の手の平に収まる。「さらばだ!」 

その一言を最後に記憶が飛び、目が覚めると月夜に電話をかけていた夜の公園にいた。

「僕、何してるんだ? こんなところで」










6話:願いの前借り

魔法少年の資格を失った朝日はゲームに関する記憶を全て失った。ここ6か月自分が何をしていたか思いだせない。高校で知らない男子(深也)に声をかけられる。そして、月夜が何故か意識不明の重体で病院にいる。

病院のベッドで眠る月夜を見つめる朝日。月夜の両親の泣きじゃくる嗚咽を思い出す。傷跡から通り魔に襲われたのだろうと医師は判断する。自分が記憶を失っていることと関係があるのだろうか? 月夜の両親や友達が見舞いから帰り、自分も立ち去ろうとした時、病室に知らない女子(夕美)が入ってきた。

「月夜の友達ですか?」

「ええ……」切なそうに返事する女子。

夕美も深也もゲームのルール上朝日に月夜の経緯を話すことができない。


病院からの夜の帰り道、自分が何もしてやれないことに打ちひしがれていると2人の同じ顔をした黒スーツのOLの女性(双子?)に後ろから声をかけられる。

「紫水朝日。魔法女王がお呼びです」

「魔法女王……?」

1人が紫の石の入ったペンダント(変身石)を朝日に投げつける。触れた瞬間、朝日の体は軽くなり、視界が真っ暗になったと思ったら全てが銀で塗り固められた聖堂の祭壇にいた。ステンドグラスには聖母マリアの姿が。そして黒の三角帽に黒のドレスに身を包む女性、魔法女王が現れる。

「木絵、水絵、始めなさい」女王がOL風の双子の女性の1人に命令すると双子が光に包まれる。

片方は銀の三角帽に長ズボンを履いた銀のOLスーツ姿に変わる。

もう片方は双子の片割れの姿をそのまま金色にしてショートスカートを履かせた姿に変わる。

銀の双子が杖の先を朝日の額に接触させ、光を放つ。

光に包まれる朝日。その間、頭の中で妙な記憶が駆け巡る。公園での変身石を拾ったこと。王との宮殿でのやり取り。ギャルとの戦った後、月夜と出くわしたこと。etcetc……そして雪景色の中、リッパ―の足元で血まみれで横たわる月夜。

「木絵は記憶操作の魔法少女。彼女の力なら失った記憶ですら取り戻せる。状況は思い出しましたか?」記憶のフラッシュバックで硬直する朝日に喋りかける女王。

「月夜っ……月夜っ……」挫折した姿で地面を拳で叩く朝日。

「悔しいですか? 自分の無力さが。私なら貴方にもう一度守るべき者を守るチャンスを与えられます」

「どういうこと?」目に涙を浮かべ、挫折したまま顔を上げる朝日。

「貴方を魔法戦争ゲームに復帰させてあげましょう」

「僕はもう魔法王に資格を剝奪されていますよ? それに変身石は王が持っている」

「ええそうですね。だからわたくしが貴方を魔法少女に任命します」

「男の僕が……魔法少女になれるの?」

「いいえ、生物学的な性が一致していなけば魔法少女にはなれません。当然逆も」

「じゃあ……どうやって?」

「ここにいる水絵は「性転換魔法」の使い手です。オスならメスに、メスならオスに転換させます」

女王が双子のもう1人の金色のOLスーツの女性を指さす。双子はどちらもポーカーフェイスだ。

「でも、ダメだよ。医者が月夜は後持って2日だと言ってた……。たった2日で魔法戦争ゲームに勝利して願い事で月夜を治すなんて不可能だ」

「ゲームに勝利した後で願い事で生き返らせればいかがですか?」

「死ぬと分かっている好きな人を見殺しにしろっていうのか?! もう1度魔法使いになったら、すぐに王の元に向かって、即刻ゲームを開始させてやる!! そしてリッパ―も倒して、他の魔法少年も全員倒して、月夜を治してやるっ!!」 

「好きな人」という言葉を初めて他人に向けて言葉にする自分に自分が如何に切羽詰まっているかを自覚する朝日。

「ふふっ、貴方の記憶を戻させたわたくしの目に狂いはなかったようですわね」

朝日の自分への罵声に男らしさを見る女王

「貴方の要望は分かりました。ですが魔法戦争ゲームの設定をプログラムした段階でゲームの開始時刻は魔法がランダムで選択する。前のゲーム日から最低1週間以内で次のゲームが開始されますが、それが1日後か、7日後かは王でもわたくしでもわからない」

「だったら今からそのプログラムを変えてくださいっ!」 罵声を向ける朝日

「解除魔法は存在しません。ですが貴方の願い……桃井月夜をすぐに治す方法はある」

「……何ですか? それは?」

「……「願いの前借り」」

「願いの前借り?」聞きなれない単語にオウム返しの朝日

「その名の通り、魔法戦争ゲーム勝利の報酬である願い事を前もって叶えてもらうこと。これなら桃井月夜の命尽きる前に願いを叶えられます」

「そんなことが……」「ただし」朝日が喋りきる前に言葉を挟む女王

「これをするには変身石を口から飲み込まなくてはいけません。そうすれば、すぐさま願い事を叶えてくれます。体内に変身石を入れるということの意味がお分かりですか?」

しばらく考えるがすぐに気づく。ゲームの敗北は変身石の破壊。つまり体内の変身石を破壊される。槍で貫かれるかもしれないし、魔法で体を燃やされるかもしれない。つまり、死を意味する。

「体内に取り込んだ魔法石は貴方の心臓と一体化します。そして石に備わるセーフティ機能が発動する前に貴方の心臓は止まるでしょう。ゲームの敗北が死を意味するようになる。さらに、」続ける女王。

「願いの前借りをした者がゲームに敗北した場合、前借りの代償、「利息」を払うことになる」

命以上の代償があるのかと考える朝日

「前借りで叶えた願い事とは全く逆の事が実現する。自身の富を願えば貧しく、他人を生き返らせることを願えば死に……他人の傷を治せば瀕死の負傷を負わせる。この現象は「利息の徴収」と呼ばれています」

最後の言葉で朝日は代償を理解する。

「もう1つ重要な事を説明します」

神妙な面持ちで続ける女王。

「貴方の二つの願い事は片方しか叶いません。サバト基本六原則その六にもあったように、戦いへの貢献度が高い者程、高位の願い事を叶えることができます。残念ながら貴方の貢献度では片方の願い事が限界でしょう。誤解のないように説明しておきますが、これはわたくしの意志ではなく、変身石の備えている機能がそうだからです」

淡々と女王は説明した。

だが、このゲーム初めからこうなることは予測していた。

母親を生き返らせるという願いと月夜の左眼を治すという願いを天秤に掛けざるを得ない状況を。

「どうしますか?」

決断を問う女王。しかし女王が決断を迫るまでもなく、月夜の残りの寿命からも決断は迫られていた。

そして、朝日の決断ももう既に決まっていた。

朝日は変身石を口に咥え、飲み込んだ。

その行動に目を丸くする女王。

体内の変身石が胸のあたりで強い紫色の光を放ち始め、朝日の体が点滅灯のようになる。

「僕の願い事は母親を生き返らせることでした。だけど死んでしまった大切な人を生き返らせて、生きている大切な人を死なせてしまうなんて、絶対に嫌だ。何より母さんが守った月夜を死なせてしまったら、母さんに会わせる顔がない。

僕に月夜を救うチャンスをくれた貴方に感謝します」

謝意を述べ、自身の体内に向かって叫んだ。

「変身石! 月夜の傷を治してくれ!!」 

叫びと共に胸の中の変身石の光が点滅、その後、光が朝日から分離し、球体となって消える。


月夜の病室。既に夜で暗くなった病室に紫の光の球体が出現し、月夜を飲み込んだ。

光の球体の中で全身包帯で外見からはわからないがみるみる月夜の傷口は塞がっていった。

そしてーーー

「……あれ? ここ……どこ……?」

月夜は1人ぼっちの病室でゆっくり目を開け、上半身を起こした。

包帯だらけの自分の体の隅々を触り、最後に自身の左眼に触れた。4年近く閉ざされていた左眼から残痕が消え、見開きできるようになっていることに気づく。


「貴方の願いは叶いました。月夜さんの傷は完全に治りました」

「月夜……」願い後の影響か、気だるそうだが安堵する朝日

「では水絵、始めてください」

金のOLスーツの双子が杖先を朝日の額にピッタリつけ、魔法の光を放つ。

朝日は光に包まれる中で、自分の体の形が変わるのを感じる。

魔法が終わった後、聖堂の鏡で自分の姿を確認する。

元々中世的で幼い顔立ちと言われていたが顔がより女性的になり、胸も少し大きくなってしまったため、一目で自分が女性になったことが分かった。

「月夜のことで一杯で後先考えてなかったけど……これからどうしよう?」

自分が女性になったことを親や学校にどう説明するか悩む朝日

「そのことなら心配ありません。木絵の記憶操作でしばらく貴方が初めから女性だったという記憶に改変します。ゲームに勝利した暁には元に戻しましょう」


ゲームルール上、全ての魔童子は人間界で魔法は使えないが、2つのやり方で使うことができるようになる方法がある。

1つはリッパ―のように溢れんばかりの魔法の才能を持つ者なら魔法世界の干渉を受けずに使用できる。

もう1つは変身石の持つ「人間界での魔法制約」の機能を外す魔法を女王、もしくは王から定期的にかけてもらうこと。

木絵は後者の方法で人間界で魔法を使用し、魔童子達が定期的に起こす不始末を記憶操作でもみ消してきた。

最も、今の朝日の頭の中にはそんな裏事情より月夜が生きてくれた喜びと、女性としての今後の生活の方が関心事であった。加えて、今後のリッパ―との戦いのことも。



7話:リッパ―とリフレクター

女性として生まれ変わって3日。父親も友達も当たり前のように朝日を女性として扱った。

ただし魔法少年である深也だけは記憶を保持していたため、戸惑う。

――だけどこうして月夜の元気な姿をもう一度見れただけ安いもんだ――

途中まで登校を共にする月夜の横顔を見て思う。特に左眼を。

成り行きだが朝日の2つのうちの片方の願い事は叶えられたのだ。

「朝日、ありがとう。私を救ってくれて。それに、そんな重荷を負わせてごめんね」

月夜は願いの前借りのことについて申し訳ない気持ちと命を救ってくれたことへの感謝の気持ちの両方が一杯だった。朝日への罪滅ぼしで魔法少女になったのに、さらに罪が増えてしまったと感じると同時に、朝日の母と朝日の姿を重ね合わせた。

――本当に、二人には感謝の言葉だけじゃ足りない。このゲームで必ず恩、返すからね――

そんな想いを胸に秘める月夜に朝日はあっけらかんと返す。

「そんなの、月夜が今まで僕にしてくれたことに比べれば軽いもんだよ」

小学生の頃1人ぼっちだった時、いつも月夜が隣にいて優しい言葉をかけ続けてくれたことを思い出す。


放課後、朝日、月夜、夕美、深也はいつものカフェで会議をする。リッパ―への対策について。

「ルール上襲われることのない深也を除いて魔法少女が3人になったのは良い流れだ」と朝日

「ただ今までのように朝日をボードに乗せればルール違反になる」と深也。

「とにかくゲームが始まったらなるべく早く3人で固まって行動できるようにしよう!」 と夕美。

「前は怖くて脚が動かなかったけど、朝日が勇気を持って私を助けてくれたから今度は大丈夫!」 と月夜。

それぞれリッパ―への対策を挙げるが妙案が出てこない。

(夕美の魔法は「自身の身体能力をあげる」魔法。月夜の「桜」、僕の「反射」の3つを持ってすればリッパ―に魔法では上回るかもしれない。だがリッパ―のあの「人を壊すこと」への執着心から与えられる恐怖に僕らは耐えられるだろうか?)

お互いが生き残る方法は出てもリッパ―を倒す方法は結局出ず、カフェを出て夕焼けの帰り道を行く4人。


その頃リッパ―は路地裏で女性を襲っていた。

「はじめまして、リッパ―」

その現場を目撃した中学生くらいの少年が路地裏の出口で声をかける。

「キミ、誰?」

中学生に聞く袋小路の場に立つリッパ―。

「貴方のファンですよ」

不敵に微笑む少年。後ろに取り巻きと思われる2人の男――1人は太っていてパツパツのTシャツとジーンズを着たおどおどした太っちょオタク、もう1人は銀色の三角帽を被る銀スーツ姿のホスト風な20代の青年――が見える。


自宅のベッドで横になり、天井を見上げる朝日。4人での会話を思い出す。そして女王が願いの前借りの時に言っていた代償、願いと逆のことが起こる「利息の徴収」。

(もしゲームに敗北すれば自分の命だけでなく、月夜の命も失われる。

初めてのゲームの後、公園で月夜と話した時、「スポーツと同じだよ」と言っていた。今まではそれでよかった。でも今は違う。負けて失う物がある戦いになったんだ)

朝日が覚悟を決めていると丁度体内の変身石が光出した。戦いの合図。魔法少女としての朝日の初陣が始まる。



今回のフィールドは再び氷の地帯。しかし前回と違い豪雪は降らず、太陽が氷で反射して眩しい、美しさすら感じる氷景色。

朝日の魔法少女服は少年の時の姿にスカートを履いただけで武器の槍まで変わっていなかった。

まずは手筈通り、月夜と夕美を探すことにした。

目をつむり、フィールド全体の魔力を探る朝日は月夜と夕美の位置を把握した。

距離的に月夜との中間距離に夕美がいたので夕美の元に向かうことにする。


その頃深也は魔法少女5人とリッパ―の戦闘現場に遭遇していた。その圧倒ぶりにルール上は味方のリッパ―に恐怖を抱く。5人をあっという間にハサミで切り捨てたリッパ―は血まみれの白衣姿で不気味な笑みを浮かべながら深也の肩に触れて小声で呟く。「これからも一緒にがんばろうネ♪」

(仮にコイツを含めて魔法少年が勝利したらコイツは願い事で魔法戦争ゲームを再び始めるだろう。いや、今度は少女も少年も関係ない、バトルロワイアルにでもルールを改変するかもしれない。コイツにとって、壊す相手は女だろうと男だろうと関係ないんだ。コイツを残して俺達側が勝利ってのだけは、絶対しちゃいけない……)


夕美と落ち合う朝日。夕美の変身姿は黄色を基調のスポーツウェアに三角帽だ。杖はグローブに変身している。武装型だろう。

二人は月夜のいる方向に歩み始めるが月夜と自分達の中間地点に深也とリッパ―の魔力を感じ取る。そしてリッパ―が月夜の方に向かっていることを感じ取る。

(また月夜を傷つける気か)憤怒し、夕美より歩幅大きく月夜の方向に向かう朝日。その怒りを感じ取る夕美。

そして、深也と出くわす。その場には5人の血を流し倒れる魔法少女。その血が白い地面を真っ赤に染め上げ、一層生々しく映る。

「なあ、リッパ―を倒したらゲームが終わった後、この人達の傷は治るかな?」

引きつった顔の朝日が血濡れた少女達を眺めながら横にいる深也と夕美に問う。

二人は何も答えられない。


月夜は自身の元に迫ってきているリッパ―の魔力を肌で感じ取っていた。

「朝日の前では強がって見せたけど、やっぱり怖いや。もっとしっかりしろ桃井月夜! こんなんじゃ朝日に罪滅ぼしなんてできないぞ……」自分を鼓舞する月夜。しかし脳裏に前回の戦闘がフラッシュバックし、肩を震わせている。


リッパ―迫る月夜の元に向かう朝日達3人の前に新手の魔法少年が3人立ちはだかった。狼の毛皮を着こんだ小柄で中学生くらいの少年、ギリシャ服に小さな天使の羽を生やした太っちょオタク、銀色スーツのホスト風な20代の青年。全員頭に三角帽を被るが服装とのアンバランスさが際立つ。

「ジョン先輩の元にはいかせませんよ」中学生が爽やかに言う。

「貴方は!」 朝日は1回戦で出くわしたホスト風な青年を思い出す。

「へえ、君今日まで生き残れたんだ」

中学生の少年が自分達3人はリッパ―の護衛だと名乗りを上げる。


リッパ―は再び月夜と二人きりの状況にいた。

「生きてたんダ♪」相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべるリッパ―。

「おかげ様でね」

リッパ―を実際に目の前にして脚が勝手に小さく震えだすのを感じる月夜。やはり今だ恐怖がぬぐい切れない。

「聞いたヨ。彼氏君、女の子になったんだっテ? 嬉しいなア……今度こそちゃんと戦えル♪キミをもう1回壊したラ……彼、どんな顔するかなア」

恍惚の表情のリッパ―。

(朝日が来るまで下手に仕掛けない……。二度と朝日に辛い思いはさせない)


朝日達3人とリッパ―護衛3人の戦闘。

グローブでオタクに殴りかかる夕美。拳が体に触れる前に突如青い正方形のブロックが出現し、攻撃を防ぐ。

「せ、拙者の魔法は「クリエイト」。想像した物を創造する魔法でござる」

太っちょオタクがどもりながら説明する。キリストを連想させる神々しい服装に太っちょ体系という点で3人の中で最もアンバランスな見た目を放っている。


中学生は杖から変身させたメリケンサックで深也に殴りかかる。攻撃をスケボーでガードするとスケボーは不自然に粉々に砕け散った。

「まさか触れた物を破壊する魔法?!」 

叫ぶ深也。


再び出会ったホストと今度は敵として交わる朝日。しかしホストは殴る蹴るばかりで魔法攻撃を仕掛けてこない。膠着状態の朝日に深也が「先に月夜ちゃんの所に行け」と叫びかける。朝日はホストを置き去りに戦闘を離脱する。

「良いよ。初めからジョン先輩から「紫水朝日は通せ」と言われてたしね」


リッパ―と月夜の元に全速力で向かう朝日。突然、空から自分を呼ぶ声が脳内に木霊する。

「紫水朝日、再びゲームに戻ってくるとは予想外だったぞ」

声の主は魔法王だった。

「しかも前借りを使う程の覚悟がある魔童子はここ3年で5人に満たない。ルール違反による追放とはいえ、惜しい人材を女王側に流してしまったかな?」

上機嫌かつ余裕の口調の王。リッパ―という切り札を抱えている自信からか?

