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一~三話 応募用

プロローグ:魔法少年(ヒーロー、あるいは死神)

三日月照らす夜の森奥。

 オレンジ制服の魔法少女、雷門千鳥(らいもんちどり)は血と肉の地獄を目に焼き付けていた。

 死神のような男が地に伏す何人もの魔法少女達を見下ろしている。

 男は三角帽子を被り、灰色スーツの上に白衣を纏っている。右手には三十センチ弱の茶色い木製の棒——杖を握っている。

 足が異様に長く、全長百九十センチを超える長身ながら、あまりに細身な上、両手の露出部が青白すぎて血が通っている人とは見えない。

(まるで死人みてーだ……)

 千鳥は思わず心の中で呟く。顔のあたりは木陰に隠されてよく見えない。

 地に伏す仲間の少女達。一人一人個性的な特性を表すコスチューム。フリルドレス、婦警服、ウサギの着ぐるみ、囚人服、花魁、チアガール衣装、その他。ただし皆、自分や男と同じく、服と同じ色の鍔の深い三角帽子を被っている。

 本来綺羅びやかな彼女らの服の色は現在赤一色。少女達の切り傷だらけの体から流れる血がコスチュームを真っ赤に染め上げているからだ。

 皆が持つ杖は手の中で粉々に砕かれたり、真っ二つにされて地に転がっている。

 草むらは少女達の体と破損した杖で埋め尽くされている。

 一度だけ瞬きをしてから、千鳥は左右にいる三角帽子の仲間の顔を一瞥する。

 右側には水色の競泳水着の少女。左側には黒のメイド服の少女。二人の手は震えていて、顔は青ざめている。千鳥と同じ事を感じているのだろう、自分達だけではこの男に勝てない事を。そして受け止めているのだろう、自分達がたまたま男の気分で戦いを後回しにされただけに過ぎない事実を。それでも、杖先だけは自分と同じく死神のような男に向けている。

 目線を前方に戻す。

 影のかかった男の視線がどこに向いているかだけは気配で感じられた。今、男は地に伏す仲間の魔法少女達を見ている。

 だが、今自分達に移された。そして歩み寄ってきている。余裕を見せつけるかのような無防備な歩みだ。

 一瞬、木々の隙間から入った三日月の光に照らされて、千鳥の瞳に男の顔が映る。

 嗜虐に満ちた表情が。

 推定二十代後半くらいだろうか。しかし髪は老人のような白髪。肌の血色は青白く、やはり死人や病人のよう。

 際立って目立つ特徴は右目廻りの入れ墨と三角帽子の二つだ。二匹の蛇が互いの尻尾を噛んで八の字を描いている――所謂ウロボロスの入れ墨が眉毛から目袋にかけて入った右目。尖がり部分に鱗模様があるせいで白蛇の尻尾みたいに見える、気持ちの悪い三角帽子。

 男は一度立ち止まった。そして薄ら笑いを見せた。

「知っているかナ? 杖は持ち主が脱落しても消えず魔法界に残ル。ボクは倒した魔法少女の杖は必ず保存しておいてあげるようにして上げてるんダ。その子達を忘れないで上げるため二。だから安心しテ。キミ達もちゃんと僕の心の中で永遠に生き続けるかラ♪」

 声色が男にしては高く、甘ったるい猫なで声に聞こえる。それを成人を越えているだろう見た目の男が出している為、不気味さが際立つ。

 次に男は白衣の内側を開いて千鳥達に見せびらかした。

 内側には茶色い杖が十数本、ずらりと縦横揃えて並べられている。しかし全ての杖がボロボロだ。欠けてたり、柄のみで先端がなかったり、血が染みて落ちなくなっていたり。その見た目から個々の持ち主がどういった最期を遂げたのかを想像するのは容易だった。

 千鳥が戦利品を見せつける男に嫌悪感を込めて問う。

「お前は……本当に人間か?」

 恐怖から言葉が詰まる。

 杖を玩具のようにクルクルと回して遊びながら、満面の笑みで男は返答する。

「違うヨ。ボクは人間じゃなイ。ボクこそが、魔法少年ダ♪」

 その笑みに千鳥の恐怖が一線を超え、怒りで歯を食いしばる。恐怖の対象を取り除きたい一心から、死神のような男の胸当たりを狙って右腕をピンと伸ばし、杖先を向ける。

「喰らえ屑野郎! ”電磁魔砲(マギア・エレクト)”!!」

 杖先から球体の電撃弾が発射された。その大きさは男の全身を超えている。

 球体が男に直撃する瞬間、男は左手を上げ、握る三十センチ弱の茶色い杖を勢い強く振り下ろした。棒切れのような杖が電撃弾を真っ二つにした。半球の電塊が男の後方左右の地面に直撃し、破壊音を立てて地を抉る。

 男は魔法を使って防がなかった。杖を刀で切りつけるような要領で振り下ろしただけだ。それは千鳥の魔法は、彼にとって自身の魔法で対抗するまでも無い程度の攻撃であるという事を意味する。



 死神のような男は、自信を砕かれたオレンジ制服の少女のあからさまな狼狽の表情を見る。彼の品定めでは今回の魔法少女の中では彼女が一番強いと思っていたのだが。

「キミ、もしかしてこれをゲームだと思って、戦争だって忘れちゃってた子?」

 一つ嘆息してから子供を諭すように言う。

「このゲームの正式名称は魔法戦争ゲーム――通称”サバト”。ゲームであると同時に戦争なんだヨ? 全ての魔法使いにとって、杖は刀、帽子は(かぶと)ダ。あるいは銃とヘルメットと表現してもイイ。魔法という魅力的なワードに覆い隠されているだけで、ボクら人間の歴史的戦争と全く変わらなイ。もしソレを自覚していたなら、そんなに驚く訳ないんだけどナ」

 先程まで男の目には彼女は勇ましき挑戦者に映っていたが、今は教師に叱られて狼狽える見習い児童程度だった。

 オレンジ制服は一歩二歩ゆっくり後退る。一方同時に競泳水着とメイド服の少女は一歩前に出る。位置が前後ろ入れ替わる形となる。

「お前達何やってんだ! 逃げるぞ!」

 オレンジ制服が彼女の前に立つ二人に叫んだ。

「千鳥姉は逃げて下さいっス。姉貴だけ生き残ればウチらのチームは存続できる。今回試合に招集されていない部下だっているんスよ」

 競泳水着が男の方を向いたまま、振り向かずに背中側のオレンジ制服に促す。

「わたくし達が時間を稼ぎますから、姉様だけお逃げください。後三分稼げば試合は終わりますわ」

 同じくメイドも男を見据えたまま背中側のリーダーに促す。

 しかし、二人共表情から恐怖心を隠しきれていない。

 部下の言葉にオレンジ制服は逡巡しているようだ。だがすぐに二人に促されるまま、男に背を向け、走り出した。彼女の背中姿はどんどん小さくなり、森の闇奥へ溶けて消えた。

 気配で制服少女がいなくなった事を感じとったのか、二人は杖を両手で握りながら両腕を真っ直ぐ前に伸ばし、尖端を男に向けて構え、呪文を詠唱する。

杖解(じょうかい)――”絶対遵者(アブソリュート・サーヴァント)”」

杖解(じょうかい)――”明鏡止水(めいきょうしすい)”」

 その言葉に反応し、メイドの杖が黒い光で覆われ、形を変えていく。

 同時に、競泳水着の杖も水色の光で覆われる。

 発光する杖はみるみる形を変えていく。

 黒と水色の光が消える頃には二人の杖は杖でなくなった。

 メイドの杖だった物は黒い鞭に変化した。

 競泳水着の杖だった物は鱗鎧(スケイルアーマー)に変化し、両腕の肘先と両脚膝先の露出部に纏わりついた。

「ヘエ、それがキミらの魔法なんダ♪」

 少女らの杖の変貌を見て、男は思わず今日一番の笑みを浮かべてしまった。この試合で遭遇した少女達の中では二、三番手の彼女らの心が折れなくて安心したのだ。

 次の瞬間、前触れなく競泳水着少女の全身が水液に変わり、地面に吸い込まれて消失した。

 少女の消失に事態が呑み込めず、思わず首を傾げる。

 しかし突如、足下を何者かに捕まれる感覚がした。

 自分の足下に視線を移すと鱗鎧(スケイルアーマー)を身に着けた競泳水着少女が地面から顔を出し、男の両脚を両手で抑え込んでいた。地面に水溜りができていて、そこから首顔と肘先のみが姿を現している。

「ソレ、もしかして『自分を水にする』魔法?」

 不意打ちだったが、男の心に動揺はない。

 次に男は首筋に何かが巻き付く感触を覚えた。

 視線を前方のメイドに戻すと十メートル先のメイドの鞭が伸びて、男の首に巻きついていた。

「全然痛くないヨ」

 その締め付けは男を全く苦しめていない。

 だが男は痛み以外の自身の体の変化に気づいた。体が自分の意思で動かない。何者かに操られているかのように勝手に右腕が動く。

「わたくしの魔法は鞭を絡ませた相手の肉体を操る事。このまま貴方の手を操って、貴方自身に変身石を砕かせますわね」

 男の右腕がゆっくり上に持ち上がっていく……かのように見えたが途中で動作が止まった。

「……なぜ? なぜ操れないんですの??」

 彼女の動揺を見て男は声を出して笑いそうになった。その顔はまさに「人間界の深夜の街で狙い定めた獲物を追い詰めた時」そのもの。懐かしいな。

 御礼に解説してやりたくなってしまった。

「キミの操り魔法、敵の体の神経信号は操れても敵の魔力や魔法は操れないみたいだネ。ご存知、魔童子(まどうじ)は皆、『魔法』と『魔力で強化した肉体』の二つを武器にして戦ウ。基礎魔力の低い魔法少年相手ならキミの魔法は通用したと思うけど、高い魔法少年なら肉体の神経信号を無視して、魔力のオーラを使って強引に体を動かせル。人間界では病気とかで体を動かせない魔童子ですら、このゲームの最中は基礎魔力さえ高ければオーラで体を操れル。少なくともキミの魔法、ボクには効かないみたいだネ」

 赤子と競うプロスポーツ選手にとって、これは全く不利益なネタばらしにならない。仮にこの情報が彼女にとって男を倒す糸口になったとしても、それはそれで希望の糸を断ってやった時に、更に強い動揺と恐怖の表情を再び味わうスパイスと成り得る。故にどう転んでも男にとって得しかない。

 次に自分の首に巻き付く黒い鞭を杖で切断した。その、下から上に斬りつける動作は二人からは軍事用ナイフでも扱うかのように映っている事だろう。男にとっては日常茶飯事な杖の用途だ。

「こんな棒切れみたいな杖だっテ、魔力のオーラで覆ってやれば刃物になるのサ」

 男は右手の人差し指で杖をクルクル回転させて遊んでみせる。魔力のオーラで指と杖を縫い付ければ落下しない。

 次に自分の足首を力強く掴む競泳水着の少女に視線を移す。

「キミの弱点は……簡単だネ」

 競泳水着の表情が段々苦しそうになっている。たまらず顔と両腕を水に変化させ、地面に吸い込まれて消える。

 そして十メートル先のメイドの右隣に地面から水が出現し、人型を形成してから競泳水着少女となった。

「キミの液化は魔力の消耗が激しすぎル。長く水になれないのが弱点♪」

 青ざめるメイドとゲホゲホと咳き込む競泳水着に、男は再度歩み寄る。

「でもせっかく魔法を披露してくれたんだかラ、ボクも披露しようかナ。(はなむけ)としテ」

 言うと右手の杖先を左掌に押し付けながら呪文を口にした。

杖解(ジョーカイ)――」

 男の杖が灰色の光で覆われ、姿形を変えていく。光は一つから二つに分離し、右手と左手に収まる。発光が消えると、杖は灰色のハサミに変わっていた。右手と左手に一本ずつ。

「せっかく杖解して上げたんダ。ちゃんと楽しませてネ♪」



 その戦場から十数メートル程度離れた木陰で、三角帽にローブを纏う五人の少年達が一部始終を傍観していた。

「おい、止めなくて良いのかよ?」

 十代後半くらいの少年の一人が隣にいる同年代くらいの少年に問う。

「お前、あの切り裂き魔に割って入ったら殺されるぞ。アイツの魔法が噂通りなら……。大体、魔法少年同士の戦いはご法度だろ?」

「そうだけど、胸痛むな―。クラスの女子と年齢変わらない子や、小学生くらいの子まで混じってるんだぜ?」

「そうだな。だけど……あんまり言いたくないことだけどあの死神のおかげで俺らのチームが勝利に近づいてるって所もあるんだぜ? アイツが女じゃなくて本当よかった……」

 他の魔法少年達には、飛び火しない場所から死神のような男に蹂躙される競泳水着とメイドを気の毒そうに見つめていた。



 千鳥は明かり一つない闇の森の中をひたすら走った。後ろを振り向かず、ただひたすらと。行く宛がある訳ではない。ただただ、死神のような男が追ってこれない所へ向かって。

 しかし突如、脳内に女性の声が響いた事でこの果ての無い逃走は終わりを告げてくれた。

 『サバト第七十試合が終了しました。速やかに戦闘を終え、変身石に従い、離脱してください』

 その機械音のような淡々とした声を聞いて千鳥は走るのを止めた。息が猛烈に上がっている。

 三分経ったのだ。これで完全に逃げ切る事ができた。

 千鳥の足元が光になって消えていく。人間界への帰還の準備が始まった。

 ただ唯一心配なのは、二人の安否だ。どうか無事に次の試合で再会したい。

 だが、千鳥が二人の仲間に再会する事は二度となかった。


 この時取った「逃走」という選択が、彼女の命脈を保った。しかし、最期の戦いが終わるまで、「黒く渦巻く後悔の念」となる事を彼女はまだ知らない。



 ☆

 まだ母が生きていて、幼馴染の両瞳が開かれていた頃の話。


 小学三年生の紫水朝日(しみずあさひ)は、ある日を境にいじめられていた。幼馴染の桃井(ももい)月夜(つくよ)が貸してくれた女の子向け魔法少女アニメの面白さをクラスメイトの男友達に熱弁したことが理由だ。

 日曜朝にヒーロー作品を見ず、女児向け作品を見る男子小学生は村八分もといクラス八分にあうのだ。

 その日、朝日は「戦隊VS魔法少女」と称して公園でいじめっ子達に転ばされ、膝を擦りむいていた。彼らが帰った後、一人公園で泣きじゃくる所に月夜が現れ、おぶって家まで連れて帰ってくれている。

 夕焼けの路上。左右には家々が。

「朝日泣かないで! お家までもうすぐだから」

「ひっぐすっ……ぐすっ……ひっ……」

「朝日しっかりして。いじめっ子なんかに負けちゃだめだよ!」

(って言っても私のせいなんだよなぁ……。あのアニメ朝日に見せたりしたから)

「だって……あいつら月夜ちゃんが見せてくれたアニメバカにするから……」

 本当はアニメを貶されて怒ったんじゃない。アニメを紹介してくれた親友を貶されたような気分になったから怒ったのだ。いくらクラスメイトととも友達になりたいとはいえ、一番初めにできた親友を裏切るような事はしたくなかったのだ。

「ふふっ、そんなことで怒ってたの~」

 背中しか見えない月夜の呆れを含んだ笑い声が聞こえる。

(でも……嬉しいなあ。私の好きな物で怒ってくれて)

「ダメだよ、男の子は魔法少女なんかじゃなくてヒーロー物みないと。仲間外れにされちゃうよ?」

「良いよ、仲間外れで。だって月夜ちゃんのアニメ、凄い面白かったもん!」

 それは強がりだった。本当は他の男友達の仲間に入れて欲しかったが、彼らと一緒になってあのアニメを馬鹿にすれば月夜に嫌われてしまう。

「そっか……。ありがとう! でも男の子はヒーローにはなれても魔法少女にはなれないから……」

「そーなの?」

「そうだよ」

 朝日は困った顔をしばらくしてから、閃いた顔で月夜に宣言する。

「じゃあ僕、魔法少年になる!」

「へ? 何それ?」

「魔法少年なら男でもなれるでしょ? 僕が魔法少年。それで月夜ちゃんが魔法少女! これなら月夜ちゃんとお揃いだし、クラスの皆とも仲良くできるでしょ?」

 魔法使いの男の子なら皆も許してくれるだろう、といじめっ子達の顔を想像する。クラスメイトととも月夜とも仲良くできる方法だと思った。

「……あはははは! 変な朝日!」

 朝日の至極真面目な考えに何故か月夜は笑っていた。しかし小馬鹿にしていない笑い方で、朝日の気持ちを汲んでくれそうだった。だから続けた。

「それにお母さんが良く言うんだ。『今は月夜ちゃんに助けられてばかりでも大人になったら恩返ししてあげなさい』って。魔法少年になったら、魔法で月夜ちゃんに恩返ししてあげる!」

「ふふっ、ありがと。楽しみにしてるね!」


この瞬間こそ、彼らの間に魔法少年という概念が生まれた日だった。

 夕日眩しいオレンジ色に染まる路上。笑いかけ合う二人。

 だが、おぶりおぶられの二人は自分達の後ろにいる生き物の影には気づいていなかった。

「ふーん。彼は魔法少年になりたいんだ」

 それから三年後の小六の冬。朝日の母親が月夜を庇って殺されたとき、月夜の左眼も共に切り裂かれ、永遠に閉ざされた。


一話:魔法戦争ゲーム(サバト)

深夜0時、埼玉県男女町(だんじょちょう)の夜は満月に照らされている。

 十五年間この町に住む、入学してニか月の男子高校生、紫水朝日(しみずあさひ)は現在バイト終わりから高校の制服姿で帰宅途中。幼い頃から通い慣れている大公園の路上を気分上々で歩み通る。

 大公園の立て看板を一瞥すると、そこには体育館、プール、スポーツグラウンドの園内位置が記されている。路上の左右には木々が生い茂り、ここから少し道を進めば川を繋ぐ橋も存在する。自然を満喫するには最適な公園である事を朝日は良く知っている。

 美しい夜の満月を誰もいない木々豊かな路上から見上げてみると、まるで満月を独り占めしているような気分になれた。

 とはいえ、浮かれていないで早く帰宅しなければならない。朝日は『ある目的』のため、医者にならなければならないのだから。大学の医学部を目指す以上、勉強時間の確保は必須だ。

 視線を前に戻し、夜の路上を再び歩み始める。

 が、三歩進むより先にポケットのスマホから通話の着信音がした。

(バイト先からだと面倒だな。あの店長うるさいから)

 今日のバイトのことをふと思い出す。知らないおばさんに「君、小学生?」等と聞かれてしまった。中学生と間違えられるのは頻繁だが小学生に間違えられるのは二ヶ月ぶりだ。

 そう、悲しいことに二ヶ月ぶり。

 身長百五十七センチ、染めていない真っ黒髪、肌白童顔の朝日にとって、高校生になってから中学時代以上に自分の幼く見える見た目がコンプレックスになってきている。

 恐る恐るポケットからスマホを取り出して、登録名を見て安堵した。幼馴染の桃井月夜(ももいつくよ)からの電話だ。

「月夜! 久しぶり!」

 晴れ晴れとした顔と口調で電話に出る。

 月夜とは中学卒業からこの二ヶ月弱、全く会わなかった。小学校から毎日学校で顔を合わせていただけあって、数年くらい会っていないような感覚がした。

 いや、よく考えたら小学校どころではない。死んだ朝日と月夜の母も小学校からの幼馴染だったので、親ぐるみの仲から、赤ん坊の時から朝日と月夜は当たり前のように一緒にいたのだ。そんな赤ん坊の頃から常に隣にいた存在だからこそ、このニか月弱は数年という表現をしてもおかしくないくらいには長く感じられた。

