長い戦の始まり
アマンダの革命軍は、広い平地に出て別ルートの兵たちと合流し、そこで右翼六千、本隊四千、左翼二千の陣を展開した。右翼は小さな森を一つ挟むために、本隊との距離が少し離れている。
怜は右翼軍の先頭に立ちながら、嫌な胸騒ぎを鎮めることに努めていた。その左右には有理と超龍が立っている。怜の部隊の他の兵たちは菠薐や呂橋とともに、馬に乗って後方で待機していた。一部隊といえども、部隊には兵が三十二名しかいない。少数精鋭で身軽に戦場を動き回る遊軍、それが怜の部隊だった。
「顔色が悪いぞ、レイ」
有理が表情を変えないまま首を傾げた。その動きに合わせて、後ろで結ばれた黒い髪が揺れている。レイが首を横に振ると、「そうか」と有理はつぶやき、前方を見つめた。視線の先には、一万もの敵の群れが広がっている。
二万近い人間が向かい合っているというのに、不思議な静けさに包まれていた。張りつめた緊張によって強いられた沈黙。間もなく、それには限界が訪れる。ぶつかり合う。地が震えるだろう。怜は唾を呑んだ。その音も異様に響いた。
怜は腰につけていた、黒い仮面を手に取った。装飾も、柄も何もない、ただ顔を隠すためだけに作られた仮面。そこに陽光が当たり、きらびやかな光沢を生み出している。目がくらみ、怜は自分の体が揺れているような気がした。思いっきり顔を叩き、気を抜くと浮遊していきそうになる意識を掴んだ。そして、アマンダにもらったマスクをつけた。
「有理、超龍、手を抜くなよ。最初から全力でやれ」
「わかっている」
有理は短くそう答えてマスクをした。超龍も黙って頷いた。
「ある程度陣形を崩したら一旦引こう。あと、張麗麗とは絶対にやりあわないでくれ。あれはちょっと別格だ」
「うむ」
有理がわずかに残念そうな表情を浮かべたが、怜に睨まれて肩をすくめた。
「大丈夫だ。自分勝手にやっている余裕がないことくらいわかっている」
「ならいいけどな」
「ただ……」
「ただ?」
「そう簡単に背を向けて逃げ切れる相手でもないだろう?」
「それは……そうだな」
左側の森の向こうから、戦の始まりを知らせる狼煙が上がっていた。怜はそれを目にし、一度後ろを振り向いた。多くの仲間たち。彼らを生かすか殺すかは、自分次第でもあるのだ。怜は目をつぶり、息を吸い込み、背負っていた大きな剣を抜いた。映像が止まったかのように、その時に一瞬、音が完全に消えた。
そして、静寂を壊す雄叫びをあげながら、怜が敵に向かって走り出した。
帝国とアマンダ革命軍の戦争が始まったのだ。
怜を先頭として、前方の三千の歩兵隊が砂埃を立てながら走る。遅れて、帝国軍も動き出そうとする。だが、怜たち三人はその前に敵にぶつかった。まっすぐな列を作っていた彼らの前面に、三つの穴が空いた。怜が大剣、有理がレイピア、超龍が槍で命を絶ち切っていく。首が飛び、血潮が吹き出し、地が戦場に染まる。あっという間に、帝国側の陣形が崩れ始めた。
「おい、たかが三人相手に何をしているのだ」
「こいつら普通の人間じゃねぇ。化け物だ」
「気をつけろ、仮面もいるぞ」
声が混乱をもたらし、混乱が死をもたらす。そして悲鳴となって、また混乱となる。怜たちが作った三つの穴をめがけて、革命軍の兵たちが突撃を始めた。怜は先手を取ったことを確信した。
怜は人の群れの中を斬り進みながら、前方に隊の指揮官らしき男を見つけた。およそ戦に不似合いな豪奢な鎧を着て、なにやら叫んでいる。怜は目の前の敵を斬り殺しながら、男に近づいていった。
すぐに男は、自分に近づいてくる怜に気がついた。
「おい、早くそいつを殺せぇ」
「駄目です。止められません。シュナイダー様、一度お引きください」
そう言うのと同時に、側の兵が殺された。シュナイダーと呼ばれた男が怜を睨みつけながら、剣を強く握る。短い間があり、二人は向き合った。緊張から逃げるように、男が足を動かそうとした時、怜が地面を蹴り、男の懐に入り込む。そして、男の右脇腹から斜めに剣を振り上げた。男の胴体が地に着く音は、群れの声に紛れて誰にも聞こえなかった。
(まぁこんなものだろう)
味方の軍勢が敵を押し込んでいくのを見ながら、ゆっくりと怜は後方に下がり始めた。
最初の衝突は、誰が見ても革命軍の優勢であった。