「今貴方と話している暇はありません」

全速力のダッシュで息が荒れ始める朝日が王に言葉を返す。

「まあそういうな。ジョンドゥ・ザ・リッパ―と戦う前に貴様の闘志を焚きつけてやろうと思ってな」

王に返答せず、走ることに集中する朝日。しかし次の一言は朝日の脚を止めるには充分な一言だった。

「ジョンドゥ・ザ・リッパ―が貴様の母親を殺した」



「キミ、逃げてばかりでつまんなイ」回避に徹する月夜にやる気をなくすリッパ―。

「彼氏君来るまでやる気ないならボクもやーめタ! 暇だから彼氏君? 彼女さん? 来るまでボクのコイバナ聞いてヨ♪」唐突に意味不明な事を言いだすリッパ―に困惑する月夜。相変わらずコイツは言動が実年齢に比べて幼い。暴力だけは強い分、まるで爆弾抱えて見境なく歩き回る赤ん坊のようなヤツだ。

リッパ―はその場で胡坐をかいて座り、1人語りを続ける。

「ボクが小6の時好きな女の子がいたんダ。その子がチョウチョ見て綺麗だって言うからお誕生日に告白してプレゼントに同じチョウチョ上げたんダ」

「そしたらフラれちゃってネ、オマケにその日からボクのこと避けるようになったんダ。酷いよネ。心を込めて告白して心を込めて贈り物送ったのニ。「止まった姿でもっと良く見たい」って言ってたから羽をちぎって飛ばないようにまで気を使ってプレゼントしたのニ……。でも幸運なことに次の日に彼女そっくりなお人形さん見つけてネ、その子を千切って遊んでたらその子を壊してるみたいで気持ちが落ち着いたかラ、全然落ち込まずに済んだんダ♪」

(この人は大切な人を失ったとか、過去に人からひどい目にあったとか、そんな理由でこうなったんじゃないんだ。この人は初めからこうだったんだ)

「貴方は……なんでそんなに人を壊したいの?」恐る恐る聞く月夜。なるべく会話を長引かせて朝日が来る時間を稼がなければ。

「壊すりゆウ? 産まれつきかナ。産まれた時から人間を見ると壊したくなるんダ。不思議と動物や植物には感じないのに人だケ。壊れてないヒトを見ると散らかった部屋を見てるみたいで、壊れていると整理されてるように感じるんダ」

結局彼の行動原理が理解できなかった月夜。

「リッパ―っ!」 リッパ―が声の方を振り向くと朝日が槍先を向けて立っていた。

「やっと来たネ! 本当、この子を壊して良かったヨ。結果的に君とちゃんとした形で壊し合えることになったんだかラ♪」

その発言に怒りむき出しの朝日。

だが月夜への侮辱以上に、今はリッパ―に優先して聞くことがある。

「ジョンドゥ・ザ・リッパ―。お前は4年前の12月24日、何をしていた?」

顔を怒りでゆがめさせながら静かにリッパ―に問う朝日。

「……さァ?チキン食べてタ?」

呆けた顔で疑問形で返答するリッパ―。

(4年前の……12月24日……)

月夜はその言葉に朝日が何を言いたいのか即座に察する。

「紫水……紫水朝顔という名前に聞き覚えはあるか?」

怒りの爆発を理性で抑えながら静かに聞く。

「……知らなイ」

またしても呆けた顔で返答するリッパ―。

「嘘をつくなっ!!!」

理性が決壊し、叫ぶ朝日。

「待って朝日! リッパ―は朝日のお母さんを殺してないよ! 私は犯人の顔を見ている!」

リッパ―の味方をする訳ではないが事実を伝える月夜。朝日が理性を失って飛び掛かったら、カウンター前提の戦闘方法の朝日に勝ち目はない。

「知らないけド……」

言いことを思いついたという表情で悪辣な笑みを浮かべながら口元をニヤつかせるリッパ―。

「3年前の今頃にボク整形しているからカノジョが気づいてないだけかもヨ?」

朝日を焚きつけるための格好の口実を手に入れたリッパ―。

リッパ―のニヤつきがさらに朝日の怒りのボルテージを上げた。

しかし怒りを蓄積しつつも朝日は理性と感情の狭間で再び理性側に立ち直した。

(王は「魔童子の個人情報は魔童子選抜段階で変身石に登録される。だから王と女王は魔童子全員の個人情報を知ることができる」と言っていた。だけどアレが嘘である可能性だってある。コイツを魔童子に選んだような人をボクは信用しない。

それに万が一でもコイツが母さんを殺したのだとしても、反射リフレクトの僕から攻撃を仕掛ければコイツに勝てないことは分かっている。僕が負けるのは月夜を再びコイツに傷つけられることを意味する。

母さんのことは今でも大切だ。だけど母さんの弔いのために月夜を死なせたら、万が一

コイツに勝ったって何の意味もない。

月夜を守れず、母さんとの約束も破るなんてシナリオだけは絶対作らせない)

月夜の顔を見て飛び掛からないだけの冷静さを取り戻し、リッパ―の攻めを待つ。

リッパ―は近接戦闘が主流だが朝日には1つの仮説があった。


積極的に戦いを楽しみたいリッパ―は性格上敵の攻めを待つこと等我慢できなかった。

リッパ―が先に攻撃を仕掛けた。朝日の頬に向かってハサミを突き出す。

朝日はリッパ―の攻撃をいつものように槍で防御する。

ハサミと槍が接触するとかまいたちのような斬撃がリッパ―の右腕を切り裂いた。

血の噴出に驚き、距離をとるリッパ―。

「僕の考えは正しかった。お前のハサミ、杖を変化させた「武装型」の物質じゃなく、杖から放った魔法で創った「放出型」の物質だったんだ。中身が杖ではなく魔法なら、例え直接攻撃ですら僕の反射で跳ね返せる!」 

なおもリッパ―はハサミで4発切りつけてくる。その全てを槍で受け、衝撃を跳ね返す。胸に切り傷が、次に左脚、右頬、右腕とリッパ―の体が裂けていく。

「本当ダ。だったラ……」リッパ―はハサミを捨て、拳を振るってきた。

肉弾戦。確かにこれなら魔力が宿っていない攻撃のため、跳ね返すことはできない。しかしーー

拳を槍で受け止めるとリッパ―は何かに殴られたように拳を振るった方向と逆方向に吹っ飛んだ。

「こっこれでもだめなのカー!」 吹っ飛びながら嬉しそうに叫ぶリッパ―。

「普通の魔童子のパンチやキックなら魔力が低すぎて多分跳ね返せない。だけどお前の体を覆う並外れた魔力を纏うパンチは普通の魔童子なら必殺技と呼んでも良いくらいの魔力なんだ。高い魔力を纏っていれば跳ね返せる。お前があと少し弱かったら僕はお前に勝てなかったけど、皮肉なことにお前は強すぎるから、僕には勝てないんただ」倒れているリッパ―に槍先を突き付けて説明する朝日。

「そうカナ?ボクちょっと思いついちゃっタ♪」

次の瞬間、倒れたリッパ―が朝日の視界から消えた。どこに?

「朝日後ろ!」

月夜が叫びが朝日に届く前にリッパ―は朝日の背後を取り、ハサミで槍を持たない左腕を切り落とした。

「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

朝日の悲鳴が雪景色に木霊する。

左腕が朝日の右横にボトリッと鈍い音で落ちる。

「キミの反射は槍でしかできなイ。だったら速く走って、速く攻撃すればキミを壊せル♪」

いくら朝日に反射があるといえど、槍で防御する間もなく攻撃されれば防ぎきれない。

特に朝日は速い相手を苦手とする。反応できなければカウンターのしようがないからだ。

やはりリッパ―は今まで戦ってきた魔童子達とは基本的な魔力が一味も二味も違う。

魔力の高さが攻撃力、防御力、そしてスピードに直結しているのだから。

固有魔法に頼らない、魔力と肉体だけの戦闘方法でも充分敵を蹂躙してきたのだろう。

肩近くまで左腕を失った朝日。

(痛みで気を失いそうだ。だけどここでこのゲームを離脱するわけにはいかない。何故なら左腕を落とされたってことは現実に戻っても戻らない。これからの魔法戦争ゲームずっと片腕で挑まなくちゃいけなくなる。そうすればコイツを倒す機会は永遠に失われる。

今回のゲームでコイツと決着をつけなければならない。そうしなければ、月夜をまた傷つけられる)

朝日は歯を食いしばり、痛みを怒りに変えてリッパ―を睨みつけた。

「イイかオ♪」

(でもお前は相変わらず楽しむことが優先なんだな。槍を持つ右腕じゃなく左腕を狙った所が。お前の性格のおかげで利き腕を失わずに済んだ!)

痛みで声がでない朝日は睨む顔を緩め、挑発の意味も込めて自信のある顔をリッパ―に向けた。

「あっ、良くないかオ✖」

朝日の自信の表情が気に入らなかったらしい。リッパ―は再び地を蹴り、高速移動で朝日の背後に回ることを試みた。

無事背後に回り込んだリッパ―のハサミが朝日の右脚を狙う。

しかし刃先が朝日の右脚の皮膚に触れる直前で右脚にまとわりついている何かが斬撃を止めた。

桜だ。

月夜が朝日の方に向けて杖を向け、桜を放っていた。

桜吹雪は朝日の皮膚を切り刻むことなく、皮膚すれすれで渦上の形で体に周り、鎧のように皮膚を守っていた。

「私を守ってくれた朝日をこれ以上傷つけさせないっ!」

月夜の顔にはもうリッパ―への恐怖心は微塵もない。

桜は朝日の右腕と左脚を渦上に覆い、完全に朝日の全身を守る鎧と化した。

「へエ……」

珍しい物でも見るような眼でリッパ―は朝日の纏う桜を見た。

そして再び高速移動で朝日の視界から消え、背後からハサミを振るう。

しかしまたしてもリッパーの攻撃は桜に防がれる。朝日の纏う桜吹雪は1人でに移動し、リッパ―の攻撃目標の朝日の首筋にしっかり周り、斬撃を受け止めた。

「無駄よ!」

月夜が叫ぶ。桜は「手動」ではなく「自動操作」だったため、月夜の動体視力も、リッパ―の瞬発力も無関係に、しっかり朝日を外敵から守った。

「かったイ……」

桜の鎧を破壊するため、ミシミシという桜とハサミの摩擦音をたてながら朝日に密着したリッパ―の行いは悪手だった。

せっかく高速移動を持つにも関わらず、朝日が振り向いて槍を叩き込むには充分すぎる程の時間を与えてしまったからだ。

朝日の槍はリッパ―の右脇腹に見事命中し、リッパ―を2、3メートル程吹っ飛ばした。

桜は朝日の槍にまで周っていたため、槍と桜の斬撃が重なった攻撃をリッパ―は受けたことになる。

右脇腹と口から血を流し、倒れこんでいるリッパ―。

「悪ふざけはやめろ。お前が痛みを感じる訳ないだろ」

再び倒れこんだリッパ―の方に歩を進める朝日。

リッパ―は起き上がらない。

痛みを感じないとはいえ、自動回復できる訳ではない。

朝日の一撃は確実に意味のある一撃だった。

とはいえ、全身の繊維を切断されても筋力ではなく魔力で体を操ることもできるリッパ―はわざと起き上がらなかった。リッパ―は心の中で敗北を認めていた。少なくとも「物理的敗北」は。

朝日は倒れ込むリッパ―から10cmない距離まで近寄り、リッパ―を見下ろしながら勝利を宣言する。

「ハサミが効かず、拳も効かない。高速移動からの攻撃も対策した。もしお前に他の攻撃方法が残されていないなら、僕の勝ちだ。さあ、真面目に答えろ!お前は僕の母さんを殺したのか?!」リッパ―を無力化したことで怒りの防波堤を故意に決壊させた朝日。

「……知らなイ」

ボコッ!

馬乗りになり、リッパ―の頬に槍を握ったままの右拳を叩き込む朝日。

「もう一度だ。お前は僕の母さんを殺したか?」

「……知らなイ」

ボコッ!

この繰り返しで5分経過した。魔法戦争ゲーム終了まで後5分を切った。

息を切らし、右拳をリッパーの血で濡らす朝日。

リッパ―は虚ろな表情だが決して痛みが臨界点を越えたから廃人同然になったとかではなく、ただ朝日に殴られるという作業に退屈を感じ始めていた。

顔中痣と血だらけの顔で大きくあくびをする。

その態度を見て、怒りをこめてもう一発頬を殴り飛ばす。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」

(コイツは本当に知らないのかもしれない。いや、最悪なのは覚えてすらいないことだ)

「おもちゃに名前、つけるの好きじゃないんダァ」

この言葉で頬にもう一発。

(どうすれば良いのだろう。記憶操作の水絵さんを呼んできて、コイツに無理やり思い出させるか。水絵さんは魔力の気配的に今回のゲームに参加している可能性はある。だが終了まで後4分だぞ!現実的に言って見つけられるわけがない。

どうすれば?僕は真実を知る前にコイツにトドメを刺さなければならないのか?

コイツに、コイツに……止めを……)

「朝日! こっち見て!」

混乱する頭の中で、月夜の声は一際優しく清らかに聞こえた。バーサーカーへの馬乗りを維持したまま10メートル弱の距離の月夜の方に振り向いた。

月夜は首から下げた変身石を両手で掴み、胸の前まで持ち上げて、朝日がよく見えるようにした。

真剣で曇りのない瞳で朝日に語り始める。

「私の願いは「朝日のお母さんを生き返らせること!そのために魔法少女になったの」

「月夜?なんで……今?」朝日の頭の中は多くの情報で混乱していた。

「だから安心して。弔い合戦なんかしなく良いよ。仮にリッパ―がやったんだったとしても、私が願い事で生き返らせるんだから、これ以上苦しめなくて……苦しまなくて良いよ!」

朝日に向かって熱く訴える。

(分かっている。朝日にとっては4年間我慢してきた感情だ。爆発させて楽になりたいことぐらい。でもその爆弾は私が冷やして熱を抜いてあげるんだ)

「私が生き返らせてあげる」。この言葉がどれほど朝日の心に余裕を生んだことだろう。

もう、奴の頬に拳を振るう理由はなくなってしまった。

「もう……いい。お前は、月夜を苦しめた。多分だが母さんも。だけどお前を苦しめても月夜が悲しむだけってことがよくわかった。だから1思いに変身石を破壊してやる。出せ」

ルールで変身石を身に着ける位置は規定されていない。多くの場合胸に着けている場合が多いがリッパ―の体にはどこにも変身石が見当たらない。何故だ? 