『うん、久しぶり!』

 スマホから月夜の声が聞こえる。

 月夜の返答は人を元気づけるような明るい声色だ。中学の頃と変わらない声色から察するに、高校入学後も変わらずな性格のようだ。

『高校は楽しい?』

「ぼちぼちだよ」

『……』

「……」

 月夜の質問も淡泊ながら、朝日も淡泊な返事しかできなかった。

 十数秒の無言の時間が流れる。

 お互い気まずいのも仕方がない。高校が別々になってしまった理由が理由なだけに。そのある理由のせいで二人の父の間で取り決めが行われ、二人が会う事を禁止されてしまったのだ。だから今も父親の目を盗んで電話を掛けているのだろう。

『あのね、ちょっと朝日に相談したいことがあるんだけど』

 月夜の声が引き締まる。

「相談?」

『うん』

 月夜は昔から人に相談するタイプだし、人の相談にも乗るタイプだ。先の口調から察するに今回の相談は結構重いことのようだ。

「今帰り道だから後で電話するよ」

『わかった』

 電話を切り、帰宅を急いで足早に進む。二メートル間隔に設置されている公園の街灯が朝日が進む度に顔を照らす。

 しかし、ふと立ち止まった。夜の公園では不自然に目立つ「ある物」の存在に気づいたからだ。

 それは紫色の宝石のはめ込まれたペンダントだった。宝石の輝きがアスファルトを照らしている。

 しかも、よく見ると野良猫が首にかけている。

 こんな高価そうな物を何故猫が? その猫の相貌も風変りだ。

 右半分が白で左半分が黒の毛色。瞳は紅く、どこかこの世の生物とは思えない。

 じっと猫を見つめていると猫がゆっくり前両脚を地から上げ、後ろ両脚だけで立ち上がった。そして――、

「おめでとう、紫水朝日君! 君は念願の魔法少年に選ばれました!」

 二足歩行の白黒猫は朝日に日本語で語りかけてきた。

「……へ?」

 呆然とする朝日の心中等お構いなしに猫は首のペンダントを前両脚……いや両腕で外した。そして野球の投手のようなフォームでそれを朝日に投げつけた。

「行ってらっしゃい。魔法戦争ゲーム(サバト)、新人研修(チュートリアル)へ」

 猫に投げつけられたペンダントがぶつかった瞬間、朝日の視界は渦巻状にグニャグニャになり、体は宙に浮いているような感覚になった。さらに高速で移動する時のような向かい風を感じた。

 そう、まるで何処かに飛ばされている最中かのような。


 ☆

「え……どこだここ……?」

 そこは教会の中だった。赤いカーペットが地面の全てに敷かれている。周囲を見回すと朝日のすぐ後ろに祭壇があり、更にその後ろに磔のキリストが縁取られたステンドグラスがある。扉から祭壇までは赤いマットが敷かれ、左右には無数の椅子が配置されている。

 朝日がぽかんとした表情を浮かべて周囲を観察していると、教会の入り口がバンッ! と強い音を立てて開いた。

 音の方に振り向くと、入り口に三人の男がいた。

 右と左の男は黒いコートに身を包み、黒い三角帽子を被っている。

 真ん中の男は五十、六十歳くらいに見える。背丈は百九十センチはあると思われる。赤いプレートアーマーを着た初老の男だ。顔の造形が強面で、服装と肉体も合わさり老戦士を連想させる。頭には紅の三角帽子を被っていて、プレートアーマーの被り物としては不釣り合いだ。

「おお、来たか! 貴様を待っていたぞ!」

 真ん中の男が大きな声で朝日に向かって声をかけた。

「あの、ここは……」

「そんな呆けた顔になるのも無理はない。だが事の経緯を口で話すと長くなる。貴様にはこれを見て瞬時に理解してもらうぞ。何せ、ゲーム開始までもう時間がないからな!」

 大男は腰にぶら下げていた杖を取り出して困惑顔の朝日に向けた。そして杖から眩い紅の光線が放たれ、朝日の体を貫いた。朝日はふらっと意識を失った。


 ☆

 朝日が眼を開くと自分の視界がおかしくなっている事に気づいた。

 場所は先程と同じ教会だったが眼に映る景色に色がなく、全てがモノクロに映っていた。まるで昔の白黒テレビの画面でも見ているかのように。

 扉から祭壇まで敷かれている絨毯の真ん中で棒立ちのまま、ふと祭壇に目を向ける。そこで二人の男女が向かい合い、お互いを睨みつけている。

 男の方は先程の三角帽とプレートアーマーを纒った初老の男。今は色が分からないが。

 女は四十歳くらいで、ゴシック様式のドレスローブと三角帽を身に纏っている。

「あの、僕に何をしたんですか?」

 初老の男に問いかけるが返事がない。無視しているというよりは存在その物に気づいていないようだ。

『王、何故魔女の軍への入隊を許可しないのですか? 今日下界でも強い女は戦地へ向かいます』

 女は決して大きくはないが重々しさを感じさせる口調で王に抗議する。

『貴方の魔女蔑視は貴方の部下にまで伝播しています。さらには国民全体にまで魔女は弱く、守られるだけの存在という認識が広まっています』

『魔法使いは世界と戦い、魔女はその魔法使いを支える。それがこの魔法界「ソーサリー」の(いにしえ)からの習わしだ、女王。何より、事実だろう……』

『何ですか?』

 王を睨みつけながら問う女王。

『魔女が魔法使いより弱いのは』

 王は冷ややかな声色でその言葉を紡ぐ。

 その先の一言を聞き、数秒唖然とした女王。だがすぐに我に返った。表情が怒りをも飲み込んだ後の、決意や覚悟を感じさせる表情に変わり、王に言い放つ。

『わかりました、魔法王。魔力の多寡の根源が性別にあるという、その考え方を改めて頂けないのであれば、私が貴方に代わりソーサリーの統治者になります』

『ほう、つまりどうすると?』

『これから魔女だけの魔女王国を設立します。そこは魔女だけが暮らす国。せいぜい魔女のいないこの魔法王国で男だけで生活してみてください。そうすれば魔女が存在するありがたみもお分かりになられるでしょう』

『この魔法王国の土地は全てワシの土地だ。誰が所有物を渡すと思う?』

『勘違いなさっているようですがこれは革命です。魔女達の貴方方魔法使いに対する革命。土地の所有権等知ったことではありません』

『ほう、良いだろう。ならば戦争だ。戦争でどちらか勝利した方が土地の領土範囲を決めることにしようではないか』

『良いでしょう。それで魔女の存在価値を認めて下さるなら。ですが戦争で魔女と魔法使いを戦わせてはたった一万人の人口のソーサリーにとって損失になりかねません。ここは下界の人間を使いませんこと?』

『下界の人間を使うだと?』

『ええ。下界の人間を魔法使い、魔女の見習いである()童子(どうじ)にする能力を持つこの変身(へんしん)(せき)を使い、我々の代理で戦ってもらうのです。』

 女王は先程朝日が公園で猫に投げつけられたペンダントに内蔵されていた宝石と同じ見た目の宝石をドレスのポケットから取り出した。

『魔童子としての素質を持つ男女を五百人ずつ選抜し、男女別で戦いあって貰うのです。私が魔法少女軍、貴方が魔法少年軍。そして先に敵側五百人のプレイヤーの石全てを破壊したチームの勝利とするのです』

『なるほど。勝利条件を石の破壊とすることで命の奪い合いにはならないという計らいか』

 魔法王が左の人差し指を顎に当て、考え込む。

『それに人材の集め方も悪くない。魔法の素質は人間界の十代から二十代が最も高い。加えて、七十億人という人間界の総人口数からの選抜なら一万人のソーサリーから集めるより良質な人材が確保できるな。良かろう。その魔法戦争ゲーム――サバトに乗ってやろう』


 ☆

 朝日は目を開いた。視界はモノクロから色付きに戻ったが、場所は同じ聖堂だ。

「事の経緯は理解したかな?」

 魔法王と呼ばれていた男が床で尻もちをついている朝日に話しかけた。

「さっきの夢は……」

「記憶伝達魔法。貴様の脳にワシの記憶を直接送ったのだ」

(記憶伝達……魔法? 魔法って言ったのか今? 確かにこの爺さんの護衛らしき二人は黒ローブと三角帽のおかげで見た目が魔法使いみたいだけど。爺さんも服装除けば三角帽と杖持ってるし)

「貴様は下界で変身石を視認できた。その石は下界の人間には一定の潜在魔力を秘めた者でしか視認できない石なのだ。そして石に触れた者を一瞬でここ、魔法王国『ソーサリー』に飛ばすようできている。貴様はその石に選ばれたのだ」

 魔法王が、いつの間にか朝日の首に掛かっている金縁ペンダントに埋め込まれている宝石を指さした。

「魔法とか何とか、ファンタジーすぎて頭がついていかないんですが……」

 朝日はこの目の前の光景すら夢なのではないかと疑い始めた。

「つまり目の前の現実を受け入れられないと? よかろう。ならば貴様が変身石に選ばれた少年、魔法少年であるという証拠を見せてやろう」

 魔法王は再び腰の杖を抜き、朝日に向け、杖先から赤い光弾を放った。光弾がペンダントの宝石を貫いた。

 今度は朝日の体が紫の光に包まれた。光は朝日の着る高校の制服の形を作り変えていた。

 光がゆるやかに消えると、朝日は制服から、紫を基調としたローブ、ブーツ、三角帽子に着替えていた。手には三十センチ程度の、棒切れのように弱々しい木製の茶色い杖を握っていた。

「これで自分が魔法使い、もとい魔法少年になったことを自覚して頂けたかな?」

 魔法王は腕組みをしながら朝日の紫の姿、魔法少年のコスチュームを上から下まで見回した。

「……そうですね。何だかわかりませんが現実みたいですね。とりあえず僕のことを帰して頂けませんか? 明日学校なんです」

 かなり面倒臭そうに返事した。

(夢にしたってもう少し疲れない夢がみたい。朝が辛くなるに決まっている)

「ならんな」

 魔法王はきっぱりと言った。

「何でです?」

「これからすぐにサバト第八十五試合が始まる。貴様を帰すのはそれが終わってからだ」

 朝日はそれを聞いて露骨に嫌そうな顔をした。まだこの夢続くのか、こういう頑固そうなおじさん苦手なんだよなあ――等と思いながら。

 その朝日の表情を読み取ってか、魔法王が(なだ)めるように補足説明する。

「何、心配するな。下界での一分はこちらでの一時間だ。試合が終わって帰る頃でも下界の時間は数分しか経っていないだろう」

 魔法王は口角を少し上げて言う。

(そろそろこの夢醒めないかな? 多分公園で眠っているんだろうな僕。帰って学校の予習したい)

 朝日の顔はさらにしかめ面になった。

「まあ説明するより体感した方が速いだろう。それ、フィールドに行け」

 魔法王は朝日に向かって杖を向け、再び光線を浴びせた。

 朝日は自身の身体が軽くなり、公園でペンダントを拾った時と同じ感覚を覚えた。見えない力でどこかに飛ばされているのが分かった。


 朝日の消えた聖堂。

「貴様に基礎魔力の才は無い。であれば残された可能性は願いの重さだ。貴様の願いが七年で熟れたか、青いままかで魔法少年としての可能性が決まる。見定めさせて貰うぞ」

 王が独り言を呟く。


 ☆

 朝日の視界には夜の荒野が広がっていた。空には大きな満月が。

 朝日は平野のど真ん中に突っ立っている。その景色の美しさに数秒心奪われ、放心している。

『小僧、ワシの声がきこえるな?』

 頭の中で魔法王の声がして我に返った。この声はおそらくテレパシーのようなものなのだろう。

『重要なルールを口頭で伝えておく。一試合の時間は一時間。ノルマは十試合で最低魔法少女一人の変身石を破壊すること。このノルマが達成できない者からは変身石を没収し、魔法少年としての資格を剝奪する。無論、魔法少女サイドも同じルールだ。「人を傷つけられない」等とぬかされては変身石の無駄遣いだからな。没収した変身石で代わりの魔法少年をスカウトする』

 言葉の間に「ハァーッ」と王が長く嘆息した。

『一人も倒さないまま十試合逃げ回り、ノルマ未達成で強制脱落させた腑抜け新人魔童子の多い為に、変身石が破壊されないまま魔童子の人数だけが減るという時期もあった。魔童子の人数ではなく、石の数が0にならなければこのゲーム――サバトは終わらんからな。サバト初期の百八十年前――人間界単位での三年前から何度魔童子を入れ替えてきたことか……』

 王の人を小馬鹿にした口調が続く。

「そのゲーム、僕に何かメリットあるんですか?」

 夜空に浮かぶ月に向かって問いかける。朝日は選択権を与えられずに強制的に参加させられていることに腹を立てていたので、イラつきが王に伝わる口調で質問した。すると魔法王の笑い声が聞こえた。

『フフッ、よく聞いておけ。このサバト終了後、勝ち残った魔法少年、もしくは魔法少女には褒美としてどんな願い事でも一つ叶えてやることになっている』

 その言葉を聞いて朝日は目を丸くした。

(え……何だその少年漫画みたいなの?)

 自分の見ている夢の、手の込んだ設定に驚きを隠せない。

「願い事……。例えば不老不死でも金銀財宝でも願い事を百個にしろでも叶えられるんですか?」

 次はあえて図々しい願い事を聞いてみた。こういうので実は死んだ人は一人しか生き返らないだの、人を殺すなら願い事を叶えてくれる者より能力が劣る人のみだの、実は制約がありました等と後から言われても困る。

『願い事無限以外ならどんな願いでも叶えてやる。貢献度に応じてな』

 王は真面目に答えた。空から声が聞こえるだけなので声色で王の感情を判断せざるを得ない。今の声色はただ淡々としていた。

「でも三年前からスタートしている人達がいて、貢献度で叶えてくれる願い事の大きさが変わるという事は、今から参加しても大した願い事叶えてくれないんじゃないんですか?」

 夢に対して真剣な質問をするのも馬鹿らしいと一瞬考えたが、夢を楽しむ為という意味で聞いた。

「貴様が敵五百人の中で上位の強さの魔法少女を討ち取れば大きな貢献となる。または大勢倒すかだ。このどちらか、または両方を目指せば既存の魔法少年共より高い願いを叶えられる」

「その強い魔法少女を素人の僕じゃ倒せないのでは?」と言いたかったが止めた。いわばプロスポーツ界みたいな物なのだろう。ぽっと出のルーキーでも十年以上のベテランより優秀な事もある。

 しかし、朝日の願いは二つあったので、更に確認追求をする事にした。一つは今思いついた実現不可能な願い、もう一つは朝日が四年間求め続けている願い。

「例えば、『不老不死と金銀財宝、両方くれ』と言って二つの願いを一つにまとめるのはありですか?」

『……ああ、貢献度次第では叶うだろう』

(二つ願い事があっても叶えられるのか。それなら……)

 朝日の脳裏に二人の人物の背中がよぎる。

(例えこの状況自体が夢でも、少しはやる気が出てきたかも)

 荒野のど真ん中で一人でほくそ笑む朝日。

 そこに突如、大きな爆発音が響いた。視線を向けると、モクモクと上がる銀色の煙が見えた。

 更に、視線を煙下に向けると三角帽子を被る二人の人間の姿が見えた。片方は銀、もう片方はオレンジ。銀色の三角帽子を被っているのは二十歳前半くらいの銀髪の男。オレンジは同年代くらいのオレンジ髪の女の子。男が杖を相手に向けて光線を発射しては女の子が避け、すかさず女の子も杖を向け光線を発射している。そんな攻撃と回避の応酬を繰り返している。

『さて、そろそろテレパス魔法を切るぞ。ワシはフィールド全体を宮殿から監視している。何かしらの不正があった場合も監督せねばならないからな』

「あ、ちょっと待って!」

 空に向かって右掌をかざして待ったをかけたが、少し遅かった。切れた音がした訳じゃないが直感的に通信が切れたことがわかった。

 空から地上に視線を戻すと交差する銀とオレンジの光がさっきよりこちらに近づいている事に気づく。ワルツを踊るように華麗な攻防を交わす二人の姿がみるみる近くなる。少し前まで百メートル程遠くにいた二人との距離は今や二十メートルもない。既に肉眼で二人の細かい容姿を捉えられる。

 オレンジは制服を着崩して露出度を高くした、長いオレンジ色ストレートヘアの女子高生だ。いかにもヤンキー高の不良女子。

 銀色はスーツ姿の青年だ。スーツ姿と言っても本人が長身イケメンな上、ワックスでガチガチに形を整えられたストレートパーマのミディアム銀髪なものだからサラリーマンというよりホストに近い出で立ちだ。

 オレンジと銀色。紫を基軸とした朝日のコスチュームと同じく、配色が実にシンプルだ。朝日も含めた三人の共通点は三角帽を被っている点と杖を持っている点だ。この二つの点だけが目の前の二人が魔法使いであることを感じさせる。

「なんだ? 援軍か?」

 ホスト風な青年が朝日の存在に気づく。

「アンタ、男二人がかりで女の子襲おうっての?最低だねえ」

 オレンジ帽の制服ギャルが銀色帽のホスト風の青年に向かって余裕の表情で吐き捨てるように言う。

 二人とも杖から光線を放っては避けるを繰り返しながら会話している。

「腕力とかならまだしも魔力は男も女も関係ないでしょ? それ言われちゃこのゲーム成立しないよ」

 銀色帽のホストが微笑した顔で言い返す。二人の喋りながら戦う姿は戦闘のベテランさを感じさせる。

(僕、何すれば良いんだろう? 魔法の光線も出せないのに)

 棒立ちする朝日のすぐ隣で避けては攻撃の応酬を繰り返す二人。

 が、一旦オレンジギャルが銀色ホストに杖を持たない左腕を伸ばして、掌を見せて待ったを示す。そしてホストから朝日の目に視線を移す。

「……アンタ、素人だろ?」

 強面なオレンジギャルが朝日を睨みつける。

「感じる魔力が低すぎんだよ。まだゲームをこなしてねえ証拠だ。それにトーシローじゃ感じ取れないと思うけど、アタイの魔力を百とするならアンタ、一だから。そこのホストの魔力を九十五として二人合わせて九十六。百のアタイには勝てない。分かったらすっこんでな!!」

 睨みを聞かせて咆哮するオレンジギャルに朝日は圧倒されて数歩退いた。

(なんだよ。お前達が勝手に近づいて来たんじゃないか)

 理不尽に罵倒され、朝日は内心で不満を溜める。だが言い返せば光線を浴びせられかねない。ここは黙っているのがベストだ。

「君、九十五って所が絶妙だね。誉め言葉として受け取っておくよ」

 やはり銀色ホストもこのゲームのベテランなのだろう。オレンジギャルの咆哮に少しも気圧されていない。

「そして少年。彼女が言うように下がっていた方が良い。初心者が無駄に潰されたらこちらサイドの敗北に近づいてしまうからね」

 微笑みながら朝日に言う銀色ホストは優しい人柄を感じさせた。

「ていうかアタイら二人以外で単独行動している魔童子なんてフィールドで見た事ねーんだよ。魔力が一人一人低いもんだから、群れないと簡単に変身石破壊されちまう連中ばっかだからな。単独行動してんのはアタイみたいな余程の実力者か入りたてのトーシローかのどちらかなんだよ」

 オレンジギャルは相も変わらず目付きを尖らせて、敵意剥き出しだ。

(そういえば魔法王が見せた映像の中で魔法女王とかいう人が五百人ずつと言っていた。このサバトというゲームでは五百人ずつの魔法少女、魔法少年が戦い合っているということ。確かにそれだけの人数なら集団での協力プレイは必須だ)

 ギャルに威圧されながらも脳内では情報収集に徹した。

 だがどこかで今だこの現状を夢だと思っている自分がいた。

「いや、僕は一人でいるの気楽だからって理由だけだからね?君みたいな自己中と一緒にしないでよ」

「何が自己中だ! テメェが他の魔法少女口説きまくってんのは知ってんだよ! アタイが孤立したのもアタイのダチ、テメェが口説きまくって内部分裂させたからじゃねえか! アタイにもあんな臭いセリフ吐いておいてこの女の敵が」

 どうやらこの対決は浮気相手への復讐現場ってことらしい。魔法使いというファンタジー要素の欠片もない。

「せっかくの男女分けバトルなんだから敵とも楽しく戦いたいでしょ?」

「テメェの手口は知ってんだよ。落とした女に『このゲームに勝ったら、願い事で君を幸せにする』とかほざいて女に自ら変身石を破壊させてリタイアさせる。汚ねえ男だ」

「僕は願い事で魔法少女皆を幸せにしてあげるつもりだよ」

 ギャルの剥き出しの怒りに笑顔で返すホスト。

 この二人のせいで朝日の魔法使いに抱いていたメルヘンなイメージがどんどん崩れていく。

「さあ、ビギナーなんて無視して続けるよ!」

「ええ、いつでもどこからでも」

 二人は再び戦闘を開始した。互いの杖からの光線を避けては発射する攻防戦が再開する。

 その二人の戦闘を朝日は棒立ちで見ているしかなかった。

(……何これ? せっかく魔法使いになれたのに魔法も使えない。魔法を使いこなす二人の戦いを指を加えてみているしかない?

