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第72話 地は落ち、水に涙し、口封じる。

 数日前よりノースァーマの街の地下に集まり潜んでいた魔物(ミミズ)たち。


 土を―― 土の中のあらゆる『栄養』を食らい、

街の地下は魔物たちによって、少しずつ空洞が増えていっていた。


 特別大きなミミズの魔物の活動により、更に地盤は不安定に――


 そして雨が染み込んでミミズたちが地上へ穴を掘って現れ、

巨大な魔物が地上を叩いた攻撃が致命的な一撃( トドメ )となった。



 街全域に亀裂が走って地が割れ、魔物たちが作った空洞の分だけ、

ノースァーマの街の地上にあったモノは音を立てて沈んでいった。


 街の南側だけは、亀裂や沈下から逃れられていた――





「ぐっ……みんな無事か? 」


 雨が土煙を含んで地面へと沈み、

敷地内の庭園にいたジョンは、まず周囲の者たちの安否を確認した。


 屋敷内のミミズの魔物たちを駆逐していく内にジョンは、

屋敷の建材をも食らう魔物の仕業で、

いずれ屋敷が倒壊する危険性に気づいた。


 そして、屋敷の中に居続けるより、

雨に濡れてでも外へ避難しているほうが安全だと判断した。



 ジョンはすぐに両親や使用人、お抱えの冒険者たちに進言したが、

『自分たちで魔物の対処ができていること』を理由に聞き入れられなかった。


 しかし、魔物相手に単身戦ったジョンの判断に従う者達もおり、

ジョンは説得を諦めきれないながらも、彼らを引き連れ庭園へ避難していた。


 そこで、巨大な魔物による地上への叩きつけを目撃、

地面の衝撃と亀裂、地割れからの沈下に巻き込まれていた。



「……屋敷の方は……ダメか……」


 倒壊した屋敷の惨状を見て、ジョンは痛々しく顔をしかめていた。


 雨はまだ、ジョンや彼らを頭から濡らし続けていた。





「……これは……」

「酷い……」


 シアンと、彼女を横抱きに抱えていたアルテナは、

地割れ、土煙に飲み込まれ、ぐちゃぐちゃになった街並みを見て、

あまりの惨状に そう声を漏らすことしかできなかった。



 二人は、街の西でミミズの魔物たちの討伐と、

街の住民たちの救助を行なっていた。


 二人の活躍で、幾人もの人達が魔物から助けることができていた。


 しかし、巨大なミミズの魔物が大地を叩きつけるのを見たアルテナは、

その衝撃や地割れや地面の沈下を、シアンを抱えて跳ぶことで避けた。



 だが結局、彼女しか助けられなかったのであった。



「……行くわよ。」


 うつむきながら、肩を震わせるアルテナ。


「え? 」

「街をめちゃくちゃにした魔物なんて、この私が、許すわけないでしょ。」

「そ、そうですよね。」


 そんな義憤に駆られているアルテナを見て、シアンは思わず頷いた。



(街がこれじゃあ……ソーマさんも……)


 憤りながらも前を見て走るアルテナからも目を逸らして、

シアンは そう思ってうつむいていた。





「……この周辺だけだよ……助けられたのは。」


 息も荒く、疲れ切ったブラウはエイローに抱き支えられていた。



「けれど……助かりました。流石は名高いブラウさんですね……」

「他のところはもっと酷くなってたんです、しかたないですよ……」

「ブラウさんがなんとかしてくれなかったら、我々だって……」

「ブラウさんが教団員だと疑って悪かった……」


 他の冒険者たちや魔物から家を追い出された街の住民たちの言葉(感謝)に、

けれどブラウは、悔恨を持ってでしか聞き取ることができなかった。


 遠くに見える巨大な魔物の様子から

危険を感じたブラウは即座に地面に対して魔法を使い、

彼の周囲を守ったのだった――



「あぁ、神よ……いるなら、なぜ我々にこんな(むご)い仕打ちを……」

「西には、嫁をもらったばかりの子が新しく移り住んだばかりだったのにぃ!! 」

「北にいる爺さん婆さんも……もう……助かりっこない……」

「は、はは……おれだけ生きてても……うぅ……」


 ―― 彼の周囲だけしか、守れなかったのだった。



「くそっ、くそぉっ!! 」

「お前らがっ! お前らが出て来なければぁっ!! 」

「おれ達に何の怨みがあるってんだよぉっ!! 」

「殺せっ! こんな気味の悪い化け物どもは皆殺しにしてしまえっ!! 」


 その中には他のミミズの魔物たちも含まれており、

街の南ではまだ、ミミズの魔物たちの討伐が続いていた。



「他のところでは、まだ生きてる連中がいるかもしれない!