「食べちゃっタ……」

尚も不気味な笑みで一言。

「お前……まさか「願いの前借り」を?!」 

それ以外に変身石を食べる理由なんてない。

「だって、命をかけない戦いなんて面白くないでショ? ボクの願いは「もっと壊したい」。実はボクの治させない魔法、初めは治させないのはゲームの間だけで人間界に戻ったら皆傷治っちゃってたんダ。それじゃ皆緊張感持てないでショ? そしたら願い事が「人間界でも傷を持ち帰る」って魔法に変えてくれたんダ。ボクにとっても、他の少年、少女達にとっても緊張感のある戦いをもたらしてくれタ。至れり尽くせりだヨ♪」

(願いの前借りをすれば記憶をなくすだけで済む魔法戦争ゲームが命掛けのゲームに変わる。まともな魔童子ならそれが願いの前借りをしないデメリットの理由になるがこいつにとってはそれがメリットになっている。しない理由の方がないか)

「確かにボクにキミを倒す方法は残されていない。だからホラ、ボクの変身石を破壊しなよ♪」親指をたてて自分の左胸あたりを指し示す。

「…………」想定していなかった。願いの前借りをした魔法少年と戦うシチュエーションなんて。殺される可能性ばかりを考えてて、殺す可能性の方を考えていなかった。自分が人殺しになる可能性……。


「どうしたノ? やらないノ? でも良いノ? ボクをここで倒さなかったらまた君の彼女を壊しちゃうかもヨ? 次のゲームにでもすぐさまそうするヨ? だって、そうした方が君がどんどん強くなってくれそうだからネ♪」傷だらけでも呼吸1つ乱れていない。痛みを感じないという魔法がこれだけの傷を負っても流暢に話せる余裕を作らせているのだろう。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

「それにいいノ?ボクはキミのおかあさん殺したんだヨ。野放しにしてていいノ?許せないよネ。本当は同じ目に合わせてやりたいんだよネ!」

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

呼吸が荒くなる朝日。選択を考えている。殺すか殺さないか? 他にないのか? こいつを殺さないでこいつに人を傷つけるのを止めさせる方法……。

「さあっ殺セ! 殺セ! 殺セ! 殺セ! 殺セ!!! ボクを殺してお前がボクになレ!!」 

苦渋の選択を迫られる朝日を煽るリッパ―。朝日の脳内で小6の時の母さんの葬式がフラッシュバックし、次にあの日の、雪の上で血まみれで横たわる月夜と、病室で意識不明で眠る月夜がフラッシュバックする。

二度と、あんなことは……あんな思いは……。

「朝日ダメぇ!!!」 

月夜の叫びが届く前に朝日は横たわるリッパ―の胸を槍で貫いていた。

「かはっっ」口から血を吐き出すリッパ―。リッパ―の胸の中の変身石が割れる音と心臓を突き破った感触を槍伝いに感じる。リッパ―の吐血が朝日の頬を濡らす。

「痛みは感じないヨ。だけど感じた方が生きているって感じられるんじゃないかナ……」

そう言い残し、リッパ―は瞳を閉じた。胸からあふれ出る血が雪の上で広がり、白を赤に染め上げていく。

朝日は自分の頬にかかった血の生暖かさから、自分が人殺しになったことを実感した。

「魔法戦争ゲーム、終了です!」 丁度アナウンスが流れてきた。

リッパ―の遺体が脚の方から消えていく。遺体のまま現実世界に戻るのか。

遺体が完全に消えても赤く染まった雪は変わらない。それが誤魔化しようのない、自分が人殺しとなった証であった。

8話:魔女狩りと規則改正

(あいつは人殺しだ。人殺しのあいつを殺した僕は悪くない!)(人殺しだったら殺しても良かったのか?)(あの方法以外月夜を救う方法がなかった)(あいつは母さんも殺した!)(結局殺したという証拠はなかった。王に騙されただけだったのでは?)(ゲーム勝利の願い事で夕美か月夜にあいつを生き返らせてもらうというのはどうだろう?)(ダメだ、二人にも別の叶えたい願い事があるだろうし仮にあいつを生き返らせてもあいつは人殺しをやめないだろう)

殺しの罪悪感から葛藤を繰り返す朝日。女子になったこと以外は家庭も学校も変わらない日々なはずなのに、人を殺した罪悪感が朝日の世界を暗く変えてしまった。

唯一幸いだったことがあるとすれば、リッパ―が死んだ後にゲームが終了したからか、朝日も含めた前回のゲームでリッパ―に攻撃された人達の傷は人間界に戻って治ったみたいだ。無事左腕ありきで日常生活を送ることができた朝日だが心の傷はつけられたままだった(リッパ―の能力と関係あるかは定かではないが)。

「大丈夫か? 朝日」昼休みの教室、心配する深也。今日も放課後月夜と夕美とカフェで会議することになっている。

唐突に二人の変身石が光出す。石を握ると情報が頭の中に流れ込んでくる。

(魔法戦争ゲーム、残り人数が男81人、女75人となりました。加えて魔法戦争ゲームは残り2回で終了することに決定しました。ルールは今までの1時間という制限時間を廃止し、人数を指定する人数まで減らした時点で終了とし、最終日にはゲーム勝利条件を満たすまで戦ってもらいます。

人間界単位で3年半という長きに渡ったゲームも佳境。皆様自軍の勝利のため、頑張ってください!)


放課後、いつものカフェで落ち合う4人。昼の情報について話し合う。

「いよいよ願い事真剣に考えないとなー」願い事を考えていなかった深也

「深也が勝っちゃったら僕と月夜死んじゃうよ」苦笑して返す朝日。

冗談ではないから返しにくい。この4人の中で自分だけが魔法少年なんだ。朝日が魔法少女になってから3対1で居づらさを感じてしまっていたが今回の残り2回というニュースで一層、居づらくなってしまった。だからーー

「悪い。俺これからはこの会議に参加できない」席を立つ深也。

「今までは未来のことなんて考えず次のゲームどうしよう? だけだったから4人で上手くやれたけど、残り2回って現実的な数字聞いてからじゃ、3人とは目的が違うから居られないや」寂しそうに3人に語る。

「だけどお前達は俺の友達だ。もし魔法少年が勝っちまったら、その時は俺が願い事で朝日と月夜を生き返らせてやる! だから心配するな!」 はにかむ深也。

「……ありがとう、深也」朝日がお礼を言うと深也はカフェを出た。

「さて、昼のニュースがなかったら今日議題にしようと思ってたのはリッパ―の手下3人についてなのよね」夕美が話題を替えていく。

「あいつらが弔い合戦をしようと私達を集中的に襲ってくるんじゃないかって話」


その頃、リッパ―の護衛を名乗っていた3人、中学3年生の少年、火流間火折(カルマカオル)、太っちょオタク、太土宅男(タヅチタクオ)、ホスト風の青年、木取屋友好キドリヤユウコウ)はカラオケボックスの中にいた。

「せ、拙者は火折殿と友好殿がリッパ―殿に従おうと言い出すからついていっただけでござるから……。復讐なんて良くないでござる……」

「僕も彼に忠誠を誓ったって訳じゃなくて、彼といた方がゲームを進めやすいと思っただけだから、弔い合戦とかは遠慮したいな」

「俺はジョン先輩の強さと人に恐ろしさを感じさせられる所に憧れた。弔い合戦がしたい訳じゃない。あいつらを倒すことがジョン先輩を越えることになるような気がするんだ」




俺は同級生より背が低く、幼い顔つきなためか、中学校でいじめられている。

中2の休日のある日、ばったり街で同級生の男グループに出会ってしまい、そのまま人気のない路地裏に連れられてストレス発散と称してボコボコに殴られた。人間界に魔法をもちこめない以上、魔法少年になる前と変わらず、こいつらに黙って殴られるしかないんだ。

殴られている中で、路地裏の入り口から男が歩いてくるのが見えた。蛇の入れ墨が顔に入った、不自然に顔白く、ゾンビを連想させる男だった。左手にハサミ、右手に包丁を握り、俺らに近づいてきた。その男は同級生達を次々に切りつけ、殺していった。

不思議なことに俺は恐怖よりその強さに憧れてしまった。同級生達の拳や蹴りを華麗にいなす様が、どうしようもなく美しかったんだ。不覚にもこうなりたいと思ってしまった。でもきっとこの男は次に俺を殺すのだろう。でも少しの時間だけでも人生で初めて憧れの感情を持った男に殺されるなら良いか? 

「キミ、魔法少年?」俺以外全員血濡れて路上で倒れている中、男は俺の胸にぶら下がっているペンダント、変身石を見て言った。

「そうだけど……あんたも?」魔法少年というワードを知っているのだからそれしか考えられない。

男は僕に背中を向けて路地裏から去っていった。

その日の夜、魔法戦争ゲームの招集があった。ゲームの中で、あの男が魔法少女10人弱と戦っている姿を遠くから見た。

同級生達を殺した時と同じように華麗に相手の攻撃を避けて、華麗にハサミで切りつけている。変な例えだけど体使いかダンスを踊っているようにすら見えた。

これが、俺がジョンドゥ・ザ・リッパ―に憧れるようになったきっかけ。




「俺の願い事は「ジョン先輩のようになる」こと。「ジョン先輩を生き返らせる」って願い方もあるけど、あの人にとって他人が死ぬのと同じくらい、自分が死ぬことなんて大げさな事じゃないと、天国だか地獄だかで考えていると思うよ。多分地獄でだろうけど。だから俺は、「ジョン先輩のようになる」って目的のため、あの3人を倒したいんだ」

「……まあ火折殿がそう言うなら拙者はついていくでござるよ。どの道、拙者の「2次元の嫁を3次元に降臨させる」という尊き願い事を叶えるためには避けて通れぬ道でござるしね」

「僕は基本長い物には巻かれたい質だからね。僕の3年間の魔法少年経験の中で1番強かった魔法少年がリッパ―、2番目が君だ。リッパ―亡き今、1番の君についていくよ」

3人の意思は弔い合戦という形ではないにしろ、朝日達と戦う方向に決まった。


夜、朝日の部屋。今日の昼のゲーム残り2回ニュースから、変身石に触れると次の魔法戦争ゲームが何時に始まるのか分かるようにプログラムが変わった。

後3分でゲームが始まる……。

「ねえ朝日、今日ずっと言おうと思ってたけど、もし魔法少女が勝ったら、私の願い事、朝日が決めて良いよ」電話越しから月夜が語る。

「何言ってんだよ。月夜は月夜の叶えたい願い事を叶えなよ」

「私の叶えたい願い事は今も昔も朝日が幸せになること。でもどうしたら朝日が幸せなのか私には分からなかったから、私の目線で朝日が幸せになる方法を叶えてもらおうと考えてた。でも、私が朝日の願い事を貰っちゃった。だから、朝日に願い事をお返ししたいの」月夜は常に朝日への償いを口にする。朝日は月夜に「迷惑をかけられた」なんて思ったことは一度もないにも関わらず。

「僕は僕自身のために願い事をしたんだ。だから月夜も自分自身のために願い事をしてよ」朝日は優しく月夜に言った。心臓の変身石が光出す。ゲームへの招集がかかる。


残り2回の魔法戦争ゲーム、今回のフィールドは夜の砂漠地帯。障害物が少ないフィールドが選ばれたのはなるべく多くの魔法少女と魔法少年を戦わせて短時間で数を減らそうという狙いがあるのかもしれない。

驚くべきことに月夜、夕美が始めから隣にいた。

(ランダムに配置されるならこうはならない。土御門君と昼花さんの時と同じく人為的な意図を感じる。もしかして初めてリッパ―と戦った試合のスタート配置で月夜とリッパ―が同じ位置からだったのも王か女王が仕組んだこと?)

「今回は時間制限がなく、魔法少年、もしくは魔法少女が20人になった時点でゲーム終了となります」変身石から女性の声が聞こえる。

(現状で両チーム70人以上いる。今回で50人も脱落させるつもりか)

「50メートルくらい先に5,60人が固まって戦っている魔力がある。いこう!」 

夕美が指揮をとり、3人は足を運ぶ。

そして、砂漠を歩き続けると先程の複数人の魔力反応があった場所に辿り着いた。

その光景は戦争と呼べる光景だった。60人近くの魔法少女と魔法少年が混戦している。

フィールド全体の魔力を探った時に分かっていたがフィールドの大きさが今までのフィールドと比べて3分の1以下の大きさに縮小されている。これも恐らくなるべく戦わせるための処置なのだろう。

60人の混戦が本当の戦争と違う所があるとすれば全体でまとまっている訳ではない所だろう。当然指揮官もいない。魔法戦争ゲームは少女対少年という形を便宜上しているが実際は1チーム2人~10人で組まれる。10人と仮定するなら500から割り、50チーム対50チームの戦いだ。この混戦も何チームか対何チームかで行われている。

たった3人の少数チームである朝日達にとってこの混戦状態に混じるのは好ましくない。

しかし残念なことに魔法少年の1人が朝日達の存在に気づき、仲間5人と共に走って近づいてきた。

戦いは免れない。

少年5人の武器が朝日達に届く前に突如各辺50メートルはある巨大な黒壁が出現した。厚さは1メートル内くらいで、かなり薄い。

それと同じ大きさの壁がさらに3枚、朝日から20メートル以内周囲に出現し、朝日達を取り囲み、混戦から引き離した。

正方形の砂漠の空間。朝日達以外には3人の魔法少年がいる。

火流間火折、太土宅男、木取屋友好のリッパ―組3人。

(やっぱり弔い合戦に来たか)


リッパ―組3人のうち、始めに飛びしたのはホストの木取屋だった。

高速移動で朝日の背後を取り、杖先を朝日の首筋にふれさせて魔法を打ち込んだ。

喰らった朝日の体が銀色に光りだすが昼花戦の時と同じく、槍を軽く手の平に刺し、反射魔法で体内から敵魔法を退かせた。光はシャボン玉のような球体となり空高く上がり消える。

「前に同じような敵と戦ったことがあるのでその手は効きませんよ。放出型で敵の皮膚に触れて発動するタイプということは、貴方の魔法も人を操るみたいな凄いタイプの魔法なんですね」

「いいや。全然大したことない魔法だよ。「友愛魔法」と言ってね。かけた相手と友達になれるんだ」

(友達になれる? 最強の洗脳魔法じゃないか!)人を操るタイプの魔法にまず外れはないないな実感する朝日。

「君の槍が反射だっていうのは聞いていたけど近接魔法も反射するとは。こりゃ君じゃなくて残りの2人のお嬢さんと友達になるしかないね」

木取屋が標的を変える前に夕美と月夜は戦闘に入っていた。

友美はオタクの太土、月夜は中3、火流間。

太土は想像魔法「クリエイト」で岩石をイメージし、夕美の頭上に降らせるが夕美は高速で回避する。夕美の魔法は「身体強化」、武装型で杖を身体強化できるスポーツウェアとグローブに変化させている。このスポーツウェアとグローブを纏っている時ならパワー、ディフェンス、スピード等の基礎能力でならリッパ―ですら少し凌いでいた。

対する太土のクリエイトは放出型。杖から放出させた魔法の光が頭の中で想像した物をかたどり、現実の物となる。あくまで「物」だけなので敵の死体をイメージしても敵が実際に死ぬ訳ではなく、杖から敵の死体をかたどった肉人形が出現するだけである。

とはいえ、時には銃を、時には刀に変化するという点で柔軟に戦闘に対応できる魔法である。その気になれば核爆弾だろうが、猛毒ガスだろうが創造できる魔法だが本人の想像力に依存するという欠点を持つ。

普段、日常系フィクション作品しか見ず、核兵器も毒ガスも映像の中ですら見たことがない太土がそれらを創造したところで実物の何万分の1程度の威力しか発揮できないだろう。加えて、使い方次第では最強のこの魔法を太土は「見たアニメキャラのフィギュアを創り出す」ことくらいにしか使う気がないのだ。

「可愛い女子だろうと拙者、容赦しないでござるよ!」 

「アンタ、その一人称と語尾どうにかならない? 緊張感失くすわ」呆れる夕美。


火流間対月夜。火流間の魔法は「粉砕」。杖から変身したメリケンサックに触れた無機物は無条件で素粒子単位で数える物質になる。生物に反応しないのは殺しが起きないゲームにするというルール上の都合だったのかもしれない。

この砂のフィールドでは意味のない能力だが対月夜の魔法に対しては意味を持つ。

月夜は杖から桜の波を放ち、火流間にぶつけた。

火流間はそれをメリケンサックで防御。桜は桃色の液体になり、砂の地面を濡らした。

「太土ぃ! 岩ぁ!」 

「ため口良くないでござるよ……」太土が火流間の右横に岩を出現させた。

それをメリケンサックで月夜の方向に殴りつける。

岩は小粒の砂となり、月夜の右頬を撫で切り、切り傷を負わせた。

「アンタの彼氏の反射じゃないけど、殴った物質を飛び道具にもできるんだよ?」

頬から血を流す月夜を見て火流間は思考する。ジョン先輩がこの女を半殺しにしたらあの自分より年下に見えるガキはあそこまで強くなった。そして、ジョン先輩を倒した。じゃあ、もう一度この女を半殺しにしたらあいつはさらに強くなるのかな? 

「ジョン先輩を越える」という俺の目的に、この女は使えるのではないか? 


火流間が思考している時、3つ巴の戦いに横やりが入った。

凄まじい落下音がなり、砂を巻き上げた。

何かが落下してきた。

砂の中からは2人。西洋の鎧を纏った魔法少年とゴシック服の魔法少女。

6人は戦いを中断し、突如出現した2人に視線を送った。

ゴシック服の少女が杖を出し、魔法を放出した。放たれた光の線は途中で6本に枝分かれし、6人の体を包んだ。すると6人の体がつま先から消えていく。

(なんだこれ? まさか問答無用でゲームから除外する魔法とかじゃ?!)