 しかも、たかが夢の中で?)

 朝日の内側から劣等感と失意が込み上げてきた。

 小学生の頃、将来の夢に『魔法少年』と書いたこともあった。勿論、物心ついた時からそんなことを口にはおろか、思いすらしなくなっていた。

 特に小六の冬の『あの日」』からは。

 もしこの夢が悪夢のような出来事が起こってしまった『あの日』という現実を忘れたいために見ている夢だとしても、自分の弱さ、無力さを全身で味わった『あの日』の痛みを紛らわすための夢だとしても――

「夢の中くらい、強くいさせろ!」

 朝日はそう咆哮してから突進した。決してホストとギャルに向けた言葉ではなく、この弱さを思い知らされるだけの『自分が見ている夢』に対して言った言葉だった。

 しかし、この咆哮はオレンジギャルに敵対行動ととられてしまった。

「ビギナーが……。初期勢なめんじゃねーよ」

 オレンジギャルは咆哮した朝日の方に杖を向け、拳銃から弾丸を飛ばすかのような所作で丸くて黄色い光の弾を発射させた。

 光弾は朝日の左頬すれすれを通り抜け、頬を焦がした。

「あっつ!」

 朝日の左頬に痛みが広がり、両手で押さえ、その場に左膝をつく。光弾を食らった感触からあの光弾が電気を帯びていることに気づいた。

 遅れて、後方から強い爆発音がした。後ろを向くと大きな砂埃が遠くで舞っていた。さっきの光線が地面に衝突して起こしたのだ。

「彼女の二つ名は”電磁魔砲(マギア・エレクト)”。さっき名乗っていた通り、このゲームが始まった三年前からの初期プレイヤーだ。君とはキャリアが違う。さっき下がっていろと言ったばかりなのに……」

 前に向き直り、銀色ホストの青年を見る。いつの間にか岩場で足組みをして寛いでいる。爽やかな微笑を作っているが、さっきの口調はどこか朝日を小馬鹿にしていた。

「助けて下さい!」

 頬の痛みが恐怖に変わり、朝日は思わず銀色ホストにすがりかけた。

「嫌だよ。君、弱いし」

 笑顔ですかされる。

「人の通り名勝手に教えてんじゃねーよ」

 オレンジギャルの首がホストの方に向く。

「まあ、どうせ記憶消されて覚えてらんないからいいか」

 首が再度朝日の方に向く。そしてゆっくり歩み寄って来る。右手の杖先には電光が(ほとばし)っている。

 先程の光弾を味わった恐怖で、朝日は地に膝をつけたまま足を動かせない。

「今なんて? 記憶が消される?」

「あぁ?! 聞いてねぇのか?」

 制服ギャルの表情が驚きで満ちる。

「……ったく、あのクソ猫といい王と女王といい、相変わらずのクソ運営だな。アタイらに重要な情報を与えねえ。ワザとやってんのか?」

 空を見上げながら空いた左手で髪を掻きむしり、思い出し怒りを顔に出している。

「変身石を破壊された魔童子は魔法に関する記憶をごっそり消された状態で人間界に帰るんだよ。変身石の仕様だとよ。アタイの魔法少女のダチだった奴も何人もアタイの事忘れちまった」

 最後の台詞だけどこか寂しげな声色だった。が、直ぐに空から朝日に視線が戻る。先程までの敵に見せる容赦のない表情に戻っていた。

「……何て事、これからそうなるアンタにゃ関係なかったな。良かったな、ビギナーで。魔法絡みのダチとかいねえ分失うもんもねえだろ」

 制服ギャルがゆっくり歩み寄って来る。

 電光迸る杖先の照準は朝日の変身石に合わせられている。止めを刺しに来るつもりだ。

 先程の電撃によってつけられた頬の痛みはこれが夢ではなく現実であることを朝日に自覚させるのには充分だった。

「あばよ」

 敵との距離感は十メートル程。電弾の射程圏内としては充分だ。

 そして――電気の塊が杖から発射された。

 雷弾が朝日の視界を光で覆う。


 ☆

 小六のクリスマス、サンタは朝日に悪夢のような現実を二つプレゼントした。

 母が通り魔に殺されたことと、月夜が左眼を切り裂かれたことだ。

 朝日がその知らせを聞いたのは二十五日の早朝。父と急いで病院に向かったが病室には左眼を中心に包帯が巻かれた月夜一人しかいなかった。

 母は既に霊安室だった。

 その時、朝日自身は月夜の病室でどんな表情をしていたのかわからない。涙より先に現実を受け入れられなかったからだ。

 涙を流すことができたのは三日後の葬式の日。病院では父が母の遺体に会わせてくれなかったので、母の遺体に対面したのが葬式だったためか。

 棺桶の中の遺体は葬式会場のスタッフの計らいか、切り傷だらけの体を白い百合で上手く隠していた。

 ただし、顔だけは隠しようがなかったのでその痛ましさは見る人に充分伝わった。

 朝日は泣くのではなく泣き叫んだ。朝日の横で顔の左半分が包帯巻きの月夜は(うつむ)いた顔を両手のひらで覆い隠し、指と指の間を涙で濡らしながら枯れた声で同じ言葉を懺悔するように繰り返す。

 ごめんね、ごめんね――と。

 朝日は何も言い返さなかった。月夜が悪い訳じゃないこともわかっていたし、悪いのは犯人に決まっているからだ。

 しかも犯人はまだ見つかっていない。だが犯人への怒りより悲しみの方が勝っていたので今は復讐とかいう気持ちにはなれなかった。

 自分に復讐のために犯人を捜しだす力なんてことができないことも分かっていた。だからただ、泣くことしかできなかった。

 葬式が終わった夜、家でふと母がクリスマウイヴの朝、塾講師の仕事に出かける前に言い残した言葉を思い出した。

(私は朝日のことと同じくらい月夜ちゃんのことが大好きだから、今は月夜ちゃんに守られてても、いつか守り返してあげてね)

 母の幼馴染である月夜の母は二人が小五に成り立ての春に癌で亡くなった。だからこそこの一年半、母は朝日と同じくらい月夜のことを実の娘のように大切にしていた。月夜の父だけでは女の子ならではの苦労に対処できないからと頻繁に月夜の家に顔を出していた。

 あの日も、自分の塾の生徒である月夜のためにお弁当を作って出かけていた。

 そんな母だったからこそ、月夜を守って死んでしまった事に不自然さはなかった。母だからこそできたことだろう。

 朝日はどうだろう?

 母と父に甘やかされ、月夜にもお姉さんのように守ってもらうだけの十二年間だった。だから母と月夜を守れず、犯人を探し出すこともできない。

 いや――これからはそうだったかもしれないけど、今日からはもう違う。変わらなくては。

(母さんの代わりに僕が月夜を助けてあげなきゃ)

 その日から朝日は月夜のために弁当を作り、月夜に勉強を教えられるように最低でも月夜より勉強ができるようにし、左眼の見えない月夜のために常に月夜の左側を歩いた。母が月夜にしてあげていた全てを自分が代わりにしてあげられるようにしたのだ。

 結果的に、料理の実力も学力も学年三位以内を中学三年間でキープする程になり、月夜の左目を自分で治してやるため医者になるという夢もできた。「現在の医療では治せない」と匙を投げられてしまった程の傷だが。


 中学生活は入りたての頃から大変だった。

 小学校と同じ地域だったため、朝日と月夜の話は既に学校中が知っていたからだ。

 動物園の希少生物でも見るかのような視線を朝日と、特に月夜の左眼の眼帯に向ける連中に腹が立って仕方がなかった。

 わざわざ朝日と月夜のクラスに見物しに来るような連中も数人いたが、朝日はそんな連中を教師より先に追い払った。

 教室を歩けば廊下を通り過ぎる生徒達が小声で何か言っているのも聞こえていた。朝日はそんな姿を見かける度、相手が男女だろうが、先輩後輩だろうが、更には教師だった時も「何ですか?」と威圧的に問いかけていた。

 結果、朝日は学年中から腫物扱いされる生活を送ることになった。

 朝日自身はそれを気にしなかったが、これが月夜を守る正しい方法なのかはわからなかった。

(僕が憂き目に合うのは構わない。だけど月夜がそういう扱いをされるのだけは我慢できない。……でももしかして、僕のこの態度が、月夜が憂き目にあう事に拍車をかけているんじゃないか……?)

 そんな葛藤も存在したが朝日にはこれ以外の月夜の守り方が分からなかった。

 そんな二年間の生活を乗り越えた、中三の十月に事件は起こった。

 月夜が他の女子グループから集団いじめを受けているという噂を聞いた。

 月夜は客観的に見て、普通の女子より見た目が可愛い。性格はお世辞にも強気ではなく、むしろか弱い。か弱さという欠点を補って余る程の他人への優しさという長所も持っている訳だが。「可愛さ」と「か弱さ」に左眼の失明という要素が加わったことで、悲劇のヒロインとして学校中の男子に扱われるには充分だった。

「悲劇のヒロインぶって男に媚びている」ように捉えていた女子グループもあった。

 加えて学校で一番人気の男子が月夜に気があったことも、怒りを買うことになった理由の一つだ。

 特にグループのリーダー的ポジションだった女子は、制服さえ着てなければ大学生にすら見える目立つ存在だった。百七十後半くらいの背丈でモデル体型が自慢で、一番人気の男子に告白してフラれた翌日に、他のメンバー以上の怒りを月夜に対してたぎらせていた。自分を振った男子を、月夜が振ってしまったことを知ったからだ。

 体育の授業中にそれは起こった。

 男女共同体育の時間のドッジボールの試合で、そのいじめっ子グループのリーダー女子がわざわざ月夜の左側に立って月夜の左眼に向かってボールを投げつけたのだ。うずくまる月夜の姿を他の仲間と一緒にケラケラ笑っていた。

 そのせせら笑いを見た瞬間、朝日はコートの中だとか授業中だとか他の生徒や教師の視界の中だとか……投げつけたのが女子だとかの、理性が飛んでしまった。

 我に返った時には投げつけた女子に馬乗りになって拳を振るっていた。

 女子は顔面痣だらけで病院通いになった。

 それが原因で学校側から問題児扱いされ、生徒全員からも今まで以上に異物とみなされた。

 更に事の後、父に月夜とは別の高校に進学するよう言い渡された。それが月夜にとっても朝日にとっても良いことだと。


 ――僕はどうすれば良いのだろう? 良かったのだろう? どうすれば母さんを救えたのだろう? どうすれば月夜を救えるのだろう――?

(いいや、最後のは違うだろう?)

 心の暗闇の中、自分が自分に問いかけてきた。

(おまえ)は月夜を救いたいんじゃない。月夜の側にいる口実が欲しいだけだ)

 朝日が朝日に囁く。

「そうだな。(おまえ)の言うとおりだ。だけど……」

(だけど?)

 月夜を虐めた女子を殴り飛ばして、停学で自宅に籠もってた頃、月夜が朝日の家までやってきて、言ったのだ。

 ありがとう……ごめんね――、とだけ。

「月夜にとって僕のした事は迷惑だったはずだ。なのに……」

(なのに?)

「なのに僕にありがとうって……ごめんねって、言ったんだ」

(月夜はそういう奴だろ? お前の善意から生じた負の結果にも作り笑顔ができる奴だ。お前を悲しませない為にな。あの後、月夜もお前と一緒に学年から更に浮いた存在になったのを忘れたのか?)

「分かってる。分かってる。でもあの時、僕は今までより、もっとずっと強く思ったんだ」

 月夜の笑顔が脳裏に過ぎる。

「月夜の左眼を必ず治してやるって――」

(……)

 朝日はもう一人の朝日を見る。その朝日の姿は、暗闇の中に吸い込まれて消えた。そして入れ替わるように赤い鎧を纏った老人が現れた。

『どんな願いでも叶えてやる』

 その老人のたった数文字の言葉が心の中で鳴り響く。

 ☆

(今のは……走馬灯……?)

 視界は迫る稲妻の塊から発する光で覆われている。

 朝日は一瞬過去を高速で思い出していたが現実に引き戻された。引き戻されて初めに「どんな願いでも叶えてやる」という魔法王の言葉を思い出した。

(どんな……願いでも? 人を生き返らせることでも、人の傷を治してやることでも? 今の痛みで分かった。これが現実な事は理解した)

 稲妻の塊が自身に迫る。もう二秒もしないうちに直撃する。

(だったら尚更……四年間諦めていたことが叶う可能性があるなら尚更……)

 朝日の体は考えるより先に勝手に動いていた。首にかかる変身石を右手で守るように握りしめ、右ステップで雷弾の回避を試みた。

 だが回避しきれずに被弾してしまう。左肘あたりに命中した雷弾が肘より先をふっ飛ばした。

「ゔぁぁぁぁぁー!!」

 激痛による朝日の悲鳴が荒野に木霊する。朝日は地に付す。

 後ろで肉が地面に落ちる生々しい音が聞こえた。さっき吹っ飛んだ左腕が落ちた音だ。

 肘より先の無い左腕が業火に焼かれているような激痛を帯びている。痛みで気絶しそうだ。

 だがここで気絶する訳にはいかない。朝日はこれが現実だと受け止めたのだから。どんな願いでも叶えられるチャンスを得た事実を認めたのだから。

「バカが。変に動かなきゃ楽にリタイアだったのに。アタイになぶり殺しの趣味はねーんだわ」

 朝日を見下ろすオレンジ制服のギャルは苦々しい顔をしている。罪悪感を感じているようにも見える。

 しかし、手を緩める気はないようだ。右手の杖先を真上の空にかざす。

 再び杖先に電流が集まり、電気の玉を形成して徐々に円が膨れ上がる。

「次は動くなよ? 痛いの嫌だろ? もしくは変身石を差し出せ。それが早い」

「雷門ちゃん。悪趣味だな〜」

 ホストは今も近くの岩石上に座り、寛いでいる。決して割って入らず、攻撃が飛び火しない程度の距離から二人を傍観している。制服ギャル、雷門の容赦ない追撃に引き気味な口調だが、いつもの仮面のような笑顔は崩していない。朝日を助けてくれる素振りは微塵もない。

「だったらてめぇがこいつから変身石取りあげろよ。初戦で上級者に当たっちまった可哀想なビギナーの為によ」

 傍観を決め込むホストの方向へ雷門が一瞥して睨みつける。

「それ、『同性同士の戦闘禁止』のルールに抵触しちゃうから」

 睨む雷門にホストは笑顔で返答する。

 二人の会話をよそに、地を這う朝日は右手に握る杖にさらに強く握り直した。

(魔法が使えないなら……)

 左側の痛みを堪えて立ち上がり、雷門から見て右斜めに全力ダッシュで走った。

 真正面から縦に突っ込む戦法では守りが甘いし、逃げに徹して横移動するだけの戦法では攻めが甘い。一方、縦横移動の戦法に比べ、斜めへの移動なら敵の魔法に当たりにくい上、徐々に距離を詰める事もできる戦法。

 魔法を持たない朝日が考えた唯一の攻撃方法は肉弾戦だった。

 敵の雷門とかいう制服女子は女にしては百七十センチはある長身。肉弾戦でも百五十七センチの朝日に勝ち目は無いかもしれない。だが朝日は中学時代まあまあ喧嘩の腕っぷしはあった。大きくても相手は女子。魔法の有無を考慮しなければ勝負はまだわからない。

 雷門は杖先を真上に(かざ)したっきり、電撃を溜めるばかりで仕掛けてこない。朝日の斜めダッシュが近接戦を狙っているとわかっているからだろう。

 先に仕掛けた方が負ける。だが相手は突っ立っているだけなのに対し、こちらは走り続けなければならない。

 長期戦は不利。結局、朝日から仕掛ける他ない。

 雷門は左腕の激痛に耐えながらも走リ続ける朝日を不快と疑問の入り混じったような表情で見ながら尋ねた。

「アンタ、わかってんのか? 左腕が失くなったんだ。アンタはこれから片腕で生活することになる。サバト招集時も片腕だ。それだけで他の魔童子より分がわりい。そんな絶対絶命のアンタには、石を差し出さないだけの理由になる願い事があるんだろうねぇ?」

 試すような物言いだ。

「僕には……命を賭けてでも叶えたい願いがあるんです!」

 朝日が叫んで返答する。

 しかし朝日のこの言葉は雷門にとってのタブーだった。雷門の表情が疑問符から憤怒に変わる。

「命を賭けてでも叶えたい願いを持っている奴なんてこのゲームに数えきれない程いる。アタイも勿論だ。自分だけを特別だと思ってんじゃねえよ!」


 ☆

 雷門千鳥にとって、その台詞は三年間聞き飽きた、典型的嘘付きの魔童子が吐く台詞だったのだ。

 ——死んでも叶えたい願い事がある——。

 それは今まで戦ってきた魔法少年共や味方の魔法少女共から何千何万回と聞いた台詞だった。しかし心から死んでも叶えたいと思っている魔童子を見た事がない。そんな台詞を吐いた癖に危険になれば逃亡するか、自分で変身石を砕いてリタイアする等、自己保身に走る奴ばかりだったからだ。安易にその台詞を吐く奴が許せないのだ。

