第72話 地は落ち、水に涙し、口封じる。
数日前よりノースァーマの街の地下に集まり潜んでいた魔物たち。
土を―― 土の中のあらゆる『栄養』を食らい、
街の地下は魔物たちによって、少しずつ空洞が増えていっていた。
特別大きなミミズの魔物の活動により、更に地盤は不安定に――
そして雨が染み込んでミミズたちが地上へ穴を掘って現れ、
巨大な魔物が地上を叩いた攻撃が致命的な一撃となった。
街全域に亀裂が走って地が割れ、魔物たちが作った空洞の分だけ、
ノースァーマの街の地上にあったモノは音を立てて沈んでいった。
街の南側だけは、亀裂や沈下から逃れられていた――
*
「ぐっ……みんな無事か? 」
雨が土煙を含んで地面へと沈み、
敷地内の庭園にいたジョンは、まず周囲の者たちの安否を確認した。
屋敷内のミミズの魔物たちを駆逐していく内にジョンは、
屋敷の建材をも食らう魔物の仕業で、
いずれ屋敷が倒壊する危険性に気づいた。
そして、屋敷の中に居続けるより、
雨に濡れてでも外へ避難しているほうが安全だと判断した。
ジョンはすぐに両親や使用人、お抱えの冒険者たちに進言したが、
『自分たちで魔物の対処ができていること』を理由に聞き入れられなかった。
しかし、魔物相手に単身戦ったジョンの判断に従う者達もおり、
ジョンは説得を諦めきれないながらも、彼らを引き連れ庭園へ避難していた。
そこで、巨大な魔物による地上への叩きつけを目撃、
地面の衝撃と亀裂、地割れからの沈下に巻き込まれていた。
「……屋敷の方は……ダメか……」
倒壊した屋敷の惨状を見て、ジョンは痛々しく顔をしかめていた。
雨はまだ、ジョンや彼らを頭から濡らし続けていた。
*
「……これは……」
「酷い……」
シアンと、彼女を横抱きに抱えていたアルテナは、
地割れ、土煙に飲み込まれ、ぐちゃぐちゃになった街並みを見て、
あまりの惨状に そう声を漏らすことしかできなかった。
二人は、街の西でミミズの魔物たちの討伐と、
街の住民たちの救助を行なっていた。
二人の活躍で、幾人もの人達が魔物から助けることができていた。
しかし、巨大なミミズの魔物が大地を叩きつけるのを見たアルテナは、
その衝撃や地割れや地面の沈下を、シアンを抱えて跳ぶことで避けた。
だが結局、彼女しか助けられなかったのであった。
「……行くわよ。」
うつむきながら、肩を震わせるアルテナ。
「え? 」
「街をめちゃくちゃにした魔物なんて、この私が、許すわけないでしょ。」
「そ、そうですよね。」
そんな義憤に駆られているアルテナを見て、シアンは思わず頷いた。
(街がこれじゃあ……ソーマさんも……)
憤りながらも前を見て走るアルテナからも目を逸らして、
シアンは そう思ってうつむいていた。
*
「……この周辺だけだよ……助けられたのは。」
息も荒く、疲れ切ったブラウはエイローに抱き支えられていた。
「けれど……助かりました。流石は名高いブラウさんですね……」
「他のところはもっと酷くなってたんです、しかたないですよ……」
「ブラウさんがなんとかしてくれなかったら、我々だって……」
「ブラウさんが教団員だと疑って悪かった……」
他の冒険者たちや魔物から家を追い出された街の住民たちの言葉に、
けれどブラウは、悔恨を持ってでしか聞き取ることができなかった。
遠くに見える巨大な魔物の様子から
危険を感じたブラウは即座に地面に対して魔法を使い、
彼の周囲を守ったのだった――
「あぁ、神よ……いるなら、なぜ我々にこんな惨い仕打ちを……」
「西には、嫁をもらったばかりの子が新しく移り住んだばかりだったのにぃ!! 」
「北にいる爺さん婆さんも……もう……助かりっこない……」
「は、はは……おれだけ生きてても……うぅ……」
―― 彼の周囲だけしか、守れなかったのだった。
「くそっ、くそぉっ!! 」
「お前らがっ! お前らが出て来なければぁっ!! 」
「おれ達に何の怨みがあるってんだよぉっ!! 」
「殺せっ! こんな気味の悪い化け物どもは皆殺しにしてしまえっ!! 」
その中には他のミミズの魔物たちも含まれており、
街の南ではまだ、ミミズの魔物たちの討伐が続いていた。
「他のところでは、まだ生きてる連中がいるかもしれない!