朝日は疑うが槍で反射させる間もなく、つま先から槍を持つ手の方に消滅が回った。

そして、1分もしないうちに6人の体は全て消滅した。





気づくとそこは映画館の劇場だった。朝日の隣に月夜が座っている。他の4人も間隔を空けて劇場の椅子に座っている。良く見ると何故か7つ右隣の椅子に深也までいる。

「さっきのゴシックの子の魔法は……夢を見させる魔法だったのかな?」月夜に聞く。

「違うよ。きっと瞬間移動。ここはソーサリーのどこかだよ」

すると何も映っていないスクリーンに先程のゴシック服の少女と鎧姿の少年がつま先から出現した。瞬間移動魔法できたのだろう。

加えて、2人の真ん中に1人女性を連れている。見た目は20代前半。青いドレス姿でエメラルドのネックレス、ヘッドドレスを身に着けている。第一印象は王女様だ。

「わたくしは魔法女王、魔法王の1人娘、ジャンヌと申します」

第一声があまりにもインパクトのある自己紹介だ。

「貴方達7人をここに呼んだのは貴方方が魔法戦争ゲームの中で最も強い上位7人だと考えたからです。本当は残りの魔童子達を全てここに連れてきたかったのですが父と母に気づかれるまでの時間稼ぎをするにはこの人数に伝えるのがベストだと判断したためです」

「伝える? 何を?」深也が質問する。

「このゲームの真の目的についてです」神妙な面持ちの王女様、ジャンヌ。

「このゲームは父と母の離婚調停。土地の分割区域をこのゲームの勝敗で決定する。表向きはそう伝わっているはずです」

「でもそれは貴方方地上の人間を騙すためのカモフラージュ。父と母の真の目的は、人間界への復讐と土地の強奪です」

しばらく固まる7人だがすぐに火流間が空気を破る。

「へえ、何を根拠に? 大体アンタが王と女王の娘だという証拠は?」

「信じるか信じないかは貴方達にお任せします。ただ、私は魔法使いも人間も、貴方方魔童子も傷つかない方法が真実を伝えることだと判断してお呼びしたのです」

「父と母が貴方方がゲームから消失したことに気づくのに恐らく時間はかからない。ですが真実を知るには400年前、我々魔法使いの祖先の話まで遡らなければなりません」

「時は16世紀の中世ヨーロッパ。魔女の存在が世に明るみになり、魔女狩りと呼ばれる行為が日常的に行われた時代の話です。

ある村に二人の少年と少女がいました。

名をヘンゼルとグレーテル。

二人の村では皆黒の三角帽とローブを纏い、杖1本で生活していました。杖で皿を洗い、杖で畑を育て、杖で火を起こし、杖で動物を狩っていました。

杖から放たれる光や杖をナイフや刀に変える行為を村の外では「魔法」と呼んでいたらしいですが幼い二人にとってそれは当たり前な行為だったのでつけるべき名等ありませんでした。

時を経て、10歳になった二人は父と母に連れられて隣の村や街にいくことになり、そこで初めて自分の村が特別だということを知りました。

村の子共は皆、「村での生活は村の外では絶対に話してはいけない。外では外の人間と同じように暮らしてるように振舞うんだよ」と父母に言いつけられていました。

ですがヘンゼルとグレーテルは別の村の子と友達になった時、うっかり友達に自分達の村の生活を話してしまいました。

その夜、村に侵入者が入りました。

後になって分かりましたが侵入者はその友達の父親でした。

その別の村は例年雨が降らず、作物が実りませんでした。

魔法使いや魔女の仕業なのではないかという噂すらありました。

息子から隣村の生活の話を聞いた父親は事実を確かめるため村に侵入したようです。

そこで杖一本で生活する村人の姿を確認し、魔法使いの村だと確信しました。

そして父親は時の国の王にすぐに報告、王はその村に大量の兵を送り、村人達を惨殺しました。

ヘンゼルとグレーテルの父と母も殺され、二人は命からがら村から逃亡しました。

二人は既に杖を操れたので森の中で暮らすことも普通の人間と比べれば容易でした。

しかし二人だけではやはり寂しい。仲間を求めて国中を彷徨いました。

二人の魔力の高さもあってか、国中の魔法使い達は二人を見つけると積極的にやってきて仲間として村に引き入れてくれました。

ですが国中の魔女狩りの風潮が強まっていき、二人を受け入れてくれた村は行く先々、国の軍隊に存在を暴かれ、燃やされ、殺されていきました。

7つ目の村が燃やされた14歳の時、二人は誓いました。

(魔法使いと魔女が幸せに暮らせる国を創ろう、人間に決して見つからない国を創ろう)

それから二人は魔法の研究に没頭し、6年を経て、異次元に行く魔法と異次元の中に土地と国を創るための魔法を産み出しました。

異次元の中に空と大地、太陽と月、植物と森、川を作りました。

そして人間界に魔法以外で絶対に壊されない門を作り、その扉と異次元を繋ぎました。

結果としてその異次元の中の国は500年近くもの間、人間達に気づかれずに存在し続けました」

「その国が……この魔法世界?」月夜が口を開く。

「その通りです。ヘンゼルとグレーテル……私の父と母は人間界単位で500年前、この国、この世界を魔女狩りから逃れるために作り、少数の仲間と暮らし、生活してきました。

ですが、今この国に寿命が来ています」

ジャンヌは杖を取り出し、スクリーンに魔法をかけた。スクリーンの映像は海岸のような場所。ようなというのは砂浜の先に海がなく底なしの暗闇になっている。そして砂浜の端が溶けるように消滅し、暗闇となる

「土地が消滅し始めています。500年前に創ったこの魔法の期限なのでしょう。このままではこの世界は全て消滅し、完全に暗闇の世界となります」

「だったらもう一度創れば良いんじゃないかな? 魔法王と女王が創ったんでしょ?」

気取屋が横やりを入れる。若干退屈そうだ。前の席に脚をかけて、とても態度が悪い。

「ええ。具体的には父が8割を創ったそうです。ですがその父は500年前に国を創った時、魔法の代償として寿命を犠牲にしたそうです。父曰く後1か月もしないうちに死ぬだろうと」

「そしてこの創造の魔法は誰に教えても使えるものは現れなかった。父の代で終わってしまう魔法です。つまり父が死ねば土地を再生する術は失われ、世界の消滅は免れられない」

「そこでソーサリーに自分達で設置した門の扉を破壊し、再び人間界に行き、人間達の土地を奪うことを考えました。門は人間界とソーサリーに一つずつあり、互いを繋いでいます。ソーサリーの門の扉は簡単に破壊できますが人間界の扉をこちらから破壊する手立てはありません。そこで人間界の人に助けてもらうことを考えました」

「門の扉には石ころ1つ分だけ通せる穴がある。その穴に願い石……貴方達で言う変身石を通し、人間界に散布しました。

願い石は強い魔力の素質を持つ人間にしか見えない。だけど、願い石を拾える程度の魔力では門の扉を破壊することはできない。「最低でもワシと互角の魔法使いでなければ」と良く言っていました。つまり門を破壊するには、「人間界の住人でなおかつ王並みの魔力を持つ素質がある人間」でなければならない。ただ貴方達をこの世界に呼ぶのではなくゲームとしたのは、そんな強い魔力を持つ人間を育成し、選抜するためです」

「そりゃお前達の世界侵略したいから手を貸せとは言えないわな」鼻で笑う木取屋。

「このタイミングで残りゲームの回数を2回に絞ったのは、王の寿命が後数週間しかなかったから?」王女ジャンヌに質問する夕美。

「その通りです」

「土地を手に入れるだけなら人間界に移住するだけでこの国の魔法使い達は暮らせるはずです。

ですがそうではなく侵略という考えに結びついたのは……これは私の憶測ですが……父は人間達に復讐したいのではないかと思います。

500年前、自分の父と母、村の仲間や同じ魔法使い、魔女を沢山殺した人間達に。土地問題等、実は表向きの口実なのではないかと」悲しい表情のジャンヌ。

「違うぞジャンヌ」老いているが逞しさを感じさせる声。聞きなれのある声が映画館の正面出口から聞こえた。

次の瞬間、ジャンヌは光線に頭を貫かれ、その場で倒れこんだ。

「ジャンヌ様!」 「ジャンヌ様!」 ほぼ同時に叫ぶゴシック少女と鎧少年。

「土地問題は深刻だ。人間達は互いの土地に所有権とやらを定めている。本来大自然が産んでくださった土地に「所有権」等とさも自分達の力で手に入れたように語る所が浅ましく愚かしいことだが、我々が住まえば必ず奴らは焼き払うか皆殺しだ。結局、土地を手に入れるには「侵略」しかないのだ」

入り口の扉の前に魔法王と女王が立っている。

そして、ゆっくり階段を下りて、スクリーン前で倒れこむジャンヌに近づく。

「少しリークするのが遅かったな。もし半年前にリークしていたら計画が頓挫していたかもしれないがこの段階まで来たら、真実を知ろうと無意味だ。まあ、一週間前に牢から脱獄したのだから、このタイミングになってしまったのは致し方がないことだがな」

スクリーン前に着く。二人の護衛が倒れるジャンヌの前に出て、杖を王に構える。

「安心しろ。「拘束魔法」だ。1時間は身動きがとれないが死ぬことはない。どんなに愚かな考えの娘でも娘に違いないからな。熊の恐ろしさは熊を見たことのある者にしか分からない。その恐ろしさを知るにはお前はまだ若すぎる。ワシは、熊から家族を守るためなら、子熊ですら囮に使う。ただそれだけだよ」優しい声で娘に語る父親。


「リークするのが遅かったって? 何言ってるんだ? 変身石を破壊すればゲームから離脱できる。全然遅くないね。悪いが今の話が真実なら僕はゲーム降りるよ。僕も家族が大切だから、侵略されちゃたまらないからね」木取屋が席を立ち、スクリーンの前まで来て王に意思表明する。

「いいや、お前達は後一歩、遅かった」木取屋に視線を送り、ボソッと呟く王。

木取屋が自身の変身石を手の平で握り潰した。

木取屋の体は透明になって消えるーーかと思いきや消えなかった。代わりに木取屋がその場に倒れこむ。

「へ? 何?」最前席で座る夕美の足元で木取屋が倒れている。夕美は木取屋の胸に耳を当てた。

「心臓が……止まってる……」夕美が木取屋の死を確認した。

「おおおっおかしいでござろう?! 変身石が砕けたらゲームから離脱するんじゃ……」

太土が恐怖でどもる。

「ゲームのルールを書き換えた。詳しい変更は先程お前達の変身石に送った」

朝日の心臓に巻きつく変身石が光出した。他の全員の変身石も光っている。

朝日は自分の左胸に手を当てた。前借りしてからはこれで情報が入る。

頭の中に直接声が聞こえてくる。


(ルール変更のお知らせです。4点のルールが変更されました。

1.ゲーム敗北時について:従来の魔法戦争ゲームはゲーム脱落時、「魔法に関するあらゆる記憶が消失する」というルールでしたが、次回からは「心臓が止まり絶命する」というルールに変更されました。


2.ノルマとペナルティについて:従来のノルマは3試合に1人の変身石を破壊しなければ試合続行の意思無しと判断し、「魔童子の資格を剝奪し、変身石を没収する」というペナルティでしたが次回からはノルマが1試合中20分に1回、1人の変身石を破壊しなければ試合続行の意思無しと判断し、「自動で変身石が破壊され、ゲーム脱落となる」というペナルティに変更されました。

3.自動脱出機能について:従来は魔童子が死の危険に追い込まれると変身石が命の危険を察知し、所有者が絶命する前に自動で人間界に転送、その後ゲーム脱落扱いとし、変身石が自動で粉々になる「自動脱出機能」を変身石が備えていましたがこの機能を廃止しました。

4.勝利条件について:従来の勝利条件は「異性のチームの変身石を全て破壊する」でしたが次回からの勝利条件は「自分以外の全ての魔童子の変身石を破壊する」に変更されました。

他、ルール変更はありません。


「何よソレ……! これじゃ、ただの殺し合いじゃない!!」 夕美が王に向かって震えた声で叫んだ。

「こっこれじゃ、今まで脱落していった人達の方がマシだったンダナ……でござる」

恐怖のあまり語尾を間違える太土。

「言っただろう、「遅すぎた」と。勝利条件を変更した理由としては複数人勝利者を用意しては命がけになれないだろうと判断したからだ。たった一人生き残れるという命がけの状況でこそ、魔力は高まるものだ。周りの仲間が火炙りにされていく中、断腸の思いでこの国を創ったワシのようにな」

加えて変身石からアナウンスが流れる。

「今回の魔法戦争ゲームが終了しました。ゲームプレイ時間は1時間48分。残り人数は魔法少女20名、魔法少年23名です。次回が魔法戦争ゲーム、最終ゲームとなります。皆様のご健闘をお祈り致します」

自分達が映画館にいる間にフィールドの方ではゲームの決着がついてしまっていたようだ。


9話:願い返し

3日たった。魔法戦争ゲーム最終試合の開始は今日の夜6時42分。時間が正確にわかるというのも結構な負担だ。特に今回の試合だけは。

この3日間、月夜、深也、夕美と楽しい話をした記憶がない。取り乱して、落ち込んで、泣いて、怒って……ずっとそんな会話だった。

命を奪われるゲーム……。もうそれは完全にスポーツから戦争に変わったと呼べる。

しかも男女分けの戦いからたった1人が生き残れる戦いに変えたのは王と女王がもはやこのゲームが離婚調停のためのゲームではないということを隠す気がないという証拠だ。だから他の魔法少女と少年も含めて一致団結して王と女王を倒そうーーと夕美や深也を説得したがダメだった。

「王に私達40人が束になってかかっていっても返り討ちに合うことぐらい、あいつの魔力を感じればわかるでしょ? 隠す気がないのは私達がもう逃げられないことと、500人からの数減らしが既に完了してるからよ」顔をこわばらせて返答するこのこの3日間の夕美。

「これじゃ、初めからチームなんて作らない方がマシだったかもな。そうじゃなかったらこんな状況でも自分のことだけ考えて戦えたのに。どうすれば良いかわかんねえ」苦悩するこの3日間の深也。いつもは他のクラスメイトとも良く話す奴だがこの3日間は学校で1人でいる時間が長い。


「二人には言えないけど実は私は二人ほど落ち込んでいないかも。だって、朝日にとっては今以上苦しくなるわけじゃないから」悲しそうに微笑む3日間の月夜。確かに、僕はもう願いの前借りをしたせいで常時から命がけの戦いを背負っていた。変身石と心臓が一体化している以上、破壊された瞬間死ぬか、破壊された後ルールで死ぬかなんて大差ない。

不幸中の幸いとすら呼べない幸だけど、月夜が二人程悲しまなくて良かった。

だけど月夜も気づいているだろうけど……こうなってしまった以上魔法少女同士でも最終的に戦わなければならない。つまり、月夜と僕で殺し合わなければならない。


学校の昼休み。屋上で僕と深也は呆けたように空を見上げる。

「なんか俺ら付き合っているみたいな噂あるのお前知ってた?」

「そうなの? 初耳」

「あいつらお前が元男だって知らないからあんなこと言えるんだよな」

大きく笑う深也。3日ぶりに深也の笑った顔を見た気がする。

「放課後、集会やるのか夕美から聞いてねえや」

「どうだろうね。あったら出るの?」

「当たり前だろ。この間は魔法少年だからもう出れないっていったけど、生き残れるのが1人なんてルールに変わった今じゃ、少年だの少女だの関係なくなったからな」

丁度携帯がメールを着信した音が鳴った。

「夕美からだ。放課後、集会決行だって」

多分今までで一番気まずい集会になるだろう。



放課後、カフェに集まるいつもの4人。最後の集会にして、今まで一番全員の顔が暗い。

「お前、今の本気かよ?」夕美に問いただす深也。

「本気よ。最終戦は4人で協力はなしにしましょう」

「夕美、どうして?」月夜が悲しそうに聞く。

「情が強まるからよ。もし協力してこの4人が生き残る人数まで減らしたとしても、最後は4人で殺し合わなければならない。その状況になるまで協力なんてしたら躊躇や甘さが必ず産まれるわ」