まだ魔物の脅威も去っていないんだ! 複数人で助け出すんだ!! 」


 そして、マルゼダは周囲に呼びかけ、


「絶対に一人で動くなよ! 」

「まだ生き埋めになってるだけなんだ! 生きてるはずなんだ! 」

「女、子ども、戦えない奴を優先的に助けるんだっ!! 」

「火の棒をもっと! もっと用意しろ! 」

「あのデカいの……よくもおれ達の街をっ!! 」


 彼の声に応じた者たちが、救助に乗り出すようになっていた。





 ……う……おれは……


「……生きてる……」


 崩れた地面と一緒に飲み込まれたはずだったんだけど、

おれはどこも怪我をしていないみたいだった。



「っ、ミザリーさんっ……」


 上体を起こし、ずっと手をつないでいた彼女を見ると、

彼女もおれと同じように気を失っていただけで、

出血も特には見られなかった。


 どこかぶつけてるかもしれないから、

起きるまで、そっとしておくことしかできないけど……



 というか、おれ達のいる場所って……?

最初に切り離されて横たわっていた あの魔物の体の上!?


 うわっ、ぶにぶにヌルヌルしてて気持ち悪いっ!?



「無事で良かった。」

「……、あなたは? 」


 声を掛けられ、おれはそばに立っていたお爺さんに尋ねた。


「ワシも見ての通り無事だ。しかし、状況は最悪だな。」


 そういう意味で聞いたんじゃなかったんだけど、

そう言われて爺さんの視線を辿ると、



「うーん……どうすれば良い? 」


 赤紫の髪の男性が、ずっと巨大な魔物の気を引いてくれていたみたいだった。

けど彼も、気を引きつけるくらいで、打開策がないんだろう……



「剣も魔法も効かない……か。」


 お爺さんの言葉に、おれも無い知恵を振り絞ることにした。



 巨大な魔物が彼を見ていて、おれの周囲に他に危険がなさそうだったから。


 目が覚めて すこし冷静になったから、なのかもしれないけど……



 あの魔物、ミミズっぽいけど、再生速度が凄いんだよな。

斬っても焼いてもすぐに戻っちゃって、地面から出てきたし……


 この雨の中でも平気なんだもんな……水の塊をぶつけても、だったし。


 雷……気温が一定で過ごしやすいこの世界に、雷って起きるのか?

それに雷も、もし効果が無かったらどうする?



 もう一回あの巨体で叩きつけられたら、この街は……



「あ……」


 自分のこと、ミザリーさんのこととかで意識がいってなかった。



 地震で、地割れで、地面が沈んで、

街のあちこちが瓦礫の山になっている……


 街のみんなは、雨や魔物の襲来を聞いて建物に避難してたから……



 いったい、どれだけの人が犠牲になって、

どれだけの人が助かってるんだっ!?



 ―― うわあああああ! ―― 死にたくないぃ! ―― 助けてぇぇ!!

―― 痛いよぉおお! ―― ぎゃああああ! ―― あーんっ、ママーーっ!!



「―― ぐっ!? 」

「ど、どうしたのかね!? 」


 思わず彼女の手をつないでいない方の手で、額に手を当て頭を抱え、

それをお爺さんに見られて心配されてしまっていた。



 頭の中で、奥で、悲しみや憎しみの声が聞こえたような気がしていたんだ。


 そしてそれは、あの魔物たちによって犠牲になった人達で……



 ―― 殺せ! 殺せ! 殺せ! ―― 殺せ! 殺せ! 殺せ!



「あいつを、どうにかしないと……」


 こんな酷いことをした巨大な魔物へ憎しみを抱いてしまうけど、

なんとかするために、改めてミミズの魔物を見た。


 頭にある口以外は、

以前、特殊性癖物を調べている時にネットで情報を見た気がする。



 ミミズが地上に出てくる時がどんな時なのか――


 この世界でも、同じように通用するのなら――



 ―― 殺せ! 殺せ! 殺せ! ―― 殺せ! 殺せ! 殺せ!