まだ魔物の脅威も去っていないんだ! 複数人で助け出すんだ!! 」
そして、マルゼダは周囲に呼びかけ、
「絶対に一人で動くなよ! 」
「まだ生き埋めになってるだけなんだ! 生きてるはずなんだ! 」
「女、子ども、戦えない奴を優先的に助けるんだっ!! 」
「火の棒をもっと! もっと用意しろ! 」
「あのデカいの……よくもおれ達の街をっ!! 」
彼の声に応じた者たちが、救助に乗り出すようになっていた。
*
……う……おれは……
「……生きてる……」
崩れた地面と一緒に飲み込まれたはずだったんだけど、
おれはどこも怪我をしていないみたいだった。
「っ、ミザリーさんっ……」
上体を起こし、ずっと手をつないでいた彼女を見ると、
彼女もおれと同じように気を失っていただけで、
出血も特には見られなかった。
どこかぶつけてるかもしれないから、
起きるまで、そっとしておくことしかできないけど……
というか、おれ達のいる場所って……?
最初に切り離されて横たわっていた あの魔物の体の上!?
うわっ、ぶにぶにヌルヌルしてて気持ち悪いっ!?
「無事で良かった。」
「……、あなたは? 」
声を掛けられ、おれはそばに立っていたお爺さんに尋ねた。
「ワシも見ての通り無事だ。しかし、状況は最悪だな。」
そういう意味で聞いたんじゃなかったんだけど、
そう言われて爺さんの視線を辿ると、
「うーん……どうすれば良い? 」
赤紫の髪の男性が、ずっと巨大な魔物の気を引いてくれていたみたいだった。
けど彼も、気を引きつけるくらいで、打開策がないんだろう……
「剣も魔法も効かない……か。」
お爺さんの言葉に、おれも無い知恵を振り絞ることにした。
巨大な魔物が彼を見ていて、おれの周囲に他に危険がなさそうだったから。
目が覚めて すこし冷静になったから、なのかもしれないけど……
あの魔物、ミミズっぽいけど、再生速度が凄いんだよな。
斬っても焼いてもすぐに戻っちゃって、地面から出てきたし……
この雨の中でも平気なんだもんな……水の塊をぶつけても、だったし。
雷……気温が一定で過ごしやすいこの世界に、雷って起きるのか?
それに雷も、もし効果が無かったらどうする?
もう一回あの巨体で叩きつけられたら、この街は……
「あ……」
自分のこと、ミザリーさんのこととかで意識がいってなかった。
地震で、地割れで、地面が沈んで、
街のあちこちが瓦礫の山になっている……
街のみんなは、雨や魔物の襲来を聞いて建物に避難してたから……
いったい、どれだけの人が犠牲になって、
どれだけの人が助かってるんだっ!?
―― うわあああああ! ―― 死にたくないぃ! ―― 助けてぇぇ!!
―― 痛いよぉおお! ―― ぎゃああああ! ―― あーんっ、ママーーっ!!
「―― ぐっ!? 」
「ど、どうしたのかね!? 」
思わず彼女の手をつないでいない方の手で、額に手を当て頭を抱え、
それをお爺さんに見られて心配されてしまっていた。
頭の中で、奥で、悲しみや憎しみの声が聞こえたような気がしていたんだ。
そしてそれは、あの魔物たちによって犠牲になった人達で……
―― 殺せ! 殺せ! 殺せ! ―― 殺せ! 殺せ! 殺せ!
「あいつを、どうにかしないと……」
こんな酷いことをした巨大な魔物へ憎しみを抱いてしまうけど、
なんとかするために、改めてミミズの魔物を見た。
頭にある口以外は、
以前、特殊性癖物を調べている時にネットで情報を見た気がする。
ミミズが地上に出てくる時がどんな時なのか――
この世界でも、同じように通用するのなら――
―― 殺せ! 殺せ! 殺せ! ―― 殺せ! 殺せ! 殺せ!