「だったら……4人で王と女王を倒そうよ!」 泣きそうな顔で叫ぶ月夜

「月夜も分かっていると思うけど、あの二人と戦って勝つより、40人の中で生き残る方がまだ現実味がある話よ。それくらい途方もない魔力をあの二人は持っている。

3人には一度も話したことないけど、私にも命に換えてでも叶えたい願い事があるの。だからこそ、3人と一緒には戦えない」夕美が席を立ち、3人に背を向ける。

「ありがとう月夜、朝日、深也。今日の夜、私に出会ったら、躊躇わずに戦ってね」

カフェを出る夕美。

「この間も言ったけど、俺は願い事で月夜と朝日を生き返らせてやる。ここはブレない。2人どころか夕美だって生き返らせてやる。本当は……夕美の奴にもそう言って欲しかったな……」寂しそうな深也。

友達よりも大切な願い事。そんな願い事があるだろうか? いや、全然あるだろう。

例えば母親と恋人、どちらかの命しか救えない時、どちらを選ぶ? みたいな哲学的な問いが僕の好きなアニメにあった。友人か、それ以外か、というこの状況は少しそれに似ている。

この問いの正しい解答は「沈黙」だった。つまり真剣に真剣に、熟考しないでこの答えを出すような奴は不正解ということだろう。

だが夕美はこの3日間で熟考に熟考を重ね、既にこの「沈黙」という答えに辿り着いたのだろう。その上で、「沈黙」の先の「決断」という所まで至ったのだろう。

「沈黙」を経た「決断」なら、それも正解だと僕は考える。

深也の「決断」も夕美と同じように、この3日間の「沈黙」を経た決断なんだ。

二人の選択が別の「決断」だとしても、「沈黙」を経ているならどちらも正解だ。

「友人を救いたい」という願いも、「友人より大切な何かを叶えたい」という願いも。


「とにかくゲームが始まったら、僕達3人だけでも同じ場所に集まろう。それで3人でスケボーで移動。深也、いける?」

「3人乗りしたことないけど月夜ちゃん小柄だから大丈夫だろ。頑張る」

とにかく作戦だけは立てる。幸い、深也と手を組んでもルール違反にはならなくなった。つまり昔のように回避を深也のスケボーが、攻撃を僕の槍がというコンビネーションが成立する。深也、それに月夜の桜まであれば僕達以外の残り37人が束になってかかってこようが戦える自信すら僕にはある。ただなんとなく付き合っている仲間が何十人もいる人間より、背中を預けられる親友が2人いる人間の方が強い。そう思いたいという願望。


僕ら3人はカフェを出た。できることならゲームが終わった後もまた4人で放課後、夕方まで楽しくここで談笑していたい。


僕ら3人は家に帰らず、6時から始まるゲーム開始を公園で待った。

5時を過ぎた公園は夕焼けに照らされ、子連れも帰宅して誰もいなかった。

僕らは無言で時が来るのを待った。少なくとも、殺し合いが始まる覚悟はできている。

後10秒、9、――5,4,3,2,1……。

いつもように変身石が光る。そしてつま先から消えていく。最後のゲームが始まる。







最終試合は夜の街中だった。変身石の「魔法世界に関するデータ」で閲覧した中にこの街の写真があった。あの街の名前は確かソーサリー中央都市「アトス」。

家々もレストランも人の気配が全くしない。夜だから寝ていると考えられるが魔力も感じない所から避難したのだろう。今回のゲームは20分以内に1人を倒さなければ脱落。のんびりしていることはできない。とにかく一番近い魔力を感じる深也の所に向かおう。



15分経ったが不思議なことに誰にも出会わない。マズい、残り5分で脱落となってしまう。誰でも良いから敵に出会わないと……。

既にどこかしらか僕を監視している気配を感じ取っていたからワザと止まってスキをみせてやった。案の定、魔法が背中から飛んで来た。僕は察知し、その魔法をカウンターで来た方向に跳ね返した。

敵の飛ばした魔法「マグマ」は相手の右すれすれを通り抜けていった。

「はぁっはぁっ……、これでぇ……6人目ぇ」

その同い年くらいの魔法少年は黒と赤を基調とした服装と三角帽で、溶岩を身にまとっていた。

見るからにマグマ使い。そして服と右頬が人の血で濡れている所から何人か既に殺してきているのだろう。

杖を取り出してマグマを飛ばしてきた。明らか魔法で作られたマグマ。

槍で防御し、そのまま攻撃を跳ね返した。マグマは彼が杖持つ右腕に命中し、杖ごと右腕をドロドロに溶かした。

「ギャアァァァァァァァァァ!!!」 彼の劈く悲鳴が周囲に響く。

後5分で自動脱落。僕が死ぬのは構わないが月夜を死なせる訳にはいかない。

だから躊躇はしない。せめて痛みを感じる時間を最小にして、変身石を破壊してあげる。

「痛い、痛い……、許さないっ!」 僕を睨みつけるマグマ使いの少年。

なるべく痛みを感じさせたくないけど、僕の魔法が反射である都合上、敵の能力に依存してしまう。彼がマグマ使いであった以上、反射を使って痛みを感じさせないのはまず不可能だ。

「ここまで来たら……使わない意味もないよな……」少年がボソッと何か呟くと首にぶら下げる変身石を外し、手の平に置いた。

次の瞬間、少年は変身石を口に含み、飲み込んだ。

「まさか!!」 僕が割って入る前に少年は願い事を口にした。

「変身石ぃ! 俺をこのゲームで最強の魔法使いにしろぉ!」 

少年が叫ぶ。少年の体で飲み込んだ変身石が胸のあたりで赤色に光る。

だが30秒経過しても何も起こらない。

「は?! なんで??」

「願い事が不釣り合いすぎるんだよ」僕が答える。

「変身石が叶えられる願い事の大きさは魔法使いの魔力の大きさに依存する。

君の魔力じゃ最強にしてくれなんて願い事は叶えられないんだよ」諭すように説明する。

「はあ? ふざけんなよ? 俺だってここまで生き残ってきたんだぜ?!」 

気持ちはわかる。ここまで生き残ってきた以上、どんな願い事でも叶えられる気になるだろう。でも、変身石は正直みたいだ。彼の願い事が届いていない。

願いの前借りの準備をされて僕の劣勢かと思ったけど、これはもしかしたらチャンスなのかもしれない。どの程度の魔力ならどの程度の願い事が叶えられるのかというモノサシになる。彼には申し訳ない考えだけど。

「いいぜ、だったら願い変更だ。そこのガキより俺を強くしろ!」 

彼の体内の変身石が点滅し始めた。点滅は願いを受け入れた合図。

マグマ少年の体が光りに包まれる。そして光が止み、彼の願い事は完了された。

でも1つだけ幸いだった。もし彼の願いが「僕を殺せ」だったら死んでいたかもしれない。ただし、そう願って彼が生き残った所で、彼自身が強くなるわけじゃないので、他のプレイヤーに倒されて終わっていたと思うから、その願い方がベストだったと僕も思う。

彼の見た目に変化は全くない。大きく違うのは纏う魔力の総量だ。

前借りの効果で強くなっただけある。感覚的にはリッパ―を上回っている気がする。

再び杖先を僕に突きつけるマグマ少年。そして先程より大きなマグマを噴射する。

当たれば跡形も残らず体が溶ける。だが僕はあえて避けない。

槍を回転させ、盾のようにして自分の体を覆わせた。

盾に触れたマグマは彼の方に反射する。先程よりも勢い速く放出していたものだから、反射するマグマの速度も先程より速い。

「あばっ!」 マグマは彼の全身を飲み込んだ。

マグマが通り過ぎた後には服を着た骸骨が立っていた。

「結果として苦しませてしまった……」僕は自分の戦闘方法が反射だったことを気に病んだ。

リッパ―戦の時も感じたことだけど、相手が強くなればなるほど、この反射魔法の威力も上がる。魔力に頼らない戦闘方法に頼る相手には滅法弱いけど、そうでなければ大体の敵に勝てる。

とにかく1人倒した。だが20分後にまた脱落となる。ちっとも休める余裕はない。

次の敵を探しに行こう。





「月夜、私と戦う?」ばったり私と出くわしてしまった夕美が質問する。

「嫌だ、戦いたくない」泣きそうな顔で私は答える。

「私を倒さなければ朝日を助けられないんだよ?」

「へ?」

「アンタ、もし勝ち残ったら願い事で朝日を生き返らせる気でしょ?」

「……夕美も、深也君も、3人とも生き返らせるつもりだよ?」私は本気だ。

「無理だよ。願い事は大きければ大きい程叶えてもらえない。できて3人のうち1人だよ」

「やってみなくちゃわからないじゃない!!」 私は涙声で叫んだ。

「……そうだね。月夜はそういう子だ。じゃあ、その願いを叶えるために、私を殺さないと」夕美も寂しそうに言う。

「……できないよぉ」私は思わず本気で泣いてしまった。

「そうだね。私もできない。私の願いは私自身より大切な願いだけど、友達とは比べられない、比べちゃいけない物だった」

「でも1つだけ見つけたんだ。友達も願い事も大切にする方法」

夕美は首にかけている変身石を外して、飲み込んだ。

「夕美?!」 

夕美の胸のあたりが光る。そして願い事を体の中に向かって叫ぶ。

「変身石! 私の弟、夕樹の傷を全て治さないで!」 

変身石が点滅する。そして体内の光が夕美と分離して、球体が浮かぶ。

球体は空高く真上に飛び、消える。

「願い事……叶ったんだよね……」全ての体力を使ったように疲労困憊した様子の夕美。

そして、夕美は杖を取り出した。

私は一瞬構えた。

次の瞬間、夕美は杖を自分の左胸に突き刺した。

「がはぁっ!」 吐血する夕美。

「夕美! 何して……!」 

倒れた夕美に近寄る私。

私の手を握る夕美。かすれ声で何かを喋っている。

「わ、私の弟ね、3年前、小学校からの帰り道にトラックに轢かれそうな友達をかばって代わりに轢かれて、ずっと意識不明なんだ。もし意識があったら今頃中2だったな。ずっとずっと、あいつに何もしてやれないのが悔しくて……そんな時に魔法戦争ゲームに選ばれて、凄い嬉しかった。あいつを元に戻してやれるかもしれないって思って」

「でもゲームが殺し合いに変わった時、私、皆の命を奪ってでも弟を助けたいって思っちゃってね……。でも昨日帰りに弟の病院よったらね……弟が助けた友達が来てて……その子、3年間ずっと病院に通っててくれたみたいでね……その姿見たら、友達犠牲にしようとしている自分が情けなくなっちゃって……それで……弟を助ける方法、1つだけ思いついたんだ。逆のことを願って脱落すれば良いんだって……。これで私が消えれば、前借りのペナルティ、「利息の徴収」で「傷を治さない」って願いは「治す」に書き換わる……」

「夕美! もう喋らないで!」 涙で夕美の顔がぼやけて見えたが、もうわかっていた。夕美は助からない。

「月夜……あんたがもし勝って、どんな願い事をしても、私は責めない。誰かにとって間違ってたり、誰かを犠牲にした願い事だったとしても、私だけは責めない。忘れないでね」

夕美は私の手を放し、目をつむり、動かなくなった。



どういうことだ? フィールドの四方八方で小さかった魔力が突然爆発的に上がる現象が起きている……。

気候で例えるならちょっと寒いくらいの日に突然氷柱の雨が降り出す程寒くなるような、動物で言うならトカゲがいきなり恐竜に成長するような。

2つ3つじゃなくて10か所くらいから感じる。間違いない。これは願いの前借りで強さを願ったことによる現象だ。

考えてみればここにきて願いの前借りの使用者が増えるのは必然だ。今までのゲームでは変身石を破壊されたら「記憶消失」というペナルティが「死ぬ」というペナルティに換わるという点で、死にたがりか命がけの人くらいしか使わなかったのだろうけど今、通常ルールが「死ぬ」というペナルティなんだ。魔童子全員が使える願いの前借りを温存しておく意味はない。特に自分より格上の魔童子に当たってしまったら当然、生き残るために前借りを使う。自分が強くなるという願いなら死んだ後に取り立てられる「利息」も発生しない。

……もしや、この状況こそ王達の狙いだったのかもしれない。自分の身が危険な時、誰しも「強さ」を願う。王達の目的は「より強い魔法使いを作り出して人間界とソーサリーを繋ぐ扉の門を破壊してもらう」こと。その目的を達成するには「他人を生き返らせたい」とか、「金持ちになりたい」とか、そんな願いをされちゃ困るんだ。「強くなりたい」と願ってもらわないと……。このルール改変の狙いは「願い事の誘導」だったのかもしれない。


あの曲がり角を曲がると2つの魔力がぶつかっている地点を通る。深也もこちらに向かってくれているみたいだけど、この地点は避けて通れない。

角を曲がった所は公園だった。ヒマワリも咲いてて、常時ならさぞのんびりできる。

だがーー僕の視界に映ったのは三角帽を被った死体の山でできた血染めの公園だった。

ヒマワリも滑り台も、木も自然も、皆血染め。

10、20くらいの魔法少女と魔法少年の死体。ハエすらたかっている。

自動脱出機能がなくなったこのゲームは文字通り戦争。この三角帽の死体の山は戦争を十分体現している。僕は気持ち悪くて吐いてしまった。

真っ二つになった杖や粉々になった杖もそこら中に散乱している。

明らかに複数人での殺し合いの後だ。

憶測だが、始めはチーム同士で戦っていたが、最終的に生き残ったチームの誰かが裏切り、内部分裂したのではないか? 今までのようにチームの様相を保っているなら、この大人数の死体の山になるのは考えづらい。

その時、爆発音がした。音の方向を振り向くと公園外の歩道で二人の魔法少女が戦っている。しかも両方見覚えがある。

1人は銀のOLスーツ姿に三角帽。僕の失った記憶を戻してくれた魔法少女、名前は確か木絵さん。

もう1人は王女ジャンヌさんの側近だったゴシック服の魔法少女。

二人とも既に長期戦をしているようでそこら中傷だらけだ。

「とっとと願いの前借りを使ったらどうかしら?」キビっとした口調の木絵さん。

「あら、お先に使って頂いてよろしくてよ?」プライドが高そうなゴシック少女。

「あの20人と違って貴方も分かっていらっしゃるのでしょう? そうでなければ生き残らない。もし1対1の戦いで先に前借りで「相手より強くなりたい」と願えば、次に相手が同じことを願えば、後出しした方が勝利する。そこに気づかないバカから敗北する。あそこの死体の山がそいつらです」

「あら冷たいですわね、あの死体の中に貴方の双子の妹もいるんですわよ?」

僕は思わず死体達の顔を確認した。

本当だ。あの時もう1人出会った双子のOLの水絵さんが腹に空洞を空けて死んでいる。

「心配いりません。優勝して生き返らせますから。それより貴方の方こそ鎧の男性を失って心中穏やかではないのでは?」

僕は再び死体の顔を確認する。あった。ジャンヌさんのもう1人の側近だった西洋鎧の魔法少年。

「貴方と同じ理由で問題ありませんわ」余裕を見せているが歯を食いしばっている。心中穏やかでないことが明らかだ。嘘を隠し切れない子なんだ。

対して木絵さんはポーカーフェイスだ。あれは自信からきているのだろうか? 

