第76話 黒に狂い去る
おれを抱えて街の南へと走っていた赤紫の髪の人が
急に立ち止まった。
「ど、どうし――」
「きたっ! 来た来た来たぁー!! 」
声を掛けてる時に、彼は嬉しそうに振り返り、
何が来たんだろう? と、おれもそっちを見てみると、
いつの間にか街の真ん中で黒い煙が湧き上がってて――
「―― ちょ、ちょっとっ!? 」
―― 彼はその黒い煙へと、おれを抱えたまま走っていく。
「ソーマっ!? 」
「あれ、あの時の……―― 」
こちらの急変に、先導していたアルテナが気づいて振り返り、
シアンさんは黒煙を見て、何かを呟いていた。
*
(あの煙は……)
バーントはジョン達を護衛しながら北へ
街の外へと向かっていたが、
何気なく振り返り、
湧き上がる煙を見て立ち止まっていた。
「どこかが焼けているのかな? 」
ジョンがそう呟やくが、バーントはそれを心の中で否定した。
(あの森で見たのと同じだ……)
煙のようで煙ではないそれを、彼は見たことがあるからだ。
バーントは黒い煙を見て、
知らずに拳を強く握りしめていた。
「ジョン……」
バーントは思わずジョンに声を掛け、
「……、……行くんだね? 」
ジョンはバーントの顔や雰囲気を見て、心情を察してくれていた。
「ああ。」
「わかったよ。」
そのやりとりだけで、二人は互いの肩に手をポンと置き、
バーントは街の中央―― 南へと。
ジョン達は予定通り北へ、街の外へと進んでいった。
*
迂回組の護衛に加わっていたローグレー導師は、
こっそりとバーントの後を追い、ジョン達から離れて行動していた。
突如 街の中央で湧き上がっている黒い煙に興味を覚えたからだった。
シアンがそれに気づいたようにローグレー導師もまた、
黒い煙が煙ではなく、魔力が湧き上がっているものだと気づいたからだ。
(なんと禍々しく悪しき魔力だ……)
バーントの後を追って走るローグレーの額に浮かぶ汗は、
走ることによるものではなく、
その黒い魔力の恐ろしさによって浮かんだものであった。
*
「なんだあれは……」
マルゼダは室内の窓から 外の黒い煙を見て、
咄嗟にブラウへと視線を向けた。
ブラウは度重なる魔法の行使や過労 心労により疲れ切っており、
なんとか形の保っている家の寝台に寝かされていた。
(この状況で、ブラウさんを置いてはいけない……か……)
動こうにも動けず、マルゼダは窓から見える街の様子を見回していた。
街の南は まだミミズの魔物や、街の東から侵入した犬の群れにより
乱戦の地へと化し、しかし状況は硬直して、むしろ安定してきていた。
犬の群れはミミズの魔物たちをも攻撃しているため、
二者が戦い合うように誘導していれば良かったのだから。
しかし両者を警戒しながらも、黒い煙に興味を示す者達の様子が
マルゼダの視界に見えていた。
(あいつは……)
そんな中、剣と火の棒を持ったエイローが
街の中央、黒い煙の方へと走っていくのが見えていた。
*
「ま、待って! そっちに行きたくないっ!! 」
「アハハハハッ!! 」
「聞けよっ!? 」
冗談じゃない!
なんで危険なところへ連れていかれないといけないんだよっ!?
こいつ、さっきから呼びかけてるのに聞こえてないのかよ!
さっきから笑い声を上げ続けたまま走っていて、
おれの声が聞こえていないみたいだった……
突然 方向転換した男に、おれはムリヤリ黒い煙の方へ運ばれている。
煙の中に何があるのかと男から視線を向けると、
その煙の中からブシューッと黒い何かを噴き出しながら、
黒い何かが西の空へと飛んで行ったのを、おれは見た。
ちらっと見えた限りだと、黒くて丸い何かだったんだけど……
あのタコか?
飛んでる方向を見て考えていた時に黒い煙が吹き飛び、
視線を戻すと、その中から現れたのは――
全身の体毛が黒の、巨大な三つ首の犬の魔物だった……
これって、ケルベロス?
