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2話:母と桜色の償い

 見間違いではない。

 自分が変身前と変身後で服装と髪色以外変わっていないのだ。つまり魔法少年と魔法少女(確か魔童子と呼んでいたか)は変身といっても顔形は変わらない。

 あの花型の髪留めに下向きツインテールの髪型も10年間近く見てきている。

 薄紅色の髪色以外この顔は間違いなく――、

「月夜……?!」

 朝日が叫ぶ。

 杖先をこちらに向ける少女も気づいたのか返してくる。

「……朝日??」

 二人は向き合って顔を見合わせたまま数十秒沈黙した。

 沈黙の間にゲーム終了のゴングが鳴った。

「サバト第85試合が終了しました! 速やかに戦闘を終え、変身石に従い、離脱してください」

 ゲーム終了のお知らせが脳内に直接女性の声でアナウンスされる。

 朝日の足下から光となって消滅していく。

 次の言葉を少女に向かって投げかける前に消滅は顔までまわり、視界の景色は変わった。


 そこは初めにいた教会だった。

 呆然と棒立ちする朝日に魔法王が満足気な表情で近寄って声をかけてきた。

「素晴らしい。初戦で魔法少女1人の石を破壊した者はそうはいない。しかも敵はゲーム初期勢の五本指に入るプレイヤー。あのレベルの敵を倒した貴様は強力な戦力になる」

 労う王。

 しかし王の言葉は朝日に届いていない。先の出来事があまりに衝撃的すぎて。

 左腕の痛みすら驚愕の感情によって紛らわされていた。

「次の招集では始まりは直接フィールドに、終わりは直接人間界だ。この宮殿に来る事は滅多になかろう。もし人間界でこのサバトのルールを確認したければ変身石に念じろ。すぐにルール一覧が表示される」

 全ての通達事項を伝え終えた王が杖先から赤の光線を放つ。光線が朝日を貫く。

 意識がふわっと飛び、数秒目の前が真っ暗になった。しかしすぐに夜の公園に変わった。

 どうやら人間界に帰還したようだ。


 一日で色々な事が起こり、混乱した。

 一瞬やはり夢だったのではないかと疑った。だが首には紫の宝石のペンダント、変身石がぶら下がっていた。

 間違いなく、あれは現実に起こったことだったのだ。

 もう一つ、すぐ気づいたのは、肘より先が無くなった左腕が元に戻っている事だ。

 雷門の言っていた事は本当だったようだ。

 次に、魔法王の最後に残した『ルールを確認したければ変身石に念じろ』という言葉を思い出した。

 すぐさまペンダントを持ち上げた。

 試しに「ルール表示」と呟いてみた。

 するとペンダントの紫の宝石から正方形の電子画面が飛び出してきた。

 たった一行の言葉がルーン文字のような言語で大きく書かれている。

 魔法界の言語だろうか?

 だが不思議な事に朝日にはその異国の言語が読めた。いや、異世界の言語が。

 そこにはこう書かれている。「サバト十二の基本原則」と。

 その魔法文字をタッチしてみた。

 するとページが切り替わった。

 尚も異世界の言語だ。文字数にして千文字を越える。

 しかしそれらの長文も日本語を読む感覚と変わらずに読めた。

 初めは「サバト基本原則その一『範囲』」という文字から始まる。

 下にスクロールしてざっくり確認する。どうやら箇条書きに一から十二のルールが書かれている事が分かった。

 上からゆっくり読んでいく朝日。するとこんな二つの項目を発見した。



 ・サバト基本原則その五『傷』

【サバト最中で重大な怪我を負っても下界に戻る時には完全に癒えている】

 ・サバト基本原則その六『救済措置』

【死の危険がある場合、変身石の自動機能で所有者は強制離脱させられる。この機能のため必ず死人が出ない。しかし傷により強制離脱した場合も資格を剝奪する】



(あの人が言ってたのはこの事だったのか)

 この項目を確認した事で、雷門の最期に残した言葉を得心できた。

 同時に、『だったら初めに言っといてくれ』と魔法王を少し責めたい気持ちになった。


 全ての項目を読み終えた。

 他にもまだ変身石で試したい事はあったがとりあえず家に帰る事にした。

 自宅に向けて夜の公園内から歩を進める。

 園内に流れる川を繫ぐ橋を渡る。橋を渡りきると桜花を散らす桜の木……この大公園で一番の名所、『男女桜の木』まで来た。

 そこで突如スマホがバイブした。

 確認すると月夜からだった。

 バイブし続けるスマホを見ながら鍔を飲む。数秒逡巡する。だが決断し、電話に出る。

「……月夜?」

「……朝日、まだ公園にいる?」

「いるよ。丁度男女桜の木の下にいる」

「私今すぐ向かうからそこにいて」

 そう言って通話を切られてしまう。

 スマホから耳を離し、ポケットに戻す。

 月夜を待つ間、目の前の満開の桜をぼーっと見つめている事にした。

 男女桜はこの埼玉県祈桜市(きざくらし)男女町(だんじょちょう)の一番の名所と言われている。世界で唯一、年中薄紅色の桜花を咲かせ続ける木として知られている。この桜の木を見るためだけに毎年、日本人は勿論外国人も他国からわざわざこの公園に訪れる。