そして二人は殴り合い蹴り合いを始めた。

あの二人もリッパ―の魔力に匹敵するくらいの魔力量がある。

正直、そんじょそこらの魔童子だったら魔法を使わず、体術だけで倒せる二人だろう。

それにあの二人は魔法を使わないのではなく使えないのかもしれない。

木絵さんの魔法は「記憶操作」。杖で触れた相手の記憶をいじる放出型。

だが「記憶操作」なんてハイスペックな魔法にリスクがない訳がない。あれも昼花さんの「絶対遵守」や木取屋さんの「友愛魔法」と同じで、杖で相手の体に直接触れないと掛からないタイプなんだ。

ゴシック服の少女は「瞬間移動」。これは勿論回避には使えるだろうけど攻撃魔法じゃない。

攻撃用の強力な魔法を持たない魔法使いは体術に頼るしかないってことか。

二人の組手は素早くて目で追うのが大変だ。

殴る、防御、蹴る、避ける、殴る、避けて後ろを取る……、ダメだ目で追えなくなってきた。

試合開始から既に1時間を超えた。もしあの二人がスタート地点からここにいて、この20体の死体の山ができるまでぶっ続けで戦闘していたなら……どちらも体力と魔力の限界なはずだ。

殴り合いを二人は同時に止めた。二人とも意識朦朧として明らか限界なのがわかる。

さっきの会話は二人とも強がりだったんだ。乱れた呼吸と傷の痛みを精神で誤魔化して。

「瞬間移動」と「記憶操作」。聞くだけで相当な魔力を消費しそうな二つの魔法。あの二人には固有魔法を使うだけの魔力も残されていないからああやって体術に頼るしかないんじゃないだろうか?あの20人の死体の山を見れば、この戦いがどれだけの死闘を繰り広げた後の戦いかなんて、容易に想像つく。

ゴシックの少女が首の変身石を外した。この所作だけで願いの前借りをする気だというのがもう分かる。

「ふふっ願ってもない」顔中に汗を流しながら不敵に笑う木絵さん。

「貴方、先程、「先に前借りを使った方が負ける」と言いましたわね?」

ゴシック少女も乱れた呼吸を整えながら顔中汗まみれで喋っている。

「ええ、それが何か?」

「1つだけ……先に願った方が勝つ方法がありますわ……」

木絵さんはしばらく固まって考える。そして事に気づき、顔を真っ青にして自分も変身石を首から外す。

ゴシック少女と木絵さんはほぼ同時に変身石を飲み込んだ。既にどちらが先に願い事を叶えるかのスピード競走になっている。

二人の左胸のあたりが光出す。変身石と心臓の同化が完了した証拠。後は願い事を言うだけ。

「このOL女をーー」

「このゴシック女をーー」

「殺せ!!!」 「殺せ!!!」 二人の最後の言葉は見事に重なり、同時だった。

変身石が点滅する。願いを受け入れた証拠。

そしてーー

二人は同時に倒れた。木絵さんは白目を、ゴシック少女は祈るように目をつむって動かない。心臓が停止したのだろう。

「現状報告です。現時点で魔法戦争ゲーム残り人数、魔法少女2人、魔法少年3人となりました」

静かな公園で体内の変身石から脳内にお知らせが送られた。その声色はあまりに業務的な口調で、この惨状を軽くあしらわれているようだった。


残り5人。魔法少年は恐らくリッパ―組の2人と深也だ。もう1人の魔法少女は……。

いや、分かっている。月夜の魔力をまだ感じる。でもそれが意味するのは……。

夕美が死んだ。どうして死んだのかまでは分からないけど。

……ダメだ、こんな考え。「月夜が生きてくれてよかった」なんてのは。

友達2人を天秤にかけてどっちが大切かなんていうのは考えること自体が最低な発想だ。

……でも今更僕が「最低とは何か?」についてなんて考える資格もないのかもしれない。

人を2人も殺した僕には。

それに、資格とか罪とかについて考えている暇を与えてくれない。20分に1人殺すルールである以上、残り5人なら1時間もしないうちにゲームは終わる。

今3つの魔力が近くにいるのを感じる。深也とリッパ―組2人。

あの角を右に曲がってさらに左に曲がったところにいる。

さらに走るスピードを上げる僕。その時――

3つのうち2つの魔力が同時に消えた。変身石から再びアナウンスが入る。

「現状報告です。現時点で魔法戦争ゲーム残り人数、魔法少女2人、魔法少年2人となりました」

2人ということは誰か1人が死んだ。誰だ? 決まっている。深也かリッパ―組2人のどちらかだ。今リッパ―組と深也で戦っている。どちらが生き残りやすいなんて言うまでもない。

急がなきゃ! 急がなきゃ! 急がなきゃ! 

既に息が切れ始めている。

もうすぐだ! もうすぐだ! もうすぐだ! 

後3秒、2,1……。


そこは魔法王の敷地だった。

敷地の門は露骨に空いていて「戦って良いですよ」と言わんばかりだ。

中には城と庭。庭の真ん中に噴水があるが戦闘の跡で破壊されている。

そして噴水の中には死体が。

その死体はオタクの人の死体だった。全身から血を流し、頭部がない。

太った体型じゃなかったら別の人と見間違えていたかもしれない。

僕はまたも不謹慎な事にその死体を見て安堵してしまった。

門をくぐり、庭の中に入ると先程の安堵は吹き飛んでしまった。

敷地の門を壁に、もたれかかった姿で倒れている深也とすぐ傍で棒立ちで眺めるリッパ―組最後の1人、火流間火折。火流間も深也も服が血濡れていたが火流間のメリケンサックが特に重点的に血濡れている。

走って近寄る僕。僕の存在に気づき視線を向ける火流間。そしてーー遠目からでは良く見えなかった深也の姿がはっきり見えた。

胸のあたりにぽっかり特大の穴が空いている。穴から噴き出る血は留まることを知らない。確かめるまでもなく分かる。死んでいると。

呆然と深也の死体を眺める僕。死体の横には粉々になったスケボーがある。

変身石が再びアナウンスした。

「現状報告です。現時点で魔法戦争ゲーム残り人数、魔法少女2人、魔法少年1人となりました」

「遅かったね。後もう少し助っ人早ければ親友さん、死なずに済んだのに」

せせら笑う火流間。

「色々状況報告するとね、あのオタク、太土は親友さんが殺ったんじゃなくて俺がやったんだ。あいつ、ゲームのルールが変わってから「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」って連呼してうざかったから」

「それにアンタとやるのにあの太土の力借りるのもずるいし、何よりジョン先輩は1人の力で切り抜けてきたんだから俺も見習わないとなって思ってさ」

せせら笑いを止めない火流間。だからなんだ? 

「…………」

目の前が真っ暗だ。幼稚園から中学まで友達がいなかった僕の初めての友達、深也。

彼となんで一番気が合ったかって思い出すと、僕の一番好きな物を好きだったからだ。

(へえ、魔法少女サンムーンか、懐かしいな)

好きなアニメを聞かれたから答えた時の深也の反応。僕は今まで通り気持ち悪がられるのを覚悟で、ありったけの勇気で答えたのにあっけらかんとした返答。

(深也も見てたの?)

(ああ。滅茶苦茶考察できる所あって面白かったよな。ちょっとエッチだった気もするけど。そこが周りの奴に気持ち悪がられた点かもな)

(……今までこのアニメの話をして気持ち悪がらなかったのは深也が初めてだよ)

(思わないよ。それに、仮に周りの人間がお前の好きな物を嫌っても、自分だけは好きだって言い続けろよ。お前が俺にあの作品を好きだって言わなかったら、好きな作品が同じ相手同士で繋がるチャンスをなくしちゃってたぞ)

(そう……かな?)

(そうだよ。どんな物だって、好きだって言葉にし続ければ仲間は集まってくるもんだから。敵も増えるかもしれないけどな!)はにかんでそう言っていた深也。

ああ、もし深也との「この先」があったなら、月夜ともあのアニメで盛り上がって、3人でイベントいったりした未来もあったのかもしれないな……。何なら夕美にも見せてたらはまって、4人で行ってたかも。

火流間への怒りを悲しみが上回っていた。涙が勝手に溢れてくる。

「泣いてるんですか? アンタ俺より年上らしいのにしっかりしてくださいよ!」 

せせら笑う火流間。中学生らしい、自分が世界で一番強いという主張を感じさせる笑い方だ。

「さて、泣いてないでやりましょうよ。アンタとだけは絶対に俺がやるって決めてたんだ。ジョン先輩を殺したアンタを殺して、俺は先輩を越えるんだ。親友さんの死体だけじゃ気合入らないなら、先にアンタの彼女殺しに行きましょうか? 親友より恋人の方が、殺した相手への殺意持てるかな?」

「……ふざけるな……」

「へ、なんて?」ワザと聞こえなかったフリをしておちょくる火流間。

「親友より恋人の方が? そんな発想そのものが幼稚だ。親友だろうが恋人だろうが、大切な物を比べてどっちの方が大切かなんてのはガキの考えだ。ただの、ガキだ。

産まれて初めてだよ。小学生の時、机に虫入れられたりトイレで水かけられたりした時だって、ここまでじゃなかった。お前を殺したい。人を殺されたからって人を殺したりしちゃいけないって、言葉で分かってても心が理解できない。

でもお前よりましか。人を殺されたからって人を殺したりしちゃいけないって、心は勿論、言葉ですら理解できてないお前よりは……」

「オ―怖い怖い。でも親近感ありますね。丁度昨日、机に虫入れられて、トイレで水かけられましたから。僕もいつか親友と彼女作って誰かに殺されたら、今の貴方の気持ち、わかるかなあ?」

「わからなくて良いよ。今死ぬお前に親友と彼女ができる機会はないから」

粉々の深也のスケボーを拾い、破片を火流間に向けて反射させた。前に深也からスケボーが杖を変化させた物じゃなくて杖から作り出した物だって聞いててよかった。

豪速の破片を火流間はメリケンサックで防御、瞬時に粉々になった。

……良く見るとあいつの変身石がどこにもない。

ポケットの中にあるのか? 嫌、違う。少なくともこの最終戦で変身石を体に身につけていない魔童子を見たら疑うべきことは1つだ。

「お前……前借りを使ったな?」

「あら、バレちゃったかー!」 

「そう。どうしてもアンタと1対1でやる力が欲しくてね、試合が始まってすぐに願ったんだ。だけど「アンタを越える」とか「アンタを殺す」とかじゃ意味がない。あくまでアジョン先輩のような強さでアンタを殺したかったからね。

だから「ジョンドゥ・ザ・リッパ―のように強くなりたい」って願ったんだ。

そしたらさ、なんと! ジョン先輩の「傷を治させない破壊」と「痛みを感じない」魔法の二つを手に入れたんだ! 最高だよ!」 

子供が欲しかった玩具を手に入れた時のように笑う火流間。

「さらにスペシャルボーナスでもう一つ能力を手に入れたんだ? 何かわかる?」

僕はこれ以上ガキのおしゃべりに付き合っても制限時間が無くなると思い、槍を前に構えて突進した。あいつのメリケンサックの魔法は「無機物を粉々にする」。あいつのメリケンサックと僕の槍が触れた所でカウンターする。そうすればあいつのメリケンは粉々になり、無力化できる。

槍先は無事、火流間のメリケンに届いた。がーー

カウンターが発動しない。何故だ? 

「なんでカウンターが発動しないでしょう?」

耳元でそう囁いた火流間。次の瞬間、火流間のメリケンが僕の槍を持つ右腕に触れ、肘より先を吹き飛ばした。

僕の肘より先の右腕が宙を舞い、生々しい音を立てて地面に落ちる。

「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

痛みのあまり叫ぶ僕。その場に膝をついて、肘より先がなくなった右腕を左手で押さえる。

でもなんで? 無機物しか破壊できないんじゃ? 

「これがスペシャルボーナス♪無機物だけじゃなくて生物も粉々にできるようになったんだ♪ジョン先輩のように生物に効く魔法にしてくれたの気が利いているよなー♪」自分の思い通りの展開に嬉しそうな火流間。

「しかもオンオフがつけられる。さっき槍でカウンターしてメリケンを粉々にしようとか考えてたんだろうけど能力をオフにしてたから反応しなかったのさ! 今になって思うとアンタのカウンターはオンオフがつけられる相手に弱いんだなあ!」 

腕の痛みでめまいがする。こんな状況ならリッパ―の「痛みを感じない」魔法が役に立ちそうだ。

そうか、深也の胸の穴もこれにやられたのか……。

「さて、本当はもっと楽しみたいんですけどね。アンタには期待しているんですよ俺は。超えるべき壁がこんなに柔くてはつまらないですからね。今からアンタの彼女を殺して、死体を持ってきます」

火流間は膝をつく僕に背中を向けて、屋敷の門を抜けようと歩み始めた。

行かせるか……これ以上……大切な人を……。

僕は落ちている右腕が握る槍を自身の右手から離す。まだ硬直してなかったのが幸いだ。

槍は先程の落下の衝撃で先端の刃が半分欠けていた。地面に落ちている欠けた半分をポケットに入れ、刃が半分になった槍を左手で握る。

「待て……」

痛みで声すら上手く出ず、かすれてたが、火流間を呼び止めた。

歩みを止めた火流間がこちらに向き直った。

「アンタ……前借り既に使っちゃった人ですよね?」

僕の方に向かって歩み始める火流間。

「はあ……。俺的にはジョン先輩の方が強かった気がするなあ。こんなことならアンタが殺す前に俺が挑んどきゃよかった。殺されてたと思うけど」

本気で落ち込んでるようだ。

「お前に……1つ……言っといてやる……」

かすれ声で僕はゆっくり言う。

「お前は……リッパ―みたいには……なれない」

その言葉で、初めて火流間の本気で怒った顔が見れた。

それはそうだ。こいつの願いは「リッパ―のようになりたい」。心からの願いを叶わないと否定してやれば誰だって怒る。

「死に損ないが……今なんて?」

「お前はリッパ―のようにはなれない。リッパ―と同じ能力を手に入れた今のお前でも……。リッパ―は人との関係にまるで興味がなかった。人はあいつにとって壊すことが楽しいだけの玩具だった。親友とか……恋人とか、人間関係を欲しがらなかった。

だけどお前は違う……お前ははっきりと……さっき欲しがった。「僕もいつか親友と彼女作って誰かに殺されたら、今の貴方の気持ち、わかるかなあ?」……だって? そんなセリフは、親友と恋人を欲しがっていなきゃ出ないセリフだ。

リッパ―の持ってた能力は……あいつの無神経な精神があってこそ、発揮される能力だ。お前にあの無神経な精神は持てない。

お前と同じ目にあったことがあるからこそ分かる……中学生の時傷ついた人は……高校で最高の友達と恋人を手に入れるんだ。そう決まっているんだ。もしお前がこんな最低なゲームに参加して……リッパ―に出会わなかったら……お前の「いつか」は実現したんだ……」

泣き落としなんかじゃない。僕は本気で言っている。僕も深也や夕美とこのゲームで出会わなかったら、月夜が手を差し伸べてくれなかったら、いじめで心折れていた。リッパ―に憧れるような奴になっていた。

「だから……なんだ?」憎悪の目をむき出しにして迫ってくる火流間。

僕は泣き落としでこんなことを言ったんじゃない。お前を挑発するために言ったんだ! 

「お前は悪い奴に憧れているだけのただのガキだ! 悪にもなりきれないし、まともにも戻れない、可哀想な奴だ!  悪に片足突っ込んで、引っ込みがつかないだけの奴なんだ! お前はリッパ―のように恐怖で他人に一目置かれることもできない。視界にすら入れてもらえない! 良い奴としても構ってもらえなければ、悪い奴としても構ってもらえやしない!」 

「黙れ黙れ黙れ!!!」 

いよいよ火流間は激怒した。

「今すぐ殺してやる! その口粉々にして喋れなくしてやる!」 

火流間は右手のメリケンサックの拳を僕の口元に向かって叩きつけようとした。

僕は槍で防御した。僕の槍は真っ二つになる。どうやら今のは魔法効果をオフにしていたみたいだ。腕力だけで槍を破壊した。

「死ね!」 

振るった拳の反対、左手の魔法オン状態のメリケンを顔面に叩きつけてきた。

僕は左手をポケットに突っ込み、槍の破片を取り出し、メリケンを受けた。

破片だろうと槍と同じ、魔法を持っている。拳の衝撃を火流間の胸元に向けて流した。

衝撃波は火流間の胸に命中、火流間の魔法がそのまま自身に返る。つまりーー

グシャァッ

肉が潰れる生々しい音。火流間の上半身に特大の穴が空いた。

予想通りだ。皮膚を殴ってきている以上、無機物破壊ではなく生物破壊の魔法を使っているに決まっている。

火流間は5メートル近く吹き飛び、大の字で倒れる。穴から血が止まらない。痛みを感じない魔法があっても、心臓ごとなくなれば即死は免れない。

僕はゆっくり立ち上がる。右腕の痛みでめまいが止まらない。

嫌な奴だった。深也と同じ死に方をして、自業自得だと言ってやりたい。

でも他人事じゃない奴だった。大切な人がいるかいないか。あいつと僕の違いなんてそれだけだった。僕も、リッパ―に憧れた未来があったかもしれない。

僕はマントを一部破り、包帯代わりに右腕に巻き、止血した。

その時――

「現状報告です。現時点で魔法戦争ゲーム残り人数、魔法少女2人、魔法少年0人となりました」

「さあ、月夜の所に行かなくちゃ……」

変身石のアナウンス。残り人数なんて分かっていることだけど、万が一でももう1人でもいたら大事だ。そういう意味で、このお知らせは僕を安心させた。

……まてよ? 僕はなんで月夜の所に行こうとしてるんだ? もう月夜を苦しめる奴らはいないんだ。

もう僕の役目は果たした。願いは果たした。「月夜を守る」、変身石に願わなくても叶った。安心して……僕は死ねる……。

僕はそのまま地面に前のめりに倒れ、意識を失った。


「あ……ひ…………して……、さ……かり……て、」

……誰かの声がする。なんか懐かしい人の声だ。

(朝日泣かないで! 家までもうすぐだから)

(ひっぐすっ……ぐすっ……ひっ……)

どうやら夢の中みたいだ。でも懐かしい、これは確か小3の時だ。公園でいじめっ子達に魔法少女ネタでいじられて、喧嘩して、転ばされて膝怪我したんだ。月夜がいじめっ子達追い払ってくれて、歩けなかったからおんぶしてくれたんだ。この頃から迷惑かけっぱなしだな、僕。

(朝日しっかりして。いじめっ子なんかに負けちゃだめだよ!)