 だが本当に許せないのは、三年の月日の中で、実力と魔法少女グループ内の地位だけは向上して、中身はそんな連中と変わらなくなってしまった自分自身だった。

 魔童子で一番強い「あの死神」と戦う事を意図的に避けている自分を意識していた。あの死神に植え付けられた過去の恐怖と、全魔童子の中で五番手の実力者の自分では一番手であるあの死神には勝てない事を分かっているから奴と戦う事を避けているのだが、それは命を賭けているとは呼べない。自分の覚悟が月日が経つにつれて薄れてきている事を自覚しているからこそ、雷門の中でその台詞はタブーと化していた。その台詞を聞く度に、自分を死神から庇った二人の魔法少女の姿を思い出す。思い出しては、現在の自分自身の折れた心を自覚するのだ。

 だから許せない。「お前がアタイだったら心折れないか」と問い詰めたいくらいなのだ。

 剥き出しの怒りを刺し殺す気概で紫ローブの少年に向ける。

 だが少年に怯む様子は見えない。

「僕は……母さんを生き返らせ……月夜の左眼も……取り戻す!」

 息を乱して途切れ途切れながら喋っている。喋りながらも、雷門の周囲を走り続けている。止まったその時がこちらの雷弾を打ち込む手筈だった。そう、手筈だった。

 予想外の事態が起きた。先程、少年が何気なく紡いだ宣誓に雷門の集中力が奪われたのだ。

 少年の先の台詞が雷門の頭の中で繰り返し木霊する。

(母さんを生き返らせ……)

 戦闘への集中力を欠いて呆然とする雷門。

 ふと昔の記憶がフラッシュバックした。幼い頃、自分を背負って公園を散歩させてくれた父の姿を思い出した。トラックに轢かれた後の、白装束姿も。

 更に三年前の初試合で敵に追い詰められた時に口にした少年と同じ台詞も脳内に蘇った。『生き返らせてみせる』と。当時の、命賭けになれていた自分の姿を思いだした。


 ☆

 朝日は敵の呆然として集中力を欠いた姿を見逃さなかった。

 雷門の背後に回る事に成功。杖の先端を敵の右脚の太腿(ふともも)に向かって振るい、突き刺した。

「グチャッ」という肉を貫く生々しい音が朝日の攻撃が成功した事を知らせてくれた。

「いってえええ!!」

 初めて雷門の痛みの叫びを聞いた。

「クソが!」

 雷門の背中側の朝日は雷門の振り向きついでの左手の甲の攻撃で殴り飛ばされた。しかし、朝日が離れたせいで太腿に刺さっていた杖も無理やり抜けてしまった。

「ツッッ!!」

 雷門が痛みからかしゃがみ、太腿を抱える。だが視線はあくまで朝日を視界に捉えたままだ。

 敵の杖先の照準が再度朝日に合わせられる。

 さっきまでのやりとりの最中でも杖の電力チャージは自動で行われていたのを一瞥していた。

 今や人がまともに食らえば塵も残らない大きさの雷弾に成長している。

 しかしそれが打ち込まれる前に朝日は雷門に質問を投げられる。

「アンタに聞きたい。アンタ……何で今アタイの心臓狙わなかったのさ?」

『舐めるな』という面持ちで朝日に問い詰める。

「心臓貫いて、殺して無理やり変身石奪えば良かったじゃねえか。まさか、『人を殺す覚悟はありません。だけど願い事はかなえたいです』なんてほざきやがるんじゃねえよな?」

「違う。そうじゃない」

「だったらなんだ?」

 雷門の問いに朝日は真剣な面持ちで答える。

「貴方はさっき、貴方にも命を賭けて叶えたい願いがあると言っていた。貴方と僕は願いの為に命賭けになれる点において、似た者同士だ。そんな、僕と似ている貴方の願い事が万が一にでも僕と同じく、『大切な誰かを救う為の願い』である可能性がある以上、僕に貴方を殺せません。

 同属愛……と言うべきですかね? 動きを奪ってから変身石を奪わせてもらいます」

 朝日が地を右膝でつく雷門の方に足を運ばせようとした瞬間、意識が朦朧としてその場で倒れてしまった。

(何だ……眩暈……血?)

 血を流しすぎた。地に伏す朝日の左腕からは多量の血が溢れ出て止まらない。

 幻聴か、死神の足音すら聞こえた。

 地に伏す朝日の姿に雷門は勝機を見出したようだ。

 倒れる朝日に容赦なく電力充電満タンの杖先を向ける。

 そして説得するように、眉をひそめながら朝日に命令する。

「最後の情けだ。変身石を投げろ。それくらいの力残ってるだろ? でないと、死ぬぜ?」

「……すみません。僕にそれはできません。僕に石(願い)を諦める事はできません……」

 何故か優勢にいるはずの雷門の方の手が震え、冷や汗が額から流れ出ているのが見えた。

 朦朧とする意識の中、朝日の口から弱々しい枯れた言葉が自然と漏れた。

「僕は……母さんを生き返らせ……月夜の……左目を……取り戻……す」

 無意識に紡いだ言葉の羅列。その二つは失った日から今日まで埋まっていない心の空白。

 ――その時だった。

 朝日の胸にかかる紫のペンダント――変身石が光を放ち始めた。

 光はあっという間に朝日の全身を優しく包み、紫色の眩い液体に変化し、球体を作った。

 球体の中はとても安らげた。きっと母親のお腹の中にいる赤ん坊はこんな感覚なのだろう。あまりの心地良さに朝日は急激な睡魔に襲われ、意識が溶けて消えた。


 ☆

 液状の球体中の少年を雷門が覗き見る。球体の中の液は少年の傷を僅かながら癒しているようだ。左腕の傷は完治とはいかなくとも出血は抑えられている。雷門の攻撃で傷つけられたマントやローブは球体の中で修復されていった。小さなすり傷程度なら完治している。

 だが雷門が最も注目した部位は少年の髪だ。少年の黒髪がどんどん根元から紫に染まっていく。ゆっくりだが、確実に。

 球体の中の少年は両目を大きく見開いているが、目に色が無く、意識があるように感じない。目を開いたまま寝ているようにも見える。

 この光景に雷門は見覚えがあった。何せ自分が魔法少女になった初日にこの液状の球体に包まれたのだから。

 その時も雷門の黒髪は徐々にオレンジ色に変えられ、最終的に球体が破裂し、孵化した。そして他の魔童子が持たない、自分だけの固有魔法である電磁魔砲(マギア・エレクト)というギフトを手に入れたのだ。さながら、卵という小さな世界を破壊して、炎の息吹を手に入れた子龍のように。

(この球体は卵。あの黒髪が紫に染まりきった瞬間、殻を破った龍が産まれる。つまり、真の力を解放させたガキが出てくる)

 魔童子の覚醒現象。その場面に立ち会える者はそうはいないが、何を隠そう、雷門自身が覚醒者だったのだ。

(球体から出てきた時には、アイツには固有魔法が与えられている筈だ。どんな魔法かはまだ分からねえが電磁魔砲(マギア・エレクト)に匹敵する魔法かもしれない。ならば、出てくる前のこの状態のうちに潰しておかないと)

 雷門が杖先を液状の卵に向ける。もう一分もしないうちに『覚醒』が完了する。その前に片づけなくては。だが上手く杖の照準が合わない。何故だろう?

(同属愛……と言うべきですかね? 僕に貴方を殺せません)

 少年の言葉は想像以上に、雷門の思考と決断力を鈍らせていた。

 手が震える杖の照準を何とか合わせようと(しばら)く努力した。

 攻撃するか否かを逡巡した後、球体に向けて伸びきった右腕を静かに降ろした。そして少年の生まれ変わりを黙って見守る決断をした。

(アンタの言葉をパクって言うなら、これは同属愛だ。大切な人を生き返らせたいという願いを持つ者同士の同属愛。それに免じてアンタに勝ち残るチャンスを与えてやる。どんな魔法が産まれるのか、見せてみろ! 何より……ビギナーの頃のアタイそっくりなアンタを覚醒させた上で倒せれば、アタイはあの男に立ち向かう勇気を取り戻せる気がする!)

 感情の昂ぶりに思わず口角が上がる。

 今の雷門はビギナーを潰すベテランでは無く、強大な壁に立ち向かう挑戦者の心持ちだ。


 無言で見守る静寂の空間。目の前に存在する球体に迸る電光のバチバチという音だけが雷門の耳に響く。

 僅か一分……龍の誕生を見守る二人にとっては実際の何倍もの体感時間に感じられただろう一分が過ぎ、事は動いた。

「パキッ」という音を立て球体に亀裂が入った。さらに「パキッ」「パキッ」と音が連続で響き、亀裂が広がっていく。球体の中の朝日の髪は黒から完全に紫に染まり変わった。

 そして最後に一番大きな破壊音を響かせ、球体は完全に砕け散った。

 飛び散った球体の殻は地面に落ちる前に自然消滅した。

 少年を癒やしていた紫の液体は光に変化し、少年の体に纏わりついていた。まるで体からオーラを発しているよう。

 少年の大きく開かれた瞳も紫に光り輝いている。あまりに無表情で目だけが大きく開かれているため、意識があるのかないのか判断し辛い。

 少年は右手を真っ直ぐ伸ばしきり、ゆっくり持ち上げた。天まで上がりきった、右手に握る杖を振り降ろし、先端を雷門に向けた。

 そして、機械音のように無機質だがはっきり聞き取れる声色で謎の呪文を言い放った。

杖解(じょうかい)――”謀反物(リフレクター)”」


 ☆

 何故そんな言葉が出てきたのか朝日自身分からなかったが、それが脳内で浮かんだ文字列だった。

 言霊に反応したかのように、棒切れと呼べる程弱々しい見た目の杖が紫に発光し始める。三十センチ弱の杖がみるみる勝手に形を変え、長さを伸ばしていく。

 杖が刃を生やし、その刃先に光の輪が出現する。柄が三十センチ……四十センチ……五十センチと伸びていく。そして――形を変え終わったのか、紫の光はゆっくり収束していく。

 先程まで棒切れ程度の長さだった杖は先端にトランプのダイヤのような形をした巨大な刃と、一メートル以上の長さの柄を持つ長槍に変わっていた。ダイヤ型の刃の周囲にはルーン文字の刻まれた蒼い光の輪がかかっている。

「杖解――全ての魔法少年に一本だけ与えられる杖の、潜在能力を解放した姿。その言霊は杖の形を時に大剣に、時に弓に、時に生きた蛇や鳥等の生物にすら変える。

 杖から魔法を放つ『放出型』の魔法少女の雷門ちゃんに対して、杖自体に魔法をかけて形を変化させる『武装型』の魔法少年だった訳か彼は」

 雷門より後ろの岩場で寛いでいるホストが顎を撫でながら呟くのを聞いた。何か逆転劇でも期待しているかのような笑み。

「へえ、それがアンタの……」

 雷門はホスト以上に期待を抱いた笑顔を全面に出している。

「魔力は九十って所か? まともに戦えるレベルの基礎魔力までには引き上がったようだね」

 朝日の見た目だけでなく、中身も雷門を満足させる水準に至ったようだ。

 そして、再度光弾纏う杖先を朝日に向ける。電弾は最大限チャージされたままだ。

「ここまで魅せといて簡単に逝くなよ?」

 最高火力の電撃の光弾が杖から放たれた。

 迫る光弾に対して朝日は長槍の刃先を真っ直ぐに向ける構えをとった。

 光弾は槍の、光の輪を纏う刃先に命中した。

 直撃した瞬間、にまりと笑う雷門。

 しかし雷門の期待に反して、光弾は槍を破壊できなかった。そのまま避雷針で曲げられたかのように、元来た方向に帰って行った。

「うっそだろ!!」

 雷門の腹部に光弾は命中。

 そのまま五メートル程吹っ飛び、仰向けに倒れる。杖も手元からどこかへ吹っ飛んだ。

 数秒の沈黙後、ゆっくり起き上がる。ダメージは腹部に掛かっていたある物がクッションとなったため、大きくない。それはオレンジ色の宝石の埋め込まれたペンダント――変身石だった。

 起き上がってすぐに雷門が自身の胸元を見て驚愕する。変身石が粉々に砕け散り、破片が地面に広がっている。

 そして、雷門の両脚元が透明になり、消え始めた。


 ☆

(へえ、魔法を跳ね返す魔法少年か……)

 岩陰から物珍しそうな物を見る視線を朝日に向けるホスト。二人の戦いの決着を判決し、隠れるようにその場から立ち去った。


 ☆

「アタイの負けって訳か」

 朝日は、棒立ちの雷門が吹っ切れたような表情で自身の薄れ消えゆく脚元を眺めながらそう呟くのを聞いた。そして視線を朝日に向け直す。

「勝者への褒美にアンタにアドバイスしといてやるよ。アタイは全魔童子の中で五番目に強い。だけど、そのアタイに勝ったからって調子に乗って強い魔法少女に喧嘩吹っ掛けんのはやめときなよ。何故なら、アンタがアタイに勝ったのまぐれだから。負け惜しみとかじゃなく」

 雷門の表情に嫌味や悪意はない。むしろ長年のライバルに向けるような清々しい表情だ。

「アンタの魔法が『魔法を跳ね返す魔法』って知らなかったからこそ成功した不意打ちだ。アンタの魔法が魔童子達の間に広まれば対策される。そうなったらアンタはその魔法だけじゃなくて、魔童子の身体能力を向上させる基礎魔力の方も武器にしなきゃならない。

 だが初心者のアンタにはそれが圧倒的に足りない。長年戦ってりゃある程度勝手に伸びるがな。だから弱い魔法少女と戦って地道に経験積んでいきな」

 雷門の体は既に腹部より下全てが消え薄れていた。

「……どうして僕にそんなアドバイスを?」

 朝日は雷門の朗らかな表情変化を感じ取り、目を丸くして尋ねた。

「言っただろ。勝者への褒美だ。それに負けた今となっちゃ魔法少年とか少女とかどうでもいいからな。ま、それら以上の一番の理由は……アンタはアタイと同属だからね」

 歯を見せつけて格好つけたように笑ってみせる。

「後、アンタ魔法王から説明省かれたみたいだから教えといてやる。その左腕だけどな、ゲームが終われば元に戻るぜ」

「……え?」

 朝日は聞き違いを疑う程自分の耳を疑った。

「それにこのゲームは絶対死なねえルールだから安心しな」

 更に雷門は言い加える。

 朝日が彼女の言葉の意味を問おうと口を開きかけた。

 が、それより早く、彼女の最期の時がやってきた。

 朝日が口を開くより先に雷門が開いた。遺言を残すかのように。

「アタイの代わりに願い、絶対叶えな。大切な人、助けてやんな」

 初めて雷門は少女らしい――というより姉のような、慈愛のある笑顔を見せた。

 それは初めてであると同時に最後でもあった。終わりの瞬間、雷門は祈るように目を瞑っていた。

(そして叶うならアタイの代わりに……あの男に一泡吹かせられる魔童子に……。いや、同性だから無理か……)

 雷門の透明化が頭の天辺までまわり、彼女の体は小粒の光となって完全に消滅した。人間界に還ったのだろう。


 ☆

 一部始終を自身の城の王座からテーブルに置かれた水晶を通して見ていた魔法王。朝日の覚醒を見てほくそ笑む。

「ゲームスタート時の魔力の多寡は二つの事柄で決まる。

 一つは『才能』と片付けるしかない潜在魔力。

 もう一つは『願いの重さと覚悟の強さ』。

 後者の『願いの重さと覚悟の強さ』に関して、新人の魔童子を三種類に分類できる。

 一つ目は『願い事を持たずにゲームに参加する』魔童子。

 二つ目は『願い事を初めから持つ』魔童子。

 最後に『願い事を戦いの中で見出だした』魔童子。

 この『願い事を戦いの中で見出した』魔童子に変身石は覚醒の力を与えることが稀にある。しかし覚醒の力を与えられるのは相応の『願いの重さ』と、何を犠牲にしても叶えるという『戦いへの覚悟』を持つ魔童子だけだ。世界には『人の想いや願いは比べる物ではない』等とぬかす者もいるが、そんな台詞は自分の願いの軽さを見透かされたくない者の戯言だ。変身石は人間の『願いを叶える意欲の度合い』を容易に見抜く。奴の『母を生き返らせ、友の左眼を取り戻したい』という願いの重さと、『それを叶える為なら他人の身も自分の身も犠牲にできる』程の戦いへの覚悟は変身石に認められたという訳だ。『才能』は並みかそれ以下だが『願いの重さと覚悟の強さ』は計千人の魔童子の中でも五本指に入るかもしれん。ふふっ! ワシは良い収穫をしたのかもしれんな」

「独り言は年寄りの悪い癖だね」

 王の高揚に誰かが水を差した。

 王室の入り口から右半分が白で左半分が黒の猫がトコトコ柔らかい歩法で王座に向かって歩み寄る。

「プレア、今回貴様が見つけてきた人材は当たりだったぞ!」

「それは良かった。何せ彼は七年かけた人材だったからね」

 満足気な王に対して白黒猫、プレアは無表情に微笑した。表情に変化はなく、声色だけが微笑している。

「ところで、何故紫水朝日は雷門千鳥(らいもんちどり)に勝てたのだろうね?」

「それはワシより貴様の方がよくわかっておろう。ワザと言わせたいのか?」

「そうじゃないけど、王様の見解を聞いておこうと思ってね。あの二人は同じ『変身石に覚醒の力を与えられた』魔童子だ。願い事も『人を生き返らせたい』という共通点がある。ならば紫水朝日に与えられる魔法は雷門千鳥と同程度の魔法となり、互角の戦いとなった筈だ。だけど、結果として紫水朝日は『魔法を跳ね返す魔法』という、雷門千鳥を上回る魔法を手に入れた。何故、同じ願い事なのに彼が上回ったか? 君はどう考える?」

 プレアが首を傾げて魔法王に問う。

「ふん。簡単な話だ。先に言っただろう、『変身石は人間の「願いを叶える意欲の度合い」を容易に見抜く』と。

 紫水は『どれ程叶えたい願いか』を変身石に証明できたのに対し、雷門は変身石に見抜かれていたのだよ、『覚悟の風化』を」

「覚悟の風化?」

 更にプレアが首を傾げる。百八十度に達しそうな程だ。

「誰でも初めは高いモチベーションでサバトに臨む。雷門も新人の時は紫水に劣らない程強く『父を生き返らせたい』と望んでいた。だが三年の時の中で、雷門は魔法少女のベテランとしての実力と同時に地位や権力も手に入れていった。奴のチームは今やこのサバトの中でも一、二を争う巨大魔法少女組織だからな。巨大な組織の長ともなれば多くの部下にもてはやされる。その時、大抵の人間は今の居場所に満足してしまう物だ。自力で願いを叶えようというストイックさも削がれ、慢心してしまう。極めつけは、「あの死神」に闘いの恐怖も植え付けられてしまったからな。慢心と恐怖の二つが奴に『覚悟の風化』を(もたら)した。

 対して紫水は、友の左眼を治すため、約四年近く医者を目指して毎日自己研鑽を積んできた。このサバトを利用するまでもなく、人間界で願いを叶えるつもりだっただろう。ワシが奴に『傷と生死』に関するルールを説明しなかったのも、変身石に奴の覚悟を証明する為、敢えて教えなかったのだ。あのルールを知ると知らないでは安心感が全く違うからな。あのルールを教えない事で覚悟を試した今までの新人魔法少年は例外なく全ての者が、死の危険が迫ると臆して、変身石を自ら破壊し、サバトを棄権した。中には『命より願いが大事だ』と口だけではほざいた者もおったな。だが実際は、誰も自身の命より大切な願い等持っておらんかったのだ。そんな連中と比べて、奴は自分の願いが自分の命より勝る事を行動で変身石に証明した。……まあ、ワシらが奴の下調べを済ませた上で魔童子に選んだのだから、必然と言えば必然な人材だったと言えるがな。

