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第79話 涙の口付けを もう一度

「では導師、ご無事で……」

「うむ……」


 夜の闇や建物の影に潜んで去っていく者たちを見送り、

ローグレー導師もまた、人目を避けるように影へ闇へと歩いていた。



(信頼できる者達も、この魔物の被害で減ってしまった……)


 彼は気心の置ける教団員が減った悲しみと、


(……黒い神か……)


 黒い魔物の登場とその言葉に、悩みの種が増えてしまっていた。



 教義を忘れて独自に活動している過激派。


 突然現れた黒髪の人物。



 そして今回の出来事……



「あの者が……本当に? 」


 ヴィラックや過激派の教団員たちが固執している彼(ソーマ)だが、

導師は彼らのように思いこむことができないのであった。


 主神であるヤクターチャを信奉しているローグレー導師だったが、

彼を見て、どこにでもいそうな普通の人間だとしか思えなかったのだった。



(それよりも……)


 導師は、彼のもとへ駆けつけたアルテナとシアンの方が興味深かった。



 人を抱えて瓦礫の山々を跳び越えてきた彼女(アルテナ)の身体能力。


 彼に命令されたとはいえ、超巨大な魔物を屠(ほふ)った彼女(シアン)の魔力。



(欲しい……対過激派……そして、教義のために……)


 そう思ったが、彼は頭を左右に振った。


(重要なのは、黒髪の……ソーマと言ったか……)


 導師は、自分が望まなくても過激派の者たちと同じように、

ソーマの存在に注視せざるを得ないことに

因縁めいた何かを感じ、ため息を一つ吐いていた。



*



 パプル家の屋敷の、ソーマにあてがわれた個室内、

ブリアン家の屋敷に比べると面積も小さく、それに合わせて寝台も小さかった。



(ソーマ様を狙ったのは、恐らく教団の……? )


 ミザリーはソーマと一緒の寝台に寝ながら、

彼の寝顔を見て考えていた。



 ミザリーは一度、ソーマやジョンから添い寝を辞めるよう言われていた。


 けれど、ソーマが錯乱した時のこと、今回の被害により、

パプル家の屋敷に他の使用人たちも間借りしたために部屋数が少ないこと、

そしてジョン自身が屋敷も潰れて精神的に余裕がないこともあって、

ソーマは難色を示したものの、添い寝することをミザリーに押し切られていた。


 ミザリーは今も変わらず就寝時には服を脱いでいた。



(教団の人達は……ソーマ様に? でも……)


 同じ教団の人間であるミザリーだったが、

ソーマに剣を向けて連れ去ろうとした彼らの行動に嫌悪を感じていた。


(……)


 ミザリーは身動(みじろ)ぎして、ソーマの体に触れそうなほどに近づいた。



 街中を手をつないで歩いたこと、危険を感じて手を引いてくれたこと。


(立場も関係なく接してくれた……私の身を案じてくれた……)


 寝ている彼の顔、寝息を立てている唇。


(仲間の女の人たちと……口づけを……)


 ブリアン家の屋敷の中で、そしてミミズの魔物の体の上で。


 彼が彼女たちと唇を重ねていたのを、

ミザリーはこっそり盗み見ていたのであった。



 灯りのない暗闇の室内で のそりと体を起こしたミザリーは、

触れるか触れないか程度に 彼の唇に唇で触れた。



(胸が……凄いドキドキしてる……)


 裸の彼女の胸が、彼の胸でむにんと形を変え、


(も、もっと……)


 二度、三度と唇に触れ、そして回数を増すごとに、

ミザリーは唇の密着の度合いを、知らずの内に強めていた。


(このまま眠って……目を覚まさないで欲しい……)


 胸の熱さ、唇の感触、それを確かめている内に、

彼女の目の端から、つーっと涙がこぼれて落ちていた。



(はしたない女だと、思われたくないのに……)


 寝ている彼の唇を奪うことしかできない。


(私の事を受け入れてもらいたい……)


 けれど彼に素性を明かせない。本当のことを伝えられない。


(私は……卑怯だ……)


 ひとしきり唇を奪った後、

ミザリーは頬の涙を拭(ぬぐ)い、彼に背を向けて眠りについた。



*



 どういうこと……なんだろう?


 ミザリーさんが背を向けて しばらくしてから、

おれは目を開けて彼女の後ろ姿を見ていた。


 口に何かが触れているな って思って、

目を閉じたまま様子をうかがっていたら……


 『こんなこと』をされるなんて思ってもなかったよ……



 もしかして、以前からずっと? それは流石にない……かな。


 でも、泣きながらなんて……なんなんだろう、わからない……



 彼女の行動の理由を考えても、おれにはわからなくって、

翌朝、ミザリーさんには『昨夜のことは何も知らなかった』フリをしていた。


 そのうち……聞かないといけないのかな……



 パプル家の屋敷二階の廊下で、ぼんやり窓の外を眺めていたら、



「ソーマさんっ! 」

「シアンさん? 」


 軽い足音でシアンさんが駆け寄ってきた。


「……」

「? 」


 近寄ってきたものの、シアンさんは黙ったままで――


「……」

「っ―― 」


 ―― 頬を赤く染め唇に指先を当てて、

彼女はじぃっと熱い視線で、おれを見つめていた。



 これはもしかして、キキキ、キッスをシて欲しいってことかっ!?


 ど、どどど、どうしよう!?


 あの時は勢いに任せてたけど、こう改めて求められるとっ!?


 い、今、他に誰もいないよなっ! いないよねっ!?


 ……シ、シアンさんの方から、誘ってるんだし……



 自分でも挙動不審に思うくらいにキョロキョロと周囲を確認して、

まるで物を盗むかのような早さで彼女に近づいて、

シアンさんの唇に ちゅっ と唇を重ねて、おれはすぐに離れた。



 に、二度目でも、恥ずかしいものは恥ずかしいなぁ……


 それにどうしてもシアンさんの胸が押し当てられちゃうし……


 恥ずかしいけど……シアンさんは、おれのこと……


 好き……なんだよ、ね……? よくわからないけど……



 おれは……


 おれは……


 目の前に嬉しそうなシアンさんがいるのに、

昨日の夜のミザリーさんの涙が気になっていた。

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