でも口が、まるで人間の口みたいになっている……
「はははははっ! 見た! ついに魔物が変化するのを見たぞっ!! 」
こ、こいつ……
おれを抱き上げたままだってのに、
おれが見えていないような――
「やはり『お姫様』がいるからかなぁ!? あははははっ!! 」
―― 見えてた。ってか怖っ!?
おれを見る目が、狂気じみていた……
初めて見た時から思ってたけど、サイコパスってやつか……
ヤバい……目の前にいるケルベロスより怖ぇよ……
「なんで戻るのっ! っ!? また黒い魔物! 」
「ソーマさんっ! っ!? く、首が……そ、それより……」
アルテナとシアンさんがおれ達を追って戻ってきた。
おれ達の正面にいるケルベロスっぽいの魔物。
その魔物を中心に犬たちが集まってきて、群れができている。
「ヒヒヒッ!! さぁどうする? おれ達を襲うか? 」
何を暢気な……そんな事言ってる場合かっ!?
「お、おい、降ろしてくれ!? 」
このままコイツに抱き上げられているのは嫌だった。
どうせ聞きゃしないんだろう……
「わかった。」
「ちょっ!? 」
なんなんだコイツはっ!?
言う事聞くんなら最初から連れてくるなよっ!!
腕の上から降ろされて 立ちはしたけど、
魔物たちの正面、一番近くでおれは動けなくて……
「「「クロイ カミ 」」」
ケルベロスっぽいのが喋るのを、ただ聞くしかできなかった……
*
ヴィラックは狂喜のあまり、踊り出したい気分であった。
とりあえず仲間のフリをして『お姫様』を街の南へ連れていくことにしたが、
途中で『幻聴』が街の中央から聞こえたと思えば、
黒い魔力とともに、魔物が変化するのを見ることができたのだから。
黒い魔力と幻聴に『お姫様』は関係がある。
ヴィラックは好奇心にかられて行動し、
――黒い 神
黒い三つ首の魔物が『お姫様』を見て喋ったのを聞けたからだった。
(おれは間違っていなかった―― !! )
魔物に見つめられ怯えながら、
また呆然と聞き入っている彼を見て、
(やはり『お姫様』は『お姫様』だった―― !! )
ヴィラックは口角を上げ、ギラギラとした目でソーマを見つめていた。
「「「ヒトゾク テキ ツギ コロス 」」」
三つ首の魔物は彼を見て言うと咆哮を上げ、
群れを率いて東へと去っていってしまった。
*
バーントが煙の起きていた場所へたどり着いた時、
黒い三つ首の魔物が、群れを率いて彼らの前から去っていくところであった。
そちらへ視線をやった後、彼は立ち止まっているソーマたちを見つけ、
「どうした……? 」
バーントはソーマの目の前へと駆け寄った。
「魔物が……喋った……」
魔物たちが去った方を見たまま呟いた彼に対し、
「そうか。」
とだけ、答えたバーントは、
彼のすぐ後ろに立っていたヴィラックを殴り倒した。
「……」
殴り倒され、視線だけバーントに向けたヴィラックに、
「事情は知らない。けど、ソーマを危険な目に合わせたな! 」
バーントは真っ向から視線を合わせ、そう言い放った。
バーントが駆けつけた時、ソーマを抱えて走っていたはずの彼が、
ソーマを盾にするような位置に立っていたのがバーントには許せなかったのだ。
魔物たちを前に怯えを隠せていないソーマの姿を見て、
バーントはヴィラックに対して怒りを覚えたのであった。
「ば、バーントさん……っ……」
「南へ行こう。ジョン達も向かってるはずだ。」
ソーマを抱え上げたバーントは、
ソーマの後方にいたアルテナたちにも視線を向けて、そう言った。
「ええ、そうね。……」
「は、はい。……」
成り行きを見守っていた二人は それに頷き、
倒れ込んだままのヴィラックを置いて南へと進みだした。
しばらく歩き続けた彼らの耳に、
遠くからのヴィラックの笑い声が微かに聞こえてきていた。