 結論だが、願いを叶える為に命を賭ける事ができないベテランとそれができるビギナー……変身石に選ばれたのは後者だったという話だ」

「その通りだよ。流石王様だよ」

 王の解答は満点だったようだ。プレアが満足気な声色を放つ。しかし表情はやはりない。

「ふん! 知っておった事をわざわざ聞くな」

 ギロリと一層強くプレアを睨みつけた。

 恐怖を感じない生き物な為か、無邪気な事にプレアは痒そうに右前脚で頭を掻き始めた。

「僕は彼がこの先、雷門千鳥に匹敵するベテランになっても彼女のようにならないと信じているよ。七年間彼を見てきた僕の鑑識眼に賭けてね」

 プレアは真面目な言葉を不真面目な態度で言ってのけた。


 ☆

 朝日は誰もいない荒野の中、他の魔法少女を求めて移動することにした。

 一人でも多く敵の変身石を破壊した方が、自身の二つの願い事を叶えてもらえる可能性が上がると考えたからだ。

(まだ一人目。こんな貢献度で魔法少年サイドが勝っても、僕の二つの願い、どちらの願いも叶えて貰えないかもしれない。

 魔法王の説明通りなら、そういう評価基準で叶えられる願い事が決まることになる)

 しかし覚醒時に一端は止まっていた飛ばされた左腕の出血口が少し開き始めていた。同時に麻酔をかけられたように消えていた痛みも少しずつぶり返してきている。

 雷門の残した言葉が真実なら、早く一時間経ち切って欲しい所だ。

 幸いフィールドはほぼ平野のため、全体を見渡す事ができる。だが逆に言えば敵も簡単に自分を見つけることができる。

 ひたすら荒野を進む。すると、突如桜の花びらが視界に入った。

「……桜? こんな荒野で?」

 頭上を見上げるが月に照らされた夜空しか存在しない。

 どこから飛んできた桜吹雪なのか分からない。こんな荒野に桜の木が存在するとも思えない。

 朝日は瞬時に敵に攻撃を仕掛けられていることを理解した。

 無数の桜の花びらがカッターのように朝日を襲う。

 花びらの雪崩をぎりぎりで回避した朝日。回避跡には砂を巻き上げた小さなクレーターができている。

 後ろに人気を感じ、振り向く。五メートル程度離れた岩場の上に少女が真っ直ぐな脚を交差させて立っている。杖先は朝日に向いている。

 下半身はミニスカートにニーハイソックスとハイブーツ。上半身は帯を巻き、袂のはためく着物。頭に三角帽子。上下合わせ洋風な和服という印象。色はピンクと薄紅がバランス良く配色されている。そして左眼に桜の模様の入った眼帯をつけている。

 髪型は胸元まで垂れる長さの薄紅色の髪を花飾りで二本に分けて纏めて、下向きツインテールにしている。

 武器をこちらに向けているが表情に敵意はなく、競技中のスポーツ選手や演奏中のピアニストのように真剣だ。その右眼の瞳は純真さを感じさせる。

 顔の造形は大人びた美しさと、幼い可愛さを両方併せ持っている。肌色は雪のように白い。

 朝日の少女に対する第一印象は(はかな)い『戦乙女』や『聖少女』だった。

 朝日は新手の魔法少女の顔を見つめながら呆然とした表情で小さく呟く。

「月夜……」


二話:母と桜色の償い

見間違いではない。

 自分が変身前と変身後で服装と髪色以外変わっていないのだ。つまり魔法少年と魔法少女(確か魔童子と呼んでいたか)は変身といっても顔形は変わらない。

 あの花型の髪留めに下向きツインテールの髪型も十年間近く見てきている。

 薄紅色の髪色以外この顔は間違いなく――、

「月夜……?!」

 朝日が叫ぶ。

 杖先をこちらに向ける少女も気づいたのか返してくる。

「……朝日??」

 二人は向き合って顔を見合わせたまま数十秒沈黙した。

 沈黙の間にゲーム終了のゴングが鳴った。

「サバト第八十五試合が終了しました! 速やかに戦闘を終え、変身石に従い、離脱してください」

 ゲーム終了のお知らせが脳内に直接女性の声でアナウンスされる。

 朝日の足下から光となって消滅していく。

 次の言葉を少女に向かって投げかける前に消滅は顔までまわり、視界の景色は変わった。


 そこは初めにいた教会だった。

 呆然と棒立ちする朝日に魔法王が満足気な表情で近寄って声をかけてきた。

「素晴らしい。初戦で魔法少女一人の石を破壊した者はそうはいない。しかも敵はゲーム初期勢の五本指に入るプレイヤー。あのレベルの敵を倒した貴様は強力な戦力になる」

 労う王。

 しかし王の言葉は朝日に届いていない。先の出来事があまりに衝撃的すぎて。

 左腕の痛みすら驚愕の感情によって紛らわされていた。

「次の招集では始まりは直接フィールドに、終わりは直接人間界だ。この宮殿に来る事は滅多になかろう。もし人間界でこのサバトのルールを確認したければ変身石に念じろ。すぐにルール一覧が表示される」

 全ての通達事項を伝え終えた王が杖先から赤の光線を放つ。光線が朝日を貫く。

 意識がふわっと飛び、数秒目の前が真っ暗になった。しかしすぐに夜の公園に変わった。

 どうやら人間界に帰還したようだ。


 一日で色々な事が起こり、混乱した。

 一瞬やはり夢だったのではないかと疑った。だが首には紫の宝石のペンダント、変身石がぶら下がっていた。

 間違いなく、あれは現実に起こったことだったのだ。

 もう一つ、すぐ気づいたのは、肘より先が無くなった左腕が元に戻っている事だ。

 雷門の言っていた事は本当だったようだ。

 次に、魔法王の最後に残した『ルールを確認したければ変身石に念じろ』という言葉を思い出した。

 すぐさまペンダントを持ち上げた。

 試しに「ルール表示」と呟いてみた。

 するとペンダントの紫の宝石から正方形の電子画面が飛び出してきた。

 たった一行の言葉がルーン文字のような言語で大きく書かれている。

 魔法界の言語だろうか?

 だが不思議な事に朝日にはその異国の言語が読めた。いや、異世界の言語が。

 そこにはこう書かれている。「サバト十二の基本原則」と。

 その魔法文字をタッチしてみた。

 するとページが切り替わった。

 尚も異世界の言語だ。文字数にして千文字を越える。

 しかしそれらの長文も日本語を読む感覚と変わらずに読めた。

 初めは「サバト基本原則その一『範囲』」という文字から始まる。

 下にスクロールしてざっくり確認する。どうやら箇条書きに一から十二のルールが書かれている事が分かった。

 上からゆっくり読んでいく朝日。するとこんな二つの項目を発見した。


 ・サバト基本原則その五『傷』

【サバト最中で重大な怪我を負っても下界に戻る時には完全に癒えている】

 ・サバト基本原則その六『救済措置』

【死の危険がある場合、変身石の自動機能で所有者は強制離脱させられる。この機能のため必ず死人が出ない。しかし傷により強制離脱した場合も資格を剝奪する】


(あの人が言ってたのはこの事だったのか)

 この項目を確認した事で、雷門の最期に残した言葉を得心できた。

 同時に、『だったら初めに言っといてくれ』と魔法王を少し責めたい気持ちになった。


 全ての項目を読み終えた。

 他にもまだ変身石で試したい事はあったがとりあえず家に帰る事にした。

 自宅に向けて夜の公園内から歩を進める。

 園内に流れる川を繫ぐ橋を渡る。橋を渡りきると桜花を散らす桜の木……この大公園で一番の名所、『男女桜の木』まで来た。

 そこで突如スマホがバイブした。

 確認すると月夜からだった。

 バイブし続けるスマホを見ながら鍔を飲む。数秒逡巡する。だが決断し、電話に出る。

「……月夜?」

「……朝日、まだ公園にいる?」

「いるよ。丁度男女桜の木の下にいる」

「私今すぐ向かうからそこにいて」

 そう言って通話を切られてしまう。

 スマホから耳を離し、ポケットに戻す。

 月夜を待つ間、目の前の満開の桜をぼーっと見つめている事にした。

 男女桜はこの埼玉県祈桜市(きざくらし)男女町(だんじょちょう)の一番の名所と言われている。世界で唯一、年中薄紅色の桜花を咲かせ続ける木として知られている。この桜の木を見るためだけに毎年、日本人は勿論外国人も他国からわざわざこの公園に訪れる。

 子供の頃、月夜と朝日はお互いの両親に連れられて、良く一緒にお花見に来たものだ。


 ☆

 十数分で制服姿の月夜が男女桜の下に到着した。

 サバトの時と同じく、ミディアムヘアを花飾りで止めて下向きツインテールにしている。左目も眼帯をしている。

 ただし髪色は十五年間見慣れた黒だ。背丈は朝日より二、三センチ高い。

 息切れを起こしている所、猛ダッシュで来たのだろう。

「ごめん……ちょっと息苦しいから待って……」

 両手を膝に触れ、顔を地面に向け、肩で息をする月夜。

 数分で呼吸を整えて月夜がゆっくり体を起こし、会話を切り出す。

「……いつから魔法少年になったの?」

「今日だよ。あれが初試合。そんな質問が来るってことは月夜はもう何回も戦ってきたの?」

「何回もって程じゃないよ。まだ三回目。魔法少女になったのだって中学の卒業式から三日後だったから、まだ二か月」

「まさか月夜が魔法少女だなんて、笑っちゃうな」

「え、なんで?」

「だって僕を魔法少女オタクにしたのは月夜なんだよ? その月夜が本物の魔法少女になっちゃうなんて……」

「……でも朝日も昔は魔法少女になる―って言ってたよ。男の子なのに」

 月夜が朝日を茶化す。

 子供の頃からのことなので今更な事だが、月夜は朝日より常に高身長だった為か、年下のくせに面倒見の良い姉のように振る舞う。

 昔から変わらずな月夜の反応を見て、内心朝日は安堵した。

 朝日が笑うと月夜も笑い返してくれる。

 サバトで敵同士なのだからどんな会話になるかと思ったが、ちゃんと笑いあえている。


 月夜は魔法界について色々話してくれた。

 あの魔法界『ソーサリー』とかいう場所は地球の地図上の何処にも存在しないらしい。月夜が魔法女王に質問した際は地球とは別の異次元という回答を貰ったようだ。

 サバトに関することでは「魔法少女の友達ができた」とか「同じ高校の何人かは魔法少女だった」とか「一試合で五十人近く招集がかかったこともあったから顔見知りが一気に増えた」とか。

 一方、サバトの戦闘に関する有益な情報を雷門程持っていなかった。月夜もまだ大して試合をこなしていないのかもしれない。

 あるいは敵同士だから隠しているかだ。だが月夜の性格上、そんな計算高い事はしないだろう。

 後は魔法に関する事以外の、どんな人間でもするような雑談内容だ。

「高校で付き合っている子が中学と比べて一気に増えた」とか「勉強が難しいからまた朝日に教えて欲しい」とか。

 話している感じ、中学の時のように浮いた存在ではないみたいだ。

 二人共男女町より外の祈桜市内の端にある別の高校に通っているため、あの事件を知っている人はいない。

 月夜の高校生活ぶりを聞いて、朝日は心から安心した。

「逆に朝日はどうなの?」

 月夜が真剣な眼差しを朝日に向ける。その吸い込まれそうな右目の瞳に大概の男女は魅せられ、一部の女子は嫉妬する。その魅力的な顔立ちと瞳を持つ月夜に心配の眼差しを向けられた者は否が応でも「裏のない、心から利他的な心配をされている」と感じてしまう。

「……ぼちぼちだよ」

 月夜の目から視線をそらし、俯いて答える。

「嘘だ。朝日は昔から嘘ついてもすぐ顔に出る。友達、いないんでしょ?」

 腰を曲げ、俯く朝日の顔を下から覗き込む。

「友達いないんじゃない。要らないんだ。もう慣れてるし」

 覗き込む月夜の目を見ずにぶっきらぼうに答える。

「……朝日がいいならそれでいいけど」

 それから一分弱の無言が続いた。その後沈黙を破り、朝日は一番聞きたいことを聞いた。

「月夜は……サバトに勝ったら何を叶えてもらうの?」

 控え目の声で問いかける。

「……朝日が教えてくれたら教えてあげる」

 それはどこか子供同士の内緒話のような緩さと、大人同士の交渉のような緊張感を同時に感じさせるような物言いだった。

 朝日は言葉に詰まり、伝えるかどうか逡巡した。

 朝日の願いは母を生き返らせ、月夜の左眼を治してやること。

 だがこのゲームでの朝日の戦績次第では仮に魔法少年が勝っても片方しか叶えられないかもしれない。

 この願い事を月夜に伝えれば月夜は迷わず母を生き返らせろと言うだろう。

 そして、月夜に聞かなくても月夜の願い事が何なのか見当がつく。

「ごめん。踏み込みすぎた」

 自分がした質問に後悔した。何せ朝日と月夜は曲がりなりにもサバトでは敵対関係。

 お互いの願い事が何であれ、片方の願い事が叶えばもう片方の願い事は確実に叶わないのだ。

「良いよ。許してあげる」

 両手を後ろで繋いで優しくかつ、妖艶に、意地悪く微笑む月夜。

 月夜の背の大木が降らす桜が二人の肌に触れる。

 「もしサバトの時と同じ薄紅色の髪だったなら、まるで桜の木の妖精みたいに見えただろうな」等と考えてしまう。

「朝日、深刻に考えないで。危ないゲームだとは思うけど、死んじゃう訳じゃないんだから。逆に朝日と私が同じチームじゃなかったんだから、私達どっちかの願い事は絶対に叶うんだから」

 ニコリと微笑みながら朝日に近づき、両手で朝日のぶら下がる両手を握り、持ち上げる。月夜の両掌が朝日の両手の甲を包む。

「一緒に頑張ろう」

 朝日の目と鼻の先にある月夜の顔が笑む。

 朝日はその微笑みを見つめた。この十五年間、その微笑みに支えられてきたことを再度実感させられた。

(本当に、前向きな奴だな)

「ああ、頑張ろう!」

 頬を赤らめながら微笑み返す朝日。

 朝日が敵同士になったことを心配していた一方、敵同士になったからどちらかの願いが確実に叶うと捉えた月夜。

 やはり月夜には敵わない。

 しかし、月夜の甘くて優しい言葉と声に酔いながらも、脳裏では別の事実を朝日は意識する。

 月夜の言うように、朝日と月夜が敵同士になったことで朝日の二つの願い事の片方はどちらかが最後まで脱落しなければ確実に叶うだろう。

 だが、もう片方は――?  


 ☆

 朝日との男女桜の木での会合を終え、帰宅した月夜。

 気づけば深夜二時。朝日に自宅まで送って貰わなかったら女の子が外出して良い時間ではない。

 シャワーを浴び、パジャマを着て、自室の扉を開ける。

 ふと勉強机の上の写真が視界に入る。

 男女桜の下で撮った写真。四人の人物が笑っている。小三の頃の朝日と月夜。それに朝日の母と月夜の母。

 月夜は額縁を手に取り、朝日の母を見つめながら「あの日」を思い出す。

(――小六の冬の塾帰り、お父さんが迎えにこれないということもあって、私の塾の先生だった朝日のお母さんが私を送ってくれることになった。

 夜道、人気のない住宅街で坊主頭の男の人が私達に刃物を持って近づいてきた。

 その男は私の顔に向かって刃物を縦に振り下ろし、左眼を引き裂いた。

 左眼から血を流して痛みで動けない私に、次は突き刺そうと刃物を振るってきた所を朝日のお母さんが背中で守ってくれた。

 背中を貫かれたお母さんはその場で血を流して倒れた。

 倒れ際に持ってた防犯ブザーを外してくれたおかげで男が逃走したので私は殺されずに済んだ。

 三日後のお葬式でわんわん泣く朝日の顔を今でも忘れられない。

 朝日のお母さんはよく朝日に「月夜ちゃんを守って上げなさい」と言っていた。

 そのお母さんの言葉を守ってなのか、朝日は中学からは私のことを常に守ろうとしていた。

 小学生の時は私が守ってあげていたのに、小六のあの日から変わってしまった。

 中学時代、私のことで色々な人に突っかかっていたこともお母さんの言葉を愚直に守っていたんだ。

 そのせいで中学で一人も友達ができていなかった。


 私のせいだ。私があの日、朝日のお母さんと一緒に帰ったりしなければ、お母さんは死なないで済んだ。

 お母さんが生きていたら、朝日はお母さんの言葉を守って、クラスから浮くこともなかったかもしれない。

 お母さんが生きていたら、朝日はこの写真の頃のような笑い方が今もできたかもしれない。

 今の朝日は、どこか常に笑っていない――)

 左眼の眼帯を外す。

 化粧台に座り、クレンジング剤の染みたガーゼで化粧を落とす。

 化粧が落ちたことで左目の残痕が露わになる。

 化粧台を立ち、部屋の隅に置かれた姿見鏡を覗く。

 そこには三年と少し前からほぼ変わらない、刃物によって削られた残痕がついた左目が映っている。閉ざされた左目の(まぶた)を開かれた右の瞳で見つめる。

 月夜の右半分の顔の美貌と対比するように、醜さを見る者に与える残痕。まつ毛から頬上まで太い一直線で伸びている。眼帯と化粧はその醜さを上手く隠してくれていた。

 だが、こうやって定期的に鏡で直視しないことは現実逃避に感じてしまう。

「私はこのゲームで朝日のお母さんを生き返らせる。それが叶わないなら、せめて『私のことを大切にしない朝日』になってもらう。これが私の願い。いや、償い……」

 鏡の中の自分にそう宣誓する。


三話:スケボーと合コン

ゲーム参加より一か月。朝日は既に四回のゲームをこなした。王いわく「三回生き残れば中級者」らしい。

 変身石によるゲーム開始は石が光を点滅し始めることが合図となる。

 その合図は朝昼夜時間を問わず、風呂の中、トイレの中等場所も問わず、知らされる。

 全四回中、二回目は授業中に、三回目は電車の中で、四回目は深夜寝ている最中に点滅し始めた。

 幸い変身石も放たれる光も一般人には見えていなかったが、場所と時間をわきまえずゲーム開始を知らされるのは迷惑だ。

 サバト中の一時間、つまり人間界での一分間、朝日の体は人間界から消失する訳ではなく、体が残ったまま意識だけ魔法界ソーサリーに飛ばされているようだ。

 二回目が終わった後、先生に「何ボーっとしてるの!」と注意された所から、傍目には遠くを見つめて放心しているように見えるらしい。

 毎回時計を見るとサバト前から時間が十分程過ぎていた。予測だが人間界と魔法界を繋いでいるであろう、あの意識が飛ぶ感覚の最中に時の流れがおかしな事になっているのだろう。なので実際は魔法界の一時間につき人間界での十分の時間が経つと考えて良い。


 そして現在、朝日にとって五回目のサバトの最中。初回と左程変わらない夜の荒野のフィールド。岩石が大きくなった程度でそれを障害物にして逃げやすい。満月が地を照らしているため夜でも明るさは申し分ない。

 そこまで朝日にとって悪い地形ではなかったが開始早々、五人の魔法少女達に囲い込まれてしまった。それぞれ赤、青、緑、黄色、黒の三角帽を被り、三角帽と同じ色の学生服を着ていて、チームのユニフォームのような統一感がある。