「―― うゥッ……」
街そノモのが酷イ目に遭ってイルんだ……
自分ノ具合ガ、こンナに悪くなッテてモおかシクなイ……
オれハ……オレが……――
「ソーマっ! 」
バーントさンノ声が聞コエた。
「ソーマ……怪我、してるのか? 」
積み重ナった瓦礫の山かラ、こちらへ飛ビ乗ってキたバーントさんが、
額に当てテいたオレの手の上かラ髪を撫デ上げテ、心配ソウな目で見てイタ。
―― !?
こ、こんな時に、おでこにキスされた時のことを
思い出してるんじゃないよ、おれは……
「だ、大丈夫、大丈夫です。バーントさん。」
「そう、か……? 」
慌てて首を振って答えた。
バーントさんはまだ心配そうにしていたけど、
でも、おかげで気分が変わった。
さっきまでの嫌な気分が なくなった!
「水の魔法をお願いします。」
額から手を離して、おれは魔法を使えるお爺さんに頼むことにした。
「水? だが、奴には効かなかったのだぞ? 」
お爺さんの言葉もわかるんだけど、
「ぶつけるんじゃないんです、水で覆って溺れさせるんです!
ミミズは雨の日には……地面の中で生きれないんですよ!! 」
「なるほど……わかったっ!! 」
おれの説明を聞いて納得したお爺さんは魔物へと向き、
「魔力よ! ヤクターチャ様の名のもとに! 全てを飲み込む海となれ!!
嚥下海!! 」
呪文とともにお爺さんの周囲から緑色の粒子が巻き上がり、
魔物へと突き進みながら周辺の雨粒を巻き込んで、
巨大な魔物に巻き付き始めた。
けれど、大きすぎる魔物に対して薄く小さな魔法の水の膜の広がりが、
見てて不安になるほどに遅すぎた……
「生きてたっ!? ソーマっ!! 」
「そ、ソーマさんっ……」
アルテナがシアンさんをお姫様抱っこして、おれ達のそばに着地した。
「二人とも、無事で良かった……」
おれも思わず二人へ振り向き、そう声が出ていた。
「……」
アルテナの腕の上から降りたシアンさんは、
おれと顔を合わそうとせずに、視線も逸らしてしまっていた。
今の状況で、そうしている場合じゃないんだけどな……
―― ソーマ君は、シアンのことが嫌いなのかね?
―― ソーマさんなら良いの!
―― 他の人は嫌っ!! 初めてはソーマさんにって決めたのっ!!
―― お願いですから、抵抗しないで……
ブラウさんの言葉、シアンさんの言葉……
今、こんなことをしている場合じゃないんだけどな……
「シアンさん。」
「は、はい……な、なんで、しょうか……? 」
ミザリーさんの手を離して おれはゆっくりと立ち上がって、
シアンさんは怯えているのか、ちらちらと おれの様子を見ていた。
……言うなら手短に、だよな……
……それだったら――
「―― 好きです。」
「は、はい……えっ!? 」
怯えから一転してシアンさんは顔を赤く、目も丸くして、おれを見つめていた。
おれをじっと見つめている今だから――
「だから、シアンさんが悪いんじゃないですよ……」
―― おれはドレスをずらした。首と腹部につけられた痣を見せるために。
痣はまだ、色濃く残っていたから……
「「っ!? 」」
シアンさんは口元に手を当て、
アルテナも食い入るように見つめて驚き、
「……」
バーントさんは顔を逸らして、目を伏せていたようだった。
だから、正直 見せたくなかったんだよね……心配させてしまうから。
……見せるだけじゃ、たりない……かな。
彼女の様子を見て直感した。
「……あんまり……詳しいこと、言いたくないんですけどね。」
おれはそう言いながらシアンさんに近づき、
「わ、私……わた――」
動揺し後ずさろうとする彼女のうなじと後頭部に手を伸ばして――
「―― んっ!? 」
―― 唇を奪って黙らせた。
おれがアルテナにそうされたように。