((……っていっても、私のせいなんだよなぁ……。あのアニメ朝日に見せたりしたから))

あれ? 何だこれ? 月夜の心の中の声が聞こえる。

(だって……あいつら月夜ちゃんが見せてくれたアニメバカにするから……)

(ふふっ、そんなことで怒ってたの~)

呆れてるな月夜……。

((でも……嬉しいなあ、私の好きな物で怒ってくれて……))

(でもダメだよ、男の子は魔法少女なんかじゃなくてヒーロー物みないと。仲間外れにされちゃうよ?)

(良いよ、仲間外れで。だってあのアニメ凄い面白かったもん!)

(そっか……、ありがとう! でも、男の子はヒーローにはなれても魔法少女にはなれないから……)

(そーなの?)

(そうだよ)

(……じゃあ僕、魔法少年になる!)

(へ? 何それ?)

(魔法少年なら男でもなれるんでしょ? 僕が魔法少年。それで、月夜ちゃんが魔法少女! これなら、月夜ちゃんとお揃いだし、クラスの皆とも仲良くできるでしょ?)

(……あはははは! 変な朝日!)

ああ僕こんなこと言ってたんだな。月夜おんぶしながら大笑いしてる。

今になってこんなこと思い出すのって走馬灯なんだろうな……。僕は死ぬんだ。

僕は結局なれたのかな? 願い、叶えられたのかな? 月夜にとっての魔法少年ヒーローになれたのかな? 



「う……うーん……ここは……天国?」

「天国じゃないよ」

目を開くとそこは魔法使い達の街の中だった。僕は月夜におぶられているようだ。

「つく……よ。痛っ!」 

「動いちゃだめだよ。右腕失くしてるんだから。でも安心して。私が絶対治してあげるから」

月夜は僕をおぶりながらも街中を見回している。

「無いなあ病院。魔法使い達ってまさか病院行かないのかな? 全部魔法で治しちゃってたり?」

「……ふっはははは!」 

僕は懐かしさのあまり思わず吹き出してしまった。

「何笑ってるの?」

「ごめん。思わず小学生の頃のこと思い出しちゃって。あの頃から僕、こうやって月夜に守られてばかりだなぁって」

だめだなぁ。やっぱり月夜のヒーローになんて今でもなれちゃいないや。

「……いいよ」

「へ……?」

「何度でも守って上げる。私のために命をかけてくれたから、私に命をくれたから、今度は私が朝日のために命を懸けて上げる」

(私は今までずっと朝日への罪滅ぼしを考えていた。でも私が罪と思ってたことを、朝日は罪なんてとらえ方してなかった。

罪じゃないんだ。恩なんだ。

私がこれからすべきことは朝日と、朝日のお母さんへの「罪滅ぼし」じゃなくて「恩返し」)


……だめだ、月夜。今までならいざ知らずこの状況でそんな優しい言葉は……。

ずっと一緒にいたいと思ってしまう……覚悟が鈍る……。

「月夜、大丈夫。1人で歩けるから僕を下ろして」

「え? あ……うん……」

月夜は僕をゆっくり、優しく下ろした。僕は左手を左ポケットに突っ込んだ。

そしてーー

槍の刃の破片を取り出し、自分の心臓に向けて振るった。

しかし破片が心臓に届く前に桜が破片を粉々にした。

月夜が僕に杖を向けている、曇りのない宝石のような眼で。

ああ、甘いなあ、僕は。自分の甘ちゃん加減が、月夜を脅かしてしまう。

今の桜、反射しようと思えば反射できた。それをしなかったのはどこかで期待してしまったからだ。「破片が僕の心臓に届く前に月夜が防いでくれる」ことを。

狙って人の心を掴もうとしている。こんな行為は、王達が僕らを騙してゲームに参加させたのと同じだ。

僕は自分の情けなさに涙した。月夜のためなら死ねる。そう思ってたのに、優しくされて、一緒にいたいと思ってしまって……。

「それは私も同じだよ」

え? 声に出てた? 

月夜は首から変身石を外した。この所作でこれから月夜が何をするつもりか瞬時に分かった。

「だめだ! 月夜!」 

僕の叫びが届くより先に月夜は変身石を飲み込んでいた。

桃色の光が月夜から発せられる。

光が月夜を見つめていた僕の視界を遮った。左腕で目を覆っていたが、月夜の声だけはちゃんと聞こえた。

「変身石! 朝日の「願いの前借り」をあったことにして!」 

光が点滅し始めた。願いは変身石に受理されたようだ。桃色の光が月夜から分離し、球体となって移動し、僕の体を包み込んだ。

ものの30秒、光に包まれた後、自然に消えた。

僕は何が起こったのか分からなかった。

月夜は少し杖を見つめて、視線を僕に移す。そして僕の眼を真っ直ぐ見て無言で微笑む。

その微笑みになんとなく安心感を覚え、微笑み返した瞬間。

グサッーー

月夜が杖で自分の左胸を貫いた。口から血を流し、桜の散る様のように倒れる月夜。

「へ……? 何……? 何が……?」

訳が分からない。

「月夜……月夜……月夜………………つくよぉーーーー!!!」 

何で? 何だ? 何が起きたんだ? 僕は錯乱して頭が回らない。ただ、声を上げるしかできない。

「つくよ! 、つくよ! 、つくよ! 、つくよ! 、つくよ!」 顔の至ることから水が止まらない。心の痛みが右腕の痛みを完全に凌駕した。早く、早く医者を……。

「これで……」かすれた声で月夜が口を開く。

「願いの前借りの……利息が発生する……私の「朝日の前借りをあったことにして」という願いは……反対の「なかったこと」に書き換えられる……。夕美が最後に教えてくれた方法……誰も傷つけないで願い事を叶える方法……」

「もう喋らないでくれ! 今度は僕がおぶって月夜を病院に連れてってやるから! 

死ぬな! 死なないでくれ!」 

「死なないと……ダメだよ……。死なないと「利息の徴収」がされない……。私が死なないと朝日を救えない……」

「月夜がいない方が救われない! 僕を救うために生きてくれ!」 

倒れた月夜の手を握る僕に、月夜は痛みを誤魔化すように小さく微笑む。

「私はあの日、一度リッパ―に殺されたの。それを朝日が願い事で私に命をくれた。私が朝日の願い事を貰っちゃったの。だから願い事をお返しするだけ……」

「僕の願いは「月夜を守ること」だ! だからあの時の前借りは僕のための願いだったんだ!」 

「じゃあ、今の私の願い事は「朝日を守ること」。だから……この願い事も……私自身のため」

月夜が苦しくないよう背中を押さえる僕。だが、触れている肌の温度がどんどん下がっていることがわかる。医者も、間に合わない。僕の反射魔法でもどうこうならない。なんで回復魔法じゃなかったんだ! 

「お願い……朝日……、私の「願い事」を……受け取って。朝日なら……上手く使ってくれるから……。貴方に……私の「願い事」……託すね……」

もう、助からない。それが分かるほどに冷たい。

「あさひ……いき……て……」

それが最後の言葉だった。月夜は苦しみから解き放たれたように、眠りについた。その顔は青白い血色なのに、フランス人形と見間違える程美しい。青白さが余計に美しく感じさせてしまっているのかもしれない。皮肉な事に。

僕は涙した。叫んだ。怒りの矛先を地面に向け、殴った。

月夜の死と同時に僕の体が桃色に光り始めた。そして心臓から何かが上に移動して喉、食道、口の中を通って唇から出てきた。たまらず僕はその個体を吐き出した。

カラッという音を立てて落ちた紫色の変身石。

僕の体から分離したということは願いの前借りの「利息の徴収」はちゃんと発動したんだ。月夜の死によって。

これで、僕は再び願い事を叶えられるようになった。しかもゲームに勝利した今、前回と違いリスクなしで。

……だからなんだ? だからなんなんだ? 月夜を犠牲にしてこんなもの、こんなもの……


「魔法戦争ゲーム最終試合が終了しました。生き残った優勝者は紫水朝日様です。おめでとうございます」

無情な知らせを変身石は平然と僕に聞かせた。しかもBGMつき。ルイ・ガンヌの「勝利の父」が流れる。

「勝利? どこをどう見ても完全敗北だろ」

眠る月夜の手を握りながらボソッと呟いた。

間も置かずどこからか女王と王が拍手しながら歩いて僕の目の前まで来た。

「おめでとう。我が息子よ! 貴様は晴れて我が息子となった!」 

心から嬉しそうにする王。

「……いますぐ……」

「ん? なんだ? 聞こえんかったぞ! 今すぐ就任式を開きたいと言ったのか?」

「いますぐ月夜を生き返らせろっていったんだクソジジィ!」 

初めて目上の人にここまで怒れた気がする。少なくともくそじじぃなんて言葉つかったことない。でも、こんな、こんな最低な奴にはだけは、どんな言葉をかけても、かけることにためらいなんかしない。こいつのせいでどれだけの少女達が、少年たちが……。

「そうか。生き返らせてやろう」

「何だと?」ずいぶん軽口な口調だ。こいつのことだ。罠を仕掛けていないわけがない。

「優勝した貴様は前借りなしで変身石に願いを叶えてもらえる。

それで願えば良い」

「ただし……条件がある!」 

分かっていた。


「1つは、これからワシと決闘し、ワシを殺すこと。

2つ目は、ソーサリーと人間界を繋ぐ扉の門を、人間界側から破壊すること。

この二つが条件だ」

「決闘をする意味は?」

「貴様の実力調査だ。歴戦を潜り抜けてきた貴様が本当にあの扉を破壊できる器なのか

どうか、ワシが体を張って確かめてやろうというのだ。

月夜が生き返る、この言葉が、例え罠とわかっている誘いだろうと、断る強さを僕から麻痺させた。

「わかった」

「よし。ではステージを変えよう!」 

王が杖を上に挙げ、魔法を放つ所作をとった。瞬間移動魔法あたりを使うつもりだろう。

「待って!」 

僕は手の平を向け、王が杖を振り下ろすのを静止した。

「なんだ?」

僕は月夜の横に落ちている月夜の杖を拾った。

そして、眠る月夜に近づいて耳打ちした。

「この戦いが終わったら、もう一度ここに来るよ。もう一度ここに来るために、月夜の力、借りるね」

月夜の杖を眠る月夜に向け、桜を放った。

桜が月夜の亡骸を覆った。


「花葬か。お前は気の毒だな。この後、自分を花葬してもらう友がいない」

「貴方は良いですね。後で自分を花葬してもらう友がいて」

僕は視線を月夜を埋め尽くす桜から王に移し、挑発してみせた。

「ほう、良い目だ。魔法少年になり立ての頃の青臭さを感じない」

王は再び杖を天に向け、地に向けて振り下ろした。ゆっくりと僕の視界に映る街並みの景色がどこかのコロッセオに変わった。決闘するための場所としては相応しい。

夜のコロッセオに大勢の魔法使い、魔女の観客が席に座っている。

僕と王、女王が出現した瞬間、観客席は歓声を上げ、沸いた。

変身石が光出す。この光り方はお知らせだ。

「魔法戦争ゲーム、スペシャルイベントに入ります。魔法王を倒して下さい。

勝利条件は魔法王の殺害となります。ご健闘をお祈りします」

「……何がスペシャルイベントだ。初めからこうするつもりだったんだろ?」

「ああ。しかし初めから優勝者はワシとやると伝えておったら匙を投げて自殺する者すら出かねないと判断してな」

「今、ここで僕が自殺するとも限らないだろ?」

「しないな。少なくとも今のお前は、想い人の想いを背負っている。それを放棄して死ぬ器ではない」

僕の願いの前借りをなかったことにして死んだ理由、今ならわかる。

この時、この状況のためにしてくれたんだ。月夜は、魔法戦争ゲームが僕か月夜が死んで終わるとは考えなかったんだ。

僕も薄々こんなことになるだろうと想像していた。だけど、月夜のために死んでやれなかった。

好きな人のために死ぬ勇気はあっても、好きな人と離れ離れになる勇気がなかった。

その甘さが、この現実に繋がった。

「月夜……君から貰った物、大切に使うよ」変身石を見ながら僕は独り言を言う。

「女の名前を戦場で口にするものではないぞ? ゴングがなくて申し訳ないが決闘はすでに始まっている」王が杖を剣に変化させた。

しかし問題は底じゃない。王の武器とか魔法とかじゃない。

この底なしの魔力だ。海のような、空のような。それらと同じ大きさなのかと感じさせる程の魔力。その気になれば拳一発でこの会場を吹き飛ばすこともできるだろう。このゲームに参加した1000人の魔童子達の魔力を結集させても、彼の魔力には及ばないかもしれない。こんな魔力の持ち主が後1か月しないで死ぬなら、ソーサリーにとって只事じゃないってことは分かる。

王が杖を剣に変えると観客席が沸いた。

「なあ? 1つ貴方に聞いても良い?」

「なんだ?」

「魔法戦争ゲーム。なんで勝者が1人である必要があったんだ? 初めから参加者1000人の願い事を叶えてやって、代わりに「人間達と戦う戦力になれ」って言い方すれば良かったんじゃないの? 中には「願い事が叶うなら人間達を敵に回しても良い」って人もいたんじゃないの?」

僕は責めるように王に言った。もしそういうやり方だったなら、極論人間達を……僕を養ってくれている叔父や叔母を傷つけることになっても、深夜、夕美、月夜は死なずにすんだ。

「理由は1つ。魔法戦争ゲームはそういうプログラムだからだ。元々このゲームは500年前、ワシの村で行われた儀式だったのだ。魔法使いの家系以外の魔法使いを増やす場合、つまり人間の中から魔法使いを選び、村の住人として招き入れる場合、

村の外の人間を複数人適当に選び、願い石、いわゆる変身石を渡す。そして変身石を破壊することを勝敗にして戦わせる。その戦いに勝利した者の願いを叶えてやった後、新たな魔法使いとして村に招き入れる。そうやって魔法使いを増やしてきたのだ。

むしろそうしなければ魔法使いにはなれない。それが願い石を創った我が先祖達の決めた掟なのだ。強者以外、魔法使いである資格がないという意図だろう」

「それなら、記憶を消すだけで良かっただろ?」怒りが止まらない。

「願い石は「どんな願いでも叶えてくれる」装置だが、願い石自身の目的、願いは「魔法使いという種の存続」だ。今回、ゲームの途中で敗北の代償を「忘却」から「死」に変えたのはワシではなく願い石自身だ。願い石が「人間界の侵略は急を要する」と判断した結果なのだろう」

聞かなければ良かった。どういう理由だろうと、月夜達が死んで良い理由になんてなりえっこないこと分かってただろう。

しかし1つ得心がいったことがある。もし今までのゲーム運営が王と女王の意思ではなく、変身石の意思だったなら、土御門と昼花の時に月夜と僕がスタート地点からマッチさせられたことやリッパ―と月夜が同じスタート地点だったのも、全ては僕と王が戦っているこの状況を作り出すための変身石によるシナリオだったのかもしれない。

全ては門を破壊できる程強い魔童子を産み出すため。

「……もう良いです。さっさと始めましょう」

「貴様まさかそんな右腕もなく、使い慣れない他人の杖と魔法でワシに勝つ気か?」

王が鋭い目つきで僕を見ている。舐めるなと言いたいのだろう。

「願い事を使え。今の貴様なら数々の戦いを乗り越えたおかげで以前前借りを使った時より大きな願い事を叶えられる。例えば……「ワシを越える魔法使いになる」……とかな」

王がニヤッと笑う。それがこの男の目的だ。この男の真の願いは「人間界の住民でなおかつ、自分より強い魔法使いを産み出す」こと。それを達成するために願い事を使わざるを得ないこの状況を作り出したんだ。

だがここで願い事を使わずに……その願い事無しでこの男を倒さなければ、月夜達を生き返らせるという願いが叶わなくなる。

「何ならここでお前の仲間達を生き返らせても良いぞ。それでワシに敵うならな」

この男の言う通りだ。例えここで願い事を使って4人を生き返らせてもこの男を倒すことはできない。下手をすればゲーム参加者全員をここに集めて、1000人束で掛かって行っても、この男には勝てない。そう感じさせる程に、この男が纏う魔力は膨大すぎる。

だからその願いもここでは使えない。

だから僕はこの男を願い事を使うことなしで倒さなければならない。

でも……ダメだ。分かっている。そんな方法はない。

じゃあ、この男に殺されてみるか? ああ、でも、まずいな。それも良いとか思い初めている。それで月夜と同じところに行けるなら……。

(あさひ……いき……て……)