 朝日の後ろは岩石が壁となり、逃げ場がない。

 三人の少女が後方で杖先を朝日に向け、二人が前方で西洋風の銀の剣を構えている。連携が取れている所からチームを組んで大分長いのだろう。

「アンタかい? 千鳥姉をやったリフレクターってのは?」

 後方の真ん中の、赤を基調とした学生服と赤の三角帽を被る短髪の赤髪少女が第一声をかけた。恐らくリーダーだろう。

「え、誰? リフレクター?」

「雷門千鳥姉、マギアエレクトだよ。でもってアンタの魔法は”謀反物(リフレクター)”だろ?」

 睨みつける少女の目を見て朝日は得心する。自分は予め狙われていたのだと。これは弔い合戦だ。

「君達はあの人の?」

「ああ、ダチだ。あれから千鳥姉はアタシらのこと忘れちまった。サバトで知り合った関係だったからいつかはこうなると思ったけど。アンタには同じ目にあってもらうよ」


 ☆

「いいか? 魔童子は皆杖で戦う訳だがそれにも二種類の戦い方が存在する」

 それは第三回戦での出来事。知らない魔法少年に出くわし、夜の荒野のど真ん中でお互い石の上に座り、情報交換した。

 その魔法少年は朝日が三人の魔法少女に囲まれていた所を救ってくれた。そればかりか情報まで与えてくれている。見た目は緑色の軍服と、ベレー帽を足したような三角帽子。武器まで杖をスナイパーライフルに変化させる所から軍人モチーフの魔法少年なのだろう。年齢は二十代後半くらいに見えるので少年というより青年だ。

 落ちていた小枝で地面に絵や文字を書いて戦闘のレクチャーをしてくれている。

「一つは杖を別の武器に変えて戦う『武装型』。杖を槍に変化させて戦うお前や俺のようなタイプだ。もう一つは杖から魔法を打ち放って戦う『放出型』。杖から炎や電気を放って戦うタイプだ。

 この二種類の大きな違いは、武装型の特徴である杖を変化させた武器は魔法で構成された物質では無い事。逆に放出型の杖から発射される光線、その他は全て魔法でできている事だ」

「それがどう関わって来るんですか?」

 青年に尋ねる。彼の真剣な表情からベテランさが伝わる。

「この違いが大きく関わってくるのはお前の槍の能力だ。お前の槍はさっきの戦闘を見たところ『槍に触れた全ての魔法攻撃を同じ速度で好きな方向に跳ね返す』だろ? 魔法攻撃のみという事は放出型の攻撃は跳ね返すことができるが武装型の攻撃は跳ね返せない。さっき戦った魔法少女達の、杖から炎を出す攻撃は跳ね返せたのに杖を拳銃に変えた攻撃……いわゆる”杖解(じょうかい)”した敵の攻撃を槍で跳ね返すことはできなかっただろ? あれが証拠だ。他にもフィールド上の石を投擲された時も跳ね返せてなかったな、物理攻撃だから。それがお前の弱点だから意識した方が良いぜ」

 青年が朝日の持つ槍の尖端を軽く小突く。

「さて、俺はもう行くぜ。達者でな」

 青年が立ち上がり、地面に寝かせていたスナイパーライフルを広い、朝日に背を向ける。

「何で僕にこんな親切に?」

 青年の背中に尋ねる。

「そりゃ同じチームだからだよ。せいぜい強い魔法少女倒してチームに貢献してくれよ」

 青年は手の甲を振りながら去っていく。


 ☆

 ふと青年の説明を思い出す。今回の状況では杖を構える後方の三人の少女が放出型、剣を構える前方の二人が武装型なのは明らかだった。

 放出型は何とかできるが武装型に対処できない。後方三人の魔法を跳ね返すための受け身を取っている間に前方二人に斬りかかられるだろう。しかも魔法の能力が敵にバレている。絶体絶命だ。

「おい!」

 男の声が空からした。五人の少女が一斉に声の方向の空を見上げるのを見て朝日も見上げる。

 声の主は空飛ぶスケボーに乗った、青いパーカーとジーンズを着た魔法少年だった。髪型は黒の短髪、スポーツヘアで清潔感がある。顔立ちから高校生くらいに見える。

 パーカー少年が下降し、スケボーを地面スレスレで浮かせた状態で朝日の方に近づいてくる。

 そして手を伸ばし「掴まれ!」と叫んだ。

 朝日は刺し伸ばされた手を掴んだ。

 パーカー少年は朝日の手を掴んだままスケボーを再び上昇させた。

 五人の少女の姿がみるみる小さくなり、最後は点になった。

「お、おい! 恐いからちゃんと乗せてくれ!」

 下を見て思わず叫ぶ。既に手を離されたら確実に死ぬ高さまで上昇していた。ルール上死なないのだろうが。

「あ、悪い悪い!」

 パーカー少年に助けられ、ボードの上に乗る。二人乗りできる程度に大きいスケボーだ。魔力で身体能力が上がって、バランス感覚に優れているから落ちにくいというのもあるが、ボードに乗った瞬間見えない力に脚が固定されたのを感じた。

 ボード上に並んだ事で、少年がかなり高身長だと分かった。

「俺の名前は青木深也(あおきしんや)! 魔法は見ての通り空飛ぶスケボーだ!」

「……紫水朝日。魔法は……」

「ああ知ってる。何でも跳ね返すリフレクターだろ!」

 深也は大きく、抑揚のある声で元気が良い。テンションが高いというべきか。少なくとも朝日よりは。

「なんで僕の魔法知ってるの?」

「魔法少年の間で噂になってるぜ。ビギナーがランキング五位だった電磁魔砲(マギア・エレクト)を倒したって。後はプレアがお前の容姿や武器とか性別とか教えてくれた!」

「プレアって、あの白黒猫?」

「ああ。あいつは魔童子達にとって情報屋みたいな奴だからな」

 情報屋というよりはチクリ屋みたいな奴だな、と個人情報をばらまかれた朝日は思った。

「それよりランキングって?」

「え? 知らねえの? 本当にビギナーがあのオレンジ姉貴を倒したんだな! 変身石に触れたまま『ランキング表示』って言ってみな」

 深也に言われるがまま首にかかる変身石に触れ、「ランキング表示」と言った。

 すると変身石――ペンダントに埋め込まれた紫色の宝石から縦三十、横四十センチ程度の電子画面が飛び出してきた。表示された文字は人間界でルール確認した時と同じく、変な文字(魔法界の文字?)で書かれているが支障なく読めた。一ページ目では一位~三十二位まで確認でき、スクロールするとそれ以下の順位も確認できた。順位欄の右側には魔法名と思われる名前が並んでいた。謀反物(リフレクター)という文字列が九位に存在した。

「ビギナーで九位なんてお前すげえな! あ、ちなみに俺は十七位な」

 スクロールすると十七位の所には飛翔(フライター・)(スケーター)という記載がある。

「皆このランキングを見て注目の味方や敵を探すんだ。で、本名分からないから大体魔法名で呼ばれたりする。俺は俺の本名知らない魔童子からスケーターって呼ばれてる。俺こう見えてバンド系なんだけどな」

 苦笑する深也。

「……僕を助けてくれたのは僕が九位だから?」

 朝日が不審げに聞く。

「それもあるけどそれだけじゃないぜ。俺、相棒探してるんだ。見ての通り、俺の魔法はスピードに自信あるけど攻撃ができないんだ。スケボーも初めから何故か二人乗り。明らかに誰かと組んで戦えって魔法なんだ」

 自動でより高い空を目指して上昇を続けていたボードが雲を突き抜けた。綺麗な満月が見えた。

 満月以外何もない夜空の中、ボードは上昇を辞め、静止した。

 前方を向いていて背中しか見せなかった深也が正面を朝日側に向ける。深也と朝日がボード上で向き合う形となる。

「俺とタッグ組んでくれないか? お前の槍と俺のスケボー。お前が攻めて俺が守る。無敵のコンビになると思うぜ!」

 深也が朝日に右手を差し伸べ、握手を求める。指し伸ばされた手のひらを目を大きくして凝視する。

 十数秒して、小声で一言漏らす。

「……ごめん。僕誰かと一緒に行動するの苦手なんだ」

 (うつむ)く朝日。

 朝日は決してチームプレイが苦手な訳ではない。中学のバスケの授業中とかでも味方と喧嘩したことはない。ただ、「あの事件」以来、同級生と上手く喋れなくなったのだ。母を無くした事で世界の見え方の照明が同級生より圧倒的に暗くなってしまって、明るい場所にいる彼らと共にいる事に違和感を覚えるようになってしまった。

 この青木深也という少年の魔法は確かに朝日の魔法と相性が良さそうだ。だが朝日は十五年間、同性の友達と上手く付き合えた経験がない。高校に入って三か月も経って友達ができないのも小中時代の流れだ。加えて、「あの事件」が自分の心に落とした影が深也のような「明るい場所」にいる人達の傍にいる事に抵抗感を与える。

 それに、友達なんて月夜という友達が一人入れば良いと思ってい生きてきた。

 ……だけどーー。

「……まあいきなりって言うのも難しいよな。でもお前がピンチになったら今日みたいに駆けつけるぜ!」

 右の親指を立てながら歯を見せて格好つける深也。

「何でそこまでしてくれるの? 僕と無関係なのに」

 純粋な疑問をぶつけた。

「実はプレアに相棒探しの相談したらお前を推薦されて、聞いてる分に良い奴だなって思ったんだ。お前、願い事で母ちゃんを生き返らせて幼馴染の女の子の傷を治してやりたいんだろ?」

「……ちょっとあの白黒猫色々喋りすぎじゃないか?」

 プレアの無神経さに少しイラっときた朝日。

(まさか他の魔童子にも言いふらして歩いてる訳じゃないよな?)

「まあまあ。ともかく、それを聞いてお前と組んでみたいって思ったんだよ」

 深也が両手を前に出して、怒りをなだめさせる身振りを取る。

「それに、このゲームでソロは厳しいぜ。さっきみたいな状況に簡単になるからな」

 深也の言うことも正しい。

 今までの四回のゲームでも魔法少女達のチームプレイに晒された危機も多少あったし、隣の戦場でチームを組む魔法少年達の戦い方を見ていて、効率の良さや羨望を感じていたからだ。だが、自ら進んでチームを組むというのは、今までの生き方を変える程の難しさがある。

 一分弱、朝日は無言で考え続けたがやはり二つ返事はできない。なので、深也がどれくらい信用できるか試すという意味も込めて、情報収集に切り替えた。

「あの白黒猫はこのゲームの審判なの?」

「プレアは審判というよりスカウトだな。人間界で魔力の素質のある奴を見つけて魔童子にする。勧誘どころか強制だけどな」

「魔法の国の住人って人間界にもいるの?」

「いや、ソーサリーの生き物も魔法使いもこっちにゃこれないらしい。なんでも人間界と魔法界を繋ぐ門が地球のどっかにあって、その門を通れるのはプレアくらいの小っちゃな生き物だけらしい。で、人語の喋れる小っちゃい生物があいつだけだったんだと」

 こうやって情報を話してくれる所、深也に裏も特に感じない。

 信用できるかもしれない。

「ところで、朝日って高校生だと思うけどどこ高よ?」

「……祈桜東高」

「え?! サクトウだったの?! 俺もサクトウの一年!」

「同じ高校の同じ学年だったの?」

 朝日は高校の同級生にまるで興味がなかったため、同学年約三百人の九割の名前を覚えていなかった。同じクラスの同級生の名前ですらそうだ。

「……やっぱり祈桜市って特殊なんだな。俺の知り合いの魔童子も五割くらい祈桜市内の人間なんだよ。世界広しなのに」

「そうなの?」

「なんでも土地の位置的に世界中で一番魔力が集中しやすい磁場らしいぜ」

 その時、突如女性のアナウンスが脳内に流れた。

『サバト第八十九試合が終了しました! 速やかに戦闘を終え、変身石に従い、離脱してください』

 話し込んでいたらもう一時間経っていたようだ。

「いけね! 俺は二回前に敵倒してるけど朝日は大丈夫か?」

「うん。前回倒している」

 十試合連続で敵を一人も撃破していないと魔法少年の資格を剝奪される。忘れていましたでは済まされないルールだ。

 先に深也の両足の指先から消え始め、数秒置いて朝日の両足の指先が消え始める。

「じゃ、また高校でな!」

「え?」

 朝日が二の次を言う前に深也は消え、視界が自宅の自室のベッドの上に変わっていた。人間界へ帰還したようだ。


 ☆

「よう朝日!」

 次の日の授業前、深也が朝日の教室まで乗り込んできた。サバトの時黒髪だったため、見た目は大差ない。

 教室内で一人ぼっちを貫いてきた朝日に、クラスメイトの視線が集中する。

「ちょっ、ちょっと外で話そう」

 その視線に耐え切れず深也を廊下まで引っ張り出す。

 出会った次の日に接触してくるとは思わなかった。

「なんだよ。教室で話せば良いじゃん」

「僕、普段学校で人と話さないから、皆の視線が痛い……」

「……なんか悪いことしちゃったな」

 謝られても尚のこと痛い、心が。

「で、何か用?」

「流石に魔法界関係の友達は学校で朝日しかいないからさ、放課後色々話したいからまたここで」

 小声で耳打ちしてくる。

「悪い! それだけ伝えたかった! また後でな!」

 言い終わり、深也が自分の教室に戻っていく。遠くに深也の連れと思われる二人が待っている。合流し、三人で教室に戻る姿がどんどん小さくなっていく。この学校は一学年三百人とまあまあな人数だけあって、教室数も多い。


 放課後、深也は約束通り朝日の教室外の廊下で待ち構えていた。

「よう!」

「連れの二人は良いの?」

「良いんだよ。毎日顔合わせて見飽きてるくらいの連中だし」

 はにかむ深也。顔も学校全体で見て良い方だし、これだけ表情豊かだと、さぞ友達も多いんだろうな、等と思ってしまう。

 部活に行く生徒達と帰宅する生徒達でごった返しの放課後の廊下。

「あ、深也じゃん。ヤッホー!」

 知らない女子三人のグループの、金髪縦ロールの女子が深也に声をかける。

「おお、ヤッホー!」

「これからうちらカラオケ行くけど男子集めてきなよ」

「わ、悪い。今日はこいつと大事な用事があって……」

 右の朝日を指さす深也。金髪縦ロールが朝日を見て品定めする。

「へえ、可愛い子だね。小学生みたい」

(良く言われる)

 心で返事する朝日。しかし高校生男子にとって女子に「可愛い」と言われるのは屈辱でしかない。

 まあブサイクと思われるよりはいいか、等と自身に言い聞かせて金髪縦ロールに笑って返す朝日。多分苦笑いになっている。

「じゃあまた今度ねー」

 三人グループは階段を下って消えた。

「根がああいう奴なんだ。気悪くしないでくれよ」

 苦笑いの深也。「慣れてる」と諦め顔で返す朝日。

「じゃあ、俺達もカフェとかで話すか。オウニシの近くならオウトウの生徒もこないだろ」

 祈桜市の高校は全部で四つある。東高、西高、南高、北高。月夜の進学先は祈桜西高校、オウニシである。


 ☆

 カフェで二時間くらい話し込んだ。サバトのことは勿論、学校のこと等。深也が途切れなく会話のネタを提供してくれるため、朝日は聞き役に徹していた。

「で、雷門組の頭の雷門千鳥がお前に倒されたことで雷門組の女子が血眼でお前を狙っているって訳。副リーダーだった赤制服に赤髪の魔法少女、紅坂燃(こうさかもえ)が新しいリーダー。昨日見ただろ?」

「僕、そんなやばい人倒してたんだ……」

 雷門組。まるで極道みたいだ。

「ランキング十位圏内の奴の大体は自分のグループを持っている。その中でも雷門組は全魔童子のグループの中でも一番デカいグループだからな。リーダーだった雷門千鳥は最近、恋仲だった()取屋(どりや)友好(ゆうこう)ってホスト風の魔法少年に浮気されたらしい。しかも浮気相手は自分のグループ内の魔法少女。気まずさもあって最近はグループから離れて単独戦闘を好んでたんだと。そこでお前にぶつかった訳だ」

 ホスト風な魔法少年と聞いて誰のことか一発でわかった。

 深也は「ホストのランキングは七位」と言い加える。気になったので、変身石でランキングを表示すると七位の右横に友愛(フレンドリー・シップ)という魔法名があった。

 ついでのようにランキング一位を確認すると魔法名“痛ミ在ル生命(ペイン・アンク)”という記載が。これも気になったがこちらが質問する前に深也が続ける。

「てことで気を付けた方が良いぜ。雷門組にこの前みたいなシチュエーションに持ち込まれたら勝ち目ないからな。だからゲーム開始時はまず俺を探せ」

 深也が親指を立てて自身の胸に当てて、はにかんで見せる。深也の百八十㎝弱の高身長と整った顔でそれをすると様になってしまう。

「さて、真面目な話はこれくらいにして……」

 深也が両手のひらを叩き、頭を下げて合わせた両手を頭より高い位置に上げ、お願いのポーズを取る。

「朝日頼む。合コンに参加してくれ!」

「……は?」

 突然の発言に疑問符だらけで硬直する。

「実は明日オウニシの女子と四対四で合コンでさ、人数一人足りてないんだよね。朝日参加してくれ!」

「……いやいや、僕合コンとかしたことないし、僕より適任な人、深也の友達ならいくらでもいるでしょ?!」

「皆予定合わなくてさ。それにこんなお願いできるの朝日くらいなんだって!!」

「僕、場を盛り上げるとか無理だから……」

「居てくれるだけで良い! 後ぶっちゃけ、朝日顔良い方だし、女子受け良いと思うんだよね、今日だって久美子に褒められたじゃん、ほらあの金髪ロールの」

 金髪ロールから言われた「可愛い」発言を思い出す。

「……やっぱやめとく」

「俺を助けると思って頼む!!」

 ノリを要求される場所に行きたくない朝日。懇願と泣き落としにかかる深也。


 ☆

 次の日の放課後。

 カラオケボックスで盛り上がる四人ずつの高校生男女。全員制服のままだ。

 結局深也に一時間懇願されて折れた朝日は不本意ながら連れてこられてしまった。

 初めは「可愛い」とチヤホヤしていた女子四人だったが不愛想な朝日に段々興味を失くし、深也とこの間見た連れの二人、この三人と話すか歌うかしていた。

 七人は誰かが歌う度に盛り上がりを見せていた。朝日の知らない歌ばかり。恐らく最近流行りの歌だろう。朝日はアニメソングくらいしか知らないので会話のきっかけにもならない。

 一人「取り残され感」が凄いが「取り残され感」には慣れている。

「あ、うち等ドリンクバー言ってくるから男子の取ってくるよ。何飲む?」

「俺コーラで!」

「俺はメロンソーダ頼ま~」

「俺は……ウーロン茶で」

 深也が焦り顔で朝日に視線を向ける。

「……僕は……コーヒー」

 全員分の注文を聞き終わり女子達が足早にボックスから出ていく。

「おい~朝日君~。もっと盛り上がろうぜ俺達みたいに~。女の子達が引いちゃうよ~」

 深也の連れの一人が朝日の不愛想さに冷汗せを流す。

「……ごめん」

 深夜との付き合いもあるから最後まで居ようとは思っていたがもう帰りたかった。こんなことしてるより次のサバトへの作戦でも立てていたいという内心だ。

 それに深也の性格上、うっかり魔法界の事を他人に話してしまわないか心配だ。

 朝日がこの間、変身石内蔵のルールブックを見ていた時、こんな項目の存在を確認していた。


・サバト基本原則その十一:魔法界に関する内容を魔童子では無い人間に話した場合、聞いた人間と共に魔法界に関する記憶を消去する。その後、変身石を没収し、魔童子の資格を剝奪する。