「―― うゥッ……」


 街そノモのが酷イ目に遭ってイルんだ……


 自分ノ具合ガ、こンナに悪くなッテてモおかシクなイ……


 オれハ……オレが……――



「ソーマっ! 」


 バーントさンノ声が聞コエた。



「ソーマ……怪我、してるのか? 」


 積み重ナった瓦礫の山かラ、こちらへ飛ビ乗ってキたバーントさんが、

額に当てテいたオレの手の上かラ髪を撫デ上げテ、心配ソウな目で見てイタ。



 ―― !?



 こ、こんな時に、おでこにキスされた時のことを

思い出してるんじゃないよ、おれは……



「だ、大丈夫、大丈夫です。バーントさん。」

「そう、か……? 」


 慌てて首を振って答えた。

バーントさんはまだ心配そうにしていたけど、


 でも、おかげで気分が変わった。



 さっきまでの嫌な気分が なくなった!



「水の魔法をお願いします。」


 額から手を離して、おれは魔法を使えるお爺さんに頼むことにした。


「水? だが、奴には効かなかったのだぞ? 」


 お爺さんの言葉(疑問)もわかるんだけど、


「ぶつけるんじゃないんです、水で覆って溺れさせるんです!

ミミズは雨の日には……地面の中で生きれないんですよ!! 」

「なるほど……わかったっ!! 」


 おれの説明を聞いて納得したお爺さんは魔物へと向き、


「魔力よ! ヤクターチャ様の名のもとに! 全てを飲み込む海となれ!!

嚥下海(えんげかい)!! 」


 呪文とともにお爺さんの周囲から緑色の粒子が巻き上がり、

魔物へと突き進みながら周辺の雨粒を巻き込んで、

巨大な魔物に巻き付き始めた。



 けれど、大きすぎる魔物に対して薄く小さな魔法の水の膜の広がりが、

見てて不安になるほどに遅すぎた……



「生きてたっ!? ソーマっ!! 」

「そ、ソーマさんっ……」


 アルテナがシアンさんをお姫様抱っこして、おれ達のそばに着地した。



「二人とも、無事で良かった……」


 おれも思わず二人へ振り向き、そう声が出ていた。



「……」


 アルテナの腕の上から降りたシアンさんは、

おれと顔を合わそうとせずに、視線も逸らしてしまっていた。


 今の状況で、そうしている場合じゃないんだけどな……



 ―― ソーマ君は、シアンのことが嫌いなのかね?



 ―― ソーマさんなら良いの!


 ―― 他の人は嫌っ!! 初めてはソーマさんにって決めたのっ!!


 ―― お願いですから、抵抗しないで……


 ブラウさんの言葉(疑問)、シアンさんの言葉(想い)……



 今、こんなことをしている場合じゃないんだけどな……



「シアンさん。」

「は、はい……な、なんで、しょうか……? 」


 ミザリーさんの手を離して おれはゆっくりと立ち上がって、

シアンさんは怯えているのか、ちらちらと おれの様子()を見ていた。



 ……言うなら手短に、だよな……


 ……それだったら――



「―― 好きです。」

「は、はい……えっ!? 」


 怯えから一転してシアンさんは顔を赤く、目も丸くして、おれを見つめていた。



 おれをじっと見つめている今だから――



「だから、シアンさんが悪いんじゃないですよ……」


 ―― おれはドレスをずらした。首と腹部につけられた痣を見せるために。

痣はまだ、色濃く残っていたから……



「「っ!? 」」


 シアンさんは口元に手を当て、

アルテナも食い入るように見つめて驚き、


「……」


 バーントさんは顔を逸らして、目を伏せていたようだった。



 だから、正直 見せたくなかったんだよね……心配させてしまうから。



 ……見せるだけじゃ、たりない……かな。


 彼女の様子を見て直感した。



「……あんまり……詳しいこと、言いたくないんですけどね。」


 おれはそう言いながらシアンさんに近づき、


「わ、私……わた――」


 動揺し後ずさろうとする彼女のうなじと後頭部に手を伸ばして――


「―― んっ!? 」


 ―― 唇を奪って黙らせた。


 おれがアルテナにそうされたように。

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