唐突に僕は朝日の最後の言葉を思い出した。

月夜は僕に「生きて」と言った。でも僕は今死にたがっている。月夜に会いたいからと。

「まあ喋るより体で分からせた方が、願い事を使う気になるだろう」

王が剣を構えて僕に突進してくる。剣を空に向かって掲げ、僕に切りかかった。

僕は一瞬反応が遅れ、桜で防御する暇がなかった。

剣が振り下ろされる。

しかし剣が僕の皮膚に触れる前に、桜が僕を守った。

おかしい。僕は今桜を使っていない。杖が勝手に桜を出した。

「ほう、これは珍しい現象だ」

体に触れるか触れないかの距離で王が囁く。



「たまにあるのだよ。杖がひとりでに魔法を使う現象が。それは魔法使いが死んだ直後に良く起きる現象だ。杖が死んだ魔法使いの心からの願いを叶えるために、勝手に動きだす。金持ちになることを願って死んだ者の杖ならひたすら金を産み出し、誰かを殺すことを願って死んだ者の杖なら殺したい相手を殺すために動き出す。

この現象から見るにお前の女が心から願ったことは「お前を守る」ことだったのだろう。

だから桜が勝手にこの剣撃を防いだのだ」

……そうか、月夜は「僕を守る」ことを願って、死んでいったのか。

でも、僕は月夜に守れたかったんじゃなく、月夜を守りたかった。

月夜に守られたかったわけじゃない。

そして、月夜も僕に守られるより、僕を守りたかったんだろう。だから僕が月夜を勝たせるために死のうとした時、僕を守ったんだ。

月夜も僕に守られたいわけじゃなかったんだろう。


僕は月夜を守りたい。だけどその願いは月夜を幸せにしない。

月夜は僕を守りたかった。だけどその願いは僕を幸せにしない。

ここで月夜を生き返らせることを願えば、僕は幸せなままこの男に殺されられる。

だけど生き返った月夜を不幸にするだろう。

月夜を生き返らせなければ、僕はこのまま不幸なままだ。だけど願い事でこの男を倒せたなら、僕は不幸でも、天国の月夜は幸せだろう。


僕が願い事で選べるのは二つの道だ。僕が幸せになるための前者の願い事を叶えるか、月夜が幸せになるための後者の願い事を叶えるか。


時間はない。月夜の桜じゃ、僕を守り切れるわけがないのは分かっている。

桜が既に消えかかっている。桜が消えれば僕の死は確実だ。

もう、答えは出ている。月夜は僕に「生きて」と願って死んだ。だから月夜の願いを僕が叶えてやるんだ。

「変身石! 僕の願い事を叶えてくれ!」 

変身石に向かって叫んだ。もう願いの前借りを使わなくても叶えてくれるから、石を飲み込む必要はない。石が紫の光を放って光出す。聞き入れる準備ができた合図だ。

「そうだ。それで良い。ワシを越える強さを願え。願い事でワシより強くなり、ワシを殺せ。それがワシの願いだ」

王が不敵に笑っているであろう顔も変身石の光が眩しくて僕からは見えない。

でも1つだけ言える。この男の願いだけは叶えてやらない。

「月夜が心から願っていたことを! 叶えてくれ!」 

石に向かって叫んだ。

変身石が点滅し始める。今まで前借りで叶える時の体内での動きしか見たことがなかったから、石の叶える時の動きを目で見るのは初めてだ。

点滅が終わり、石の光が僕の体を包んだ。

石から放たれる光が王を吹き飛ばした。棒立ちして観戦する女王と会場の魔法使い達も目を覆う。

光はゆっくり小さくなり、消えた。

僕の願いは叶ったようだ。

服と三角帽は紫色から桃色に代わり、月夜に借りた杖は槍に変わっていた。

そして体を桃色のオーラが覆っている。魔力が全身から満ち溢れる。


「……あの願いでどうすればそんな姿になるのだ?」

吹き飛ばされて遠くで倒れていた王が地に右手の平をつけたまま起き上がろうする姿勢で口を開いた。

「どうやら先程の願いでお前は願う前より格段に魔力を上げたらしい。しかし残念だ。ワシを越える程ではない。その程度の魔力ではこの場を生き残ることはできんな。本当に残念だ」

初めて悲しそうな顔をする王。

「……せっかく願いを叶えたのだ。たった一撃で死んでくれるなよ?」

王が再び剣先を僕に向け、走って突っ込んでくる。

その足の速さはチーターより速いのではないだろうか? 

再び剣を空に構え、地に向け振り下ろし、縦切りにしてくる。

剣は僕に触れる前に透明なバリアのようなものに触れ、弾かれた。

「なんだ?」

見えない壁に邪魔をされ、後ろによろめく王。

「お前の新たな魔法は見えないバリアを張ることか?」

「違う」

僕は自分の魔法が何になったのかこの姿に変わった瞬間、理解していた。

突然、王の皮膚が縦に切り裂かれた。傷口から血を噴出させる王。

「かはっ……この傷は……?」

自身の傷口に驚愕する王。今まで自分より強い相手と戦ったことがなかったのだろう。


「僕の新しい魔法は全ての方向から来る攻撃を好きな方向に跳ね返す。魔法だろうが、物理攻撃だろうが。槍で防ぐ必要すらない。僕の体を覆う桃色のオーラが僕を守ってくれる。月夜の「僕を守りたい」という願いを変身石がこういった形で反映したんだろうな……」

「ふふ……面白い。予想外だ。下手に「ワシを越える」等願わせなくて良かった」

不敵な笑みの王。

「貴様、「願いの対立」という現象を知っているか? 例えばある者Aがある者Bを生き返らせたいという願い事を叶えるとする。しかし同時にある者Cがある者Bを殺したいと願ったことする。その場合、ある者Aの「生き返らせたい」という願いとある者Cの「殺したい」という願い、どちらがBに適用されるか。このAとC、真逆の願いどちらが優先されるかを決める現象を「願いの対立」と呼ぶ。

「願いの対立」が起きた場合、優先されるのは叶えた者の「想いが強い」願い事の方だ。

もしAの生き返らせたいという願いが2番目に叶えたい願いで、Cの殺したいという願いが心から1番の願い事だった場合、Cの願いが優先され、Aの「生き返らせたい」は叶わず、Bは殺される。逆もまた同じだ」

「何が言いたいんです?」僕は彼を睨んだ

「ワシら純潔の魔法使いも貴様ら魔童子と同じように願い石を持つ。

願い石の持ち主の魔力が高ければ高い程、大きな願い事を叶えることができるという性質上、年老いてから願い事を使う者がほとんどだがな。

しかし「人を生き返らせる」だの「人を殺したい」だのといった願いは基本、途方もない程高望みな願いだ。並みの魔法使いでは一生かかっても叶えられない。

そこで使うのが「願いの前借り」だ。レベルの低い魔法使いが「前借り」なしで願い石に祈ってもペットの傷を癒す程度が限界だが「前借り」を使えば「生き返らせる」ような高望みの願いでも叶えることができる。代償は知っての通り、「利息の徴収」だがな。



そして、ワシは既に願い石を使って願い事を叶えている。それも「前借り」でな。

その願いは「魔法使い達を守るため、誰より強くなる」こと。地上のどの生物より強く、未来にも過去に存在し得るワシより強い存在をも超えた存在になること。その願いは既に叶えられている」

そんな願い、それこそ叶えること不可能に近い願い事じゃないか。

実際、この魔法使い最強の男でも「前借り」なしでは叶えられなかったのだろう。

この男の「強さ」と変身石の「前借り」の力が掛け合わさったからこそ、叶えられた願いなのだろう。

「仮に「ワシより強くなること」を願った者とワシが戦った場合、「願いの対立」が起きる。ここでどちらの願いが優先されるかは願いへ想いが強い方ということになる。

貴様が中途半端な気持ちで「ワシより強くなること」を願っていたら、確実にワシが勝っていただろうということだ。そういう意味で貴様の願いは正解だった。

何故なら「心から一番の願い事」だからな。それが唯一、ワシを越える方法だからな。

お前の恋人の願いが「貴様を守ること」なら、誰も貴様を傷つけることはできない。

だがワシの願いが「誰よりも強くなること」である以上、貴様に傷を負わせられない訳がない。

最強の矛を手にするワシと最強の盾を手にした貴様、どちらが上回るかは「ワシの願い事への想い入れ」と「貴様の願い事、貴様の恋人の願い事への想い入れ」、どちらが「想い入れが強いか」が決めるという訳だ」

「…………」

僕は無言で彼を見た。人の願い事の「想い入れの強さ」なんて、比べる物じゃないと考えて生きてきた。だからそれを比べあう日が来るとは思わなかった。

だけど、負ける気はしない。僕の願い事、月夜の願い事、どちらも他人より劣る願いな訳がないんだ。例え比べる相手が、「1万人の魔法使いを想う」王の願い事であっても。

「たった1人を守りたい」という願い事が「1万人を守りたい」という願い事に劣るとは考えない。王は「1万人の魔法使い達を守る」ため「誰より強くなる」という願い事を叶えたのだろうけど、それが僕達が負ける理由にはならない。

「さあ、最後の一撃だ」

王の魔力に呼応して剣が大きくなっていく。みるみる大きくなり、剣の刃は縦10メートル、横5メートルはある大剣へと姿を変えた。

剣を持ち上げた。空に突き上げられた剣はその巨大な刃で月の光を僕から遮る程の大きさだった。そして剣を、僕に向かって降り下ろした。

剣は僕の頭に触れる前に桃色のオーラに遮られた。

オーラと刃のぶつかる摩擦が轟音でコロッセオに鳴り響く。

しかし決着は早かった。刃は摩擦圧で粉々になり、コロッセオにばらばらになった刃が雨のように降り注ぐ。

そして、刃がオーラに加えた衝撃を、僕は任意の方向にはじき返す。

魔法王の体が斜めに真っ二つになった。一瞬衝撃を何もない方向にはじこうかと考えたが、結局王の体に向かってはじき返すことを選択した。彼に容赦は失礼だろうし、容赦したい相手でもない。

真っ二つの王が地に倒れる。大量の血が真っ二つにされた肉片から流れる。

「……ワシの負けか。近う寄れ。死ぬ前の答え合わせがしたい」

真っ二つにされても生きている王の生命力は人間のそれじゃない。既に顔のついてる方の体は右腕とちょっぴりの胴体だけだ。

だが、間もなく死ぬのだろう。僕は4人目の人を殺害した。

肉片と呼べる状態の王に近寄る僕。顔の前まで近づいた。

「答え合わせだ。ワシの敗因はなんだ?」

それが死に際に気になることか。本当に、武人だ。

「僕と月夜の願いは、僕らお互い「1人だけ」を守りたいという願いだった。でも貴方のは「1万人を守りたい」という願い。数だけなら、貴方の願い事に敵う通りはないでしょう」

僕は死にゆく王の顔を悲しそうに見つめた。どんなに憎い相手でも、死にゆくとわかっている生命を可哀想と思わない訳がない。

「でも「1万人を守りたい」という願いが、「たった1人を守りたい」という願いより劣っている訳じゃない。願いは比べる物じゃありませんから。結局、勝因は分かりません」

ここで「自分の想いの方が強かったから」と言ってしまうことは、1万人を想うこの人の覚悟に失礼だ。勝因なんて本当にわからない。だって、何度でも思うけど、願いは比べる物じゃないから。

「ふっ……これはワシの仮説だが、1万人を幸せにする前にたった1人を幸せにできていなかったことを、願い石に見抜かれていたのかもしれんな」

王がコロッセオの闘技場隅でじっと戦況を見守るだけの女王を見つめている。


((グレーテル、俺は国を創るぞ。魔法使いだけの国。魔法使いが、もう虐げられないで済む国を))

((本気なの? ヘンゼル))

(懐かしいな……これはワシとグレーテルが7度目の村を燃やされた14歳の時の記憶だ)

((その国で俺は魔法王、お前が魔法女王になって、魔法使い達を幸せにしてやるんだ。もう魔法使いであることを人間達にバレることに怯えなくても良い国だ))

((素敵ね。二人で絶対に創りましょう。そして、共に生きましょう))



(燃え盛る自分たちの村を見つめながら手を握り合う二人の若人か。1枚の絵画に収めたい程に美しい光景だな。しかし……二人で……か。貴様はあの頃からそういう女だったな、グレーテルよ。ワシが魔法使い全員のことを想うなら、貴様はワシ1人のことを想っている。女王としては失格な女だった)

コロッセオの闘技場隅で切なそうな表情で見守る女王グレーテルを見つめる王ヘンゼル。

(何をそんな顔をしておる。ワシが死んで悲しいか? 計画通りなのだ、喜べ。つくづくワシは貴様のその優しさという甘さが、女王として気に入らなかった。だがーー、

つくづくワシは貴様の甘さという優しさが、女としては気に入っていたよ)

自分を切なそうに見つめるグレーテルに向かって小さく微笑んでやる王。

(後は任せたぞ。女王、グレーテルよ)


王は目を閉ざした。それと同時に変身石からアナウンスが入る。

(魔法王が死亡しました。紫水朝日、貴方の勝利です。願い事を変身石に叶えてもらってください)

このアナウンス、あらかじめ撮った物だな。もう、変身石は僕の願い事を叶えてはくれない。

会場がざわつく。当然だ。彼らの1人として初めから王の勝利を信じて疑っていなかっただろう。加えて、自分達の長が殺されたのだ。会場席の彼らが一斉に降りてきて僕を殺しにかかってもおかしくない状況だ。





観客席の魔法使い達に視線を向けているとコツコツっと人が自分の方に歩いてくる足音を聞いた。

闘技場隅で傍観していた女王が僕の所に歩いてきた。

「魔法少女、紫水朝日、貴方の勝利です。おめでとう。……でどうされますか?」

女王は無表情に言う。悲しさとか怒りを隠すように。

「何がですか?」

「私とこの場にいる魔法使い達を殺すかと聞いたのです。人間界に害成す者達として」

「どうでも良い」

僕は即答した。本当に、どうでも良いんだ。月夜なら、魔法使いを止めるなり説得するなりしただろう。あいつはそういう子だ。友達も親も恋人も、あいつにとっては平等に大切な物だ。だから説得に出るだろう。

だが僕はそうじゃない。月夜が一番大切だ。月夜が死んだ今、月夜の最後の「生きて」という願いを叶えてやることが重要だった。

もし魔法使い達を止めることが月夜の願いだったとしても、もう流石に疲れたよ。好きな人が死んで、友人達が死んで……。家に帰って寝たい。思い切り泣きたい。泣き崩れて、この吐き気を吐き出せるだけ吐き出してしまいたい。仮にこれが、生きてる限り永遠に続く吐き気だったとしても。彼らがこの後何しようが関係ないし、僕が彼らを助けようが邪魔しようが、この吐き気は永遠に続くんだ。

だからーー

「僕を、休ませてくれ」

拝み倒すように女王に懇願する僕。本当に、疲れた。この後月夜を埋葬してやらないといけないんだ。もう、ほっといて欲しい。

「桃井月夜を生き返らせましょうか?」

「……もう、そんな冗談を聞いてる余裕もないんです。僕は月夜の元に行きます」

僕が女王に背中を向け、立ち去ろうとコロッセオの出口に脚を向けた時、

「王から聞いたでしょう? 我々魔法使いも貴方方と同じように変身石、いや、願い石を持っている。この観客席の魔法使い達も全員。無論、彼らが貴方のために願い事を使わないでしょう。ですが、私には貴方のため、ひいては国のために願いの前借りを使う覚悟がある。貴方が人間界とソーサリーを繋ぐ扉を破壊してくれるなら、願い事で月夜さんを生き返らせましょう」

月夜が生き返る。この言葉だけで即答してしまいたい。だが僕はいい加減学ぶべきだ。「月夜を守る」という願いが「月夜を幸せにする」ということに繋がらないということを。僕が人間界への侵略の片棒を担げば、月夜が悲しむ。それは分かっている。

「前借りということは、貴方が死ねば月夜を生き返らせる願いはどうなりますか?」

聞くまでもなくても聞いておくべきだ。

「当然、「利息の徴収」で死にます。私は人間界を侵略するという王の遺志を継ぐつもりです。当然侵略を始めれば長である私の命が狙われる。もしここで私が桃井月夜を生き返らせることを願えば、その後貴方がどうするべきか、もうわかりますね?」

女王は僕を脅しにかかる。どんな願い事も叶えてもらえる。でも、この世にただで手に入る物なんてないんだ。何か1つ得れば何か1つを失う。

大切な人を守ることを願えば、大切な人を幸せにできない。

大切な人の幸せを願えば、大切な人を守れない。


月夜を生き返らせれば僕は女王を守るため、つまり月夜を死なせないため、人類と戦う。

だけど僕が人類と戦うことを月夜が望む訳がない。月夜を悲しませるだろう。


月夜を生き返らせなければ月夜は天国で幸せだろう。

でも僕は不幸であり続ける。


選べるのは片方だ。両方は選択できない。

でも僕は既に選択した。いや、初めに持っていた願いからブレていない。

例え「好きな人を守る」ことを名目に「自分を守っている」だけだとしても。

好きな人を不幸にしてでも好きな人を守れるなら……。

「女王、お願いです。僕はーー」

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