 子供の頃、月夜と朝日はお互いの両親に連れられて、良く一緒にお花見に来たものだ。


 ☆

 十数分で制服姿の月夜が男女桜の下に到着した。

 サバトの時と同じく、ミディアムヘアを花飾りで止めて下向きツインテールにしている。左目も眼帯をしている。

 ただし髪色は15年間見慣れた黒だ。背丈は朝日より2、3cm高い。

 息切れを起こしている所、猛ダッシュで来たのだろう。

「ごめん……ちょっと息苦しいから待って……」

 両手を膝に触れ、顔を地面に向け、肩で息をする月夜。

 数分で呼吸を整えて月夜がゆっくり体を起こし、会話を切り出す。

「……いつから魔法少年になったの?」

「今日だよ。あれが初試合。そんな質問が来るってことは月夜はもう何回も戦ってきたの?」

「何回もって程じゃないよ。まだ3回目。魔法少女になったのだって中学の卒業式から3日後だったから、まだ2か月」

「まさか月夜が魔法少女だなんて、笑っちゃうな」

「え、なんで?」

「だって僕を魔法少女オタクにしたのは月夜なんだよ? その月夜が本物の魔法少女になっちゃうなんて……」

「……でも朝日も昔は魔法少女になる―って言ってたよ。男の子なのに」

 月夜が朝日を茶化す。

 子供の頃からのことなので今更な事だが、月夜は朝日より常に高身長だった為か、年下のくせに面倒見の良い姉のように振る舞う。

 昔から変わらずな月夜の反応を見て、内心朝日は安堵した。

 朝日が笑うと月夜も笑い返してくれる。

 サバトで敵同士なのだからどんな会話になるかと思ったが、ちゃんと笑いあえている。


 月夜は魔法界について色々話してくれた。

 あの魔法界『ソーサリー』とかいう場所は地球の地図上の何処にも存在しないらしい。月夜が魔法女王に質問した際は地球とは別の異次元という回答を貰ったようだ。

 サバトに関することでは「魔法少女の友達ができた」とか「同じ高校の何人かは魔法少女だった」とか「一試合で50人近く招集がかかったこともあったから顔見知りが一気に増えた」とか。

 一方、サバトの戦闘に関する有益な情報を雷門程持っていなかった。月夜もまだ大して試合をこなしていないのかもしれない。

 あるいは敵同士だから隠しているかだ。だが月夜の性格上、そんな計算高い事はしないだろう。

 後は魔法に関する事以外の、どんな人間でもするような雑談内容だ。

「高校で付き合っている子が中学と比べて一気に増えた」とか「勉強が難しいからまた朝日に教えて欲しい」とか。

 話している感じ、中学の時のように浮いた存在ではないみたいだ。

 二人共男女町より外の祈桜市内の端にある別の高校に通っているため、あの事件を知っている人はいない。

 月夜の高校生活ぶりを聞いて、朝日は心から安心した。

「逆に朝日はどうなの?」

 月夜が真剣な眼差しを朝日に向ける。その吸い込まれそうな右目の瞳に大概の男女は魅せられ、一部の女子は嫉妬する。その魅力的な顔立ちと瞳を持つ月夜に心配の眼差しを向けられた者は否が応でも「裏のない、心から利他的な心配をされている」と感じてしまう。

