敗北の先にあるもの
(どうしてこうなった)
怜は張麗麗が振るう剣をなんとか受け止めながら、自分の苛立ちを鎮めようと必死になっていた。だが、時折視界の端に映る超龍の影は、その努力を無に帰してしまう。
(超龍。どうして殺された。俺のせいか。俺のせいかぁ)
怜は距離を詰め、肘で張麗麗の顎を打ち、怒りのままに剣を振り下ろす。少し大振りになってしまい、張麗麗は難なく避け、距離をとった。
怜と張麗麗、二人は若いながら、既に大陸有数の戦士であった。化け物を戦士と呼べるなら、だが。よって、二人の動きの俊敏さ、一太刀の重さ、それは周りの雑兵たちと比べものにならなかった。
怜は自分の力を使いながら、一騎打ちで渡り合ってくる敵と初めて遭遇していた。怜は化け物の力を嫌っていた。だが、同時に一騎打ちであれば誰をも殺せるという自負もあった。今その誇りは撃ち砕かれようとしていた。怜と張麗麗、押しているのは後者だった。
(こいつは、こんなにも強かったのか)
剣を横に薙ぎ、それをたやすくいなされながら、怜は顔を歪めた。顔が焼けるように熱く、時間切れが近づいているのは怜もわかっていた。だが、決定打を浴びせるどころか、剣が敵の体に届いてすらなかった。距離を詰め、剣を振るもいなされ、反対に素早い攻撃を浴びせられて、距離をとる。こんな状況が続いていた。張麗麗が無傷であるのに対し、怜は体の至る所に傷を作り、息は絶え絶えであった。
怜は息を整えながら、張麗麗を睨みつけた。わざといたぶっているかのように、張麗麗は自分から仕掛けてこない。
張麗麗が、目にかかった長い黒髪をかきあげながら、呟いた。
「つまらん」
何かが、ぶちっ、ときれたような音が、怜の頭の中で鳴った。怜は激昂し、叫びながら、斬りかかった。その動きは、常人には目で追えぬ速さである。怒りが、怜の尽きかけていた力を奮い起こし、普段以上の動きをさせたのだった。だが、振るわれた剣は、張麗麗に届く前に地に落ちた。
「あ、ああああああああああ、う、ああう」
血を吐き、腹を押さえながら、地にうずくまった。腹からは、噴き出すように血が溢れている。怜の周りの地面に、血が広がっていく。それでも、怜は剣を手に取ろうとした。懸命に手を伸ばした。
張麗麗の剣が手を突き刺す。怜の口から、大きな叫び声が出た。化け物の力は既に尽きていた。治癒力は普段の五分の一ほどまでに落ちており、痛覚は非常に敏感になっている。怜は腹で何かが暴れているような気がした。臓腑を手で掴まれ、無理やり引っこ抜かれたような、そんな痛みを感じていた。
「どうして我が王は、こんなやつのために私を向かわせたのだろうか。理解に苦しむな」
声が小さくなっていき、だんだんと身動きをしなくなった怜を感情のない目で見つめながら、張麗麗は怜の手から剣を引き抜いた。そして、怜の背中に向かって剣を振り下ろそうとした。
剣と剣の触れ合う、高い音がした。
「またお前か」
「レイは殺させない」
有理はレイピアを突き出す。張麗麗が後ろに跳び、それを難なくかわした。
「そいつはじきに死ぬよ。そんなやつを守る価値なんかあるのかい? それに、お前も対して動けまい」
有理は肩で息をしていた。顔全体が熱く、動けなくなるのは時間の問題だった。
その様子を見て、鼻で笑っていると、張麗麗に向けて、ナイフが飛んできた。身をよじってかわすと、後ろにネオが立っていた。
「よく避けたね」
ネオは小さな唇を、愉快そうに曲げた。
そこへ呂橋が馬に乗って現れた。怜の姿を見つけると、すぐさま下馬し、駆け寄って行く。
「呂橋、私とネオで時間を稼ぐ。怜を、頼む」
呂橋が頷くと、有理はネオと張麗麗のもとへ走って行った。
(傷が深い。レイ、耐えろよ)
力が抜け、身体中にべっとりと血がついた怜をなんとか馬に乗せ、群衆の中を走りだす。
「どこに行くのだ? もう囲まれている。どうせ逃げられない」
背後から張麗麗の声がした。だが、呂橋は立ち止まらず、一目散に戦場を離れていく。
張麗麗の言う通りだった。張麗麗の出現と、味方のはずだった貴族の軍勢により、右翼は壊滅状態。アマンダの本陣からも、煙が上がっていて、すでに戦の勝敗は決していた。それでも呂橋は懸命に走っていた。アマンダが死んだのはわかっていた。超龍も死に、他にも多くの仲間がこの戦場で死んでいくだろう。自分も同じかもしれない。呂橋は、できることなら今すぐこの場にうずくまり、大声をあげて泣きたかった。尊敬し、愛していた一番の友人を亡くし、もう限界だった。だが、その友人のためにも逃げなければならない。アマンダが望んだのは、怜を生かすこと。怜を生かし、希望をつなぐこと。それが生前のアマンダの願いなのだ。友人の願いを叶えるため、理想を追い続けるために、呂橋は走る。
傷を作りながら、群がる兵を打ち、菠薐たちが貴族の軍を相手になんとか耐えているところまで戻った。そのそばに、アマンダの本陣とは逆方向へ向かう森がある。そこは、先に向かわせた王と怜の部隊の大半の兵が、退路を確保しているはずだった。
呂橋は無事、森に入った。呂橋の緊張がわずかに緩んだ。敵も、まさかほとんどの兵たちを置いて、ここまで迅速に逃走を図るとは考えていなかったのだろう。追っては見えなかった。呂橋は心の中で皆に感謝した。そして涙を流した。何に対する涙なのか、理由はあまりに多すぎて、もはやわからなかった。