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エディプスは笑う  作者: sarieri
序章
6/15

一つの花が散る

(やられたわね)

 

アマンダは、崩壊していく自軍の様子を眺めながら、不思議と冷静にそう思った。鎧を黒一色に染めた無数の敵軍が、横から味方を蹂躙し、アルベルトの軍は今にもアマンダのところまで届きそうだった。


「ショウ」


 逞しい肉体をした男が、アマンダの呼びかけに返事をした。


「何でしょうか?」

「今すぐ呂橋のところに行き、次の動きに移るように伝えなさい。ここは、もう駄目だわ」


 男の精悍な顔立ちが、醜く歪んだ。


「ママン」

「行きなさい」


 男は躊躇う素振りを見せたのち、一礼し、馬で呂橋のもとへ走って行った。男が去っていくのと、アマンダの本陣にアルベルトが現れたのは、ほぼ同時であった。


「婆さん、お気の毒にな。ここであんたの夢は潰える」


 アルベルトは、大きな口を不器用に曲げた。彼は巨大な男だった。二メートルはあると思われる体を、筋肉で飾り立てている。アマンダの背ほどもある棍棒を、握りしめていた。


 本陣を守る兵たちが殺されていく凄惨な光景を目に映しながら、アマンダは口元を緩めた。なぜだが、ふとおかしくなったのである。死の予感は、絶え間なくアマンダに襲いかかっていた。だが、自分が死地にあるということが、そして、それに抗おうとすると力が溢れてくるのが、アマンダには妙におかしかった。

 アマンダが笑っているのを見て、アルベルトは顔をしかめ、そばにいた二人の兵に合図をした。二人の男は頷き、アマンダに向かって駆け出した。二つの刃が、アマンダに近づいていく。まさに、その剣がアマンダに届こうという瞬間、アマンダは細い長剣を抜き、二人の首を切り落とした。アルベルトたちの体が強張った。


「私の夢が終わるって? 馬鹿言っちゃいけないね」


 アマンダは再び笑った。


「ババアにも咲かせる花があるってことを、教えてあげるよ」


 アマンダが走り出した。敵の方から動いてくるとは思ってもいなかった男たちは、始動が遅れる。そのうちに、アマンダは一人の首を切り落とした。


 アルベルトは、アマンダが走り回って、帝国の兵たちを斬り殺していくのを見ながら、先ほど自分が言った、「婆さん」という言葉を撤回してやりたいと思った。それほどまでに、アマンダの動きは俊敏で、可憐と言ってもいいくらいに、跳ね回っていた。地面を蹴り、相手の懐に入り込む。そして、剣を振る間も与えぬまま、斬り殺していく。帝国兵はまるっきり相手になっていなかった。

 だが、それを見ながらも、アルベルトは動じなかった。もとより、慢心はない。死地に追い込まれた人間の怖さは、嫌という程目にしてきていた。その上で、自分が負けるとは思っていなかった。冷静に力を分析していた。


 ついに、アマンダがアルベルトに斬りかかった。血に濡れた長剣が、アルベルトに向かっていく。慌てることなく、棍棒で受け止め、アマンダの腹を蹴る。アマンダは、痛みに顔を歪めながら、一度距離をとった。


「婆さんを蹴るなんて、ひどいじゃないか」

「さっきは悪かったよ。あんたは婆さんなんかじゃない」


 にっ、とアマンダは笑い、地面を蹴る。点々と紅く染まった白髪が、動きに合わせて跳ねている。長剣を左から右に振り、手を切り落とそうとするが、アルベルトはそれをかわし、棍棒を振り下ろす。アマンダは体を投げ出してそれを避け、距離を取り、また詰める。アマンダの動きは、アルベルトの想像を超え、棍棒で受け切れず、右腕からわずかに血が飛んだ。だが、ほんの小さな傷である。アマンダは追い打ちをかけようと、もう一度剣を振る。が、体に届く前に、アルベルトが横に振った棍棒で、左脇腹を殴打され、地面を転がっていった。


 剣を落とし、アマンダはうずくまりながら、血を吐いた。血を吐いた瞬間だけ、意識は痛みを捉え、その激痛により、だんだん朦朧とし始める。


(老将の一人くらい道連れにしてやるつもりだったんだけど)


 アマンダは呻きながら、近づいてくる男に何かを言ってやろうとした。しかし、言葉は出てこない。手も、足も動かない。ただ自分の吐いた血だけを、狭まりつつある視界が捉えていた。


 不思議とアマンダは悲しくなかった。ただ、レイや呂橋がそばにいないのが、少し寂しかった。


(馬鹿ね。自分がそう決めたのに)


 足音がアマンダの耳元で止まった。そして、音はアマンダのそばから遠ざかっていく。悲鳴や怒号、人の倒れる音、そういったものが、一つも耳に入ってこなくなった。


「今晩、俺が酒の席で話すネタはこうだ」


 アルベルトが棍棒を振り上げ、こう言った。

「アマンダって女は、敵ながらあっぱれなやつだった」


 アマンダはゆっくりと目をつぶった。意識が深く沈んでいく。暗く、静かな場所に。


(呂橋、頼んだよ)


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