 このルールがある限り朝日達魔童子は親にもクラスメイトにも全くの赤の他人にも魔法界の話をする事ができない。故に変身石をファッション感覚で首にぶら下げながら街を歩く事等絶対できない。

 このルール違反の心配の他にも、彼女ら四人が月夜と同じ祈桜西高校であるため、あらぬ噂でも校内で流されて月夜に誤解を与えたくないという心配もあった。こんな大切な時期に女と遊び惚けているなんて知られたくない。

幸一(こういち)、言い忘れてたんだけど朝日、彼女持ちなんだわ。俺が無理言って来てくれって言ったのが悪いんだ。彼女さん西高だから尚更さ……」

 深也が謝る朝日のフォローに入る。

「えー! 彼女持ちかよ! リア充連れてくんなよ深也ぁ~!」

 連れの幸一はハイテンションで深也にツッコミを入れる。

 ノれないことへの大義名分を立ててくれた深也の対応が素直に嬉しかった。決して「彼女」ではないが。

「お待たー!」

 女子四人が扉を開けて入ってくる。一人二つのガラスジョッキを手に持っている。

 注文したドリンクが男子四人の元に並べられていく。

 朝日以外の三人は三時間近くぶっ続けで歌っていたので運ばれてすぐにジョッキに口をつけた。ゴクゴク、と喉を潤す音が聞こえる程の勢い。

「ほら、朝日君も飲みなよ」

 女の子の一人が促す。見た目は朝日視点では良い方だ。その笑顔に思わずジョッキに口をつけてしまった。

 コーヒーを飲みほした瞬間、急激な眠気が襲ってきた。

 目をウトウトさせながら左隣に並ぶ三人の男子に目をやると三人とも眠っていた。

 朦朧とする意識の中、四人の女子がニヤリと意味深な笑い方をしているのに気づいたが睡魔に勝てず、眠りに落ちた。


 ☆

「作戦成功~」

 横長のクッション椅子で並んで眠る四人の男子を見て、女子の一人が勝利宣言する。

「でもちょろかったよねー。これが雷門姉をやった男だなんて信じらんない」

「まあ、これで燃姉の命令は実行できるから何でも良いんじゃね?」

 四人のうち二人の女子が眠る朝日と深也の服周りを物色し始める。

 そして深也は首に、朝日は左ポケットに持っていた各人青と紫の宝石の入ったペンダント、変身石を見つけ出した。

「あった。ペンチ持ってきたよね?」

 物色していた女子が立ち見している女子に聞く。

 立ち見する女子が鞄から工具のペンチを取り出し、渡す。

 そして朝日の変身石の宝石部にペンチを挟み、握り手に力を込める。

「硬った!!」

 顔を真っ赤にしてぎゅっと力を込めるが宝石にはヒビ一つ入らない。

 さらにもう一本取り出したペンチを深也の変身石に挟み込もうとした瞬間、バンっとカラオケボックスの扉が強い音を立てて押された。そこには眼帯をした少女が立ち、ギロリと作業中の四人の少女を睨んだ。

「桃井月夜! なんでここに?!」

「貴方達四人の会話、学校の屋上で聞いちゃったの。まさか人間界で魔法少年を狙おうだなんて……。卑怯だと思わないの?」

「邪魔すんなよ。形はどうあれ、ウチらとアンタは同じチームなんだよ? 魔法少女同士の戦いはご法度だってわかってんだろ?」

「あれはフィールド上での話。人間界では適応されない」

 睨み合う四人と一人。

 そこに月夜の足元を潜り抜けて右半分が白で左半分が黒の猫がボックスの中にマイペースな足取りで入ってきた。

「どうでも良いけど、そんな道具じゃ変身石は破壊できないよ? 変身石は人間界で言うダイヤモンドくらいの硬さだと思ってくれて良い」

 猫は無感情な声色で作業中の少女に語る。

「プレア、あの子達止めて! 人間界であんな事して良いの?」

「人間界での敵の変身石の破壊は基本許されていないのだけど、明確な罰則も規定されていないんだ。王と女王の考えでは『人間界で身分を特定されたり、自分の変身石を守れないようでは魔童子としてふさわしくない』とか考えているんじゃないかな?」

「そんな……」

 無表情な猫の返答にうな垂れる月夜。

「うっうーん……月夜?」

 朝日が徐々に目を覚まし始めて、目を半開きにして五人と一匹を見る。

「おい! 速くやっちまえ!」

 気づき、見物している女子が実行犯の女子に促す。

「でも、その作業を済ませる前に時間だね」

 プレアが言うと七人分の変身石が点滅し始める。それぞれ青、紫、薄紅、赤、黄、緑、白とカラフルな光で室内を照らす。

「嘘だろ! このタイミングでサバト?!」

「急げ。始まる前に破壊しろ!」

「させない!」

 月夜がペンチを握る女子に体当たりする。ペンチから外れた変身石が吹っ飛び、扉の外の廊下に飛び出る。

「てめぇ!」

 体当たりされた女子が月夜の髪を引っ張る。

 見物していた女子の一人が廊下に出た変身石を取りに走るも、手が石に届ききる前に七人分の意識が飛んだ。


 ☆

 気づくと朝日は岩石地帯にいた。ゴツゴツとした岩が大小構わず散らばっている。緩やかな斜面もあって足場が安定しない。空は相も変わらず満月の夜。

 朝日は先程までのカラオケボックスでの会話を半覚醒状態で耳に入れていたため、置かれた現状を大体把握していた。

 とりあえず朝日がするべきことは。

「……杖解(じょうかい)――”謀反物(リフレクター)”」

 右腕を真っ直ぐ伸ばしきり、杖を水平に構え、呪文を口にする。

 朝日の言霊に応じ、三十センチ程度の杖がダイヤ型の巨刃を持つ一メートル半の長槍に変化する。ダイヤ型の刃の周囲にはルーン文字の浮かぶ蒼い光の輪がかかっている。同時に、黒髪が紫に染まり変わる。

 まずはゲーム開始時は杖解。これを徹底していた。

 杖と黒髪状態の朝日はほぼ魔力を持たず、故に身体能力も魔力察知能力も低い。だが槍と紫髪状態の朝日になれば魔力を劇的に向上させることができた。杖解状態の朝日なら魔力察知能力を使い、半径十キロくらいならどの魔童子がいるか把握できるのだ。

 故に、次は目をつむり、可能な限りのフィールド範囲の魔童子の位置を探った。

 魔童子それぞれの持つ魔力の個性で、一度出会った魔童子ならそれが誰の魔力なのか把握できる。例えば月夜なら優しく包むような弾力のある風船のような魔力。深也なら丸みと尖りを合わせ持つトゲつきボールのような魔力。この間出会った紅坂燃とかいう人なら名前通り、熱い炎のような魔力。それぞれ他人に説明しづらいが、朝日独特の感性を持って識別できる魔力だ。

 現在、深也の魔力は右九キロ当たりの所に感じる。

 杖解して、魔力探知も終えた次にやるべきことはカフェで言われた通り、深也の居る場所に向かうことだ。

 朝日は右九キロの方向に向かって駆け出した。

 今回のフィールドは前回までと違い斜面と障害物が多いため、九キロと言ってもフィールドがほぼ更地だった今までのゲームより時間がかかりそうだ。

 加えて、先程の魔力探知で他の魔童子が深也と朝日の距離の間にいることも分かっていた。魔力の感じによってはそれが魔法少年の魔力か魔法少女の魔力か判断できないこともあるが今回は魔法少女の魔力だと分かっていた。

(二人近くにいる)

 斜面を降り、岩石のない平野に脚をつける。

 着地と同時に緑の光線が後ろ斜め右から飛んできた。

 死角からだが朝日の魔力探知能力なら視えない所からの攻撃でもある程度対応できる。

 右脚を軸に後ろにターンし、緑色の光線を槍先の刃で受け止め、何もない空に向かって反射した。

 攻撃の方向に視線を向けると五十メートル弱の距離にある岩石の天辺に二人の魔法少女の存在が確認できた。

 一人は白と赤の混じった髪色と三角帽の、ピエロ姿の魔法少女。もう一人は緑の髪色と三角帽の、カエルの着ぐるみを被った魔法少女。髪色が違うが顔の造形で合コンに来た四人の女子のうちの二人だと分かった。

 闇討ちが失敗したと分かり、ピエロが岩石から降り、こちらに接近してくる。

 接近してくるということは大抵は武装型だ。杖を銃にでも杖解させてこない限り近距離戦闘主軸だろう。そしてカラオケボックスの会話を思い出す限りあの四人も雷門組。だとすると朝日の能力は割れている。

 案の定、緑の光線を打ち込んできたと思われるカエル少女は二撃目を撃ってこない。攻撃を逆利用されることを恐れて撃ってこないのだろう。もし撃ってきたらまず武装型と思われるピエロ少女へ反射する予定だ。まず苦手な敵から潰す。

 ピエロ少女は既に十メートルの所まで迫っていた。サーカス用のナイフを四本ずつ、両手の指の間に挟みこんでいる。

 五メートルの所で右手に持つ四本を投げ飛ばしてきた。

 飛んでくる四本を槍で撃ち落としたが、その間に後ろに回り込まれ、握ったままの左四本のナイフで近接攻撃を仕掛けてきた。だが魔力探知が得意な朝日は後ろの敵の動作を感じとる事ができる。

 再度ターンし、地を後ろに蹴り上げることでバックステップし、爪のような四本のナイフ攻撃を回避。

 しかし岩石の天辺にいるカエル少女に背を向ける形となる。このチャンスを見逃さなかったカエル少女が杖先から緑の光線を朝日に向けて発射する。

 だがそれは朝日がワザと作った隙だった。光線を撃たせるために作った隙。朝日からカエル少女までは今だ五十メートルの距離。十メートル内の近距離や速度が速い魔法光線ならまだしも、その距離から先程程度のトロい速度の光線を打ち込まれようが、避けることも、加えて反射することも容易。

 背中に感じる光線の魔力の方向に再度ターンし、光線と向き合う。槍先のダイヤ型の巨刃を光線に向け、受け止める。

 受け止めた光線はあえてカエル少女ではなく、背後三メートルもない距離にいるサーカス少女に向かって反射。

 右脚を軸に、再度背後にターンしながら、光線と衝突してバチバチと火花を散らす槍を右横に振り斬ることで、光線はサーカス少女へ方向を変えた。

 緑の光線がサーカス少女を貫いた。するとサーカス少女の体はみるみる形を変えていき、体のサイズが縮んでいき、最後は手の平サイズのアマガエルへと姿を変えた。

「敵をカエルにする魔法?!」

 冷や汗をかく朝日。使い方次第では一撃必殺の最強の魔法にもなる。

 岩上のカエル少女の方に視線を向けるとゼエゼエと肩で息をしているのが見える。たった二発で相当な魔力を消費したのがわかる。強力な魔法であればあるほど一発あたりの魔力消費が激しいのかもしれない。

(これで戦闘不能だな)

 そう判断し、朝日はカエル少女とカエルになったサーカス少女を無視して深也のいる方向に脚を走らせた。例え変身石破壊のチャンスだったとしても、二人を倒している間に他の雷門組に集合されて、前回と同じ状況にされる方が厄介だ。


 カエル少女とカエルになった少女から一キロ離れたところで再度、周辺の魔力察知を試み、目を瞑りながら岩石のない平野を走った。

 右九キロの所にいる深也もやっとこちらに向かってきている。朝日の脚より深也のスケボーの方が速いだろう。

 しかし向かってくる深也より先に五人の集団が先にこちらに向かってきていることを察知。百メートル、九十、八十……もう目と鼻の先まできている。

 朝日の目が七十メートル先の五人の集団を捉えた。赤、青、緑、黄色、黒の三角帽を被り、三角帽と同じ色の学生服を着て、各人利き手側に茶色の杖を握る集団。後ろに三人、前に二人というフォーメーションを維持しながら大地を駆ける。間違いなく、前回朝日を襲った雷門組の五人だ。

 お互い敵から二十メートルの距離で急停止した。

「見つけたぞ、リフレクター」

 後方真ん中の赤の少女、現雷門組リーダーの紅坂燃がにまりと笑い、第一声をかける。

「人間界で闇討ちをかけてくるとは思わなかったよ。どうやって僕と深也を特定したんだ?」

 長槍を敵に構え、問う。

「さあね。今から記憶消える奴に話しても意味ないな」

 前衛の二人が同時に「杖解!」と叫ぶ。言霊に反応し、杖が西洋風の銀の剣に姿を変える。

 前回と違い、壁で逃げ場がないという状況ではないのが幸いだが当たり前な話、五対一という時点で不利だ。

 魔力探知の優れた朝日は全五回のサバト経験でそれなりの人数の魔童子達の魔力を感じとってきた事で、何故初回で出会った雷門千鳥とあのホスト、木取屋友好がランキング五位と七位になり得たのかが理解できた。ホストの魔法が何だったのかはわからないが、雷門は電磁砲を放つ魔法を持つとかいう理由以前に、肉体を覆う基礎的な魔力がずば抜けていたのだ。基礎魔力が高ければ高い程、魔童子の身体能力は向上する。魔力探知に優れた朝日だからこそわかることなのかもしれないが、雷門千鳥も木取屋友好も一人で目の前の五人全員の基礎魔力を足し合わせた量と同等の基礎魔力量を持っていた。

 もし初回で朝日の授かった魔法が敵の攻撃を跳ね返すという、相手の魔力が強ければ強い程逆利用できる魔法でなかったら、雷門に肉弾戦で制圧されて負けていただろう。

 あのランキングがどういった基準で格付けされているかわからないが、基礎魔力の量でいったら現九位の朝日の基礎魔力と彼女ら五人の一人あたりの基礎魔力はさほど変わらない。それが意味するのは、朝日は魔法に恵まれただけで魔力量には恵まれていないという事だ。

 この五対一の状況を打破するにはやはり跳ね返しの魔法を活用する他ない。打破とはいかなくても深也が来るまでの時間稼ぎをしなくては。深也のスケボーの速度なら二分も稼げばつけるだろう。

 敵に向きあったまま後ろにゆっくり後退する朝日。しかし敵は待ってくれなかった。

 前衛の緑の少女と黒の少女が銀の剣を振るう。

 二本の剣を槍の柄で受け止める。接触したついでに、試しに反射魔法を使ってみたがやはり機能しない。魔法でできた剣ではないためだ。

 槍と二本の剣で押し合い、ギチギチと音を立てる。

 押し合いの末、緑の少女が右、黒の少女が左方向へそれぞれ跳ぶ。

 押し負けないよう前方に力を込めていた朝日が前方によろめく。

 そのよろめいた隙をつくように、後衛にいた紅坂の左側にいる黄色の魔法少女と右側にいる青の魔法少女が杖からそれぞれ電撃と水線を発射。

 しかし二人からの距離と飛んでくる魔法の速度は朝日に受け身を取らせる隙を与えない程ではない。むしろ朝日にとって、その攻撃は水を得た魚だった。放出型の魔法なら跳ね返せる。

 狙い通りの展開に小さく口元を綻ばせながら、槍で電撃と水線を受け止めた。

 そして電撃を右に跳んだ緑の少女へ、水線を左に跳んだ黒の少女ヘ向かって反射する。それは敵放出型の攻撃を敵武装型ヘ跳ね返すという、朝日にとっての基本戦術。

 狙い通り、反射した二つの攻撃はそれぞれ敵前衛の二人に命中し、前衛二人がそれぞれ右、左ヘ吹っ飛ぶ。

「あのタイミングでも反応できるのか。前衛二人でアンタの視界を奪った上で攻撃したはずだけど。アンタ、視えない所からの攻撃の魔力を察知したね。魔童子の中でもかなりの魔力感度(センシティビティ)を持ってるわね」

 腕組みしながら自身の考察を語る紅坂。

「なら、十メートルの距離で今の攻撃を放てばどうかしら?」

 後衛三人が距離をつめてくる。そして左右に吹っ飛んだ前衛二人もゆっくり起き上がる。

 起き上がった二人が地を蹴り上げ、朝日の左右から挟み撃ちの形で接近。左右からでは槍で受け止めることはできない。

 朝日が避ける体勢に入ったその時。

 天から桜が降り注ぎ、朝日の体周りを輪を形作って囲んだ。回転する桜吹雪はまるで小型の竜巻のよう。

 桜吹雪に阻まれて緑と黒の魔法少女の剣は朝日に届いていない。二人が後方によろめく。

 朝日、紅坂は魔力探知で桜吹雪を起こした主の居場所を探り、主のいる方向に同時に首を向ける。

 朝日から見て左三十メートルの岩石の天辺に薄紅色の髪と三角帽子の魔法少女の存在を確認する。

「桃井月夜ぉ!」

 紅坂が咆哮する。

「何のマネだ? 魔法少女同士の戦いはルール違反だぞ?」

「ごめんなさい、そこの彼を倒そうと思ったら貴方達の攻撃を邪魔しちゃった。でもルール上同性同士の戦いは罰則だけど異性を守ることは特に規定ないらしいよ、プレアに確認済み」

 鬼の形相の紅坂に無表情にかつ、冷静に返答する月夜。

 朝日の体を囲む桜吹雪の竜巻が引き、主の杖の元へ帰っていく。

「チッ……まあ良いわ。次アンタがさっきと同じことしたらアタシらの誰かが竜巻に当たりに行けば良い。そしたらアンタは仲間の魔法少女を傷つけたとみなされ、資格を剥奪される」