「……ぼちぼちだよ」

 月夜の目から視線をそらし、俯いて答える。

「嘘だ。朝日は昔から嘘ついてもすぐ顔に出る。友達、いないんでしょ?」

 腰を曲げ、俯く朝日の顔を下から覗き込む。

「友達いないんじゃない。要らないんだ。もう慣れてるし」

 覗き込む月夜の目を見ずにぶっきらぼうに答える。

「……朝日がいいならそれでいいけど」

 それから1分弱の無言が続いた。その後沈黙を破り、朝日は一番聞きたいことを聞いた。

「月夜は……サバトに勝ったら何を叶えてもらうの?」

 控え目の声で問いかける。

「……朝日が教えてくれたら教えてあげる」

 それはどこか子供同士の内緒話のような緩さと、大人同士の交渉のような緊張感を同時に感じさせるような物言いだった。

 朝日は言葉に詰まり、伝えるかどうか逡巡した。

 朝日の願いは母を生き返らせ、月夜の左眼を治してやること。

 だがこのゲームでの朝日の戦績次第では仮に魔法少年が勝っても片方しか叶えられないかもしれない。

 この願い事を月夜に伝えれば月夜は迷わず母を生き返らせろと言うだろう。

 そして、月夜に聞かなくても月夜の願い事が何なのか検討がつく。

「ごめん。踏み込みすぎた」

 自分がした質問に後悔した。何せ朝日と月夜は曲がりなりにもサバトでは敵対関係。

 お互いの願い事が何であれ、片方の願い事が叶えばもう片方の願い事は確実に叶わないのだ。

「良いよ。許してあげる」

 両手を後ろで繋いで優しくかつ、妖艶に、意地悪く微笑む月夜。

 月夜の背の大木が降らす桜が二人の肌に触れる。

 「もしサバトの時と同じ薄紅色の髪だったなら、まるで桜の木の妖精みたいに見えただろうな」等と考えてしまう。

「朝日、深刻に考えないで。危ないゲームだとは思うけど、死んじゃう訳じゃないんだから。逆に朝日と私が同じチームじゃなかったんだから、私達どっちかの願い事は絶対に叶うんだから」

 ニコリと微笑みながら朝日に近づき、両手で朝日のぶら下がる両手を握り、持ち上げる。月夜の両掌が朝日の両手の甲を包む。

「一緒に頑張ろう」

 朝日の目と鼻の先にある月夜の顔が笑む。

 朝日はその微笑みをニか月ぶりに見た。この十五年間、その微笑みに支えられてきたことを再度実感させられた。

(本当に、前向きな奴だな)

「ああ、頑張ろう!」

 頬を赤らめながら微笑み返す朝日。

 朝日が敵同士になったことを心配していた一方、敵同士になったからどちらかの願いが確実に叶うと捉えた月夜。

 やはり月夜には敵わない。

 しかし、月夜の甘くて優しい言葉と声に酔いながらも、脳裏では別の事実を朝日は意識する。

 月夜の言うように、朝日と月夜が敵同士になったことで朝日の2つの願い事の片方はどちらかが最後まで脱落しなければ確実に叶うだろう。

 だが、もう片方は?――


 ☆

 朝日との男女桜の木での会合を終え、帰宅した月夜。

 気づけば深夜2時。朝日に自宅まで送って貰わなかったら女の子が外出して良い時間ではない。

 シャワーを浴び、パジャマを着て、自室の扉を開ける。

 ふと勉強机の上の写真が視界に入る。

 男女桜の下で撮った写真。四人の人物が笑っている。小三の頃の朝日と月夜。それに朝日の母と月夜の母。

 月夜は額縁を手に取り、朝日の母を見つめながら「あの日」を思い出す。

(――小6の冬の塾帰り、お父さんが向かいにこれないということもあって、私の塾の先生だった朝日のお母さんが私を送ってくれることになった。

 夜道、人気のない住宅街で坊主頭の男の人が私達に刃物を持って近づいてきた。

 その男は私の顔に向かって刃物を縦に振り下ろし、左眼を引き裂いた。

 左眼から血を流して痛みで動けない私に、次は突き刺そうと刃物を振るってきた所を朝日のお母さんが背中で守ってくれた。

 背中を貫かれたお母さんはその場で血を流して倒れた。

 倒れ際に持ってた防犯ブザーを外してくれたおかげで男が逃走したので私は殺されずに済んだ。

 3日後のお葬式でわんわん泣く朝日の顔を今でも忘れられない。

 朝日のお母さんはよく朝日に「月夜ちゃんを守って上げなさい」と言っていた。

 そのお母さんの言葉を守ってなのか、朝日は中学からは私のことを常に守ろうとしていた。

 小学生の時は私が守ってあげていたのに、小6のあの日から変わってしまった。

 中学時代、私のことで色々な人に突っかかっていたこともお母さんの言葉を愚直に守っていたんだ。

 そのせいで中学で1人も友達ができていなかった。


 私のせいだ。私があの日、朝日のお母さんと一緒に帰ったりしなければ、お母さんは死なないで済んだ。

 お母さんが生きていたら、朝日はお母さんの言葉を守って、クラスから浮くこともなかったかもしれない。

 お母さんが生きていたら、朝日はこの写真の頃のような笑い方が今もできたかもしれない。

 今の朝日は、どこか常に笑っていない――)


 左眼の眼帯を外す。

 化粧台に座り、クレンジング剤の染みたガーゼで化粧を落とす。

 化粧が落ちたことで左目の残痕が露わになる。

 化粧台を立ち、部屋の隅に置かれた姿見鏡を覗く。

 そこには4年前からほぼ変わらない、刃物によって削られた残痕がついた左目が映っている。閉ざされた左目の(まぶた)を開かれた右の瞳で見つめる。

 月夜の右半分の顔の美貌と対比するように、醜さを見る者に与える残痕。まつ毛から頬上まで太い一直線で伸びている。眼帯と化粧はその醜さを上手く隠してくれていた。

 だが、こうやって定期的に鏡で直視しないことは現実逃避に感じてしまう。

「私はこのゲームで朝日のお母さんを生き返らせる。それが叶わないなら、せめて『私のことを大切にしない朝日』になってもらう。これが私の願い。いや、償い……」

 鏡の中の自分にそう宣誓する。


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