 気を取り直し、ニマリと不敵な笑みを月夜に見せつける紅坂。

「そうだね。でも」

 紅坂に聞こえない声量で呟く。

「時間稼ぎとしては充分」

 突如空の空気の流れが代わり、何かが六人の上空に飛んできた。

 戦場から五十メートル真上で何かは静止。その後、真下に向かって落下。

 朝日は感じた魔力から落下物に視線を向ける。

「朝日〜!!」

 スケボーに乗った青の三角帽の魔法少年が右手を差し出しながら高速でこちらに向かってくる。安全な着陸をする気等微塵も感じられない速度。

「深也!」

 真上に向かって左腕を差し出す。

「またスケーターかよ。撃ち落とせ!」

「あの速度じゃ当たりませんよ姉さん!」

 リーダーの無茶な命令に困惑する黄色の三角帽少女の声が聞こえる。

 朝日にぶつかる直前でスケボーが急停止し、その反動で突風が巻き起こる。

 朝日が吹き飛ぶ前に深也が朝日の左手を掴む。

 掴んだまま再度スケボーを上昇。

 そして敵の五十メートル真上まできて一旦静止。深也が朝日の腕を引っ張り、スケボー上に乗せる。

「わりい、合コンにいた女子二人に足止め喰らっちゃって簡単にお前のとこに行けなかった」

 深也が前方で叫ぶ。

「朝日、お前が前に来てくれ。攻撃面でも反射するにしてもお前が前方にいた方が良い」

「わかった」

 後ろにいた朝日が前にいた深也と席を交代する。

「ぶっつけ本番で悪いな」

「問題ないよ」

 体勢を整え、再度急降下する。

「できれば武装型の緑と黒の子の二人を倒したい」

「オーケー!」

 深也がスケボーを緑の三角帽と制服姿の少女の方へ向かわせる。

 こちらの突撃に狼狽える緑少女。剣を構えているがこちらの速度に圧倒されて体が動いていない。

 そしてスケボーの先端と守りの構えをとった緑少女の剣の柄に衝突。

 緑少女が吹っ飛び、反動で武器を手放す。

 持ち主に手放された剣の柄が空中で真っ二つになり、落下。

 杖解が解け、銀の剣が元の茶色の杖に姿を変える。

 尻もちをつく緑少女の首に下げる緑の宝石をスケボー後方の朝日が容赦なく貫く。宝石は粉々になる。

 そして緑少女の体が溶けるようにゆっくり消えていく。

 しかし消えゆく姿を眺めている間もなく、二十メートル先の紅坂が彼女から前方十メートルの二人に攻撃指示をする姿が目に入る。

 指示を受けた二人が杖をこちらに向け、電撃と水線を発射する。

 この距離感では跳ね返すための受け身をとれないという朝日の思いを察してか、朝日が支持する前に深也がスケボーに回避行動をとらせたようだ。

 二つの閃光を難なく回避。そのまま前衛の、銀剣を構える黒の三角帽と制服姿の少女に向かって突撃。

 迫る敵に剣を構える少女。作戦がある訳ではないが考える暇をこちらが与えない。

「受けるな! 避けろ黒枝!」

 紅坂が叫ぶが黒枝と呼ばれた少女の耳に届くよりスケボー上の朝日の槍が敵の変身石を貫ける距離まで接近する方が速かった。

 横切りされた槍が黒枝の腹部に命中。剣撃で吹っ飛ばされた黒枝。地を数メートル程転がり続ける。

 やっと回転が止まり、ヨロヨロな動作で弱々しく立ち上がる。

 痛みで顔を歪ませながらもゆっくり立ち上がる。しかし、あることにすぐ気づく。先の横切りで自分の黒の宝石が粉々にされたことに。

 足元からゆっくり体が透明になり消えていく。

「いや、いやよ。いやぁー!!」

 叫び虚しく、透明は全身に回る。叫ぶ声量まで消失と共に小さくなっていき、最後は完全に聞こえなくなった。

「深也、さっきの回避ありがとう」

 こちらが頼む前にして欲しい動きをしてくれたことが嬉しかった。

「お……おう。役に立つだろ俺!」

 初めての朝日からのお礼に戸惑いつつもいつものオチャラけを取り戻したように見える深也。

 これで朝日の狙い通り、敵の武装型を先に倒した。次の問題は、どうやってあの三人に攻撃をしかけるかだ。いくら槍で跳ね返せると言っても、槍で受けられなければダメージを負わされるし、後方の深也を先に潰されるかもしれない。

 飛び道具を持つ敵に接近戦を挑めば敵の命中率が上がるのは当然。

 そしてもう一つ気になるのは今だ紅坂が自身の魔法を見せていないことだ。飛び道具だとしても発射速度がわからない以上、迂闊に仕掛けたくない。

 思考しつつ、三人の魔法少女を観察している上で、ある変化に気づいた。

 紅坂が杖を握っていない。代わりに別の何かを握っている。遠目からは視えにくい。

 紅坂がその何かを握って何かした。その動作は剣士が突きをするよう。

 瞬間、朝日は視えない何かがこちらに接近しているのを察知した。

 視えない、透明な攻撃?

 咄嗟に朝日は自分と深也の変身石の宝石部を槍で覆い隠した。

 視えない何かが朝日の槍に命中。もし覆っていなかったらドンピシャで腹部にかけている変身石の宝石部に衝突していた位置だ。

 視えない何かの衝突で朝日がボード上から吹っ飛ばされる。

 地面に激突。だが二、三回転し、すぐに起き上がる。

 敵を見据えると黃色と青の三角帽少女を置き去りにし、紅坂が徒歩でゆっくり間合いを詰めてきている。

 紅坂の握る物が何かやっと視認できた。それは刀身のない日本刀の柄だった。

 先程槍に衝突した物は恐らく……。

「視えない刀?!」

 動揺の表情で朝日が問う。

「ご明察。魔法名"景色刀(ヴィスタ・スパーダ)"。見ての通り、刀身が無色透明な刀だ」

「それだけじゃないな?」

 透明なだけの刀ならあの遠距離で攻撃を仕掛けられる訳がない。例えば、刀身が伸びたりしない限りは。

「後は自分で考えな。考える暇も与えないけどな」

 紅坂が再び刀身のない刀の鍔の穴をこちらに向ける。間違いなく、あの刀身は伸縮自在なのだろう。

「朝日!」

 スケボー上の深也が吹っ飛ばされた朝日に近づく。

「来るな!」

 視線は正面の敵を見据えたまま、左側の深也に左手のひらだけ向けて静止の指示をする。既に視えない敵の攻撃が迫ってきているのが刀が風を切る音でわかっていたからだ。

 視えないだけならまだしも、あの刀は武装型。さっき衝突した時反射できなかったのが証拠だ。信じられないがあの透明刀は魔法で構成された物質ではないようだ。

 魔法でできていないため、魔力探知で攻撃がどこから迫っているか把握することもできない。

 であれば、宝石を砕かれないよう、槍で覆うくらいのことしかできない。他の体の部位への攻撃を諦めてでも、変身石だけは守らなくては。

 次の瞬間、朝日が想像もしなかった部位を視えない刀身が貫いた。

 グチャッと生々しい音を耳にすると同時、左の視界が失くなった。続いて、想像を絶する痛みが。

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ー!!」

 絶叫し、地面に倒れ込む。

 しかしすぐに槍を支えにし、立ち上がろうと試みる。

 一瞬何をされたかわからなかったが右目で左側から滴る血が地面を赤く濡らすのを見て理解した。視えない刀身が朝日の左目を貫いたのだと。

「「朝日!!」」

 深夜とほぼ同時に月夜が叫んだ。

 月夜が岩石から飛び降り、向かってくるのが見える。

「桃井ぃ!」

 紅坂の罵声に一瞬、反射的に体がすくみ、立ち止まる月夜。

「アンタ、こうなることも覚悟しないでこの戦場に来たのか? 大事な男がどうなろうと、このゲームでは手出しできないなんてこと、わかって参加してたんじゃねーのか?」

 紅色の柄の透明な刀身を右肩にかけながら、睨みつけて詰問する。透明刀の切っ先が赤く染まっている。

「やだ……やだよ朝日……」

 月夜が狼狽しながら、紅坂から朝日の方に向き直り、血を流す朝日に涙目で訴える。

「死にゃしないよ。死ぬ前にゲームから強制離脱させられる。人間界に戻ったら傷も治ってるから何不自由なく暮らせるよ。記憶は失くなってるがな」

 紅坂がゆっくりとした余裕のある足取りで朝日に近づく。

 右膝を地につけたまま痛みで立ち上がれない朝日は左目から溢れ出る血が赤く濡らした地面を見ながら月夜を想う。

(左目を潰される痛みって……こんなだったんだな……こんな痛みに月夜は……)

「トドメだ」

 十メートルもない距離まで紅坂が接近した。

 切っ先が血濡れた透明刀を天にかざしている。

 しかし振り下ろしきる前に小声で呟く。

「……"電磁魔砲(マギア・エレクト)"……」


 ☆

 紅坂は朝日の紫のローブの右腹部辺りを突破って黄色い光線が飛び出すのを見た。

 咄嗟の不意打ちに反応できず、光線が紅坂の腹部に命中する。紅坂の赤い変身石にもう一歩で当たる位置だ。

 光線を受け、数メートル後ろへ吹っ飛ぶ。

 紅坂は尻餅をつくが、素早く起き上がる。自身の腹部を見ると焦げ跡が残っている。

 次に朝日に視線を移す。右膝を地につけたまま、右手の槍を体の支えにし、左手に握る茶色の杖先をこちらに向けているのが見えた。

「はあ?! 杖は一人一本のはずだろ?!」

(いや、それより……今のは間違いなく電磁魔砲(マギア・エレクト)。千鳥姉との特訓で何度も喰らってきたから間違いない……)

「何でてめえが千鳥姉の杖を?!」

 怒りと動揺が止まらない。姉貴の杖を奪われた怒り……一番弟子の自分ですら使えこなせなかった姉貴の杖の魔法を、敵がいとも容易く使用した事実への動揺。

「初回で雷門さんを倒した時、杖だけその場に残っていたんだ。役に立つかもしれないと思ってポケットにしまっていたら、その後の試合もずっとポケットに残ったままだった」

 紅坂には朝日の行動に狼狽を御しきれない理由がまだあった。

(倒した敵の杖をパクるなんて、まるで……)

 脳裏に雷門組の仲間達がある一人の死神のために血を流し、倒されていった過去の光景がよぎる。

 次に、朝日の真っ直ぐな瞳と死神の残忍な瞳が重ね合わさって見えた。

「て、て……てめーは倒した敵へのリスペクトってもんはねえのか!!」

 過去の恐怖を怒りに変え、咆哮することで払拭した。

「僕も彼女の杖を手にする時、思った。でもごめん……僕には倒した敵への敬意や礼儀より優先したい願いがあるんだ」

 一瞬、朝日が開く右目で月夜の方に一瞥するのを見た。

 現状、飛び道具を得た事でカウンター主軸の敵に死角はなくなったように感じた。

 だが紅坂は一度電撃を喰らって一つの確信があった。

(あいつの電撃……千鳥姉程じゃない。自分の杖じゃないんだから当たり前だ。つまりマギア・エレクトの方は付け焼き刃だ。数発喰らっても変身石さえ割らせなければ我慢して接近可能だ。そこに斬撃をぶち込んでやる)

 刀身のない刀の柄を強く握り直す。


 ☆

 朝日も自分のマギア・エレクトが付け焼き刃である事を充分理解していた。

ほくそ笑む敵の思惑を察して、敵の余裕を奪う事を試みる。

「既にフィールドで一人だった時に電磁魔砲(マギア・エレクト)が使えるかは検証済み。最大威力でも雷門さんの二分の一の威力も発揮できないことも。でも検証時にある一つの可能性も見いだした」

「一つの可能性だ?」

 紅坂の疑問に朝日が答えるように、可能性を披露する。

 左手に持つ茶色い杖の先を右手に持つ槍先端の、ルーン文字が刻まれた光の輪がかかる巨大刃に向けて構え、電磁砲を発射する。

 電撃を受けた槍の刃は砕けることなく、雷を帯びた状態を維持する。電撃が柄部分まで周り、槍全体が電撃を纏う形となる。

「"謀反物(リフレクター)"+(プラス)"電磁魔砲(マギア・エレクト)"。反射を使って槍に電撃を纏わせた」

 稲妻の線が時計回りに槍の周囲を旋回し続けている。反射方向を回転するよう調整したのだ。

「だ、だからなんだよ! アンタが私の景色刀(ヴィスタ・スパーダ)を反射できないことに代わりはねーだろ!」

 怯む紅坂が恐怖を払拭する為かのように再度、鍔の穴を朝日に向けて透明な刀身を伸ばし飛ばしてきた。

 だが紅坂はここで致命的なミスを犯した。刃先の血糊を拭き取らずに攻撃をしかけたのだ。

 接近する血染めの物体を朝日は右目で正確に捉え、槍の刃で受けた。

 刃と刃が接触する。

 物体として目で捉えることができたため、受け身をとるには充分だった。押し負けしないよう腰を落とす準備までできた。

 ギチギチと刃と刃がぶつかる音。しかし飛び道具のような使い方ができる透明刀の方が守りに入った電撃を纏う槍よりパワーがある。

 朝日が押し負け、徐々に後ろに後退させられる。

 その姿に勝機を見て、ニヤリと笑む紅坂。

 だが朝日からすれば刃と刃が接触した瞬間から勝敗は決していた。

 朝日の反射(リフレクター)は物質を同じ速度で任意の方向に跳ね返す。だが反射能力に回転指示を出した場合、ゆっくりだが一回転毎に反射させた物質の速度が上がっていることを既に発見していた。

 槍周囲に纏わせるような反射をすれば、時間をかければかける程速度を上げることができる。既に雷撃(マギア・エレクト)はここにいる誰も回避不能な速度まで回転していた。

 朝日は脳内で、「回転」の指示を出していた反射(リフレクター)に「前方への反射」の指示変更を加えた。

 電撃は槍とぶつかる透明刀を(つた)って刃先から徐々に、しかし人間の目で追うことは不可能な速度で柄の方に周った。

 高速電流が柄を握る紅坂の体まで周る。

 電流が紅坂の体を焼いた。

 暫く紅坂の体は発光を続ける。光を失うと紅坂の全身に焦げ跡がつき、煙が至るところから上がる。

 白眼を向いている。意識は勿論ない。赤い宝石も砕け散り、膝を先について前のめりに倒れる。

 数秒してうつ伏せの体が徐々に透明となり、最後は全身に周り、その場に杖だけ残して何もなくなった。

 杖まで焼け付き、けし炭になっている。最早個体とは呼べない物質となっている。使用は不可能な形だ。

 ゼエゼエと痛みを堪えていた朝日がふっ、と槍を手放し、その場に両膝をつける。

「「朝日!!」」

 深也と月夜の声が重なり、朝日に駆け寄る。

 朦朧とする意識の中、雷門の杖を見るといつの間にか粉々になっている。明らかに再利用は不可能な状態。なぜだ?

『サバト第九十試合が終了しました! 速やかに戦闘を終え、変身石に従い、離脱してください』

 唐突に女性のアナウンスが残された五人の脳内に流れる。

「良かった……良かったよぉ朝日……」

 月夜が目に涙を浮かべながら朝日の体を抱きしめる。三人共、既につま先から透明になってきている。

「朝日、俺達、良いコンビだったよな?」

 もらい泣きしている深也が鼻水を啜りながら聞く。

「ああ……良いコンビだったよ……」

 返答するために口を開くのも躊躇う程の痛みだったが、本当の気持ちだったので素直に伝えた。

 朝日の体も既に下半分が消えているのが見える。早く左目まで透明が周って欲しい。


 ☆

 朝日は今日一日の出来事を自室の天井を見上げながら整理する。

 合コン、闇討ち、敵討ち、返り討ち……まとめるとそんな流れだろう。


 カラオケボックスに意識が戻った時、数秒前まで体中を(ほとばし)っていた激痛は全く無くなっていた。左目も不自由なく開いた。

 四人の女子高生はそそくさと逃げるようにカラオケボックスを飛び出していった。

 戻った後も深也の連れ二人は熟睡していた。

 深也は自分が招いた事態に謝罪を繰り返したが合コンの主催は熟睡する二人だったようだ。


 今だ気になるのはどこで特定されたかだ。場合によってはこれからも闇討ちを狙われる可能性がある。

(いつもより疲れたのはサバトで受けた体の傷は治して貰えても心の傷――精神的ストレスまでは治して貰えないからだろうか?)

 寝転がりながら天井を見上げてそんな事を思う。

 今回の闇討ちで深也と朝日の情報を魔法少女達に流した犯人に一人だけ心当りがあった。朝日は僅かな可能性にかけ、ベッドから起き上がり、自室の真ん中で棒立ちし、真っ暗な窓際に向かってその名を呼んでみた。

「プレア、出てこい。いるんだろ?」

 二十秒程の沈黙。

 その後、朝日の背後にあるベッドの下からヌボッと体半分が白、もう半分が黒の猫が姿を現した。気配を感じ、振り返る。

「驚いた……まさか本当にいるなんて」

 ベッドの下に潜む等泥棒かストーカーの行いだ。その登場の仕方に身の毛がよだつ朝日。

「やあ。こうやってちゃんと顔を合わせるのは公園以来だね」

 無表情な白黒猫は可愛げのある声色で言う。

「お前、僕のストーカーなのか?」

「勘違いしないでよ。僕は魔童子全員のスカウトマンと相談役を兼ねているんだ。だから情報収集のために魔童子全員の私生活に常に密着しているんだ」

 表情を覗いた全てに抑揚を感じる。

「今日は君を労いに来たんだ。今日のサバト、本当に素晴らしかったよ」

「労う……?」

「雷門千鳥の杖と自身の魔法を融合させた戦術が本当に素晴らしかった。倒した相手の杖は所持しておくことができるのを知る魔童子は本当に少ないんだ。知っている者の中で手に入れた杖を使用できる魔童子はさらに少ない。君達に与えられるたった一本の杖は基本、杖の適性者のみが扱える物だからね。でも稀に君のように他の杖への適性を持つ者も存在する。しまいには君は自分の杖と他人の杖の魔法を合体させる戦術を産み出した。こんなことは今までの魔童子の誰一人として成し遂げられなかったことだ。素晴らしいよ!」

 褒めちぎった後、プレアが四足歩行から二足歩行に切り替え、拍手してみせる。パンパンパンと渇いた音が部屋に響く。それだけの賛辞を贈りながら、尚も無表情。

「僕が疑っているのは……お前が雷門組に僕と深也の情報を売ったんじゃないかってことだ」

 瞬き一つせず、真顔でプレアの深紅で不気味な瞳を見つめながら問い詰める。

「売った訳じゃないよ。何も貰ってないからね」

 拍手を止め、あっさりと認めた。

「じゃあ、本当にお前が……」

 朝日が牙を向けるように怒りを露わにした。

 プレアは弁明を始める。

「君は僕の目的に対して誤解している。僕は君をサバトに敗北させたくて彼女らに情報を与えた訳じゃない。僕の目的は魔法少女と魔法少年どちらかの勝利ではなく、魔法界全体の戦力の底上げだ。逆に言えば、それが為されないならどちらが勝っても意味がないと考えている。つまり王と女王とはこのサバトへの目的意識が根本的に違うんだ」

 声色が抑揚を失い、平坦だ。真剣な話をする時の口調への切り替え方は分かっているようだ。表情は変わらず、無い。

「紫水朝日、君に僕は強い期待を抱いているんだ。君なら、最強の存在の魔法王すら打ち負かすことができる程の魔法使いにいずれ成長するのではないかとね。そんな君にだからこそ、あの試練を設けたんだ」

「……僕は最強なんて望んでいない。僕は……」

「母を生き返らせ、桃井月夜の左目を治したいのだよね? それなら、僕の与えた試練は確実に君を目的へと導いているはずだよ? 最強の魔法少年になれば、サバトに勝利した時、君の願いがどんなに途方も無い願いだったとしても、叶えることができるはずだから」

 朝日の足元までトコトコ近寄り、上を見上げながら子供を諭す親のように優しく語りかけるプレア。足元を見下ろす朝日。

「現に君は彼女らを撃破した。僕の設けたハードルの高さは君にとって丁度良い高さだったんじゃないかな?」

 自分の行いは正しかったと言いたいようだ。

 プレアが続ける。

「勿論、これからも適度なハードルを用意するよ。でも、大丈夫。目をえぐり取られようが、四肢をもがれようが、変身石さえ無事なら傷一つなく次のサバトを迎えられる。もしまた痛みを伴うことになっても、叶えたい願い事のある君なら、今回のように痛みごと乗り越えられるだろう?」

 プレアは言いたいことを言い尽し、こちらが反論を言う前に窓際に飛び移った。両腕で窓の扉を開け、外に飛び出し、暗闇の中に消えていった。

 一人きりの部屋。朝日は左手のひらで左眼に触れながら、視線を暗闇に向けてボソリと呟く。

「ふざけんな……めっちゃ痛いんだぞ……」

 勝手に開けられた窓の外の暗闇に向かって訴えた。




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